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第一章 竜の国
28.動いた男と迫る騎士団
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「ラーシア!」
突然名前を呼ばれ、眠っていたラーシアは飛び起きた。
体にかかっていた分厚い毛布が跳ねのけられ、ラーシアの体は大きな温かな体に抱きしめられている。
「な、なんだ?!どうした?」
その胸の感触はもうわかっていた。
「デレク、一体どうした?」
欠伸を噛み殺しながら、ラーシアは手を突っぱねてデレクの体を引きはがす。
その肩越しに、懐かしい顔も見えた。
「ヒューじゃないか。やあ、久しぶり」
ヒューは苦虫をかみつぶしたような顔でラーシアの顔を確かめると、返事もせずに背を向けて天幕を出て行く。
その後ろから今度はラドンが顔を出した。
先ほどまで見張りをしていたのはヒューだった。
見張りの交代でラドンが来たのだ。
ところが天幕の中にはデレクがいた。
どうしたものかとラドンはラーシアを抱きしめるデレクを見る。
「ラドン様、今私は仮眠時間です。つまり、自由時間です。ここで休みます」
デレクは昨夜、ケティアの監視をしていた。朝になり村の男と監視を代わってきたばかりだった。
「騎士に自由時間なんてあるのか?というか、許可なくここにきてもいいのか?」
口を挟んだのはラーシアだった。
異国の観光客のラーシアでさえ、拘束中の囚人の牢に上官の許可なく新人が入ってはいけないと知っている。ここが鍵のない天幕だったとしても、監視がいる以上、そういう扱いだ。
「食事を持ってきたが……デレク、ここに入る許可は与えていない」
「ラドン様……彼女は私の」
「知っている。お前達が一年付き合っていた仲であることも、彼女がシーアの母親の旅券を使っていることも、それから思念を読むことも」
デレクは第二騎士団のラドンが、ラーシアがシーアの母親と知り合いだったという情報を知っていることに驚いた。
デレクは昨日知ったばかりであり、その情報が確かなら、ラーシアはアンリに会う前に生贄が入れ替わった話を知っていた可能性がある。
「ラーシア、君は本当にこの国に観光にきたのか?」
ラーシアは体をほぐしながら胡坐をかいてすわり、二人をみあげた。
「そうだよ。観光に来た。この国に一年住んで、見て回り話を聞いた。仕上げは竜と対面することだけだ。それで命を落としても悔いはない。
この国にしても悪いことじゃないはずだ。十年に一度の竜の年、どんな屈強な戦士も助けることのできなかった、たった一人の生贄を今回は救える。
この国の人間は誰も死ななくてすむ。たった一人さえもね。私は南の島からきた旅行者で家族もいない。私が消えてもこの国に悲しみは生まれないはずだ」
「俺が悲しむ」
デレクの言葉をラーシアは鼻で笑った。
「すぐに新しい女の子が見つかる。ケティアと別れた後だって、悲しかったはずだ。いつの間にか過去の話になる。騎士はもてるじゃないか」
「君のような人はどこにもいない」
「いるよ。そんなに変わった人間じゃないつもりだ。南の島には私より変わっている人間はいくらでもいる」
「所詮伝説の話しかしらないだろう!生贄になれば、どんな風に死ぬのかもわからない!」
「そうだね。内臓を切り裂かれ、目玉をくり抜かれるかもしれない」
穏やかなラーシアの目に冷酷な光が宿る。デレクが青ざめた。
「そんな風に死ぬかもしれない少女たちを山のてっぺんに残して、騎士達は逃げ帰ってきたんだろう?英雄なんて言葉で罪悪感をごまかして。
彼女たちの死を悲しみ、悼むことさえせずに。
悲しみに沈んで暮らせとはいわないが、悲しむ権利のある人からそれを奪うのはどうかと思うよ」
ラーシアはデレクの顔を両手で押さえ、その目を覗き込む。
「お前は騎士だから、私が死んでもこれで国の百人が救われたと、胸を張るのだろう?この国から死者を出さなかったことを誇り、人々にその姿を見せつける。
