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【2・魔法の流星群 編 (後編)】
4・頑張る②
しおりを挟む優兎の驚愕からなる絶叫は、スクリーンを通じてティム達のいる部屋にも少なからず響き渡っていた。けれど、ティムの耳には全く届いていない。津波のように押し寄せてくるシュリープ達の、無数の手から逃れるのに精一杯だったのだ。シュリープは最初に出くわした者だけではない。数が多く、またしつこかった。
今のところ背丈の差とニーナから貰った不幸アイテム――怖がりのティムの事を考えて、ニーナは緑色のガラス玉のついた小綺麗なネックレスを渡していた――で何とか凌いではいる。しかしティムには守られているという意識はなく、一心不乱に走り回っていた。カードを探さなくてはいけないという使命もすっかり忘れていた。
「うわあああん! 来ないでよう! 来ないでったら!」
半べそをかきながら、ティムは自身の背の低さを(知らず知らずのうちに)利用して、シュリープ達の誘いを搔い潜った。
やがて体力が限界に達しようとしているところで、ティムは突如目の前に現れた柵に派手にぶつかって気絶しかけた。シュリープ達から逃げるのに夢中だったのと、ベリィの光が映し出したそれが、柵であると認めるのが遅かった為だ。
結果、ティムの額は激痛を訴えて腫れ出し、鼻からは血が流れた。
ティムは置かれた状況と、身も心もボロボロになった自分に嫌気がさして、その場にうずくまって泣き出してしまった。
「もうやだやだやだやだあっ! ボク、充分頑張ったよ! ボク、これ以上頑張れない……もう頑張りたくないよ!」
ティムは大粒の涙を流してわんわん泣いた。恐怖と、痛みと、現実から逃げ出したい気持ちが折り重なって、どんどん涙の勢いが増していく。
「どうしてみんな頑張れって言うの? 何でそんなに頑張らなくちゃいけないの? ボクなんてなんにも出来ないのに、期待されても困るよ! うわあああん! うわあああああん!」
いよいよ溜め込んでいた感情を爆発させてしまったティムは、大声を上げてまた泣いた。主にティムの気を乱したのは村の事だった。単に動くのが嫌なわけではない。まだ心も体も幼いティムにとっては、背負うものが、やれるようにならなくてはいけない課題が多すぎたのだ。将来が上に立つものだと固定されているから。先代、現代の長が優れているから、小さいうちからでもどうしても比べられてしまう。一子供として甘えるのは当然なのに、期待に応えられないと周りからあれこれ言われてしまう。そのたびにフィディアが村人との仲立ちを行わなくてはならない。これもティムにとってはストレスだった。
――可愛い孫なのは分かりますけど、少しばかり甘やかしすぎてやいませんかね。
――うちの娘は六歳なのに、もう狩りに参加してますよ。ティムちゃんはいつになったらまともに参加出来るようになるのかしら……。
大好きなフィディアが、自分のせいで文句を言われている。苦痛だった。
ティムの涙は止まらなかった。周りはいつの間にかシュリープだらけ。アイテムの効力に守られてはいるが、ずっとこのままというわけにはいかないだろう。
ティムの訴えは優兎達の耳にも届いていた。陰鬱な空気が漂っている。優兎はこの状況はまずいなと感じていた。
(何とか流れを変えないと……。よし! ここはユニの提案に乗って、壁を壊すしかないか)
優兎は手にぐっと力を込めた。しかし、頭の中であざ笑う声が聞こえて来た。
『貴様が? 壁を? フハハハハ! 指輪をつけたしょうもない力しか放てん奴が、大層な事を言うではないか。愉快愉快!』
ユニは盛大に笑った後、笑いを堪えてこう告げた。
『その壁は扉と同じ材質で出来ている』
優兎は「はあ!?」と驚きのあまり声を出してしまった。ユニはその反応を面白がって、また爆笑した。
(ま、まさか、この壁もトルロード鉱石で?)
