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第一章 企み

11.企む女と第一騎士団

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 占い屋の前にはまた列ができていた。
雪をブーツの先で道の端に蹴り上げて寄せながら、ローゼは列に並び待ち続けた。

列が短くなる間に、灰色の空から雪が降り始め、北風が唸り始めた。

ようやく扉の中に入ると、温かな店内にはまだ列が続いている。
ウェンは人気の占い師で、町の人々から信頼されているのだ。

順番が迫り、椅子が置かれているところまで来ると、今度は座って待つ。
暖炉の前は温かく、薪の燃える音も心地良い。
いつの間にか椅子の上で眠り始め、ローゼはウェンの声で起こされた。

「次の人、お入り」

気づけば店内には誰もいなくなっていた。
ローゼは目をこすりながら占い部屋の布の仕切りを押して中に入った。
中央のテーブルに見慣れた水晶が置かれ、反対側にウェンがいる。

「うまくいったようじゃないか、ローゼ。まさか結婚まで進むとはね。私の占いでもそこまでは見えなかったよ。幸運の力だね」

その言葉にローゼは少しショックを受けたような顔をした。

「そうなの?私……また薬で無理強いしたのかな?」

「少し良い方に力を貸しただけだ。気にすることはない」

ウェンは穏やかに告げたが、ローゼは表情を曇らせたままだった。

「だけど、いいのかい?あんたにとっては辛い道だ。隠れ蓑にされたということはわかっているのだろう?」

やっぱり、そういう意味の結婚なのかと思い、胸に痛みを覚えながらもローゼははっきりと頷いた。

「それでもいいの。愛している人の傍にいたいなら我慢しないと。後悔するよりいいもの」

「そうだね。捨てたものは戻らないからね。言っただろう?変なところで生真面目な男だよ。妻にしたのはその表れだよ。本当に愛する女性とはもう結婚はできないからね。
ある意味誠実とも言えなくはないね。気持ちが先走らないように自身に歯止めをかけたのさ。あんたのこともそれなりに大切に思っている。一番じゃないだけだ」

慰めるようなウェンの口調に、ローゼは力なく笑った。

「そうよね。やっぱり二番だよね。期待なんてしていなかったけど、なんだか、ちょっとだけ大切にされた気がして……。二番目に大切に思ってくれているなら十分よね。
私が消えたら少しは残念に思ってくれる人がいるっていうことだもの」

いつまでも幼く、空っぽの心をウェンは密かに大切に守っている。

「手放したくないなら、余計なことは言ってはいけない。ただひたすらに耐えることだ。その時がきたら……私が手を貸そう。本当だ」

ローゼは弱々しくも、ウェンに感謝するように笑って頷いた。
テーブルにいつもの黄金の液体が入った小瓶が並んだ。出会った頃は一本だったが、今では三本に増えた。
慣れた仕草で、ローゼが出された全ての瓶を飲み終えると、ウェンは一本追加で置いた。

「少しここを離れるかもしれないからね。持っておいき」

ローゼが小瓶をポケットに入れて立ち上がる。

「いつも話を聞いてくれてありがとう。ウェン」

小銭をテーブルに置くと、ウェンはそれを皺深い手で覆い隠し、テーブルの上を滑らせてもう一方の手で受け止めた。

「商売だからだよ。あんたは良い客だよ、ローゼ」

ローゼが出て行くと、ウェンは小銭を棚の小箱にしまい込み、座ったまま店の鍵を閉めた。
いつの間にか扉の外には閉店の札が下げられている。

外は吹雪始め、窓に叩きつけられる雪で光が遮られ、みるみる室内は暗くなる。
ウェンはさてどうしたものかと、指を振ってカーテンを閉めた。

全てを指一本でやり終えたウェンはテーブルの水晶玉に手をかざした。

水晶玉の中に吹雪の中を馬を駆る騎士団の姿が映し出される。
あたたかな季節は多くの人々でにぎわう街道であったが、映し出される景色に旅をする人の姿は見えない。
季節が冬であることもあるが、西の森に物騒な噂が増えていることも原因だった。

魔獣が増え、乱れた魔力で森の変形が始まっていると報告を受けたのは、魔の森を主戦場としてきた王国最強の地位にある第一騎士団だった。
その中でも選び抜かれた精鋭たちがリュデンの町へ向かう街道を埋め尽くしている。

