ムーヴ・べイン

オリハナ

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【1・光の聖守護獣 編……第二章 魔法界】

3・倉庫組と哀れな王子あるいは乙女(違)による閃光花火①

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 アッシュ達に連れてこられたのは、残留組の教室からもっとずっと奥地に位置する場所だった。明らかに隔離されていて、教室という雰囲気ではない。優兎ゆうとは何をされるのか混乱している。

「アッシュ! ジールちゃん! 始業のベルが鳴るまでには席についてないとダメって言ってるじゃない!」

 ジールがドアを開け、廊下と部屋との境界を股がった瞬間、女の子の怒声を浴びた。

「あら? 見かけない顔の子だわ」

 声のぬしいで優兎も目を丸くする。なんと、その子は猫だった。薄いラベンダー色のふさふさとした毛を持ち、頭の毛を大きな赤いリボンでまとめている。人語を喋っている生き物はちゅん子で多少慣れていたが、彼女は紫の上着にフリルが三段重なったスカートといった服を着て、靴もちゃんと履いている。人間と同じように背中をピンと伸ばして着席しているのも初めて見るタイプだ。

 その猫の隣りにはもう一人、物静かな雰囲気の少女が席について読書にふけっていた。青みがかった黒のショートヘアに、腰紐と同じ赤紫色をした目。服装は全体的に青系統でまとまっていて、花飾りのボタンが目につく。口元にさしたべにと、モデル雑誌に出ていてもおかしくないくらいのスタイルの良さが、大人っぽさを引き立てていた。

「そんな怒るなって。ただ遅れたわけじゃない。オレ達、今日はいいことしたんだぞ。魔法台を知らん奴に使い方を一からまで説明してやったんだ」

じゅう

「ちょっと! 勝手に連れてきたりして!」

「暇してるらしいぜ。いいじゃねえか別に」

 アッシュは机の上に飛び上がって腰を下ろす。

「なあミント、こいつどこのもんだか分かるか? 当ててみろよ」

「どこの者かですって? 生徒じゃないの?」

「ヒント、六階」

 得意げに言うアッシュ。ヒントがズレてるんじゃないかと思うジール。ミントは金色こんじきの目を優兎に向けた。

「六階? うにゅー、新任の先生……という感じじゃなさそうね。同い年くらいだもの。客室に案内されてるとしたら、王国からの使者の息子さんとかかしら」

「い、いや、違います……」

「なら王子ね! 変わった服を着ているわ」

「そんな大層な地位じゃないです! 僕、地球から来たんです」

「あ、オイ! 先に言うんじゃねえよ優兎!」

 アッシュはムスッとした。優兎はビクッとして慌てて謝った。

「謝らなくていいのに。へえ、地球ローディアから……ふうん、こうして間近で見ると、ここの人間とあまり変わらないように見えるわね。――アタシはミント・ブロッサム。よろしくね」

「僕はて……あ、違うか」 優兎は部屋の名前プレートを思い出す。「ユウト・テルアキって言います。よろしくお願いします」

「ニャッ! とても丁寧な人じゃない。敬語はいらないのよ。気軽にミントでいいわ。優兎……ゆうちゃんね? 隣りにいる子がカルラ・レイク。アタシの友達よ」

 猫のミントにカルラと呼ばれた少女は、チラと優兎を見ると、首を少しだけ動かして頭を下げた。

「ここはどこ? 何だか他の教室とは雰囲気が違う気が」

 辺りを見渡す優兎。チェリンカに連れられて見学した綺麗な教室なんかとは違い、そこまで広くない上にやけにボロボロな部屋だった。窓は一つ。黒ずんだ痕や穴の空いている箇所があちこちに。五つある机やイスは、ここにわざわざ持って来て置いたという感じがする。二階もあって、部屋全体を見渡せそうだ。上へ上がる手段が階段じゃなく、アスレチックに付属するようなネットというのが秘密基地感を漂わせる。

「まあ、雰囲気はそりゃあ違うだろうな。元々倉庫だった場所を教室にして集まってるんだもんな」

「通称『倉庫組そうこぐみ』ね」

「倉庫番だっつーの。番人の方がかっこいいだろ?」

「倉庫の番人のどこがイカしてるっていうのよ……。『組』でみんな閉じてるんだから、倉庫組でいいの!」

「つまり、この学校には一年組、二年組、三年組に残留組……と、倉庫組があると。残留組までしか話には聞いてなかったけど、どういう集まりなの?」

「残留の延長の延長の……とどのつまり、この学校の厚意に甘えて居座ってるのよアタシ達。アタシは今年で在学歴五年」

「六年」 ミントに次いでジールが手を挙げる。

「カルラちゃんは……何年だったかしら?」

 ミントがカルラを見ると、彼女は読書していた本を伏せて両手を広げた。「十年」という意味らしい。

「アッシュ、あんたは?」

「忘れた」

「……まあ、ロクな解答は期待してなかったわよ」

「アニキは俺よりは先だったよ」

 五年・六年・十年……平然とした様子で明かすみんなに、優兎は驚きっぱなしだった。一定の歳月を要したら卒業していくもの、と当然のように考えている優兎には理解の及ばない話だ。ほとんどここに住んでるようなものじゃないか。

「そんなに長い間ここにいて、周りの目は気にならないの?」

「生徒は最大四年で出てっちゃうし」 ジールが答えた。「けど、居座る代わりに雑務を手伝ったり、新人教諭の育成に協力したり、新しい授業の導入に意見を出したりしてる。ここはそういう教室なんだ」

(へえ。通りでここの教室の事が説明されなかったわけだ)

「そう言えば聞いてなかったけど、地球人である優兎はなんで魔法界に?」

「えっと、それは――」

 優兎はどういうわけか魔力を持つに至り、体に悪影響を及ぼしていたところを偶然校長に発見され、連れてこられた事を話した。学校にしばらく世話になるむねも伝える。だがしかし、自分がどれだけ苦しめられていたかの経緯については触れなかった。病人として過度に気を使って欲しくはなかったからだ。
 四人(一人は聞いているのか分からないから三人?)は、納得したようだった。

「ねえ、異世界の子と交流をするのはいいけど、そろそろ解放してあげましょうよ。初めての事ばかりで疲れているだろうし、先生も来ちゃうわよ」

 ミントは時計を見て表情を曇らせた。

「ん? ついでに受けて行きゃあいいじゃねえか、授業」

「そういうわけにはいかないでしょう! 教室に知らない子が一人増えてるのよ? 注意されたら可哀想じゃない!」

「ミント、お前先生を舐めてるな? とにかく大丈夫だ、オレを信じろ」

「舐めてるのはどっちよ! いいえ、帰すの!」

 意見を変えないミント。アッシュは頭をわしゃわしゃ掻いて「あーーッ! もう面倒くせえな! この頭でっかちがッ!」と言うと、机から飛び降りた。
 二人は互いに睨み合った。

「ジィィィル!」

「カルラちゃん、来て!」

左右に分かれたアッシュとミントはそれぞれ味方を呼びつける。ジールはやれやれと言いながら、カルラは無言で隣りに立つ。なんだなんだ!? 優兎がおろおろする中、四人は構えた。
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