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【2・魔法の流星群 編 (前編)】
7・泣き虫獣人・ティム④
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「さて。皆さん、我が村〈フィディア・ヘヴランカ〉へようこそ。ワシはここの村長、フィディア・ブラウンという者じゃ」
フィディアは挨拶をした。シャラン、と首に下げてある木の実のネックレスが音を立てる。優兎達は一礼した。
「今、ちょうど『ビー・コット』を切らしとってな。何もおもてなしする事が出来ないんじゃが、まあゆっくりしていってくれ」
「いえ、おかまいなく」 とミント。
「ビー・コットって何だ?」 アッシュは声をひそめる。
「木の実をすり潰してこねた、生のクッキーみたいなものよ」
「オエッ」
バシッ! ミントはアッシュの後頭部を叩いた。
「――しかし、何だって魔法学校の生徒が聖堂なんかに行くんじゃ?」
「俺達、リッテの花を採りに来たんです」
ジールが答えた。だがフィディアは首を傾げる。
「リッテの花……? 聞いた事ない花じゃの」
「ええ!?」 「はあ!?」 「嘘でしょ!?」
「そんな……! だって、アタシの読んだ本には、確かに花は聖堂に咲いているって……」
「とんだ無駄足だったな」
四人は肩を落とした。苦労してここまでやって来たというのに、目当てのものがないだなんて……。フィディアの一言で、今までの疲れがどっと溢れ出て来た。
「待て待て。勘違いするでない。ワシは知らないと言っただけじゃ」 平然とした面持ちでフィディアは言う。
「奴なら知っとるかもしれん。他はからっきしじゃが、植物だけは妙に詳しいからのう。――ティム! いつまでも隠れとらんと、出てくるのじゃ、ティム!」
フィディアは虚空に向かって声を張り上げた。優兎達は周囲をキョロキョロとする。ティム?この家にはもう一人住人がいるのか?
けれども、誰も現れなかった。辺りはしいんと静かで、何かが出てくる気配さえしない。
この場にはいないんじゃないかと思い始めてきた頃、フィディアは深い溜息をつき、「仕方ない奴じゃ」と呟くと、杖の先で床を思いっきり突いた。
ドシンッ!
振動で家具や明かりがグラグラと揺れた。テーブルの上の花瓶は倒れ、水をぶちまける。
すると、木の皮で編み込みが施されたクローゼットが両サイドに開き、中から何かが飛び出して来た!
「うわあああああんっ! 天井に頭がぶっついた! 痛いよう! 痛いよう!!」
ムクリと起き上がったかと思うと、そいつはいきなり大口を開けて泣き出した。その正体はフィディアと同じくクマの獣人。ただし背丈はミントよりも少しばかり小さいようだ。
「ええい、ビービー泣くでない! 呼んでも来ないお前のせいじゃろうが! 見ろ! 花瓶の水で服がびしょ濡れじゃわい!」
優兎はこの状況で「それはあなたのせいでは?」と言える度胸を持ち合わせていなかった。
「わあああああんっ! だってだって、"生の人間"が怖いんだもの! あああああっ!」
(……自然の中で暮らしている獣人は、生きている人間を『生の人間』、息のない人間を『お肉』や『肉塊』と総称して呼ぶ事があるわ。同胞は別として、息絶えた生物は総じて食料と見なされるの)
ミントが小声で補足。他の三人は背筋がゾクッと震えるのを感じた。
「すまんのう、ビックリしたじゃろう?」 フィディアは布切れで服を拭きながら言う。
「こ奴の名はティム・ブラウン。残念な事に、ワシの孫じゃ」
「残念!? ひ、ひどいよう!」
ティムと呼ばれる子グマは目に涙を溜めて、ポカポカとフィディアの背中を叩いた。
「やめんか! ……ふう。この通り、ちょいとばかり泣き虫な奴でな。手を焼いておるんじゃよ」
「はあ……」
「――さてと、本題に入るとしよう。ティムよ、この者達が言うには〈ハルモニア大聖堂〉にリッテの花なるものが咲いとるらしいんじゃが、お前は何か知っておるか?」
みんなの視線が一斉にティムへと注がれた。ティムはビクッと反応する。
「……見た事ないよ、ボク」
室内に、四人分の溜息の音が響いた。
「でも、聖堂にその花があるのは知ってる」
