異世界転性 ~竜の血脈~

草野猫彦

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52 秘密結社『黒猫』

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 その結社は『黒猫』と呼ばれている。
 主に荷物の輸送を業務とし、黒猫のように素早く、隙間を縫って、各国に荷を届けることで信用を得ている。
 結社というよりは商会と言うべきなのだが、あくまでも結社と呼ばれるのは、その首脳部に謎が多いからだ。
 業務内容は健全なのだが、その商会長が、極端なまでに人の前に出ることが少なく、その幹部も所在が不明であることが多い。
 何より、大陸中の情報を収集しているとの動きが、いかにも怪しげであるのだ。



 そんな最高幹部六人が、大陸南東部の大国レムドリアの首都にある、商会の本部に集まっていた。
「はい、では第3496回最高首脳会議! 始めま~す!」
 やけくそ気味に明るく叫んだのは、緋色の髪を腰まで伸ばした少女。
「ではまずあたしから。帝都消滅に使われた魔法は、結局分かりません。引き続き調査中です。あと、当代の勇者君は、アホのジークに保護されました! 終わり!」
「ジークフェッドが? 勇者は今回も男だろ? どうしてあの女好きが保護したりするんだ?」
 壁にもたれかかった巨漢が問いかける。
「調査中。ただ、一行はイストリア方面へ向かっているみたい」
「じゃあ、次は僕かな。イストリアはようやく王子派の勝利で方がつきそうだ。もっとも、姉の王女が人質になっているので、あと一押しが足りないようだけど」
 そう述べたのは、平凡な顔立ちの魔法使いだった。平凡だが老成した雰囲気を持ち、巨大で複雑な形の杖を手にしていた。
 イストリアの近くということで、その地域を担当している褐色の肌の青年に目が向けられる。
「魔族領は平穏。いまだ侵攻の気配なし。ただ、力はどんどん蓄えていっていると思う」

 ふう、と皆が息を吐く。そして手を挙げて巨漢が言った。
「南西部はもう駄目だな。ルアブラは風前の灯火だ」
 それは前回の会議でも取り上げられていた。帝国が消滅した今、ルアブラには血統的な権威しか残されていない。
 幸い急激に台頭している国があるので、あの地域はそこに任せるという方針で固まっていた。陰日向に支援すればいい。
「北西部は、コルドバが支配権を確立する動きのままです。竜殺しをそれとなく勧誘しましたが、すげなく断られました」
 生真面目そうな、男装の少女が報告する。
 そして五人の視線が、円卓に座した男に向けられる。
 秘密結社黒猫の首領。
 彼はその重たい口を開いた。

「ホリン王は東方侵攻を中止、大陸中央へ進出するつもりだ」
 レムドリア王リュクホリン。その治世において、大国レムドリア王国を、超大国へと拡大させた一代の傑物。
 その領土欲は、長年東方の七都市連合に向けられていたが、その方針に大きな転換があった。
 帝都を失った、帝国。その領土を切り取ろうという野心。あるいは大望と言っていいのか。
 帝国という要を失った人間側にとって、中心となって千年紀を乗り越えてくれる存在は必要なのだ。
 レムドリア王ホリンは間違いなくそれだけの器量があると、この場の皆が認めていた。
 唯一の問題は、彼が高齢という点と、そこから導き出される後継者問題だ。
 王太子は既に政務に参画し、その能力を示している。実務能力では英雄である父さえをも上回ると評価されている。

 問題は、末の王子にあった。
 これが無能で暴虐なら、まだ話は早い。
 問題は、有能すぎるほどに有能であるということだ。
 父王でさえ長年抜けなかった七都市連合への城塞を破り、その領域へ侵攻したのである。
 慌てて連合は和議を請い、王もそれを受け入れた。兵站の問題もあり、連合を完全に征服するのには無理があると判断したのだ。
 有能な王太子と、有能な末の王子。二人の仲自体は良好なのだが、もしホリン王が死去したらどうなるか、考えただけで頭が痛い。
「レムドリアは、引き続き様子を見る」
 商会長が言葉を続けた。
 魂を摩滅されていったような、若いのに力のない声だった。

 これで話合いは終わりか、というタイミングで、男装の少女が手を挙げる。
「暗黒迷宮を踏破した人が出たようですけど、調査しますか?」
 彼女は若い。このメンバーの中では、飛びぬけて若い。正確には、唯一外見と年齢が一致しているだけなのだが。
 それだけに、興味を引いたことへの感心も高い。竜殺しへ声をかけたのは、彼女の独断だった。
 黒猫の組織力はともかく、突出した能力を持つ人材を欲しているのは、彼女が一番と言ってよかった。
「特に必要ないだろう。コルドバに関係するようなら、動きを探る必要があるが」
 会長はそう判断する。だがこの情報に対する感度の差が、魔王との決定的な差となっているのだが。

