ムーヴ・べイン

オリハナ

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【1・光の聖守護獣 編……第三章 宿題】

4・洞窟探検①

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「やり方は簡単だけど、随分時間が掛かっちゃったなあ」

 ジールは自分のゼリィ入りのびんをじっと見つめる。

「原因はどんな魔物なのかよく分かってなかったからだろうね。動くスピードとか、凶暴性とか。僕も二人も、アミダラの店で解決すると思ってたから仕方ないんだけど」

「ふーん、なるほど? 確かに大雑把おおざっぱな形しか知らなかったかもな。おし、ジール。後で調べとけ」

「自分で調べなよ……」

 三人はしゃべりながら、瓶に巻き付けたロープを解いて捨てた。

「――でもこの瓶ちょっと窮屈そうだね。空気穴もないし」

 ジールが言った。確かにその通り、瓶の中のゼリィ達はなんだか狭苦しそうだ。優兎ゆうとのゼリィはうるうるとした目で彼を見つめている。ここから出して欲しいと訴えているようだ。

(ああ、そんな目で見ないでよ……)

 優兎は心が痛んだ。視線が突き刺さるが、顔を反らして知らんぷりをした。

「んー、密閉されてるから酸素がなくなっちゃうな。かといって、ふたを開けてると逃げ出しそうだし。――よし!」

 ジールが腰にぶら下げた布袋の一つを外し、紐を解くと、中身が露わになる。
 中身は全部植物の種だ。縞模様の種、小さな粒状の種、スイカの種のように黒いものなどがそこにぎっしり詰まっている。

「木の魔法使いって、みんなこうして種を集めてるものなの?」 優兎はアッシュに聞いた。

「いや。普通はちょっと邪魔な枝をどけるとか、木工や園芸に役立てるとかそんなもんだろうぜ。けどこいつはわざわざ種を集めて、手数のある武器にしちまってる」

「漠然と応用力に富んでるって言って欲しいなあ。ま、下準備に手間がかかるし、消失したら二度と同じものは手に入らないかもしれないから、苦労もひとしおだけどね。――ちなみにこれは普段使ふだんづかい用」

 ジールは手探りで一掴みすると、地面にパラパラッと落とした。意識を集中させ、片手が緑の光で包まれる。すると種が割れ、芽が出てきた。木の魔法をこうしてじっくりと間近で目にするのは初めてだ。芽はぐんぐん成長していき、葉が一枚、二枚、三枚四枚……と増え、優兎の背丈以上の細い木が何本も育つ。周囲は茂みばかりで木はなかったのに、この場だけ不自然に密集した。

「わあ! 種がもう木になっちゃった!」

 優兎の驚いた表情を見て、ジールはフッと微笑む。

「まだまだ、これからさ」

 そう言うと、今度は育てた木々を魔法の力で曲げたり、圧縮させたり、編み込んだりし始めた。工作しているように見える。
 何を作り上げるのだろうと注目していると、ジールは「出来た!」と声にして額の汗を拭った。ジールの手には瓶より大きい、四角形のカゴが三つ出来上がっていた。勿論材料は先ほど育てていた木々である。もろさを感じさせない素晴らしい仕上がりで、丈夫そうだ。

「ぎっちり隙間を埋めないような編み方にしたから、通気性がいいよ。取っ手も付けたから持ち運びにも便利だし。瓶をそのまま持ち歩いてたら、落っことす可能性だってあるからね」

「凄い! 凄いよジール!」

 木カゴの見事な出来に、優兎はすっかり感心してしまった。しかも持つ側の事も考えて作られている。

「魔法がまだ使えなかった頃から、枝を組んで遊んだり、こういったものを作るのが好きだったんだ」

 少々照れながら、ジールは作ったばかりの木カゴにゼリィを入れた。優兎とアッシュもカゴの扉を開け、ゼリィが逃げぬように注意して入れる。扉の端をジールの魔法で結んだら完了だ。
 持ってみると意外に軽かった。通気の隙間も細かくてゼリィが抜け出す心配も無し。好都合な事に、この木カゴはゼリィの顔も隠してくれた。