優兎達四人は、フィディアとティムにそれぞれ自己紹介をした。ティムに至っては少し慣れたのか、段々と笑顔を見せるようになってきた。大きな黒い目をキラキラと輝かせて無邪気な表情を見せる彼は、人間の十歳の子供と何ら変わらず、とても可愛らしい。
「ねえ、ねえっ! お兄ちゃん達生の人間は、一体どんなものを食べているの?」 好奇に溢れた様子でティムが聞いてきた。「ボクはね、『マーリャ・コッタ』や『クート』が大好きなんだよ!」
「マーリャ・コッタは木の根を煮詰めたものに、ミルクを加えてドロドロにしたもの。クートは外皮がトゲトゲで中身が濃い黄色の果実のこと。……クートってすごく濃厚で臭みも強くて、好き嫌いが別れるのよね」
ミントが小声で優兎達に説明した。聞く限り、人間の彼らにとってはあんまり美味しそうだとは思えない。
「あー……オレらはトレラの内臓とか、ヴァニッシュの心臓とか――」
「ひええええ!」
「アニキ、怖がらせるのはやめなよ。そんなの食べられるわけないじゃん。見ただけで気持ち悪いのに」
ジールは顔をしかめた。
「冗談だって。――ところで優兎、地球人はどんなもん食ってんだ?」
「え?」
みんなが優兎の方を向いた。優兎は暫しの間考える。
「日本で馴染みがあるのは、カレーとか、寿司とか……」
「何だそりゃ」
「ええっと、カレーっていうのは、野菜と肉をルウと一緒に煮込んで、ご飯の上にかけた辛い食べ物で……寿司はマグロとか、サーモンとかの魚の切り身を酢飯に乗っけて握ったもの?」
「分からない言葉のオンパレードだなあ。やっぱり住む世界が違うと、食べるものも違ってくるんだね」
「まったく同じだったら逆に怖くないかしら、ジールちゃん」
その時、優兎の中にちょっとしたイタズラ心が芽生えた。この世界の住人は、地球の事分からないんだよな……? 優兎は怪しく笑った。
「ああそうだ。地球人は内臓も心臓も普通に食べるよ」
睨んだ通り。再び視線が優兎に集まった。目を見開き、血相を変えてこっちを見ている。
「……嘘だろ?」
「本当だよ。結構グルメでね。臓物以外にも、わざと腐らせて粘つかせた豆(納豆)とか、死に至らしめるほどの猛毒を持った風船魚|(フグ)とか……足のたくさん生えた海の悪魔|(タコ)も、細かく刻んで団子にしてパクッと(たこ焼き)飲み込んじゃうよ。調理された後もそう易々と食われてなるものか! って感じで、爆弾攻撃を仕掛けてくるんだ、アレは」
極めつけに、可能な限り残忍な表情を作ってみせた。それはみんなを恐怖に陥れるには充分な効果をもたらした。
「うわあああああん! 怖いよう!」
「悪魔の爆弾……? 優兎はそんなのを食べれるの?」
「僕? まあその手の耐性はついてるからいけるかな」
これは盛った。両親が買ってくるたびにあっついあっつい騒いでいる。
「……優兎」
「何? アッシュ」
「オレ達を食べんなよ」
その内、ふんわりと鼻をくすぐるいい匂いが漂ってきた。キッチンにいたフィディアが、鍋や皿などを運んで戻って来る。テーブルに置かれたのは、ふかしたサツマイモに、豆と森豚の木の皮包み。そしてティムの好物、マーリャ・コッタ。
「人間は獣人族の出す肉料理はあまり食べない方がいいかも。お腹壊すから」と、ミントにこっそり忠告されたので、アッシュ以外は早速マーリャ・コッタに手を付ける。深皿に入れられたマーリャ・コッタは白く濁っていて、まだ熱いのかふつふつと泡立っていた。見た目はまるでお粥みたいだなと優兎は思った。
木のスプーンですくって、冷ましながら一口食べてみる。繊維のようなものが口の中でほろほろと崩れた。根っこで出来ているそうだが、優しい甘みがあって、想像より遥かに美味しかった。
「ん、うまい!」
「ええ。とっても美味しいわ!」
「そりゃあよかった」
客人の反応を見て、フィディアは満足げに笑った。その横でティムがガツガツとマーリャ・コッタを食べている。大好物なだけあってすごい勢いだ。口の周りを髭のようにして、おかわりをした。
「これ、ティム! ゆっくり噛まんか!」
「だって……もぐもぐ、好きなんだもの」
「はあ、まったく……」
