竜の国と騎士

丸井竹

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第二章 竜の国の騎士

37.竜の去った国

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 バレア国は預言者の言葉に従い、国中に騎士達を走らせた。
竜の脅威が去ったことと、生贄制度が終了したことを告知するためだ。
各地の要塞から騎士達は管轄する区域を回り、貼り紙をして回った。

竜の脅威はさったが、竜の呪いはまだ残り、立ち入りを禁じられている場所はそのままだった。
呪いを解くための研究は継続され、預言者はまた塔にひきこもった。

ラーシアの出現は預言者の予見していたものであり、その壮大な計画が十年越しに実を結んだのだと、人々は知ることとなった。

百年以上も続いた竜との戦いに終止符を打ったその竜の年もまた、バレア国の伝説の一つになった。生贄の日は消えたが、その日は英雄を悼む日となった。
お祭りではなく、静かな祈りの日と定められた。

バレア国が竜の国であることは変わらず、逞しい人々はさらなる美談を聞きたがり、詩人や作家は腕をふるった。
竜と実際に戦ったわけでもないのに、戦いに勝利した歌まで作られ、それに関連して竜の歌がさらに増えた。

お芝居や踊りが出来ればお祭りも増える。
生贄を出した十三の村は、実際に生贄を出した村として、慰霊碑が贈られ新たな名所となった。

竜の脅威が去り、女たちは安心して娘が産めるようになった。
平和な暮らしは国を富ませる。
バレア国は順調に新たな時代を走り出した。


 生贄の日から一年が過ぎた。


 第四騎士団の要塞にある宿舎の一室で、デレクは旅支度をしていた。

「デレク、そろそろ出るのか?」

ヒューが半分開いている扉から顔をのぞかせる。

「ああ。七日の休暇をとった」

皮の鞄が床に置かれ、デレクが荷づくりをしている。
寝台にはこれから鞄に詰め込まれる品々が並んでいる。

「それ全部持っていくのか?」

部屋に入ってきたヒューが、寝台に目をやった。
ほとんどがピンク色で、逞しい男が一人で買い集めたとは思えないような可愛らしいものだ。
ピンク色の花の形の砂糖菓子、ピンク色のレースのショール、さらに花柄のドレスと、花飾りのついたピンクの髪飾り。ピンク色のスリッパや夜着まである。

「ラーシアっぽくない気がするが……」

全て消えたラーシアへの贈り物だった。墓に行く感覚だろうかとヒューは思ったが、デレクはまだラーシアが生きていると思っている。

「ラーシアは少し女性らしさが足りないからな。こうしたものを身に着けた方が、竜に可愛がってもらえるかもしれない」

「正気か?!」

ヒューは呆れた声を出した。
ラーシアが竜に愛されていれば、殺されずにすむとデレクは考えているのだ。

そのために、デレクは男受けしそうな、可愛い品々を集めた。
他の男に妻が愛されるために、身を飾る品々を贈るというのは、あまりにも切ない話だ。

「ああ。生きていて欲しい。どんな形であれ。俺が出来ることはこれぐらいだ」

愛する妻が竜に抱かれていると考える方が、死んだと考えるよりもデレクには救いがあることだった。
ヒューはピンクの髪飾りを取り上げた。

「ラルフ以上じゃないのか?……」

デレクはこたえず、ラーシアへの贈り物を丁寧に鞄に詰めていく。

生贄の山への立ち入りは基本的に禁止されている。
山頂に登ることが出来るのは、騎士だけであったが、それも特別な許可がいる。
デレクは最後に雪山羊の毛皮で作られた、ピンクの外套を鞄に詰め込もうとした。

「竜は高いところを飛ぶだろう?寒いと思うんだ。彼女は外套を一枚しかもっていかなかった」

「さすがに入らないだろう……」

ヒューは鞄の上にこんもりと乗った外套に、困ったものだと首を振る。
もう一つ袋を引っ張り出し、デレクは外套をそこに詰め込んだ。
それから自分の旅支度も済ませると、大荷物を抱え扉をなんとかすり抜ける。

階段を下りていくデレクを見送ったヒューは、デレクの部屋の扉があきっぱなしであることに気が付いた。
閉めてやるかと扉に手をかけたヒューは、信じがたいものをデレクの部屋に発見し、飛び上がった。
それを手に取り、風のように要塞内を走り抜け、正面の窓から顔を出して大声で叫ぶ。

「おい!デレク!お前、騎士のくせに剣を忘れているぞ!」

騎士にとって剣は命と同じ価値がある。
ヒューの声に気が付いた騎士達が一斉に振り返り、声を掛け合いながらデレクを追いかける。

「おい!デレクを止めてくれ!」

デレクが門を通過した時、門番にようやくその声が届いた。

「デレク待て!」

門番が即座にデレクに向かって叫ぶ。

「デレク、止まれ」

その声はデレクの耳に届いた。

「どうした?」

振り返ったデレクに門番は、「とにかく止まれ」と繰り返した。
なにせヒューの声を聞いた騎士達の伝言で止めてくれと言われただけであり、用件は知らないのだ。
少し待っていると、門からヒューが走ってきた。
その手にはデレクの剣が握られている。

門番が驚愕して目を剥いた。
ヒューの声がやっとデレクに届いた。

「デレク!剣を忘れているぞ!」

デレクを呼び止めることに協力した騎士達もなんとなく門に集まった。
思いがけず盛大な見送りを受けることになったデレクは、ヒューから剣を受け取ると、大きく片腕を振ってようやく要塞を旅立った。