『貴様らの呼び名なんぞ知らん。だがまあ、貴様ではまず壊すのは無理だろうな。傷さえつくかどうか。くくっ!』
(ぐう……! なら、またユニの力を利用するまでだよ! ユニの事だから、どうせこのくらいの壁を壊す事くらい、わけないんでしょ?)
『ほほう、そのような事を尋ねられるとは……随分とコケにしてくれるではないか。――ああ! 何たる愚問! 寧ろこんなハリボテも破壊出来ぬのかと貴様ら愚民共に問いたい!』
(あ、僕の予想当たってた。――なら問題ないね。とっとと壊しちゃおうよ)
優兎が言うと、ユニはふふふふーと笑いながら、声を低くして言った。
『嫌だ』
(は、はあ? 何で!)
『ボクに頼って当然だという姿勢が気に食わんな。媚びた言葉の一つや二つ、貴様ら人間にとっては容易い事だろう? ええ?』
(うう……。じゃあ、ユニ様ユニ様、魔法界の最高峰におわすユニ大明神様……非力で愚かなこの僕に、どうかあなた様の導きをお与え下さい!)
『もっと己を飾り立てろ』
(非力で愚かで卑しくて兎の名がついたのろまなだけの亀野郎で夜更かしばっかりのこの僕に、どうかあなた様の導きをお与え下さいお願いしますッ!!)
『フッハハハハハー!』ユニは高らかに笑った。
『嫌だ』
(ぐあああああッ! この世界の人おかしい! 何でこんなのが神様だって崇められてるの! 世の中絶対間違ってるーー!)
優兎は頭に血が上ったようで、ガシガシと髪の毛を掻きむしった。
(だったら、やる気もないのに何で壁を壊したらどうだ、なんて案を出したんだよ!)
『ふむ、率直に答えてやるとしよう。優兎、ボクは天へ舞い上がらせておいて、一気に地獄へ叩き落とすという行為が大好きなのだよ』
(うあああああッ! 腐ってる! 完全に心が腐りきってるッ! 大本の神聖なイメージが壊れていくうぅ! ユニコーンの皆々様に謝って来い!)
『フン、知った事か。――だがしかし、ボクは他の聖守護獣共と違って、この通り親切だからな。あの泣き虫|(ティム)がこの扉を開ける事が出来た暁には、先のように手を貸してやっても構わないと思っている』
(え、本当に?)優兎は喜んだ。
『ああそうだとも』ユニは肯定した。
『もしくは泣き虫が絶命した後にでも』
そうしてまたフハハハ! と心ない笑い声を発した。
優兎は心の奥底から怒りがふつふつと煮えたぎって来るのを感じた。どうしてこんな状況下でそんなにも酷い事が言えるのか。ユニの残忍な顔が浮かんでくるようだ。
確かに神であり、不死身のユニにとっては生き物の命の一つや二つが消えたって、何とも思わないのだろう。生い先短い者を大切にしたところで仕方ないのかもしれない。
けど、バカにするのは絶対に間違ってる。一度限りの人生を、自分なりに精一杯生きている者達なんだ! ティムだって、みんなや亡霊達だって――僕だって。
(身近にいるせいですっかり麻痺してた。何もかも神様に頼るもんじゃないんだ。自分の望みは自分で叶える努力をしないと……!)