だからお前はブクブク太るんだとか、だから好きだった子にバカにされたんだとかブツブツ言いながら、ティムの空になった皿にマーリャ・コッタを流し入れた。それをティムに渡すと、彼はまたガツガツと食べ始めた。
「本当に、こ奴には困っておっての。畑仕事にも狩りにもロクに参加せんと、泣くか食べるかばかりなんじゃ」
「ボク、泣き虫なんかじゃないよ。もぐもぐ……熱っ!」
「どの口が言うんじゃ! ……ハァ」
「それに、村の外は……もぐもぐ、魔物がいっぱいで、ボクみたいな子供には危険だよう」
「近所のモールやお前よりも三つ年下のリィも、すでに狩りに行っとるのにか?」
「う……。もう! 一体誰が七歳から狩りを経験させろなんて決まり作ったのさあ! 文句言ってやるぅ!」
「右向いてみぃ」
その時、ミントがハッとして手を止めた。
「あら? ティムちゃんは、村の外に出た事がないの?」
「ちっちゃい頃に出たっきりだよ。村が見えなくなっただけで怖くなるもん」 ティムは口の端をペロリと舐めた。
「それなら、どうしてリッテの花が〈ハルモニア大聖堂〉にあるって事、知っているの?」
ああ、そう言えば。優兎はレタス似の葉っぱをベリィに与えながら注目した。
「えっとね、昨日も生の人間が一人、この家に泊まっていったんだよ。キリアドローの花みたいに、綺麗な黄色の髪の毛をしてた。どこに向かうのか聞いたら、その人が話してくれたんだよ」
「はあ~そう言われてみれば、そんな事言っとったような」
「忘れてたの? 一緒に聞いてたのに。ボクはちゃんと覚えてたよ」
ティムは三杯目のおかわりをした。……金髪の人? その人も僕達と同じようにリッテの花が目当てなのだろうか。
もし目的が同じなら、道中で出会えるかもしれないなと優兎は思った。
「そうじゃ! いい事を思い付いたぞ!」
突然フィディアが声を上げた。優兎達はヒヤッとする。ビクッではなく、ヒヤッとだ。
「何を……ですか?」
一応聞いてみる。するとフィディアは優兎を見て、ニヤリと口の端をつり上げた。
「お主、優兎殿といったな。すまんが、夜が明けたらこ奴も一緒に聖堂へ連れて行っては貰えんか?」
そう言って、フィディアは顎でティムを差した。
――7・泣き虫獣人・ティム 終――
フィディアは挨拶をした。シャラン、と首に下げてある木の実のネックレスが音を立てる。優兎達は一礼した。
「今、ちょうど『ビー・コット』を切らしとってな。何もおもてなしする事が出来ないんじゃが、まあゆっくりしていってくれ」
「いえ、おかまいなく」 とミント。
「ビー・コットって何だ?」 アッシュは声をひそめる。
「木の実をすり潰してこねた、生のクッキーみたいなものよ」
「オエッ」
バシッ! ミントはアッシュの後頭部を叩いた。
「――しかし、何だって魔法学校の生徒が聖堂なんかに行くんじゃ?」
「俺達、リッテの花を採りに来たんです」
ジールが答えた。だがフィディアは首を傾げる。
「リッテの花……? 聞いた事ない花じゃの」
「ええ!?」 「はあ!?」 「嘘でしょ!?」
「そんな……! だって、アタシの読んだ本には、確かに花は聖堂に咲いているって……」
「とんだ無駄足だったな」
四人は肩を落とした。苦労してここまでやって来たというのに、目当てのものがないだなんて……。フィディアの一言で、今までの疲れがどっと溢れ出て来た。
「待て待て。勘違いするでない。ワシは知らないと言っただけじゃ」 平然とした面持ちでフィディアは言う。
「奴なら知っとるかもしれん。他はからっきしじゃが、植物だけは妙に詳しいからのう。――ティム! いつまでも隠れとらんと、出てくるのじゃ、ティム!」
フィディアは虚空に向かって声を張り上げた。優兎達は周囲をキョロキョロとする。ティム?この家にはもう一人住人がいるのか?
けれども、誰も現れなかった。辺りはしいんと静かで、何かが出てくる気配さえしない。
この場にはいないんじゃないかと思い始めてきた頃、フィディアは深い溜息をつき、「仕方ない奴じゃ」と呟くと、杖の先で床を思いっきり突いた。
ドシンッ!
振動で家具や明かりがグラグラと揺れた。テーブルの上の花瓶は倒れ、水をぶちまける。
すると、木の皮で編み込みが施されたクローゼットが両サイドに開き、中から何かが飛び出して来た!
