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【3・優兎の日常 編 (前編)】
3・修行①
しおりを挟む「属性サークルって言うのは、魔法の相性を繋げたものよ。風は火に弱いけど、地には強い。地は氷に、氷は火に……ほら、繋げて行くと輪になるわ」
「うんうん」
「上級魔法は知っての通り、代表的な六属性の事ね。中級魔法はこれらのいずれかの組み合わせで誕生した魔法よ。混ざり方がそれほど複雑ではないから、無属性と比べるとはっきりと魔法陣に色付けされているの。カルラちゃんの水属性や、ジールちゃんの木属性がこの枠組みね」
「じゃあ、下級魔法は中級魔法と無属性の間ってとこかな?」
「そうよ。そのバリーっていうカエルカメレオンさんは、話を聞くに……霜の使い手かしら? 当たっていれば、それは氷属性を軸として複雑配合された魔法よ。上級・中級に比べて魔法陣の色味が薄れている事と、無属性寄りの性質を持っている事が下級の特徴として挙げられるわね」
「ありがとうミント。おかげですっきりしたよ」
優兎は照れくさそうに礼を言った。ミントはテーブルの上に広げていた本を閉じて、「例には及ばないわ」と言った。
「だけど優ちゃん、随分と初歩的な事を聞くのね。図書館に来たんだったら、その手の本はいくらでもあるのに」
どの辺だったっけ? とミントは隣りに立っているカルラに尋ねる。カルラはすぐに、真横の本棚を指差した。
「基本を抑えた本はもう借りてたんだけど、簡単にしか触れられてなくて。魔法について知る事は、この世界にいる上では要になるから、勉強用に一冊買ってもみたんだけど、例の種を鉢に植える際に、運んできた水を本にぶちまけちゃって。追い打ちをかけるように、ベリィはお菓子を食べ零すわ、その食べ零しに釣られて、どこからともなくやって来た鳥にページごと食い破られるわで、大変な目に遭ったんだよ」
優兎は大きく溜息を吐いた。
「ごめんなさいね、ちょっとその状況見てみたかったわ」
ミントは吹き出して、肩を震わせた。
「でも優ちゃん、気を付けてね。あまり下級だ下級だと騒ぐと、その人を傷付けちゃう事になるから」
「え、そうなんだ?」
「下級であれ中級であれ、結局は当人の実力がものを言うんだけど、級が低い事をネタに、からかってくる人もいるのよ。他にも、上級魔法以外を不純物だと考える人もいるし、そもそも魔法自体を毛嫌う土地もあったりで。生まれ持った力に対して、肩身の狭い思いをしている人達がいるのは事実だから、優ちゃんはからかう側になっちゃダメだからね」
「うん……大丈夫だと思う」
魔法をいいもの視してきた優兎にとっては、力を使える事自体が凄い事だと思っていた。それが羨むものじゃなくて、恨むものとして扱われてしまうなんて。優兎は少し残念な気持ちになった。
「それにしても、優ちゃん今日は随分と勉強熱心じゃない。授業明けはずっと本を読んでいたわね。……まあ、どっかのおバカにちょっかい出されるまでの事だけど」ミントは苦い顔をして、両手で頬杖をついた。
「魔法の修行でも始めてみようかなと思い立ったんだ。聖堂でシュリープ達と戦った時、自分の至らなさに呆れたんだよ」
変にミントの真似をしてすぐにダウンしてしまったし、そもそもユニの力があってこその活躍だった。それはとても癪に障る事で、何よりもっと強くなりたい。その為には、補助輪・サポート付き自転車はそろそろ卒業しなくてはならないのだ。
「重ね重ね感謝するよ。きっと本の中身以上の事が学べたと思う。――それじゃあ、僕行くね!」
優兎は歩き出した。頑張ってね! というエールを受けて、ミントとカルラに手を振る。図書館から出ると、ウキウキした気分で、優兎は魔法台に乗った。
部屋に戻った優兎は、まず先にベランダの方へ向かった。大きなガラス窓を開けて、外に出る。空には太陽がありながらも、僅かに肌寒い。