その背中を仲間達の声が追いかけた。

「気をつけてな!」

さすがにその声はデレクに届かなかった。
デレクを乗せた馬は、瞬く間に小さくなった。


 生贄の山の管理を今年担当するのは第六騎士団だった。
要塞の門に立っていた門番達が、近づいてくるデレクに歓迎するように手を振った。
皆穏やかな表情で、暇そうにしている。

「本当に来たのか。まぁ天気が良くてよかった。立ち入りの許可は一年に一回だ。今回入山したら、次は来年になる。いいな?」

竜はいないが、呪いを宿す竜の痕跡は残っている。
預言者の言葉に従い立ち入りを規制しているのだ。
しかし危険のない山を見張るのは退屈な仕事だ。

第六騎士団の騎士達はデレクのために門を開けた。

「ああ。次は来年だな」

デレクは答えたが、こうなった以上、山頂に行く用事のある者はこの国ではデレクしかいない。

竜退治に備え、多くの騎士達が詰めかけたその山のふもとは今は何もなく、ただがらんとした石ばかりが積み上げられている。

 大荷物を担ぎ、デレクは山に入った。
一日目で最初の小屋に到着した。二階の寝室に荷物を下ろしたデレクは、ラーシアに提案された、少し卑猥なゲームを思い出した。
 その夜、デレクはラーシアの魅惑的で少し意地悪な笑みを思い出しながら、股間を擦った。

 二日目、二か所目の小屋に到着した。
ラーシアと来た時は結婚初夜だった。何度も体を重ねてきたというのに、初夜だと思うと緊張したことを思い出した。
緊張しているデレクを見た時の、ラーシアの愉快そうな笑い声を思い出し、デレクは自分の股間を手で擦った。

 三日目、山頂付近の岩屋に到着した。
デレクは窓の下に座り、大勢の仲間達が傍で眠っているにも関わらず、ラーシアと体を重ねたことを思い出した。
果てた時の声を聞かれるなど、恥ずかしすぎて死にそうだった。
それなのに、ラーシアの声は最高に良かった。

『ほら、これで眠れるだろう?』

心からほっとして、明日は別れるというのに、なぜかぐっすり眠れた。
デレクは泣きながら股間を擦った。

 翌日、ついにデレクは荷物を抱え、山頂の石の王座へ向かった。

そこは一年前のままだった。
ラーシアのために買いそろえた品々を椅子の上に一つずつ乗せていき、デレクはそれをロープでしっかり固定した。

「ラーシア……君のおかげで楽しくこの山を登ってこられたよ。悲しさや寂しさより、楽しい思い出の方が多い。
全く、どこまでも豪胆な、見事な戦士だったな……。
待たなくていい、他に女を見つけろとまで言っていたが、どこをどう探せば君のような女性を見つけることが出来る?
ラーシア、君のことだからきっと諦めていないだろう?生きていてくれ。君が誰の物でもいい。愛している」

長い間、デレクはそこに座っていたが、夕暮れになる前に下山を始めた。
帰りは道に少し慣れ、二日でふもとまで下り、仕事に戻った。


 ラーシアが竜のものになり二年が過ぎた。

 その年も、デレクは生贄の山にラーシアへの贈り物を持ってやってきた。
山頂に登ったデレクは、一年目にラーシアに贈った物が椅子の上に残されているのを発見し、それを丁寧に取り除いた。
風雨にさらされ、色あせ、ほとんどがぼろぼろになっていた。
飛ばされてしまったのか、消えているものも何点かあった。

岩の上がきれいになると、デレクは新しい下着やドレス、装飾品やお菓子などを積み上げた。

「ラーシア……。君はあまりにも大人びていたから考えたこともなかったのだが、背が伸びたりはしていないだろうな?新しい外套を買ってきた。
それから、なんと竜の指輪だ。なかなかかっこいいだろう?きっと竜も気に入る……。
俺が贈り物をすることを竜が怒っていたりはしないだろうか……今度預言者様に聞いてみたいな……」

夕暮れ前に山頂を離れたが、その下の岩屋でデレクは丸一日を過ごし、ラーシアのことを考えた。


 ラーシアが消えて三年が経過した。

その年、預言者が引退すると発表した。
王城内は、大変な騒ぎとなった。
竜の脅威が去り、王国に自分はもう必要なくなったと、王に引退を申し出たのだ。

国政においても大事な相談役であった預言者を王は必死に引き留めたが、預言者は、死ぬときは故郷に帰りたいと王に告げた。
さすがに王も何も言えなかった。預言者は既に百歳を超えている。

「陛下、長い間お世話になりました。力及ばなかったこと多々ございました。申し訳ございません」

「とんでもない。あなたは我が国を竜の脅威から救ってくださった」

王はそう讃えたが、預言者はどこまでも謙虚だった。富も名声も欲しがらず、ただ竜の呪いの研究と竜との対話に時間を費やした。

「陛下、私から最後の予言がございます。私は歳をとり過ぎました。それ故、もうこの後のことは他の者に託していくほかありません」

預言者は王に予言の書を渡した。

「陛下……南の島に戻る前に、犠牲者の弔いに生贄の山に寄りたいのですが、このような高齢でございます。騎士の方に手助けして頂くことは可能でしょうか」

王はすぐに近衛騎士団に伝え、王騎士ウィルバーは第四騎士団に連絡をとった。
ちょうどデレクがまた生贄の山に向かうための休暇をとったばかりだった。

ルシアンからデレクが生贄の山に向かうと聞くと、ウィルバーは王にその者に護衛を任せてはどうかと提案した。
王はその提案を受け入れた。

生贄の山の山頂へ預言者を運ぶ役目は、デレクの所属する第四騎士団が任されることになった。

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