デレク、君のように情に厚い人間は、誰が生贄になったって、その胸に苦しみを残す。
私がこれを終わらせてやる。命をかけてね。だから、私に協力してくれ」
今度はラドンの方を向く。
「ラドン、君だって、女を一人犠牲にしたことを誇りたくはないはずだ。
百人救えたことを誇れても、そこには一人の死がある。救えなかった命だ。
最後の生贄として、人々に英雄の姿を見せるよ。だから、私を生贄にするように上にかけあってくれ。ラドン、君はその立場にあるはずだ!」
第二騎士団のラドンは王にさえ直接意見を言える立場にある。
そんな風に名乗ったことはないが、ラーシアには見えているのだ。
ラドンは無言で天幕の中に入り、扉を閉めた。
外から中の会話は聞こえない。
黒い革張りの天幕の中は真っ暗になった。
「終わらせる?それがお前の目的か?」
闇に閉ざされた天幕の中で、ラドンの声が冷たく響く。
「そうだ。新しい時代を築けばいい。生贄に泣く家族が一人もいなくなる。
若く、健康なのに無理やり命を断たれる少女はいなくなる。悲しいことを悲しいと言えるようになる。
奪われた苦しみをお金で紛らわせるようなこともなくなる。
騎士達の中にも何も考えないようにして苦しみを隠してきた者がいるはずだ。
竜がいなくても理不尽なことだらけの世の中で、竜のことは余計じゃないか?竜の伝説はもう十分浸透した。これからもこの国の観光資源だ。でも、実際の生贄はもういらない。
竜と対話し、私が最後の生贄になれば、新しい時代を築ける」
「竜の存在は他国に対しての抑止力でもある。なくなるなど……」
「そのために、ラドン、君は妻や恋人、娘を差し出せるのか?」
「騎士なのだから当然だ」
「ならば、実際に騎士の妻や娘、恋人は生贄に選ばれたことがあるのか?」
沈黙が横たわる。
「意図的に騎士の身内は選ばれないようになっているとは考えないのか?
これからそう考える人間が現れるかもしれないとは?
どうしても一人を選ばなければならないというなら、誰もが自分とは無関係のところにある死を望むだろう。
しかし、その遠く離れたところで憎しみや悲しみは消えずに残り続ける。
私は一番無関係のところにいる人間だ」
一瞬、ラーシアは言葉を切った。
「デレク、私は自分のことは自分で決められる。私の意思をじゃましないでくれ」
ラーシアの言葉を聞きながら、デレクはラーシアの体を抱きしめて泣いていた。
すすり泣く男の声を聞きながら、ラドンは考えていた。
こんなことは初めてだった。
下級騎士は無心に上官に従う。中級、上級近くなると、少しずつ国の指示に対して柔軟に動くことを求められてくる。
今は王騎士、王の側近であり、自身の頭で考え、意思を持って国政に口を出すこともある。
しかし竜の生贄に関しては何も考えたことがなかった。
全て預言者が決めているからだ。そこに疑問を挟む余地など無いと思っていた。
「それに、生贄に与えられる権利も魅力的だ。生贄になる者の願いは叶えられるのだろう?」
「そうだ。もし、選ばれたら何を望む」
誰の顔も見えない暗闇の中で、ラーシアの声が強く響く。
「預言者と二人きりで話がしたい」
暗闇に突然外から強い光が飛び込んできた。
ラドンが天幕の入り口を開け、外に出て行く。
「ここを離れるな!デレク、見張っていろ」
「はっ!」
既にラドンの姿は見えなかったが、デレクは大きな声で返事をした。
遮断の呪文が宿るこの天幕から発する音は外には聞こえない。
意味のない返事をしたデレクは、あらためてラーシアの体を抱きしめた。
「ラーシア、抱いていいか?」
「いいよ」
あっさりラーシアは許した。
濡れた頬をすり寄せ、デレクはラーシアの服をまくり上げた。
――
バレア国の北に位置するマウラ山の周辺は、年中灰色の雲に覆われている。
天候が崩れる日も多いが、最近は幸いにも穏やかな曇り空が続いていた。
王都から数日かけてようやくルト村に近づいたバレア国の大軍はその歩調をさらに速めた。
その様子を近隣の人々が遠巻きに眺めている。
近づこうとするものはいない。
