ノイジーガール ~ちょっとそこの地下アイドルさん適性間違っていませんか?~

草野猫彦

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七章 インディーズ

110 共作

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 自分で金が稼げるようになった。
 事務所からの固定給は、全員が一律の五万円である。
 今日日高校生のアルバイトでももっと稼げるものだろうが、これは最低保証とでもいうものだ。
 ミュージシャンというのは歩合給なのだな、とその言葉まで含めて、千歳は教えられたものである。
「本当に才能あったのね……」
 契約書に保護者の印鑑が必要であったため、叔母の文乃を交えて、俊との三者面談である。
「一応契約は一年更新ですが」
 一度契約書を預かって、知人に確認してもらってから戻す、という手間をかける文乃である。
 彼女自身も個人事業主なので、そのあたりのことはしっかりと考えている。

 千歳からすると、自分で稼いだ金なので、文乃に何かプレゼントでもしようか、などと考えている。
 だが文乃としては、千歳には遺族年金の他に、賠償金や生命保険など、実は多くの金銭があって、彼女の生活費は普通にそこから出ている。
 大学まではおそらく、特に問題もなく進学できる。
 しかしそこで何かをするためにも、自分の金は自分で管理しておくべきだと思うのだ。
「なんだか小金持ちになっちゃったなあ」 
 ここで金銭感覚が狂うと、ちょっとまずいであろう。
 だが一緒に暮らしている文乃が、そもそも金を使うことに関心がない。

 ともかく千歳は、契約金まで含めて、ちょっと使える金が入ってしまった。
 貯金をしておくのも悪くはないが、何かを買ってみたいとも思う。
 たとえばPCなどはどうであろうか。
 俊のような作曲をするなら、PCは必須である。
「そろそろ新しいギター欲しくなってない?」
「う、それもある」
 暁が妖怪ギター薦めになっているが、そもそも千歳が最初に買ったギターが、無難すぎたというところはある。

 確かに多彩な音が出せるのだが、このギターならではの音、というのがあまりない。
 リズムを刻んでいる今は、もっとジャキジャキとした音が欲しかったりするのだ。
 それが分かる程度には、千歳も成長している。
「曲を作るのって、あたしだけだと無理だしなあ」
 まだ千歳は、インプットが足りていない。
 アウトプットするならば、何かを表現したいという動機が必要なのだ。
 もちろん千歳の中にも、吐き出してしまいたいものはある。
 だがそれが、しっかりと曲になるかは別である。

 千歳も一度は作詞の方に、挑戦してみようとしたのだ。
 だが書いてみた詞を文乃に見られて、真っ赤な顔で「いいと……思うよ?」などと言われればとても見てもらうことなどは出来ない。
 作曲や作詞というのは、特殊技能だと千歳は思う。
 暁などはだいたいその日のノリで、アレンジしてギターを弾く。マスター通りに弾くことなどほとんどない。
 そして曲っぽいものは、コード進行で簡単に作ってしまう。

 アレンジぐらいであれば、簡単にしてしまう才能がノイズの中にはいるのだ。
 ボーカルの月子でさえ、ある程度の作曲能力がある。
 ただそれを編曲し、ちゃんと作り上げる能力というのは、ほとんど俊にしかないと思う。
 天才の仕事だと思うのだが、その言葉を使うと俊は不機嫌になる。
 信吾などは気安く、それぐらい流せと言ったりしているが。



 千歳は今でも週一で、ボイストレーニングには通っている。
 ここは違うジャンルの人から、アドバイスでも貰えないかな、などと思ったりもした。
「作曲……」
 ここはボイストレーニングの場所であるので、そう言われても困ってしまう。
 ただ、知り合いに作曲をしている人間はいた。過去形である。
「私の友人が、現代音楽の作曲はしていたけど」
 教えられるのは基本的に、声の質の底上げである。

 基本的に現代音楽は、黒人のブルースなどから始まったものだ。
 それを白人が取り入れて、ロックなどの原型となっている。
 ロックが発展してメタルになったり、そこから原型を目指してむしろオルタナの方向に発展したりと、ジャンルは広くなりすぎた。
 今などはEDMやヒップホップが全盛であるが、日本は比較的ヒップホップの市場が少ない。
 また日本の音楽は意外なほど、形式がしっかりとしている。

 Aメロ、Bメロ、サビといった感じの曲が、かなりの部分を占めている。
 欧米の流行曲でも、この形式のものが日本では受けることが多い。
「私もギターは素人に毛の生えた程度なのだけど」
 グランドピアノが置かれたこの部屋には、ドラムセットやギターなども置いてある。
 ギターにしても何本か、違うタイプの物があったりする。

