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【2・魔法の流星群 編 (前編)】
9・不協和音①
しおりを挟むコツコツコツ――石の床が響かせる音。ここは妙に肌寒いところだ。
「ランランラララ、ランランラララ」
わたちはお花。きれいなお花
暖炉に燃える 赤色
お船の浮かぶ 青色
お空で泳ぐトマトの黄色
何色にも染まらない
……え? わたちがおいしそうですって?
コトコトお鍋で煮込むの?
ジュージュー獣脂で焼くの?
それともジリジリ汗が出るまで炙ってみる?
あなたっておバカさんね
わたちは食べ物じゃないのよ
風がヒューの一つも髪の毛をかすめない密林の中、優兎達はぐったりと、湿り気のある土や木の幹――この辺の森は立派な葉を付けているようだ――などに身を預けていた。深呼吸してられるほど余裕のない心臓はバクバクと忙しなく働き、胸は上下に大きく動いている。
「や、奴は……?」
と、優兎。
「知らん……」
アッシュは寝返りを打った。
「ここ」
どこ? と優兎は言いたいらしい。ジールが答えた。
「どうでもいい」
言葉が十文字以上出てこない。周辺を五人分の荒くなった呼吸音だけが満たしていた。何か一言でさえ言うのも困難な状態。声を出す時、僕はどうしていたっけ? 喉の奥から? 腹の中から? それとも「この言葉を出せ」と命令されて??
ああもう、頭の中が混乱してきた!
しかし運がいい。何しろここらは、平らな場所のないでこぼことした獣道だ。逃れる為に一心不乱に走ってきたわけだが、木の根や小石につまずいて転んだって、溝にはまって足をくじいたって不思議ではないはずなのだ。幸いにも怪我した者は一人もいない。全員無事だ。助かった。
ようやく呼吸が安定してきた頃、そろそろ出発しようという事になった。示し合わせたわけではないけれど、みんなの起き上がっていく背中がそう語っている。
土の湿り気なのか、汗のせいなのか分からないじっとりと濡れた気持ち悪さを感じながら、優兎もその場から立ち上がろうとした。
ズキズキィッ!
「うぎゃあっ!」
ベタンッ! 勢いよく尻餅をついてしまった。いってててて……。
「おいおい、大丈夫かよ優兎」
ふっと、目の前に赤い髪の毛の束と、屈んでアップになった呆れ顔が現れた。優兎は笑って平気だと返そうとした。しかし両足がピリピリと悲鳴を上げたので、うっと出かけていた言葉を飲み込んでしまった。……痛い! 口を歪めて足を抱えた。
どうやら筋肉痛もあってか、足が限界らしい。
「優ちゃん、どうしたの!?」
ミントがスカートをふわふわ揺らしてそばにやって来た。
「ごめん。みんなには黙ってたけど、僕、朝からずっと足が痛くて……」
「立てない?」
ジールに言われて、優兎はもう一度起き上がろうと、指先に力を込めた。勢いをつけて、ぐっと地面を押す。
「うう、出来ない……」
今、自分はみんなの目にどう映っている事だろう? こんな事で足を引っ張ってしまうなんて情けない。すぐ横でベリィも心配そうに様子を伺っている。
「ひょっとして、ボクを抱えて走ってたせい? ボク重たいもん。家になら、足に効く薬湯があるんだけど……」
ごめんなさい、と今度はティムがすり寄ってきた。しゅんとしたその表情と言葉から、責任は全部自分にあると思っているのかもしれない。優兎は君のせいじゃないよ、と言って柔らかな毛並みの整った頭を撫でてあげた。
「とりあえず、肩を貸してやった方がよさそうだな。もうちょっと開けた場所に移動して――」
「でもアッシュ、優ちゃんって光の魔法の使い手よね? 回復魔法で何とかならないかしら?」
「え」 優兎はミントを見上げる。「それってケガだけじゃなくって、こういうのにも効くものなの?」
「ん~願いの力だから、多分大丈夫なはずよ」
回復魔法……それ専用の魔法と、強い願いを糧とする光の魔法使いだけが扱える術。優兎も光の魔法使いなのだから例外ではないのだが、一度、手紙鳥の大群に飲まれた時に治療を行おうとして失敗していた。
それ故、回復魔法についてはトラウマじみたものが胸に残っている。正直言って滅茶苦茶怖い。命を大切にしている優兎だからこそ、尚更あの失敗は重く受け止めていた。
「そういやあお前、回復魔法で派手に失敗した事あったっけか」
優兎の暗い表情を見て、アッシュが思い出したように言った。
「校長先生に手伝ってもらった時はうまくいったんだけどね。節制の指輪は受け取ったけど、普通に考えたら医学の心得も何にもない奴が手当てするって、怖い事だよ。またしくじったらって思うと……」
「ふうん。でっかい(聖守護獣の)力を持ってるんだったら、んなのちゃちゃっと治りそうなもんだがな」
「アッシュったら! 簡単に言うんじゃないの!」
キッとミントが睨んだ。アッシュは「おー怖っ」と一歩下がった。
しかし、彼に言われて初めてそう言えば、と気付く。確かに優兎は神と呼ぶに値するユニと(された覚えはないが)祝福を授かってオラクルとなった。けれども実際はどうだろうか? 使いこなすどころか、強い魔力を持っているという自覚さえないではないか。光の御子伝説では、オラクルとなった御子に力を貸しているというのに。
なぜ……?
『当たり前だ』
(あ! ユニ!)
『ボクらはリンクしていない』
優兎は目を瞬かせた。リンク?
ユニはフッと笑った。
『いや、違うな。ボクにする気がないんだな』
する気が……ない?
「どういう事、それ!」
いつの間にか声に出していた。他のみんながビックリして、一斉に優兎へと視線を注ぎ込む。
『どういう事か、か……』
ユニはまた軽く嘲笑した。
『教えてやろう。――優兎、ボクは貴様が嫌いなのだよ』
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