竜の国と騎士

丸井竹

文字の大きさ
上 下
24 / 57
第一章 竜の国

24.十年前の真実と今回の生贄

しおりを挟む
「お二人に生贄が娘のイシャリだと告げられた時、咄嗟に、娘を助ける方法を探しました。娘は後ろの部屋にいたのです。
お二人を送り出してから、娘をとにかく逃がすか、あるいは死んだことにするかと考えました。
ところが、悲鳴があがり、駆け付けてみると、アンリが……うちの使用人だったアンリが、シーアを襲っていました。
それを止めようとする私を、娘のイシャリが止めました。
娘を殺すのかと叫び、お腹に子供がいると言ったのです。
私は生贄に娘を出す覚悟が出来ず、ただただ見ていました。
アンリは、シーアを犯したあと、泣きながら土下座をしました。
婚約者のラルフにこのことをばらされたくなければ、イシャリの代わりに生贄になれと脅したのです。
泣いて、土下座して脅しているアンリは、どこか壊れて見えました。
シーアは泣きながら服を着始めた。
それから、言ったのです。イシャリの身代わりに生贄になってもいいから、そのかわり、生贄が得られる権利を全て自分がもらうと。
その後は、シーアが私達に指示を出しました。
人目につかないようにシーアは自分の母親のもとに事情を話しに行きました。
土壇場で逃げるのではないかと恐れ、アンリが付いていきました。
母親のため、国の為、村のために喜んで英雄になると宣言し、母親は泣いて受け入れたと聞いています。
そして、私がお二人をシーアの家に連れていきました。
彼女は扉の外に出て、あなた方にイシャリという名前ではなく、自分を英雄と呼んで欲しいと頼みました。
村にはまだイシャリが生贄に選ばれたと知る者は一人もいなかった。
貼り紙は来ないし、町の貼り紙も翌日には取り除かれてしまう。
それから、すぐにシーアは母親を故郷の村に連れて行って欲しいとあなた方にお願いした。
あとはご存じのとおりです。
その夜のうちにシーアの母親は村を出ました。それを見届けて次はシーアが生贄の山に出立しました。
英雄が出た村として習わし通り祭りを開きました。
アンリは生贄を出した村の優遇措置で、すぐに王都の学問所へ入りました。イシャリが生きる場所を作るためです。
生贄の日まで竜の日の告知を村人が見ることがないように気を付けました。
資材も食料もどんなものも望めば届けられた。
生贄の日が終われば、全てはなかったことになる。
なんとかこれで隠しとおせると思いましたが、イシャリは生贄を逃れたことがばれることを恐れ、外に出られなくなりました。
それから、心を病みました。シーアに身代わりになってもらうために、子供がいると嘘をついていたのです……。あとはもう……娘は隠れ続け、逃げ続け、落ち着く場所を失いました。
私は村人たちにイシャリは町へ嫁に行ったと嘘をつきました。
村人に渡った金の他に、村に入ったお金も全部口止めのために村人に配りました。
まともな人間はこの村を出て、国の金にすがったものはここに残った。
この村は抜け殻です。それでも、アンリはやっとイシャリの場所を作り迎えに来たのです。
こんな日が来るのではないかと……あの日からずっと考えていました……。
罪をおかしたのは私です。弱かったのも、嘘をついたのも、この村の代表である私の責任です」

「生贄が入れ替わった話は外に出したのか?」

エリックが問いかけた。
村長は首を横に振った。

「いいえ。一度も話したことはありません。ただ、知られていると肌には感じていました」

村人たちも突然村に閉じ込められたというのに誰も抵抗せず、大人しく家に留まっている。
来るべき日が来たのだとまるで覚悟していたようだった。

ウィリスとエリックの指揮する第七騎士団は村を封鎖し、王の命令を待った。



――

 隣のナタ村が封鎖されたことも知らず、デレクとヒューは、命令通り先触れとして淡々とルト村で任務にあたっていた。

 デレクはテーブルを挟み、ケティアとケビンの前に座っていた。
願い事を書きだすための紙はテーブルに置かれ、まだ一文字も書きこまれていない。
ケビンの前には大金の入った革袋がある。