「うわあああああんっ! 天井に頭がぶっついた! 痛いよう! 痛いよう!!」
ムクリと起き上がったかと思うと、そいつはいきなり大口を開けて泣き出した。その正体はフィディアと同じくクマの獣人。ただし背丈はミントよりも少しばかり小さいようだ。
「ええい、ビービー泣くでない! 呼んでも来ないお前のせいじゃろうが! 見ろ! 花瓶の水で服がびしょ濡れじゃわい!」
優兎はこの状況で「それはあなたのせいでは?」と言える度胸を持ち合わせていなかった。
「わあああああんっ! だってだって、"生の人間"が怖いんだもの! あああああっ!」
(……自然の中で暮らしている獣人は、生きている人間を『生の人間』、息のない人間を『お肉』や『肉塊』と総称して呼ぶ事があるわ。同胞は別として、息絶えた生物は総じて食料と見なされるの)
ミントが小声で補足。他の三人は背筋がゾクッと震えるのを感じた。
「すまんのう、ビックリしたじゃろう?」 フィディアは布切れで服を拭きながら言う。
「こ奴の名はティム・ブラウン。残念な事に、ワシの孫じゃ」
「残念!? ひ、ひどいよう!」
ティムと呼ばれる子グマは目に涙を溜めて、ポカポカとフィディアの背中を叩いた。
「やめんか! ……ふう。この通り、ちょいとばかり泣き虫な奴でな。手を焼いておるんじゃよ」
「はあ……」
「――さてと、本題に入るとしよう。ティムよ、この者達が言うには〈ハルモニア大聖堂〉にリッテの花なるものが咲いとるらしいんじゃが、お前は何か知っておるか?」
みんなの視線が一斉にティムへと注がれた。ティムはビクッと反応する。
「……見た事ないよ、ボク」
室内に、四人分の溜息の音が響いた。
「でも、聖堂にその花があるのは知ってる」
優兎達四人は、フィディアとティムにそれぞれ自己紹介をした。ティムに至っては少し慣れたのか、段々と笑顔を見せるようになってきた。大きな黒い目をキラキラと輝かせて無邪気な表情を見せる彼は、人間の十歳の子供と何ら変わらず、とても可愛らしい。
「ねえ、ねえっ! お兄ちゃん達生の人間は、一体どんなものを食べているの?」 好奇に溢れた様子でティムが聞いてきた。「ボクはね、『マーリャ・コッタ』や『クート』が大好きなんだよ!」
「マーリャ・コッタは木の根を煮詰めたものに、ミルクを加えてドロドロにしたもの。クートは外皮がトゲトゲで中身が濃い黄色の果実のこと。……クートってすごく濃厚で臭みも強くて、好き嫌いが別れるのよね」
ミントが小声で優兎達に説明した。聞く限り、人間の彼らにとってはあんまり美味しそうだとは思えない。
「あー……オレらはトレラの内臓とか、ヴァニッシュの心臓とか――」
「ひええええ!」
「アニキ、怖がらせるのはやめなよ。そんなの食べられるわけないじゃん。見ただけで気持ち悪いのに」
ジールは顔をしかめた。
「冗談だって。――ところで優兎、地球人はどんなもん食ってんだ?」
「え?」
みんなが優兎の方を向いた。優兎は暫しの間考える。
「日本で馴染みがあるのは、カレーとか、寿司とか……」
「何だそりゃ」
「ええっと、カレーっていうのは、野菜と肉をルウと一緒に煮込んで、ご飯の上にかけた辛い食べ物で……寿司はマグロとか、サーモンとかの魚の切り身を酢飯に乗っけて握ったもの?」
「分からない言葉のオンパレードだなあ。やっぱり住む世界が違うと、食べるものも違ってくるんだね」
「まったく同じだったら逆に怖くないかしら、ジールちゃん」
その時、優兎の中にちょっとしたイタズラ心が芽生えた。この世界の住人は、地球の事分からないんだよな……? 優兎は怪しく笑った。
「ああそうだ。地球人は内臓も心臓も普通に食べるよ」
睨んだ通り。再び視線が優兎に集まった。目を見開き、血相を変えてこっちを見ている。
「……嘘だろ?」
「本当だよ。結構グルメでね。臓物以外にも、わざと腐らせて粘つかせた豆(納豆)とか、死に至らしめるほどの猛毒を持った風船魚|(フグ)とか……足のたくさん生えた海の悪魔|(タコ)も、細かく刻んで団子にしてパクッと(たこ焼き)飲み込んじゃうよ。調理された後もそう易々と食われてなるものか! って感じで、爆弾攻撃を仕掛けてくるんだ、アレは」
