ムーヴ・べイン

オリハナ

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【2・魔法の流星群 編 (前編)】

3・ベリィ③

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 再び食堂に戻ってきた優兎ゆうとは、ゆっくりと食事をしながら、図書館で借りた本をどんと目の前に構えていた。時が経つに連れ、人や他の生物の数も増えて来る。

 彼らの目には、優兎が勉強熱心な(または行儀の悪い)少年に見えるだろう。それでいい。優兎の真の目的は、「無駄な体力を浪費しない事」なのだから。

 優兎の考えはこうだ。ゼリィの目の前にお菓子を置いて、食べるのに夢中になり始めたら、ゼリィを中心に大きめのバリアを張る。バリアをカゴの代わりに利用するというわけだ。そうすれば部屋から出られない。バリアの維持も明かりの維持と同じようなもので、消去行動か魔力が尽きない限りは簡単に張り続けられる。しかも魔法の練習にもなるとは、まさに一石二鳥だ。

 本を持参したのは話しかけられるのを防ぐため。勉強中に邪魔をしては悪いな、という心理が働くはずとの見解だ。
 二日だけしのげばいいとはいえ、おそらくは不眠不休でバリアを張り続ける事になるだろう。眠ってしまえば恐らくバリアは解除されてしまう。その間にどこかへ行かれてしまったら大変だ。なので少しでも力を温存したいのだ。

 甘ダレのかかった、付け合わせのトケトケニンジンを口に運びながら、優兎はふふふと笑みを零した。なかなかいい作戦じゃないか。

「おう優兎。勉強か?」

 テーブルに張り付いていた優兎の影が、新たに現れた影と一体になった。優兎はドキッとする。声はアッシュのものであり、彼は背後から話しかけて来た。

(そうか……アッシュはこういう時も迷わず話しかけて来るかー……!)

 とりあえず優兎は無言でコクリと頷いた。後から遅れてジールがやってきて、アッシュの肩を指で突っつく。

「アニキ、勉強に集中してるんだから、話しかけたら悪いよ」

 ヒソヒソ声でジールは注意した。優兎はホッと胸を撫で下ろす。よかった。ジールが何とかしてくれそうだ。

「じゃ、また教室でね、優兎」

 去り際にジールが手を振った。すぐに優兎も手を振り返す。

「ポケットに変なもの飼うなよー!」

 今度はアッシュ。充分距離があっても、彼のハッキリとした声はこちらによく届いた。優兎は「分かった」とだけ言った。

 ん?

 アッシュの言葉が引っかかった。嫌な予感がするのはなぜだろう?

 まさかと思い、上着のポケットに手をそうっと突っ込んだ。そして額を押さえると、優兎は突如気がれたように笑い出した。驚いてこちらを盗み見る生徒を他所に、開いていた本をパタンと閉じる。

「あははは! 僕の負けだよ、ゼリィ!」




「ええ!? 転んだ時に逃げたんじゃなくて、優兎の意志でゼリィを逃がしてたの?」

「……うん」

「なのに、ゼリィこいつは優兎の後を追って、学校まで来ちまったんだな?」

「……その通り」

 優兎はしゅんと肩を落とした。
 現在、優兎、アッシュ、ジールの三人は倉庫組の教室にいる。ゼリィに気付かれてしまったので、二人に今まで黙っていたむねを話したのだ。ゼリィを合成ゼリィにするのが可哀想で逃がしたこと、優兎を追ってきたこと、みんなや二人にさえこの事は黙っておこうと決意したこと、全てだ。二日間どころか、部屋を出てから一時間だって経っていないのにバレてしまうとは……。

「でも、このゼリィが優兎の逃がしたゼリィと同じだって根拠は? もうちょっと大きかったような気がするけど」

 ジールの言う通り。確かに今、机の上で小躍りしているゼリィはサイズが小さい。元の大きさの三分の一といった感じだ。

「分裂したんだよ。多分、部屋に残るのと僕についていくのとに別れたんじゃないかな。同じゼリィだっていう根拠は……この懐きようを見れば、何となく分かるよ」

 優兎はあははと照れ笑いをした。ゼリィはいつの間にか優兎の肩まで移動していて、愛嬌のある顔を振り撒いている。

「けどさ、こうしてすぐに俺達にゼリィの事がバレて、よかったんじゃないの?」

「え、なんでさジール」

「単純に、不眠不休で魔法を使い続けるなんて無謀だからだよ」

「……そうなの?」

「魔力の消費は体力よりも激しいんだよ。その上でお前は寝ないつもりだった。回復用のアイテムもない。大量の食事が腹に納まるようにも見えない。そんなの、すぐにダウンするに決まってるぜ。オレだって、んな事しようとは思わねえよ。ましてやお前はまだ魔法を使う事に慣れてねえしな」