馬蹄を轟かせ、かけてきた一団は、先頭の騎士の合図で一斉に馬を止めた。
そこはちょうリュデンの町の場所を知らせる看板の前だった。
看板に積もった雪を馬上から払いのけ、指揮官が後ろを振り返る。
副官が指揮官の隣に進みでて地図を広げる。

「知らせがあったのはこの辺りですね。町を抜けた方が近道です。第七騎士団がこの辺りで待っているはずです」

「魔獣が出たという場所は?」

この辺りですと、副官が地図上に指をさす。
強い雪風に顔を打たれながら、第一騎士団を率いる中年の騎士は、目前に迫ったリュデンの町の門を見上げる。
町の後方にそびえる第七騎士団の要塞を確認し、部下達を振り返る。

「まずは町を抜ける」

副官が地図を畳み、吹雪をものともせず、空気を震わせ厳しい声で隊員に指示を出す。

一糸乱れぬ動きで隊列を変え、道の端に一列になると、騎士達は町の門をくぐり抜ける。
先頭の騎士が、ふと、懐かしそうにリュデンの町並みに目を走らせる。
戦場で長く生きてきたこの男がこの地に足を踏み入れるのは数十年ぶりのことだった。
鋭い目を前に向ける指揮官の様子を、斜め後ろを走る副官が気がかりな様子でうかがっている。

一度も足を止めることなく、一団は速やかにリュデンの町を駆け抜けた。



 リュデンの町の西に広がる森には、第七騎士団が調査に訪れていた。
団長のエリックは轟く馬蹄に気づくと、すぐに隊列を整えた。

現れたのは王国で最も王に近い位置にある第一騎士団で、先頭に立つのは第一貴族であり王騎士のロベリオ・バーデンだった。
白髪交じりの髪は短く刈りこまれ、刃のように鋭い目をしている。
馬を滑り降りると、ただならぬ威圧感を放ち、第七騎士団に近づいてくる。

「お待ちしておりました。第七騎士団、第三階級エリックと申します」

エリックが一歩前に出る。
ロベリオの姿に感動したように目を輝かせる。

既に若くはないが疲労の色もない。逞しい肉体は現役といっても十分通用するもので、戦う者の気迫が漲っている。
その声もまた、老いを感じさせない朗々としたものだった。

「魔獣の群れが出たと聞いた。これより我が第一騎士団も調査に入る。案内を一人頼む。
それから、塔は存在しないと聞いたが、何か魔力使いが絡むような事件は起きていないか?」

事前に聞かれることがわかっている質問だったため、エリックは淀みなく答えた。
ロベリオは渋い顔をして雪に覆われた森の奥に目を向けた。

「魔の森を知る者は?」

第七騎士団の全員が手をあげた。持ち回りで見回りをするため、王国の騎士は全員、一度は魔の森での戦闘経験がある。

「魔の森で影響を受けなかった者は?」

手を挙げたのはエリック一人だった。

「ならば案内はお前に頼もう。魔獣の鑑定は終わっているのか?闇が深ければ塔持ちの魔法使いが存在する可能性がある」

第一騎士団は魔力耐性のある選ばれた騎士達で構成され、魔の森に最も長く関わっている。
吹雪が強くなる中、ロベリオは部下達に合図を出し、再び馬上にあがる。
急いでエリックも馬にまたがる。
初めての土地とは思えないほど、騎士達は迷いなく冬の森へ踏み込んでいく。

常人には身に着けることのできない魔力を帯びた装備で身を固めた第一騎士団を追って、案内役のエリックは急いで前に出た。



――
 
 ザウリの町に雪は積もらない。そのかわり、切り裂くような冷たい風が吹き、時折花びらのような雪が混じる。
今日は寒いねと言いかわす声がそこかしこで聞かれるが、人通りが減ることはない。
王都に近く、行商人の拠点も多いこの町には、季節に関係なく人が集まる。

 大きな通りも数本あり、露店が所狭しと並んでいる。
冷たい風が吹き抜け、緩んできたスカーフを首にしっかりと巻き付けると、レアナは周囲を見回した。
多くの客が足を止め、店の主との会話を楽しんでいる。