それを規制する騎士達がいたからだ。
「この道は通行禁止だ。近づいた者は拘束する」
騎士達が触れ回り、人々は頭を下げて従った。
ジールスの町を迂回し、ルト村に向かう細い道を騎士の隊列が埋め尽くしている。
先頭に立つのは竜の年を担当する第四騎士団であり、その後ろには王国騎士団の中で最も位の高い位置にある、第一騎士団がいる。
彼らが守っているのはその後ろの黒い馬車だった。
一見すると、それは囚人の護送車のようだった。
真っ黒な鉄の塊のような箱に車輪がつけられ、それを馬が引いている。
御者はいるが、漆黒のローブを頭からすっぽりかぶり、ほとんど馬車の黒い箱と同化している。
その黒い箱の後ろをまた少し距離を開けて第二騎士団、第三騎士団が隊列を組んで進んでいる。
彼らもまた、黒い馬車を守るために特別に王城から派遣されてきた騎士達だった。
まるで戦にいくかのようなものものしさに、近隣の住人達は不安そうに顔を見合わせ、不気味な行軍を見送った。
先頭の第四騎士団のもとに斥候が戻ってきた。
「ルト村を確認しました。遮断天幕は使えないとのことなので、正面に新しい物を張ります」
事前に建てさせておいた遮断天幕が使えないとはどういうことなのかと、第四騎士団のルシアンは渋い顔をしたが、すぐに頷いた。
「わかった。急いでくれ」
部下を数人選び、新たな天幕を持たせて走らせる。
副官のレイクが馬を寄せてきた。
「第一騎士団に知らせます」
ルシアンは無言でうなずく。
第一騎士団と第二騎士団が守っている黒い馬車を振り返り、ルシアンは気を引き締める。
遮断の呪術で縛られてはいるが、その力は計り知れず、閉じ込めておくのは難しい。
思った以上の悪路で、馬車も揺れ、日数もかかっている。
素早く事を終え、計画を進める必要がある。
「我が隊の新人達はうまくやっているだろうな。ヒューにデレク、頼むぞ……」
ルシアンは口に出して祈りながら、暗くなってきた空を見上げる。
まだ日は出ているが、灰色の雲の向こうはどんよりとして見える。
この上、雨や雪がふるようなことになれば、さらに時間をとられることになる。
目的地であるルト村はまだ見えてこない。
戻ってきた副官にルシアンが再び指示を出す。
雨よけの準備を急がせ、馬の歩調を速める。
北の天気は変わりやすい。
行軍の間、彼らは愛国心と忠誠心を常に試されている。
重苦しい緊張感に包まれ、バレア国の騎士達は一路ルト村に向かっていた。
突然名前を呼ばれ、眠っていたラーシアは飛び起きた。
体にかかっていた分厚い毛布が跳ねのけられ、ラーシアの体は大きな温かな体に抱きしめられている。
「な、なんだ?!どうした?」
その胸の感触はもうわかっていた。
「デレク、一体どうした?」
欠伸を噛み殺しながら、ラーシアは手を突っぱねてデレクの体を引きはがす。
その肩越しに、懐かしい顔も見えた。
「ヒューじゃないか。やあ、久しぶり」
ヒューは苦虫をかみつぶしたような顔でラーシアの顔を確かめると、返事もせずに背を向けて天幕を出て行く。
その後ろから今度はラドンが顔を出した。
先ほどまで見張りをしていたのはヒューだった。
見張りの交代でラドンが来たのだ。
ところが天幕の中にはデレクがいた。
どうしたものかとラドンはラーシアを抱きしめるデレクを見る。
「ラドン様、今私は仮眠時間です。つまり、自由時間です。ここで休みます」
デレクは昨夜、ケティアの監視をしていた。朝になり村の男と監視を代わってきたばかりだった。
「騎士に自由時間なんてあるのか?というか、許可なくここにきてもいいのか?」
口を挟んだのはラーシアだった。
異国の観光客のラーシアでさえ、拘束中の囚人の牢に上官の許可なく新人が入ってはいけないと知っている。ここが鍵のない天幕だったとしても、監視がいる以上、そういう扱いだ。
「食事を持ってきたが……デレク、ここに入る許可は与えていない」
「ラドン様……彼女は私の」
「知っている。お前達が一年付き合っていた仲であることも、彼女がシーアの母親の旅券を使っていることも、それから思念を読むことも」