「いや、でも指輪があるし……」

「砂山を海水で固めれば崩れないとでも? あくまで補助するだけだから」

「六階と一階でかなり距離が開いてるから、そもそもまともに機能してなかったんじゃねえの」

「うう……」

 二人にガンガン突っ込まれて、優兎は反省の色を見せる。よくよく言われて見れば自分でも無茶な作戦だったなと思う。優兎は二人にごめん、と笑みを含んで謝った。自分の事を気遣ってくれたのが嬉しかったのだ。

 ガラガラガラ……。

「あら。あなた達、来るの随分早いじゃない」

 ドアの開かれる音と声で三人は同時に振り返った。そこには薄いラベンダー色のふさふさとした毛を持つ猫の獣人ジュールミントとカルラ――彼女と目が合った瞬間、優兎は若干たじろいだ――がいた。

「今日はオレらの勝ちだな」 アッシュはニヤリ。

「うにゅ~、いつも勝負なんてしてないじゃない! 授業始まるギリギリが多いんだから、毎朝こうであって欲しいものだわ」

 ミントはアッシュに文句を言いながら、カルラは相変わらず無言で席に着いた。傷ついたイスのギシッと軋む音がした。

「……? 優ちゃん、その赤いものは何?」

「え? ……あっ!」

「あらま、魔物じゃないの!」

 ミントは優兎の席に近付いた。彼女が言っているのは勿論ゼリィの事だ。優兎は一瞬慌てて隠そうとしたが、すぐに諦めてゼリィとの出会いを話した。自分の事だ、どうせいつかはバレてしまう運命なのだ。
 ゼリィはニコニコ笑顔でミントを迎えた。

「へえ、そんな事があったのね。逃がしてあげるなんて優ちゃんらしいわ」

「けど、俺達にも一言くらい言ってくれれば良かったのに。別にとがめたりはしないよ。そう言う気持ちも理解出来るしね、アニキ?」

「ああ、躊躇ちゅうちょなく鍋にぶっ込んだのは刺激が強かったな……」

「ここまで懐いちゃってるなら、もう優ちゃんから離れる気はなさそうね。――ねえ優ちゃん、この子の名前は何て言うの?」

「名前?」

「そうよ」

 優兎は頬杖を突いて、うーんと考え始めた。ミントに言われるまで全然考えていなかった。

「ゼリィのまんまでよくねえか?」

 アッシュは面倒くさそうに言った。

「バカね、魔物自体の名前じゃない方がいいの。そのつもりがあろうとなかろうと、他の人にはと思わせなくちゃ。学校では守護獣ルースト意外の動物及び魔物を飼う事は禁止なんだから」

「そうだっけか?」

「アッシュ……あんた、前にこの教室に二十本足を持った赤と緑の毛むくじゃらな生き物を持ち込んだ事があったわよねえ? それがすぐにバレて、古代語リューン・ネルゴ学の先生に怒られたじゃないの! しかも連帯責任でよ!? 散々注意されたのに、忘れたって言うの!?」

「覚えてねーな。オレはどーでもいい事はすぐに忘れるんだ」

「うにゅー! あんたのせいで道連れになった者の身にもなりなさい!」

 ミントは風の魔法を発動しようとする。席を立った優兎とジールはまあまあ……と慌ててそれを止めさせた。はあ、またため息が出てしまった。

「名前かあ」

 イスに座り直して、再び考え始める。何がいいだろう? 優兎はゼリィを手の平に乗せて、じっと見つめた。

(うーん、目が可愛らしいから……メメ? 何かこの名前だと女の子みたいだな。ゼリィ種は性別とかあるのかな? とにかくダメだ。オス・メスどっちでも大丈夫な方がいい。……じゃあ全体的に赤いからトマト! ……これも何だかなあ)

 赤い物を中心にどんどん連想していった。リンゴにバラ、父さんのパソコンのマウスパッドに、瑠奈るなのランドセル……。

 そして行き着いた先は――あの夢。

「――ベリィ!」

 ……アッシュは、「一文字変わっただけじゃねえか」という言葉を飲み込んだ。


 ーー3・ベリィ 終ーー
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