「痛っ!」

 突然優兎の両目がズキズキと痛み出した。その場に立ち止まり、両手で覆う。

「風が強くなってきたからね、ゴミでも入った?」 とジール。

「いや、違う……。夜更よふかしとかで疲れてるんだよ。時々痛むんだ」

 どれどれ、と少し屈んでジールは優兎の両目を覗き込む。

「わ、ホントだ。目っていうか、茶色だった部分(虹彩こうさい)が真っ赤だ。でも充血とは違うみたいだけど……ね、どう思うアニキ」

 ジールはアッシュの方を向く。しかし彼は無言で歩き続けている。もう一度彼の名前を呼んだが、返事がない。歩みは止まったが、バツの悪そうな顔をしている。

「あれ? アッシュも具合が悪い? どうかした?」

 目の痛みが和らぎ、平常に戻った優兎が尋ねる。アッシュはようやく口を開いた。

「迷った」

 彼らの間にヒュウウッと風が通り抜ける。

「「えええええッ!?」」

 優兎とジールは揃って大声を出す。数十分と見慣れぬ大地を歩き続けて放ったセリフがこれか! アッシュは唇をきゅっと尖らせ、二人から顔をそらす。

「いや、ゼリィ探すのに夢中で、道順なんか覚えてなかったなーって……。まあフラフラしてりゃあそのうち着くだろうって……」

「それなら、ゼリィ捕まえた時に言ってくれればよかったのに。そういう俺もあやふやなんだけど」

「え、ジールも? 僕は二人について行けばいいと思って……」

「「「……」」」

「「「ははははっ!」」」

 三者共におかしくもない笑い声を上げて、長めの溜息をついた。

「とりあえず、それぞれの記憶を頼りにして歩いて行こう。ここで突っ立ってもしょうがないでしょ」

 ジールが提案する。アッシュは頷いた。

「そうだな。一度、来た道を戻って――おわ! 何だこりゃ!?」

 一同の目の前を、真っ白いものがすーっと通り過ぎていった。アッシュが優兎やジールに視線を送ると、彼らも同様に目を丸くしている。

「ケサランパサラン?」

「トゥルニュケプト……じゃなさそうだね。飛び方が違うし、光ってるよ」

 言っている間に、光は遠ざかって行く。まっすぐは進まず、きちんとした意志の元に動いているようだった。

「気になるな。どこに向かってんだろうな?」

 アッシュの目が光った。

「とりあえず、アニキの考えてる線は薄いと思うよ」

 対してぴしゃりと言い放つジール。

「迷子への手助けでも、宝のありかを示してるわけでもないってか?」

「あんなのを信用するなんて現実的じゃないよ。放っておきなって。優兎もそう思うでしょ?」

「あー……ジール、僕もアッシュに賛成していい?」

「え、そっち側!?」

「へえ、ノリがいいじゃねえか。おいジール、これで二対一だぜ!」

 アッシュが優兎の横に並ぶ事で、立ち位置的にも二人と一人という構図になる。因みに優兎の場合はまだ昼を過ぎたばかりだし、という余裕からでもあった。

「まあ、事前に注意したんだから、俺に責任は問わないでよねっていうポーズでもあるんだけどさあ……」

 ジールは諦めたように溜息をついた。

「でも日帰りのつもりだったんだから、備えも何もないんだけど。その辺分かってる?」

「最悪、日が落ちても一日くらい何とかなるだろ。火の魔法使いと、木の魔法使いと、がいりゃあしのげるって」

「僕、最終兵器なんだ……?」

 そんなこんなで三人は光を追跡し始めた。追われているという事に気付いていないのか、はたまた容認しているのかは定かでないが、一定の速度を保ったままだ。どうやら光は三人が来た道を戻っているらしい。ひょっとすると、本当に迷子の自分達を導いてくれているのではないだろうか? 一同の胸が期待に膨らむ。

 しかし、やはり世の中そううまくはいかないらしい。追っているうちに段々と「あ、これ全然違うところへ行ってるな」と思うようになる。

 道中、行きに見かけたのと同じような残骸地帯――総称して〈古代遺跡〉とする――も見かけたが、恐らく別の町だろう。魔法台は見当たらなかった。それどころか、完全に迷ってしまっている事を証明しただけだった。

 目の痛みはとうに引き、もう赤くなってはいない。が、不知の病の方はどうだろう。こんな時に発病しなければいいなあとにわかに心配していると、アッシュとジールが優兎の名前を口にしているのに気付いた。興奮気味の声からして、何かを見つけたようだ。

「おい優兎! ぼーっとしてねえで、アレ見てみろよ。声は出さないようにな」

 え、何? と言いながら二人のいる茂みに近寄る。するとごつごつとした岩山のふもとに、大きな動物が丸まっているのが見えた。

 ――いや、訂正しよう。あれは動物ではない。魔物の類いだ。悪魔のような二本の角を持ち、犬種の違う二体が融合して出来た顔面から、二つの共通する鼻と鳥類のクチバシが生えている。デカい図体は木炭のように漆黒で、背中には立派な羽が生えていた。

(オルトロスかと思ったけど、ちょっと違うな。キメラとも捉えられるけど……オルメラ? キメトロス?)

