聖なる衣

丸井竹

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1.棺桶職人の女と恋人を失った男

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 とある秋の長雨の日、一人の若い女が亡くなり、教会に運ばれた。
弔いの鐘が鳴り響く中、遺体をおさめた棺桶は土の下に埋められ、神官が祈りの言葉を捧げた。
簡単な葬儀が終わると、亡くなった女性と結婚の約束をしていた男が一人残された。

雨の降りしきる中、男はそこを動けず、真新しい墓の前でうずくまった。
その姿を見つけた教会の敷地内に住む棺桶職人の女は、静かに男に近づき、雨よけを差し出した。
そして男に自分の小屋で寝ても良いと伝えた。

悲しみで何も考えられなかった男は、雨に打たれながら立ち上がった。
女に導かれ、墓地を抜けて進んでいくと、二軒並びの小屋があった。

奥が住居用で、隣が女の職場である棺桶を作るための作業小屋だった。

教会の広大な敷地内を囲む壁がすぐそこに迫り、中心部の教会からはかなり離れている。
小屋の正面が墓地の端であり、人も来ないため手入れもなく、舗装されていない地面はぬかるみ、外壁側は木や雑草で覆われていた。

小屋の内部はこぢんまりとした造りで、暖炉のある居間の奥に台所と通路があった。
濡れた体で、暖炉の前に座り込んだ男のために、女は食事を運び毛布を置いた。
湿った藁の上で男は休み、翌日にはまた墓の前に戻った。

恋人を失った男を慰めるわけでもなく、女はただ男に自由に家を使わせた。
その日から、男はなんとなくその女の家に住み着いた。

棺桶職人の女は、朝から晩まで、家の隣にある作業小屋にこもっていた。
毎日、裏に積まれた板を作業小屋に運び込み、棺桶を組み立てる。

それからその棺桶の蓋に、彫刻刀で繊細な装飾を施すのだ。
花や動物などの愛らしい絵を彫ることもあれば、戦いで命を落とした男性のために盾や剣を彫りこむこともある。

子供用の棺桶には絵本の挿絵を写すこともあった。

作業小屋は、石を積み上げて建てられた平屋で、窓は壁の上部にあり、部屋の中央に棺桶を置く台があった。

弔いの鐘が聞こえると、神官がやってきて、女に死者の特徴や遺族の要望を告げた。

それに合わせて、女は完成させておいた棺桶の中から一つを選び、飾りつけのための彫刻を始める。
その間に、遺体は作業小屋の裏にある地下の遺体安置所に運ばれる。
人目に触れても問題がない遺体か確認し、その形を整える。

腐敗した死体や刻まれた死体などが運ばれてくることもあり、そんな時は、作業小屋内にもその異臭が入り込んだ。

あまり良い場所とは言えなかったが、男は悲しみから一人になることが出来ず、なんとなく女の傍に留まった。
その間、無口な棺桶職人の女は、朝と晩に二人分の食事を作った。

そんなある日、男は突然、女が見た目よりずっと若いことに気が付いた。

女は毎日男物の灰色のシャツとズボンを身につけ、髪もぼさぼさで、女性らしい装いとは無縁のいでたちだった。
しかしその日、偶然にも男は仕事終わりに井戸水で体を清め、濡れた髪を布で拭いている女の姿を目撃した。

あまりにも若く、細い体に見えたが、女性的な特徴も備えており、豊かな白い胸と柔らかな腰の曲線に、男の目は釘付けになった。

寂れた墓地に住む若い女であり、出会いもない。
悲しみに心を囚われていた男は、肉体的な慰めを女に求めてもいいのではないかと考えた。

若いのに一人で墓に住み、性欲を満たす機会さえない。
男が体を求めたら、女も喜ぶかもしれない。
そんな浅ましい欲望が芽吹き始めた。

ある夜、男は堪えきれず、暖炉の火を落とし寝支度をする女の腕をつかみ、寝室に連れて行った。
抵抗されなかったことを良いことに、そのまま寝台に押し倒し、その細い体に覆いかぶさった。