優兎は生唾を飲み込むと、
「――ティム、聞こえる? 今からそっちへ行くから」
扉に触れて決意を伝える。優兎の急な一言に、ティムを含めて周りの誰もが驚いた。
「優兎、どういう風の吹き回し? アニキが『ここぞオレの見せ場だ!』って感じで魔法披露して、見事に玉砕しちゃったのを見たでしょ。それに、カードがないと開けられないんじゃ?」
落ち着いた様子でジールが言った。そんな彼をアッシュは怖い顔で睨む。
優兎は苦々しげに笑った。
「ちょっとね。僕らをバカにする質の悪い奴がいてさ。角をへし折ってやろうと思ったんだ」
それに……と優兎は唇を噛んだ。
「僕が想像していた魔法は……ずっと憧れていた魔法は……こんなもんなんかじゃない。奇跡を起こす力なんだ。こんな、こんなハリボテも壊せないんじゃあ――」優兎は指輪を抜き取った。
「期待はずれもいいとこだ!」
魔法の力を信じる心と、ティムを救いたいという気持ちとユニへの怒りを爆発させて、優兎は魔法を放った。制限のなくなった攻撃魔法と、それを拒む力が互いに対立し合って、壮大な音を立てる。日の光をまともに見ているかのようなまばゆい光が周辺に広がって、仲間達は目を開けていられなかった。
光が収まって優兎がフラつくと、仲間達は一斉に扉の方へ視線を向けた。しかし残念ながら、ユニの言った通り扉は殆ど傷ついていなかった。感情がこもっていた事と指輪も外してしまった事で、先ほどのは優兎の持つ最大火力に等しかった。だがそれでも破られなかった。トルロード鉱石の混ぜられている割合が特別多いのかもしれない。
諦めがつかない優兎はその後も何度も魔法を放った。教卓に穴を開けた当時なら間違い無くぶっ倒れていただろうが、少しは調整能力や魔力を引き出せる上限も上がったらしい。ギリギリの状態から魔法を生み出すことが可能になっていた。
凄まじい音と光の連続で、まるで近くで雷が落ちているんじゃないかと錯覚する程の光景だった。アッシュとミントはやれやれと息を吐く。
半分ヤケクソになった優兎が髪を汗で湿らせ、息を切らせていると、真横を二色の閃光が走り抜けていった。閃光はまっすぐ扉にぶち当たると、爆音を立てて爆ぜる。優兎は巻き上がる風と煙から自分を守るように体勢を低くした。
扉には優兎の魔法で傷付けた跡の左に、僅かに焦げた跡、右にかすった程度の傷が新たに刻まれていた。
優兎は後ろを振り返る。
「ビリビリビリビリ……もう、音がすっごく響くのよね。こんな事、さっさと終わりにしちゃいましょ」
右隣についたミントはウインクする。
「あー……、毎回お前の行動で突き動かされてるように見えるかもしれねえが、別にそんなんじゃねえからな。オレがやる前に、お前が先を越しちまうんだ。そこんところ間違えんなよ!」
「はははっ!」
左から頭を掻いて現れたアッシュ。彼の言葉に、優兎は思いがけず吹き出した。ムキになっていた気持ちがほぐれていく。一方当人はなぜ笑われたのか分からず渋い顔を見せた。
「多分、こういうのはバラバラに攻撃していってもしょうがないと思うの。一点集中、そして鉱石の性質上、タイミングを合わせて負荷をかけていく方が効果的でしょうね」ミントは予測した。
「鉱石の性質上? どういうこった」
「あくまで軽減なのだから、想定を上回る力を一発一発に込めて打ち出せばいいっていう呆れた理論よ。とにかくあんたは力の限りを尽くせばいいの」
「そりゃ簡単でいいや」
「目印があるといいんじゃないの?」
遠くの方からジールの提案する声が聞こえた。ミントはふむと頷く。
「そうしましょ。なら、出来れば一番傷の深いところがいいんだけれど……そうね、ここ。ニーナちゃんがへこませた部分にしましょう。へこみの中心よ」
ミントはキー、キーと魔法を撃つところにうっすらと爪でバツ印を付けた。
「いい? ここに、三・二・一の合図で一斉に魔法を放つのよ。――さあ、魔力を溜めて!」
一人は目を瞑り、後の二人は印をしっかり捉えて意識を集中させた。三人の足元から魔法陣が出現し、白・赤・紫の鮮やかな色が溢れ出す。
「三・二・一……!」
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