9度目の転生(バルバル亭の秘密R18編)

丸井竹

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第三章 二人の秘密

29.思い出した男

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 灰色の肌色で、ぼこぼことした頭の形に潰れた顔をした魔物たちが互いに殺し合い、共食いまで始めている。
その様子を高い岩場からレオンとセレナが見下ろしている。

「レオン様、あれは死の森から溢れた魔力で作られた魔物ですよ。同じ魔力を感じます。恐らく死体を使って実験している魔法使いがいます。ゴーラ国が急速に勢力を伸ばし始めた理由はこれだったのですね。
この魔物たちから国を守ればレオン様は英雄になれます!」

セレナの言葉に、レオンが胡散臭そうな顔をする。

「お前、まさか俺を英雄にするために、わざとこんなことを仕組んだのではあるまいな?」

次から次に厄介ごとを運んでくるセレナを疑わしそうにレオンが見やる。
セレナは頬を膨らませ、心外ですと眼下の魔物たちに気づかれないように小声で訴える。

「さすがの私もここまでのことはしませんよ。まぁ、でもこんな大きな厄介ごとが転がっていたことに関しては幸運だと思っていますけどね」

「魔法使いというのは残酷な存在だな。あれは人間のなれの果てだろう。安らかに眠らせてやるべきだ」

セレナが立ち上がる。

「私に作戦があります。レオン様、さあ行きましょう!英雄への道、まっしぐらです!」

飛ぶように岩場を下りていく少女を追って、レオンもそろそろと腰をあげ、山を下り始める。


映像がまた森の中に変わる。

 全身を血に染め、荒ぶる心のままに男がセレナを草の中に押し倒し、乱暴に抱いている。
大きく足を開いた少女はうれしそうに男の首にしがみついている。
ところが、レオンが叫んでいるのは少女の名前ではない。

「レジーナ姫……レジーナ……」

「レオン様……」

少女は主の想像を妨げないように急いで口を閉ざし、唇をかみしめる。

「レオン様……私は奴隷です。どうぞ便利にお使いください。王城に置いてこられた婚約者のレジーナ様への想いを忘れないように私を抱いてください。目的を忘れないようにそうするべきです。もう一度、実力で王城にあがりましょう。レジーナ様を手に入れるために」

「彼女はもう他の男のものだ」

吐き捨てるような男の声。

「いいえ、あの国ではレジーナ様は幸せになりません。さあ、姫君を助けに行きましょう」

男はセレナに言われ、王城に置いてきたレジーナ姫の替わりに何度も少女を抱く。
少女はうれしそうにその体を受けとめる。


 森の中で焚火が燃えている。
男が焼けた肉を取り出し、少女に差し出す。
それを受け取り、少女が熱そうに頬張る。

その様子を見ながら、男が問いかける。

「お前、なぜそれほど俺に尽くす?俺は気まぐれに目についたお前を買ったが、その恩を返すというならとっくに返し終えている。死ぬところだっただろう」

少女の体は血にぬれているが、傷は見当たらない。

「傷は治りました。それに、私は死なないのです。自分に呪いをかけているので大丈夫です。もしこの先、私が死んだと思っても気にしないことです。
私はあなたが幸せになるのを見届けるまで死んだりしません」

「俺は別にお前に幸せにしてもらおうなどと思っていない。それほど力のある魔法使いなら国に仕えるとか、別の道があるだろう?国を追い出された俺に仕えてもいいことはないぞ」

次の肉が焼け、男が火から取り出して食べ始める。

「いいえ。私にはこの道しかありません。レオン様、あなたを幸せにします。魔法使いというものは変わったことをするものです。あなたが幸せになれば私は師匠のところに戻ります。外の世界を見て、私はもっと魔法の研究がしたくなりました。だから、私のことは気にしないでください。
それより早く食べましょう。私を抱いて寝てくださいね。レジーナ姫を忘れないために大切なことです」

嫌な顔をした男に、少女は明るく笑ってみせる。


 再び別れの場面が現れる。
古城の一室で、男がセレナを引き止めている。

「本当に行くのか?」

「昨夜、約束しました。幸せになってくださると。それで十分です」

「俺にこれからも仕える気はないのか?この城で威張って暮らせるようにしてやる」

少女は振り返り、真っすぐに男を見上げる。

「これが私の幸せなのです。レオン様、長い間お仕え出来て、私は本当に幸せでした。ですから、どうか私のことは忘れて、姫様と早く世継ぎを作ってくださいね」

少女が一瞬で鳥の姿にかわり、高い空に吸い込まれるように消えていく。

「セレナ!遊びに来い!来なければ、いつか訪ねていくからな!」

小鳥の姿はもう見えない。


古の王レオンの回想は終わり、ガラスの棺が草の中に沈んでいる。
老人になったレオンがその棺にしがみつき、ガラス越しに少女の顔を見つめている。


漆黒の魔法使いに九度の転生の話を聞き、旅の記憶をよみがえらせた老人が棺の中に語り掛ける。

「あの旅は……俺を幸せにするためか……。俺を愛してくれていながら、愛されないことを望み、英雄にした俺をあの城に送り届け、ここに戻って一人で眠りについたのか……。
お前は多くの人を助け、この国だけでなく、多くの国を平和にした。
なのに、お前は誰にも存在を知られることなく、愛されることもなく、永遠に孤独だ。俺には……わからない。これが正しいことなのか……」

