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【3・優兎の日常 編 (前編)】
2・フレイゾンクリーム・アイスは恋の味⑤
しおりを挟む「あはっ! 見て、優兎君! お店再開したみたい!」
地面を蹴って振り返り、早く早く! と手の平を上に手招きをする。女の子は後ろからやって来る優兎を待たずに、一直線にワゴンの元へと走って行った。ワゴンの周りには、小さい子供やその親が何人か集まっている。
「さあ、さあ! 大人も子供もよってらっしゃい! 今日は暑いよね? みんなの大好きな、フレイゾンクリーム・アイスを売ってるよ! 冷たくて美味しい、フレイゾンクリームだよ! さあ、さあ!」
軽い調子で活気づいた声。お客さんの前に立っているのは、先ほど木陰で休んでいた、陰鬱そうな目をしたお婆さん。声と表情が見事に一致していない。
優兎は子供に交じってはしゃいでいる女の子の横に着いた。
一通り人が集まってきたのを確認すると、お婆さんはワゴンに乗った壷に材料を入れ始めた。殻がターコイズカラーのタマゴ、ミルク、白い粉、黄色い粉、ピンクの粉、何だかよく分からないもの諸々。材料が全部入ると、大きなヘラでかき混ぜる。
「このまま混ぜていけば、アイスのもとが出来るよ! 美味しくなるように、魔法をかけなきゃね。さあ、みんなで一緒に唱えよう! 『滅茶苦茶、ヤバいくらい、おいしくなーれ!』」
表情のないまま手前で腕をグルグルと回した後、天に向かって両手を掲げ、子供達も唱えるよう求めるお婆さん。優兎は小首を傾げたが、子供達は楽しそうに唱えた。その子らより明らかに歳が上である女の子も、たった一人で周囲に負けず劣らずの声を張り上げていた。
「あら? 優兎君は唱えないの?」
肘で優兎の腕を突っついてきた。「え?」と優兎。
「いや……流石にこの歳になってくると、乗るのに勇気がいると言うか……恥ずかしいと言うか」
「ふうん? 見た感じ、優兎君あたしとそんなに歳の差はないわよね? それだったら、まだオッケーよ、オッケー!」
女の子はニッコリすると、二回目の復唱に参加した。とても楽しそうだ。何となくだが、彼女は大人になっても一緒に盛り上がりかねないと思った。
しかしながら、このまま一人取り残されたようにじっとしているのも気まずいものだ。女の子には良いふうに見られたいという手前もある。復唱は盛り上がりの良さから、三回目もありそうな雰囲気だ。
(考えろ、僕! 呪文を僕の都合のいいように解釈すれば、恥ずかしさなんて吹っ飛ぶはずだ!)
例えば、あの呪文を唱える事で何かが召喚されるとか。アイスの神様や甘味の精霊なんてのは知らないから、冬の自然現象を妖精の仕業というふうに捉え、生み出されたジャック・フロストなんてどうだろうか。
言霊のように、組み込まれた魔力を起こす事でジャック・フロストが召喚され、壷の中で材料が固まるイメージ。——これだ! 優兎の脳内では寒さを司る妖精の姿が浮かび上がっているが、心の中では小さな火に薪をくべていくように、熱気が増していった。
「「滅茶苦茶、ヤバいくらい、おいしくなーれええええっ!」」
三度目の復唱。そこには幼い子供よりも白熱した様子の、おかしな二人組がいた。
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