 会議は終わった。茶の一つも出ない会議だが、それはいつものことだった。
「それではこれで」
 褐色の肌の青年、大賢者アゼルフォードが姿を消す。
「また今度」
 平凡な容姿の魔法使いもまた、この大陸にはない術式の転移の魔法を、平然と使う。
「面倒だなあ。じゃあまたね」
 緋色の髪の少女もまた、転移の魔法で去っていく。
「それでは会長、お体に気をつけて」
 生真面目に頭を下げ、男装の少女も消え去る。

 残ったのは巨漢の男と、卓に肘を乗せ、組んだ手で口元を隠した会長。
「なあ、ヤマト」
 巨漢が会長に呼びかける。
「その姿勢、やめね?」
「なぜだ? 偉い人間はこういう姿勢を取ると言ったのはお前だろうに」
 そう、そう言ったのは、自分である。
 愚かであった。若気の至りであった。
「じゃあまあ、俺も行くわ」
「お前もそろそろ転移魔法を覚えたらどうだ?」
「やだね。それぐらい多めに見ろって」
 手を振って、巨漢が扉から出て行く。
 あとに残るのは、黒猫会長ヤマト一人。
「どっこらせ」
 老人のように呟き、彼は立ち上がる。
 事実、彼は老いていた。肉体ではなく、精神が。およそ限界に近いほどに。しかし、役目を放棄するわけにはいかない。
 ガラス窓から空を見上げる。その一角を切り取るように、巨大な王城の姿が見えていた。



 戦鎚と、刀が打ち合う。
 激しさの中にも、優美さを秘めたその攻防。
 一際激しい衝突音と共に、両者は飛び離れる。
「むう……」
 戦鎚をどさりと置き、オーガキングは唸った。
「勢い自体は以前より優っている。だが、なんというか、技にキレがないな」
 説明は難しい。だが、なんとなくそう感じるのだ。
 対するリアも、それで充分だった。感覚的なものなのだ。

 迷宮都市を出発したリアたち一行は、現在オーガの里にいる。
 オーガキングの呼びかけにより、各オーガの村の長たちを集めている。今はそれを待っている途中だった。
 リアはその時間を活用して、オーガキングとの訓練を続けている。ただ武器で打ち合うだけならイリーナもいい相手になるのだが、技を駆使した戦いとなると、明らかに力不足だった。
「面倒かもしれないが、相手を続けて欲しい」
「まあ、それは構わんよ」
 オーガは戦いを好む種族だ。
 他の一行も、それぞれが修行をしたりして、自由な時間を過ごしている。
 オーガたちを待つのと、魔族からの連絡待ちだった。



 あの夜 ――。
 相談もなく、いきなりリアたち一行の前に現れた、魔族の大幹部アスカ。
 彼女が余計なことを言う前に、レイはチョークスリーパーで口を封じ、事情を詳しく知る者だけで話し合った。
 即ち、リア、サージ、レイ、アスカの4人である。
「その前に、アスカさん」
 サージが見上げて尋ねた。
「発言を許すわよ、少年」
「ありがとうございます。もしかしてあなたとレイさんの名前は、魔王様が決められたものですか?」
「よく分かったわね」
「その、魔王様が元いた世界の物語の登場人物ですから」
「そう! そうなのよね!」
 いきなりアスカはその場に馴染んでしまった。

 なんでも魔族領には印刷技術どころか、マンガさえもが存在するという。
 それを聞いたサージがかなり真剣に魔族領への移住を考えたりもしたのだが、それはあくまで余談である。
 ……魔王様、文化汚染もほどほどに。

「つまり、コルドバの情報を教えてくれるということか?」
 リアの問いに、アスカが大きく頷く。確認の意味でもレイの方も見たが、彼女も軽く頷いた。
 理由は簡単、敵の敵は味方、ということである。
 魔族にとって、人間の社会は敵だが、個々の人間は敵ではない。魔族領にも人間がいるのだ。
 魔族が敵とするのは、魔族を抹殺、排斥しようとするものである。
 具体的に言えば、人間至上主義国家コルドバである。

 リアたちがコルドバと敵対するなら、それに力を貸すのはやぶさかではないのだ。
「私の魔法を使えば、遠い距離で話し合うことも簡単だしね」
 アスカがあまりにも自分の能力をペラペラ喋るので、レイは度々その口を閉ざさせたが。
 この少女チョロインではないのか。
 不敬にも、サージは思った。



「物は相談なんだけど……」
 話があまりにもあっさりとまとまって、では別れようかという時に。
 アスカがリアを熱っぽい目で見つめて言った。
「血、吸わせてくれない?」

「だが断る」
「そんなこと言わないでさ。ちょっとでいいから。先っちょだけでいいから」
 この場合、牙の先でちょっと刺すだけという意味である。
「あたし吸うの上手いよ。みんな上手だって言ってくれるもん」
「吸われたら、眷属になるんじゃないのか?」
「あ、大丈夫大丈夫。あれは魅了耐性とか疾病耐性のない人がなっちゃうものだから。それに、あたしがそのつもりで吸わなかったら平気」
「それなら……成功報酬でどうだ?」
「ほほう」
 益になる情報を持ってこれたら、少し血をあげるという方向で話はまとまった。

 その話を聞きつつ、レイは頭を抱え、サージは萌え死にしそうになっていた。
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