窓を一度閉めて、優兎は植木鉢に走り寄った。まだ表面が土しかない状態の鉢に、ニッコリと微笑みかける。どんなふうに芽が出てくるのだろう。どんなふうに茎を伸ばすのだろう。ツル植物っぽかったら棒を刺してあげよう。楽しみで楽しみで、待ち遠しかった。
最後に水を上げてから、一時間も経っていない。しかし、花屋の店員は枯れかけていると言ったのだ。浮ついた気分で構う事なく土に水を注ぐと、優兎はベランダを後にした。机の上に置かれた本を取って、ベッドに腰掛ける。ページをはぐって要所を復習すると、優兎は「よし!」と言って、本を閉じた。
『ふむ。何やら面白そうな事を企んでいるではないか、優兎』
誰だ! と聞かずとも知れた声。優兎は眉根にしわを寄せた。
「企むだなんて人聞きの悪い。僕は大真面目なんだよ、ユニ」
優兎は虚空相手に口を開いた。すると今まで部屋にいたのかと勘違いしてしまうほど自然に、人間姿のユニが歩いてきて、目の前に立ち止まった。
「ボクも混ぜるがいい。一件以来退屈していたところだ。ボクからの手ほどきを受ければ、貴様も無価値なクズ石から、道行く者を転ばす程度の存在には仕上がろう」
「それ、結局足を引っ張ってるよね。というか、人を食ったようなその言い草……素直に分かりました、じゃあお願いしますって頼めないんだけど」
「断るのか? 武術然り、競技然り、しのぎを削り合う同輩や師を付けてこそ上達するというもの。ましてや貴様は才能もなければ、明確な目標もない状態。ただむやみやたらに振るっていれば、身になるかどうかの問題より先に、哀れだぞ。……貴様の故郷でよく起こる奇怪現象風に例えるとだなあ――」
ユニはコホンと咳をして、優兎を指差した。
「『ママー、あの人何やってるの?』、『ダメダメ、見ちゃいけませんよ。危ない人だから』」
指を下ろす。ユニは得意気に腰に片手を据えた。
「……現実にそうなりそうだから、言い返せないんだよなあ」
優兎は項垂れた。
「分かった。ユニに指導を頼む事にする。自分じゃあ気付かないものも見えてくるかもしれないからね」
「話の早いオラクルで何よりだ」
満足のいく答えを得られたユニは、右手を伸ばして指を鳴らした。パチンッ! という空間に浸透するような音を合図に、独りでにカーテンが左右に立ち退き、窓が全開まで解放される。窓から入ってきた風が、部屋の中に勢いよく入り込んできた。ユニは風で怯んだ優兎の服を掴むと、宙に放り上げて、聖獣姿に戻った自身の背中に荒っぽく乗せてしまう。自分の足がカーペットの上にない事に気付いた頃には、ユニはベランダから天高く飛び上がっていた。
校舎の屋上に止まって、たてがみを巻き上げながら学校の全域を見渡すユニ。
「た! た、た、高い! ユニ、おおお落とさないでね!」
優兎はシューズにくっついてきたベリィを拾い上げて、叫んだ。
『すべては貴様次第だ。ボクの髪は掴んでくれるなよ。直ちに高速回転して、地面に叩き落としてくれる』
そう言うと、ユニは鉄柵を蹴り上げて飛び降りた。何の抵抗もなく落ちて行くユニに対し、優兎は背中の上で喚き散らす。
ユニは軽やかに大地に着地すると、庭の噴水の上に飛び上がり、木々の上を飛んで前進した。あのまま落下せずに済んだのはいいが、体がぐらんぐらん揺れる。学校のうんと高い柵も楽々と飛び越えてしまうと、森の中を、平原を、およそ馬とはかけ離れた脚力とスピードで駆け抜ける。目星となる足がかりを見つけて、大きくジャンプするのが都度だ。
ただ、その絶叫マシン顔負けの走り方……いや、走る事自体、ある意味優兎の為であるとハッキリ知れたのは、海に飛び込む寸ででワープホールが出現した時の事。瞬間移動が出来るならば、そもそも走る必要などない。それにも関わらず、わざわざ面倒な移動手段を選んでいるという事は――つまり、そう言う事である。
ユニの腹の内を知ってしまった優兎は、修行前から早くも人選を誤ったと思ったとか。
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