漆黒の髪の魔法使いが告げる。

「男、ここを去ることだ。呪いが終わるかどうか見届ける約束を私は彼女と交わしている。
私ほどの力を持てば言葉も魔力を持つ。
意外にも私は嘘が得意ではない。約束したからには、この実験の結末を見届ける必要がある」

「終わる?俺から呪いが消えるだけなのだろう?彼女は?」

「幸福な夢を見ている。お前と旅をした記憶はまだ彼女の中にある」

「幸福な夢だと?俺は彼女に残酷なことしかしていない。旅の間、俺は彼女を女性として大切に扱ったことなど一度もない」

無念の声を絞り出し、男は拳を握りガラスの棺を叩き割ろうとするように、一瞬振り上げた。
しかしそれは出来なかった。

「男、お前がこだわるものは何だ?人の魂だけが説明のつかない現象を引き起こす。それ故、我らはそれをおもちゃに時折遊んでいる。
そうだな、それほど納得がいかないなら、好きなだけここにいたらいい。
だが、私に呪いを解く気はない。私はこの試みの結果を見なければならない。彼女はこのまま眠り続け、お前の肉体だけが老いて死に近づく」

棺と男が残された。
レオンが棺の中の少女に話しかける。

「セレナ……。少し遅かったな……。お前が来ない時は、俺が訪ねると言っただろう?
セレナ……。俺は約束を守った。
一人の男として幸せに生きた。一人の女性を守り、愛し抜き、最後を看取った。
子供にも恵まれ、後継者も平和に決まり、彼らは力を合わせて国を治めてくれている。
王としても無事に役目を終えた。お前が王国の平和の礎を築いた。
セレナ、お前のおかげだ。優秀な……優秀過ぎる奴隷だったな……。魔法使いだったことには驚いたが、お前はいつも俺に尽くしてくれた。
お前との約束は果たしたぞ……。俺は幸せな人生を送った……」

棺にぽたりぽたりと熱い滴りが落ちる。
両手で顔を覆い、男は棺につっぷした。

「セレナ……。俺にはわからない。俺はお前との約束を果たそうと幸せであろうとした。それが本当に幸せだったのか俺にはわからない。
お前を愛せたら、どんな幸福が待っていたのだろうかと考えると、俺はたまらなくそれを知りたいと思った。残酷な死と悲しみが待っていようとも、愛する魂を手に入れること以上の幸福があるだろうか。
俺の考えは甘いのだろうな。何度も悲しみと苦しみを繰り返してきたお前がこうした選択をしたというのなら……だけど、俺は……お前の笑った顔が見たかった。
お前と旅した日々を懐かしく思わない日はなかった。セレナ……俺は、お前を……」

まるで言葉を忘れたかのようにレオンは口閉ざす。
怪訝な顔をして、それからもう一度口を開き、出てこない言葉を絞り出そうと苦痛に顔を歪ませる。

「愛している」という言葉は呪いのせいで出ないのだ。

その時、不意に老人は棺に唇を押し付けた。
それは友情や従者に対する親愛の口づけではなかった。

どこからか、薄氷を踏み抜いたようなパキパキといった小さな音がした。
次の瞬間、老人の口から出るはずのない言葉が飛び出した。

「セレナ……俺が欲しいのはお前だけだ」


突然、動いていた二人の映像が止まった。



「これが、九度目の転生の結末だ」

漆黒の髪の魔法使いがいつの間にか光の向こう側に立って、棺の中を見おろしている。

「今見えたものと、ローゼはどう関係している?」

記憶のないジェイスには何一つ実感の沸かない話だ。
ただ説明のつかない心の痛みは感じていた。

「音が聞こえただろう?小枝が折れるような音だ。あれは私の呪いが解けた音だ。それ故、その記念に時間軸の一点をここに残した。この物語の結末は既に出ている。呪いの解放と共に時は進み女の肉体は滅び、男は愛を告白し、数秒を女と幸福に過ごした」

最初の呪いは既に破られていたのだ。
光の中を横切り、漆黒の髪の魔法使いがジェイスの正面に立った。

「小さく無力でありながら、呪いを解いた褒美に、私はお前に尋ねた。何が欲しいかと」

吸い込まれそうな暗い瞳の中に、光が見える。
その瞬間、ジェイスは全てを思い出した。

 レオンであった人生も、さらにその前の人生も、彼女を失った悲しみも苦痛も全てが一気に頭に蘇る。

膝から崩れ落ち、ジェイスは両手で顔を覆った。
探し求め、やっと手に入れた彼女の魂をまた手放してしまったのだとようやく気がついた。

「一度我らの手に落ち、もてあそばれた魂は軌道を外れた星のように、元の位置に戻ることが困難になる。
だが、お前は呪いを解き、魂の起動を修正しようともがいている。魂に刻まれた運命は、今も中心で輝く恒星のように二つの魂を繋ぎとめている。長く、厳しい道になるが、もう一度試みたいか?」

ジェイスは即座に顔をあげた。

「頼む!彼女は九度も転生し、死の呪いを退けた!結ばれることはなかったが、それは彼女が勝ち取った希望だ。今度は別の方法を試したい」

漆黒の魔法使いは善良な存在ではない。それでも男はすがった。
望んだものは永遠に失われることのない、たった一つの魂の片割れだ。

様々な呼び名を持つ古の魔法使いは、男に問いかける。

「ならば、次はどうする?」

その口元は愉快そうに歪な笑みを浮かべていた。





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