デレクは第二騎士団のラドンが、ラーシアがシーアの母親と知り合いだったという情報を知っていることに驚いた。
デレクは昨日知ったばかりであり、その情報が確かなら、ラーシアはアンリに会う前に生贄が入れ替わった話を知っていた可能性がある。
「ラーシア、君は本当にこの国に観光にきたのか?」
ラーシアは体をほぐしながら胡坐をかいてすわり、二人をみあげた。
「そうだよ。観光に来た。この国に一年住んで、見て回り話を聞いた。仕上げは竜と対面することだけだ。それで命を落としても悔いはない。
この国にしても悪いことじゃないはずだ。十年に一度の竜の年、どんな屈強な戦士も助けることのできなかった、たった一人の生贄を今回は救える。
この国の人間は誰も死ななくてすむ。たった一人さえもね。私は南の島からきた旅行者で家族もいない。私が消えてもこの国に悲しみは生まれないはずだ」
「俺が悲しむ」
デレクの言葉をラーシアは鼻で笑った。
「すぐに新しい女の子が見つかる。ケティアと別れた後だって、悲しかったはずだ。いつの間にか過去の話になる。騎士はもてるじゃないか」
「君のような人はどこにもいない」
「いるよ。そんなに変わった人間じゃないつもりだ。南の島には私より変わっている人間はいくらでもいる」
「所詮伝説の話しかしらないだろう!生贄になれば、どんな風に死ぬのかもわからない!」
「そうだね。内臓を切り裂かれ、目玉をくり抜かれるかもしれない」
穏やかなラーシアの目に冷酷な光が宿る。デレクが青ざめた。
「そんな風に死ぬかもしれない少女たちを山のてっぺんに残して、騎士達は逃げ帰ってきたんだろう?英雄なんて言葉で罪悪感をごまかして。
彼女たちの死を悲しみ、悼むことさえせずに。
悲しみに沈んで暮らせとはいわないが、悲しむ権利のある人からそれを奪うのはどうかと思うよ」
ラーシアはデレクの顔を両手で押さえ、その目を覗き込む。
「お前は騎士だから、私が死んでもこれで国の百人が救われたと、胸を張るのだろう?この国から死者を出さなかったことを誇り、人々にその姿を見せつける。
デレク、君のように情に厚い人間は、誰が生贄になったって、その胸に苦しみを残す。
私がこれを終わらせてやる。命をかけてね。だから、私に協力してくれ」
今度はラドンの方を向く。
「ラドン、君だって、女を一人犠牲にしたことを誇りたくはないはずだ。
百人救えたことを誇れても、そこには一人の死がある。救えなかった命だ。
最後の生贄として、人々に英雄の姿を見せるよ。だから、私を生贄にするように上にかけあってくれ。ラドン、君はその立場にあるはずだ!」
第二騎士団のラドンは王にさえ直接意見を言える立場にある。
そんな風に名乗ったことはないが、ラーシアには見えているのだ。
ラドンは無言で天幕の中に入り、扉を閉めた。
外から中の会話は聞こえない。
黒い革張りの天幕の中は真っ暗になった。
「終わらせる?それがお前の目的か?」
闇に閉ざされた天幕の中で、ラドンの声が冷たく響く。
「そうだ。新しい時代を築けばいい。生贄に泣く家族が一人もいなくなる。
若く、健康なのに無理やり命を断たれる少女はいなくなる。悲しいことを悲しいと言えるようになる。
奪われた苦しみをお金で紛らわせるようなこともなくなる。
騎士達の中にも何も考えないようにして苦しみを隠してきた者がいるはずだ。
竜がいなくても理不尽なことだらけの世の中で、竜のことは余計じゃないか?竜の伝説はもう十分浸透した。これからもこの国の観光資源だ。でも、実際の生贄はもういらない。
竜と対話し、私が最後の生贄になれば、新しい時代を築ける」
「竜の存在は他国に対しての抑止力でもある。なくなるなど……」
「そのために、ラドン、君は妻や恋人、娘を差し出せるのか?」
「騎士なのだから当然だ」
「ならば、実際に騎士の妻や娘、恋人は生贄に選ばれたことがあるのか?」
沈黙が横たわる。
「意図的に騎士の身内は選ばれないようになっているとは考えないのか?
これからそう考える人間が現れるかもしれないとは?