窓から差し込む薄明りの下で、女は男を見上げたが、声を発しなかった。
男は調子に乗って女の服を剥ぎ、その白い胸に顔を埋め、舌で舐めた。

抵抗したらやめるつもりだったが、女は乱暴に体を奪われながら、ただ男の首を抱きしめた。

その夜、男は温かな女の肌のぬくもりに、失った愛を思い出し、夢中で女の体をむさぼった。
失った恋人の名前を声に出して呼び、やがて女を腕に抱きしめて眠りに落ちた。

翌朝、冷静になった男は、さすがに恋人の身代わりに女を抱いたことに罪悪感を覚え、体の関係を持ってしまった以上、付き合いを続けるべきだと考えた。
今更ながら、男は誠実であろうとしたが、女が男に対して態度を変えることはなく、男のことをどう考えているのかはわからなかった。

いつもと変わらず、女は作業小屋に引きこもり、朝から晩まで棺桶を作った。

男は女の住む教会の敷地内から仕事のある町に通い、そこに住み続けた。
女は男が帰ってくる限り、食事を二人分作った。
体も重ねたが、女から会話が始まることもなく、男を寝室に誘うこともなかった。 

そんな生活が数か月続いたある日、ついに男はその退屈な暮らしに音を上げた。

一日中、棺桶を作り続ける女とは、一緒に過ごす時間もほとんどない。
さらに向かい合って夕食をとっている間も会話は弾まず、何か質問をしても短い返事しか返ってこない。

体は温かく柔らかいが、心は満たされず、女と暮らしても失った恋人の穴を埋めることは出来なかった。

散々世話になったあげくに出ていくのも気が引けたが、男はある朝、唐突に女に別れを告げた。
女は引き止めることなく、いつも通り家を出て、隣の作業小屋に消えていった。

そっけない女の態度に、男は女とは体だけの関係だったのだと割り切り、作業小屋から聞こえてくる音を後ろに聞きながら、教会の敷地を出ていった。



 一年をゆうに過ぎた頃、男は教会の墓地に戻ってきた。 
ようやく悲しみを受け入れた男は、亡き恋人の墓に花束を供えた。

その時、赤ん坊の声が聞こえ、男は視線を向けた。
墓地を抜ける道の向こうに、赤ん坊を背負った女がいた。

悲しみを言い訳に、欲望に任せ女を抱いた日々を思い出した。

まさか自分の子供であるわけがないと男は思った。
それを確かめようと男は走り、小屋の前で女を呼び止めた。

「まさか、その子供は俺の子か?」

震えながらそう問いかけたが、女は無言で小屋に入って行ってしまった。
「そうだ」とも「違う」とも言われなかった男はどうしていいのかわからず、少しの間そこに立ち尽くしていた。
やがて、父親になる覚悟も、夫になる覚悟もない男は、逃げるようにそこを立ち去った。


 女は子供が出来ても、生活をかえることはなく、小屋と作業小屋を往復し、毎日棺桶を作り続けていた。
最低限の世話はしたため、子供が死ぬことはなかったが、長い間泣いている子供の姿を見て、教会の神官長は国の保護施設に助けを求めた。若い母親に子育ての助言をしてくれるのではないかと思ったのだ。

ところが、保護施設の職員は、若い女には子供を育てることは出来ないと決めつけた。

女は黙って子供を職員に手渡した。
その後も変わらず女は仕事を続けた。

三カ月後、やはり子供のことを無視することのできなくなった男が訪ねてきた。

女はその時初めて、男の子供を産んだことを告白し、子供が保護施設に連れていかれたと男に教えた。
男は自分の子供を捨てたのかと怒声を浴びせたが、女は黙っていた。

すぐに男は国の保護施設に飛んでいき、女が生んだ自分の子供を引き取った。
名前も決められていなかった息子に、男が名付けた。
母親を恋しがる息子を連れて墓地に戻ると、女はまだ止まっていなかった乳を与え、背中におぶって仕事に戻った。

その日、女は小さな子供用の棺桶を彫っていた。
絵本を広げ、挿絵にあるお城と神馬を棺桶の蓋に描いた。
何度か子供が泣いたが、女は作業に没頭し、息子の泣き声に気づかなかった。
それを見ていた男は息子を女から取り上げ、子守に専念した。

女は夜遅くまで棺桶の装飾に取り組んだ。
仕事を終えると、女は息子に乳を与えて食事の準備を始めた。

なんとも危うい女の母親ぶりを目の当たりにし、放っておくわけにもいかなくなった男は、その日から、また女の家に住み始めた。

それから五年の歳月が経った。
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