ヒューが先ほど置いていった物だ。
ケティアはテーブルに突っ伏して泣いている。

「デレク……噂を聞いた……」

ケビンがまるで独り言のように話しだした。

「ナタ村での話だ。張り紙の告知ではイシャリが生贄と書かれていた。だけど英雄が去ったのは違う家からだった。イシャリが消え、生贄はやはりイシャリだったのではないかと思われたが、違う家の娘も消えた。
村に入った金で、異国に帰りたがっていた母親とその娘は帰ったのだという話だったが、生贄がどっちだったのかわからないというのだ。
ナタ村に張り紙は届かなかった。目にしたものもいない。
でも、町に出稼ぎにいったものはそれを聞いた。
イシャリが生贄で、もう一人の娘は違う。だけど、二人が消えた。
ただの噂だ……。娘を失った家族の耳にそんな話は入らない。でも、噂は噂だ……。もう一人消えれば……」

はっとケティアが濡れた顔をあげた。

「村の外れに孤児になった娘がいる。裏の老夫婦の家に手伝いに行くけど、普段は一人暮らしよ!あの子を生贄にして、私も村を出ればどちらが生贄になったかわからないはずよ!」

デレクは表情を変えずに黙っていた。

「デレク、復讐したいの?あなたを待っていなかったから?だって、私を愛してくれていた時なら絶対こんなことしなかった!守ってくれたはずよ!私が憎いのね!あなたを選ばなかったから!」

激高するケティアに、デレクは眉間に皺を寄せてなるべく静かな声で答えた。

「違う。決まりだからだ」

「だって、お腹の子は?この子は生贄に出来ないはずよ!」

「預言者様の言葉を疑うのか?」

もし疑うと答えれば国の反逆者になる。ケティアは顔を歪め、顔を覆った。

「デレク……本当にどうにか出来ないのか?俺は妻と子を失う。この間、子供がいることがわかって結婚が決まったばかりだ。少しは君にも遠慮して、結婚を先延ばしにしていた。
やっと暮らし始めたばかりなんだ」

ケビンが訴える。
扉が鳴った。
返事も待たずに入ってきたのはヒューだった。手に食事の盆を持っている。

「祭りの準備が始まった。ジールスの町から花や食材が豊富に届いている。
国からの援助もあり、役人が入ってきて村を飾り付けている。
食料は今日から国が雇った料理人が作って届ける」

椅子が倒れる音がした。ケティアが立ち上がりテーブルの上を両手で殴りつけた。

「食事ですって!どうせ殺されるのに!そんなものでごまかされないわ!」

ヒューがお盆を置き、懐から書類を取り出した。

「ジェレミーという子供は頭が良いらしいな。王都の学問所への受け入れが決まった。
病人を抱えた家が三軒、町の医療施設に入院が決まっている。
治癒院からの治癒師の派遣が決まった。明日から村人たちの治療を無償で行う。
放牧中の怪我で十分な治療が出来ず歩けずにいた者は、これで歩けるようになるだろう。
村の子供達は十三になるまで無償で教育が受けられる。
ジールスの学校に入れるように手配を急いでいる。
村の壁の補修は明日から始まる。一週間でこの村を観光客が立ち寄るような見栄えに変えるつもりだ。
ナタ村ではなぜか金が適正に使われていなかった。
今回は俺達が必要と思われるものに積極的な援助が認められている。
お前が、英雄にならないとなれば、この話は全て白紙になり、数百人がお前のせいで死ぬことになる。
お腹の子が人殺しの子と呼ばれる可能性もある。
それから、ケビンに渡されたその金も返却してもらわなければ。
先ほどケティア、君の両親にも相応の金が渡った。彼らは受け取ったよ」