どうしても一人を選ばなければならないというなら、誰もが自分とは無関係のところにある死を望むだろう。
しかし、その遠く離れたところで憎しみや悲しみは消えずに残り続ける。
私は一番無関係のところにいる人間だ」
一瞬、ラーシアは言葉を切った。
「デレク、私は自分のことは自分で決められる。私の意思をじゃましないでくれ」
ラーシアの言葉を聞きながら、デレクはラーシアの体を抱きしめて泣いていた。
すすり泣く男の声を聞きながら、ラドンは考えていた。
こんなことは初めてだった。
下級騎士は無心に上官に従う。中級、上級近くなると、少しずつ国の指示に対して柔軟に動くことを求められてくる。
今は王騎士、王の側近であり、自身の頭で考え、意思を持って国政に口を出すこともある。
しかし竜の生贄に関しては何も考えたことがなかった。
全て預言者が決めているからだ。そこに疑問を挟む余地など無いと思っていた。
「それに、生贄に与えられる権利も魅力的だ。生贄になる者の願いは叶えられるのだろう?」
「そうだ。もし、選ばれたら何を望む」
誰の顔も見えない暗闇の中で、ラーシアの声が強く響く。
「預言者と二人きりで話がしたい」
暗闇に突然外から強い光が飛び込んできた。
ラドンが天幕の入り口を開け、外に出て行く。
「ここを離れるな!デレク、見張っていろ」
「はっ!」
既にラドンの姿は見えなかったが、デレクは大きな声で返事をした。
遮断の呪文が宿るこの天幕から発する音は外には聞こえない。
意味のない返事をしたデレクは、あらためてラーシアの体を抱きしめた。
「ラーシア、抱いていいか?」
「いいよ」
あっさりラーシアは許した。
濡れた頬をすり寄せ、デレクはラーシアの服をまくり上げた。
――
バレア国の北に位置するマウラ山の周辺は、年中灰色の雲に覆われている。
天候が崩れる日も多いが、最近は幸いにも穏やかな曇り空が続いていた。
王都から数日かけてようやくルト村に近づいたバレア国の大軍はその歩調をさらに速めた。
その様子を近隣の人々が遠巻きに眺めている。
近づこうとするものはいない。
それを規制する騎士達がいたからだ。
「この道は通行禁止だ。近づいた者は拘束する」
騎士達が触れ回り、人々は頭を下げて従った。
ジールスの町を迂回し、ルト村に向かう細い道を騎士の隊列が埋め尽くしている。
先頭に立つのは竜の年を担当する第四騎士団であり、その後ろには王国騎士団の中で最も位の高い位置にある、第一騎士団がいる。
彼らが守っているのはその後ろの黒い馬車だった。
一見すると、それは囚人の護送車のようだった。
真っ黒な鉄の塊のような箱に車輪がつけられ、それを馬が引いている。
御者はいるが、漆黒のローブを頭からすっぽりかぶり、ほとんど馬車の黒い箱と同化している。
その黒い箱の後ろをまた少し距離を開けて第二騎士団、第三騎士団が隊列を組んで進んでいる。
彼らもまた、黒い馬車を守るために特別に王城から派遣されてきた騎士達だった。
まるで戦にいくかのようなものものしさに、近隣の住人達は不安そうに顔を見合わせ、不気味な行軍を見送った。
先頭の第四騎士団のもとに斥候が戻ってきた。
「ルト村を確認しました。遮断天幕は使えないとのことなので、正面に新しい物を張ります」
事前に建てさせておいた遮断天幕が使えないとはどういうことなのかと、第四騎士団のルシアンは渋い顔をしたが、すぐに頷いた。
「わかった。急いでくれ」
部下を数人選び、新たな天幕を持たせて走らせる。
副官のレイクが馬を寄せてきた。
「第一騎士団に知らせます」
ルシアンは無言でうなずく。
第一騎士団と第二騎士団が守っている黒い馬車を振り返り、ルシアンは気を引き締める。
遮断の呪術で縛られてはいるが、その力は計り知れず、閉じ込めておくのは難しい。
思った以上の悪路で、馬車も揺れ、日数もかかっている。
素早く事を終え、計画を進める必要がある。
「我が隊の新人達はうまくやっているだろうな。ヒューにデレク、頼むぞ……」
ルシアンは口に出して祈りながら、暗くなってきた空を見上げる。
まだ日は出ているが、灰色の雲の向こうはどんよりとして見える。
この上、雨や雪がふるようなことになれば、さらに時間をとられることになる。
目的地であるルト村はまだ見えてこない。
戻ってきた副官にルシアンが再び指示を出す。
雨よけの準備を急がせ、馬の歩調を速める。
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行軍の間、彼らは愛国心と忠誠心を常に試されている。
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