 それを「素人」レベルで弾いてもらうと、コード進行がばっちりといってしまう。
 確かにプロとまではいかないが、素人というにはレベルが高い。
「作曲をするのに、譜面だと上手くいかないものがあるのよね。特にギターは」
 スムーズに弾いていくが、確かにわずかに違和感がある。
「ギターはピアノと違って、弾きながらでもチューニングをずらせるから」
 ピアノの12音に、ギターだけではなく他の楽器も従っている。
 だが次に手にしたヴァイオリンは、弦楽器なのである。

 ギターも弦楽器であり、歪ませる音は使う。
 だがヴァイオリンなどは特に、中間の音を伸びやかに使うことが出来る。
 弦を押さえるのと、弓で音を調整する。
 中間の音をどうやって使っていくのか、それが問題である。
「歌でも、わざと音程をほんの少し外すことがあるでしょ」
 音階と音階の間の、ドやレに♯や♭では表現できない音というのはあるのだ。

 もっともそういった音を使っていくと、違和感があるのは間違いない。
 いわゆるヘタウマという領域に入ってしまうことがある。
「いわゆるフィーリングというものらしいけど」
 暁がよく口にしていることだ。
 正確に弾くだけでは、発生しないものがある。
 デジタルよりもアナログを好む人間がいるのと、根本的には変わらないのかもしれない。
 人間の脳はデジタルとアナログを本当に聞き分けるほど、出来がいいわけでもないらしいが。



 ライブハウスなどの熱狂状態では、人間の脳は正常な働きをしていない。
 そこに強烈な音楽を伝えられると、一種の催眠状態に陥ってしまう。
 また状況によっては、強力なトリップ状態になったりもする。
 因果関係が逆転して、70年代のロックミュージシャンは、LSDやアルコールに依存していたらしいが。
「というわけで、曲を作ってみたんだけど」
「へえ」
 千歳から渡された音源を、暁はヘッドフォンで聴いてみる。
 場所は軽音部の部室であり、この二人はちょっと他から離れたところにいる。
 千歳の場合は、普通に友達もいるのだが、暁は基本的に遠巻きにされているのだ。

 何度か聴いてみた後、暁はレスポールを弾き始める。 
 それは確かに千歳のメロディを元にしていたが、明らかに別物になっていた。
「カノン進行なんだ」
「そうそう。どうかな?」
「メロディラインはいいと思うけど、ちょっとつなぎ目をどうしようかな」
 そして暁はメロディラインのキーを変えたりして、コードを色々と入れ替える。

 まるで即興のように、新しい曲が出来ていく感覚。
 基本的に暁は、譜面よりも耳コピで曲を習得する方が早い。
 それでも最終的には譜面にしなければ、マスターがいつまで経っても出来なかったりする。
「歌詞なしでいいから、ちょっと歌ってみてよ」
「じゃあ、ラーラーラーで」
 レスポールではなく、部室に置いてあるアコギを使って、暁は主旋律を作る。
 それに従って、千歳はメロディーを声にする。

 エレキギターであると、色々と出来すぎてしまうため、あえてアコギで演奏を制限する。
 そこから千歳は声にしていくわけだが、歌詞がなくても声に満ちた表現力がすごい。
 この二人が学外のバンドに所属していることや、それなりに大規模なフェスに出ていることは、軽音部の人間は知っている。
 一年生ではあるが、圧倒的に実力があるのだ。
 特に千歳などは、まだギター歴も一年にならないというのに。

 音楽というのは、確かにどれだけの時間、それに浸ってきたかということも関係する。
 だがそれ以上に浸ってきた濃度なども関係する。
 人生の全てをぶつけて、音にして出すのが音楽だ。
 そこに調和があるかもしれないし、逆に一方的な破壊があるかもしれない。
 ともあれ二人は、そうやって曲を作っていく。



「というわけで、作ってみたんだけど」
 信吾が一曲作ってきたのに続いて、高校生の二人が共作という形で曲を持ってきた。
 実のところ共作というのは、著作権の関係が面倒であったりする。
 だが出来てきた曲は、確かに自由な発想から、ギターのテクニカルな部分が目立つ曲にはなっている。
 もっとも、月子が歌うことが前提となっているような、レベルの高いボーカルが必要な曲になっているが。

 これをアレンジして、ちゃんと他のパートまで作る。
 それが俊の役目であって、少し余裕がある休みの期間だが、自分の作曲も俊はしているのだ。
 ただ創作というのは、他人の作品に当たった方がいいものが出来たりもする。
 最近の俊は、ロックバンドの典型的な音楽からは、少しずれていってしまっていたので、こういうものを聴くのはありがたい。

 どうにか三月中には、アルバムを作るだけの新曲を揃えたい。
 それに四月になれば、ツアーというのも企画されている。
 せっかく事務所に所属するようになったのだから、その機能は存分に利用したいと思うのだ。
 より知名度を上げて、より音楽を届けていく。
 まだ形になってすぐのノイズは、相変わらず雑音混じり。
 それぞれが新たな役目を、自分なりに探そうとしていた。
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