極めつけに、可能な限り残忍な表情を作ってみせた。それはみんなを恐怖に陥れるには充分な効果をもたらした。
「うわあああああん! 怖いよう!」
「悪魔の爆弾……? 優兎はそんなのを食べれるの?」
「僕? まあその手の耐性はついてるからいけるかな」
これは盛った。両親が買ってくるたびにあっついあっつい騒いでいる。
「……優兎」
「何? アッシュ」
「オレ達を食べんなよ」
その内、ふんわりと鼻をくすぐるいい匂いが漂ってきた。キッチンにいたフィディアが、鍋や皿などを運んで戻って来る。テーブルに置かれたのは、ふかしたサツマイモに、豆と森豚の木の皮包み。そしてティムの好物、マーリャ・コッタ。
「人間は獣人族の出す肉料理はあまり食べない方がいいかも。お腹壊すから」と、ミントにこっそり忠告されたので、アッシュ以外は早速マーリャ・コッタに手を付ける。深皿に入れられたマーリャ・コッタは白く濁っていて、まだ熱いのかふつふつと泡立っていた。見た目はまるでお粥みたいだなと優兎は思った。
木のスプーンですくって、冷ましながら一口食べてみる。繊維のようなものが口の中でほろほろと崩れた。根っこで出来ているそうだが、優しい甘みがあって、想像より遥かに美味しかった。
「ん、うまい!」
「ええ。とっても美味しいわ!」
「そりゃあよかった」
客人の反応を見て、フィディアは満足げに笑った。その横でティムがガツガツとマーリャ・コッタを食べている。大好物なだけあってすごい勢いだ。口の周りを髭のようにして、おかわりをした。
「これ、ティム! ゆっくり噛まんか!」
「だって……もぐもぐ、好きなんだもの」
「はあ、まったく……」
だからお前はブクブク太るんだとか、だから好きだった子にバカにされたんだとかブツブツ言いながら、ティムの空になった皿にマーリャ・コッタを流し入れた。それをティムに渡すと、彼はまたガツガツと食べ始めた。
「本当に、こ奴には困っておっての。畑仕事にも狩りにもロクに参加せんと、泣くか食べるかばかりなんじゃ」
「ボク、泣き虫なんかじゃないよ。もぐもぐ……熱っ!」
「どの口が言うんじゃ! ……ハァ」
「それに、村の外は……もぐもぐ、魔物がいっぱいで、ボクみたいな子供には危険だよう」
「近所のモールやお前よりも三つ年下のリィも、すでに狩りに行っとるのにか?」
「う……。もう! 一体誰が七歳から狩りを経験させろなんて決まり作ったのさあ! 文句言ってやるぅ!」
「右向いてみぃ」
その時、ミントがハッとして手を止めた。
「あら? ティムちゃんは、村の外に出た事がないの?」
「ちっちゃい頃に出たっきりだよ。村が見えなくなっただけで怖くなるもん」 ティムは口の端をペロリと舐めた。
「それなら、どうしてリッテの花が〈ハルモニア大聖堂〉にあるって事、知っているの?」
ああ、そう言えば。優兎はレタス似の葉っぱをベリィに与えながら注目した。
「えっとね、昨日も生の人間が一人、この家に泊まっていったんだよ。キリアドローの花みたいに、綺麗な黄色の髪の毛をしてた。どこに向かうのか聞いたら、その人が話してくれたんだよ」
「はあ~そう言われてみれば、そんな事言っとったような」
「忘れてたの? 一緒に聞いてたのに。ボクはちゃんと覚えてたよ」
ティムは三杯目のおかわりをした。……金髪の人? その人も僕達と同じようにリッテの花が目当てなのだろうか。
もし目的が同じなら、道中で出会えるかもしれないなと優兎は思った。
「そうじゃ! いい事を思い付いたぞ!」
突然フィディアが声を上げた。優兎達はヒヤッとする。ビクッではなく、ヒヤッとだ。
「何を……ですか?」
一応聞いてみる。するとフィディアは優兎を見て、ニヤリと口の端をつり上げた。
「お主、優兎殿といったな。すまんが、夜が明けたらこ奴も一緒に聖堂へ連れて行っては貰えんか?」
そう言って、フィディアは顎でティムを差した。
――7・泣き虫獣人・ティム 終――
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