 伏せた状態で眠っているので、少しばかりの情報しか得られない。が、珍しく優兎は大人しくしていた。当人にも正体は分からないが、胸がざわつくのだ。

 しかし、なぜこんなところで岩山を背にして眠っているのか。ふと疑問に思ったが、どうやらその答えは岩山の方にあるようだ。よく見ると奥に続く道があるらしく、暗がりの入り口を塞ぐようにしてキメトロスはそこにいる。まるで何かを守っているかのように。

「ねえ、光があそこに入って行くよ」

 疑惑を更に深めたのは、優兎達をここまで引っ張ってきた光だった。ジールが指し示すように、光はキメトロスに躊躇ちゅうちょすることなく、背後の空間へと吸い込まれて行ったのだった。

「ジール、どうやら一番薄いと思っていたお宝の線が濃くなってきたようだぜ?」

 アッシュは嬉しそうな顔で言った。

「んー、あいつ、どうにかどかせねえもんかな」

「まさか起こすつもりじゃないよね。アニキ、よしなって。今度は本気で言ってるんだよ」

「いかにも何か隠してますって感じじゃねえか。――ちょっとけしかけてみるか」

 そう言うと、彼は止める声を無視して、一人で茂みの中を突き進み、大きな岩がゴロゴロと転がっている場所へと身を隠した。キメトロスのいる場所からほど近く、立ち上がって少し顔を傾けようものならば、すぐに見つかってしまいそうなものだ。創造物の好きな優兎でも、流石にあそこまで無茶はしない。呼び止めなくていいのかとジールに聞いたが、首を振って「こうなったら誰もアニキを止められない」と伝えた。アッシュは「宝」とか「冒険心をくすぐるもの」とか、そういったものに目がないんだとも言った。なんてことだ……。

 動向を見守っていると、どうやら古典的に、その辺にある石を使って注意を引き付けるつもりのようだ。アッシュはその場に屈んで小石を一つ二つと手に取る。手の平で軽く弄んだ後、投げた。小石はキメトロスの手前で地面に跳ね返り、コツーンッと控えめな音が響き渡る。

 しかしこの作戦、失敗に終わりそうだ。キメトロスは思いの外深い眠りについているようで、アッシュが何度も小石を投げてもまったく起き上がってくる気配がない。頭が二つくっついているのに、どちらかが目を覚ますなんて事もない。ある意味完璧に仕事(?)をこなしているガーディアンだ。アッシュも流石にイライラとし始めている。

「アニキ、もうやめたら?」

 眠りの深さを見て、少し大きめの声で呼びかけるジール。しかしアッシュは首を振る。

「いーや! オレは諦めねえぞ!」

 普通に大声で言うと、アッシュは拳程度の大きな石を引っ掴み――投げた!

 ガッツン!

「あ」

 三人の表情が凍りつく。なんと投げた石が当たった場所は、キメトロスの頭! 石は魔物の頭上から転がっていくと、ゴトンと鈍い音を立てて地面に落ちた。キメトロスの合体した頭の一つは顔をしかめ、低く唸った。

 まずい、と悟った三人は、本能的にしゃがんで身を潜めた。緊張でだらだらと汗を掻く。見つかったらどうしよう!

 キメトロスは一方の頭が覚醒すると、もう一方も起き出した。今まで閉じていた目は気味の悪い事に、右が虫の目、左がヤギの目で、中央はまぶたの中に魚の目を隠していた。

 キメトロスはキョロキョロと辺りを見回しながら体を乗り出した。しかし、ほんの少しその場を離れただけ。大きなあくびを一つし、クチバシの奥に並んだ牙を見せつけたと思うと、喉の奥から第三の子犬の頭が出て来た。こちらも小さな角は生えているが、比較的可愛らしい。
 はそのままの状態で、再び寝息を立てて眠りについた。三人はホッと胸を撫で下ろした。

「アッシュ!」「アニキ!」

 優兎とジールから、同時に批難の声が上がった。

「は、ははは、手元が狂っちまった。ははははは。――すみませんでした」

 急に敬語になった。反省した様子ですごすごとこちらに戻って来る。

「行くべき道を失っちゃったね。これからどうしよう?」 と優兎。

「今のでどっと疲れたよ。どこかで休みたい気分」

 先導だって、ジールはその場から離れた。優兎も疲労の溜まった足を動かしてついて行く。
 アッシュは名残惜しそうに、光の消えていった洞窟を見ていた。
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