 反対側の通りにも目をやり、レアナはもう一度露店の並ぶ通りをきょろきょろ見回しながら歩き始める。
探しているのはよく当たると評判の占い屋だ。

 先日、そこでレアナは媚薬を買い、なんとかジェイスと結ばれることが出来たが、その結果は散々だった。

 体は結ばれたが、心は離れてしまった。数回分の媚薬を一度に使ったことが問題だったのかもしれない。
さらにあんなに交わったのに、子供は出来ていなかった。

 愛されないのであれば、子供だけでも手に入れたい。
ジェイスを手放したことを後悔しているレアナは、やはり希望を捨てきれなかった。

 ジェイスが所属するザウリの騎士団が魔の森の討伐を終え、一旦町の要塞に戻っていると噂で聞いたのは数日前。
町に出ていた使用人が、要塞に騎士達が戻ってくる姿を見たと証言し、レアナは媚薬を使った日のことを謝罪し、もう一度なんとか話し合えないかとジェイスの帰りを待った。

家令のアルマンはいろいろ相談事があると執務室で忙しそうに準備を進め、ケビンは当主に挨拶に来るのは当然だと、普段入ったこともない執務室でふんぞりかえっていた。

ところがジェイスはその日、フォスター家に帰ってこなかった。
数日経ってもジェイスは戻って来ず、ケビンはジェイスを誘惑しきれなかったレアナを罵った。

夫のケビンに命じられ、レアナは騎士団要塞まで様子を見に行った。身分を明かし、門番に問いかけると、ジェイスは現地で解散し、どこかに真っすぐに向かったと教えられた。

 ジェイスに避けられていると知ると、やはりレアナは傷ついた。
ジェイスとは幼馴染でもあり、子供の頃は喧嘩をしてもすぐに仲直りが出来ていた。
今回も顔を合わせて、謝罪をすれば許してくれるのではないかと甘く考えていた。
交際中、ジェイスは紳士的でずっと優しかった。使用人にも寛大で理不尽なふるまいをしたこともない。
レアナの苦境を理解し、同情から手助けぐらいはしてくれるはずだと甘く考えていた。

しかしジェイスはレアナとフォスター家の事情を後回しにし、交際中の女性のもとへ帰ったのだ。

またあの占い師にジェイスと結ばれる方法について相談し、媚薬を売ってもらわなければならない。
ケビンからもジェイスに首輪をつけるために早く身ごもれと言われている。

夫以外の男と子供を作れと堂々と言えてしまうのは、ケビンがレアナを愛していないからだ。
ジェイスをいたぶる道具としか思っていない。

それならばレアナも好都合だった。欲しいのはジェイスの子供だけだ。

ジェイス以上に尊敬できる男性はいないし、もし家の問題が無ければ今でも結ばれたいと思っている。

 しかしどうすればジェイスの心を取り戻せるのかわからない。
ジェイスが今交際している女性は、家も金もない貧しい女だといっていた。そんな女性がどうやってジェイスを繋ぎとめておくことが出来ているのか不思議でならなかった。

 下級騎士の家ではあったが、一人娘であり、甘やかされてきたレアナは、欲しい愛は容易に手に入るとさえ思っていた。だから、ジェイスが無一文で家を出ると聞いたときも、ケビンを選べばケビンが愛してくれると疑わなかった。
貴族教育を受けた男性であり、女性を丁重に扱うことぐらいは出来ると思ったのだ。

 結婚してからは「こんなはずじゃなかった」の連続だった。ケビンの母親のドリーンはレアナを当主の妻とはみていない。名ばかりの貴族の妻が欲しかっただけだ。世継ぎさえ愛人に産ませればいいと考えていた。

だけど、ジェイスの子供が産めるなら、レアナのこれからの人生には救いがある。
なんとしてもジェイスともう一度関係を持ち、子供を手に入れなければならない。

何度も通りを回り、露店も一軒ずつ覗いたが、この間の占い屋は見つからなかった。
諦めて帰ろうとしたとき、大通りから細い路地に向かって若い女性の行列ができていることに気が付いた。
 
レアナが近づくと列に並ぶ女性たちの声が聞こえてきた。

「ここで占ってもらったら占い通りにすぐに子供が授かったとか」

「イーナのところでしょう?私も占ってもらうの。お守りもあれば欲しいわ」

 行列の先は暗い路地に繋がっており、先頭は見えない。
レアナは列の後ろに並び、祈るように両手を胸の前で組み合わせた。

 
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