ふらりと倒れそうになったケティアを支えようとした手はなかった。
テーブルに突っ伏して、ケティアはかろうじて自分の足で立った。
呆然と立ち尽くすケビンにかわり、デレクが近づいて手を貸そうとした。
その手をケティアはぴしゃりと叩いた。

それからよろよろと、戸口に向かう。
ヒューが扉の前をどいて道を空けた。
ケティアが外に出た途端、周囲から歓声があがった。

「英雄様だ!わが村の英雄様だ!ケティア万歳!」

ケティアはその場で座り込んだ。
デレクが駆け寄り、その体を抱き起す。

「ケティア、中に入ろう。体に障る」

妊婦だと思い、咄嗟にデレクはそう口にしたが、ケティアは口元を歪めた。

「は?無事に子供なんて産ませるきもないくせに、体をいたわったりしないでよ!」

ケティアの言葉に周囲の人々がぽかんと口をあけた。
傍にケティアの両親も来ていた。

「け、ケティア!なんということを!妹もまだ村にいるのよ」

母親が飛び出してきて、ケティアを小さく叱責した。

「私たちの暮らしはまだここにあるの。ケティア、私たちのために我慢しなさい!」

信じられない想いでケティアは母親を見上げた。
ケティアもまた、両親が育てる子供を選ばなければならないような貧しい家の娘なのだ。
そんな貧しい家から村長の息子の嫁になった。さらに前の恋人は今や騎士であり、どちらに転んでもこの村では玉の輿だった。
貧しさから必死にあがいて掴んだ幸せなのに、こんなのは間違っている。

「我が国の英雄を讃え、この村には多くの物や人が集まる。少し騒がしくなるが、手を貸して欲しい!よろしく頼む!」

ヒューが悠然と後ろから現れ、大きな声で叫ぶと、再び歓声があがった。
ケティアは誰か味方はいないのかと探すように視線を走らせる。
空は相変わらず曇っていたが、まだ日中であり人々の顔はよく見える。
ケティアと視線があいそうになると、皆が目をそむけ、そそくさとその場を忙しそうに去っていく。

村長と目があった。
義理の父になった人だ。

「あっ」

何か言いかけたケティアの前で、村長は体を小さくして後ろを向いた。
デレクがケティアを抱き上げ部屋に戻した。

「ケビン!手を貸してくれ!」

デレクが叫ぶと、やっとケビンが出てきてケティアを支える。
ヒューがデレクに近づいてきた。

「いいか、生贄から目を離すなよ。自害されては困る」

「ヒュー!やり過ぎだ」

デレクの抑えた声に、ヒューは冷酷に目を細めた。

「あの女は英雄になる覚悟がない。あれでは村人たちに罪悪感を植え付ける。そうなればこの制度は崩壊するぞ。生贄の座をめぐり賄賂や陰謀がはびこることになるより今の制度を貫いた方がましだろう。
預言者様の次の指示がない限り、決まり通り進めるしかない。
俺達はやるべきことをやりつつ、次の指示を待つ。それだけだ」

冷徹だが、ヒューの言葉は正しい。
今の状況ではそれ以上のことは出来ない。
デレクは家に戻ると、テーブルと椅子をどかした。
暖炉の前にマットを敷き、ケティアが楽に横になれるように整えた。

「ケティア、君のように選ばれた生贄は少なくとも十人以上いる。彼女たちは村のため、家族のために英雄となり国を救った。
俺達は彼女たちの名前を石碑に刻み、山の頂と王城の前に飾っている」

「だから何よ。この子はそんなもの見ることもできないのに」

お腹をおさえたケティアは毛布にくるまり、ケビンの腕の中に顔を埋めた。
ケビンはケティアを抱きながらも、次第に覚悟を決めてきたようだった。
思いつめたような表情で、耐えるように黙り込む。

デレクは戸口の横に剣を抱いて座った。
ヒューと交代しながら、夜通し見張り、日中は村の人達と交代した。
騎士団本部から何の連絡もないまま、三日が過ぎた。



しおりを挟む

処理中です...