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あまーい!(ただの現実逃避です)
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ガタゴトと馬車が揺れて目が覚める。
あれ…? いつの間にか寝てたみたい。
「あ、シラハ。目が覚めた?」
私は声がした方へと視線を向けると、リィナさんがこちらを見ていた。
寝顔を見られてたなんて、恥ずかしい。今更だけど……。
「おはようございます、リィナさん。今どの辺ですか?」
「んー。もう少しで街に着くと思うよ」
リィナさんは少し考えてから私の質問に答える。
そっか、そろそろ街に……って、あれ?
私が御者台に出て、夜道を走るんじゃなかったっけ?
そこまで考えて、私は漸く馬車に駆け込んだ後に寝落ちした事を思い出した。
サーっと血の気が引いた気がした。
「あ、あのっ、ごめんなさい! 私寝ちゃって……!」
「知ってる。アタシらが戻って来た時には爆睡してて、起きる気配なかったからな」
「ロエンナさん?!」
振り返るとロエンナさんが座っていた。
荷台には私達しかいないので、男性陣は御者台の方にいるのだろう。
チラリと御者台の方を見ると、私の視線を感じたのかは分からないがローエンさんの声が聞こえてきた。
「たしかに馬車が動いても起きなかったけど、ロエンナは君を起こさないように静かにしろ、って言ってたから寝てしまった事については気にしなくていいよ」
「兄貴うるっせぇ! 余計なことは言うな!」
ロエンナさんが何やら恥ずかしそうにしているから、ローエンさんの言葉は本当なんだろうね。
とはいえ、やっぱり申し訳ないよ……。
「シラハ……あのね、その……」
ロエンナさん達のやり取りを見ていると、リィナさんがもじもじし始めた。
トイレでも我慢しているのかな?
「……? リィナさん、我慢は良くないので言いたい事がある場合は我慢しない方が良いですよ」
「!? う、うん。わかった!」
リィナさんが何かを決心したような顔になる。
トイレって言って馬車を停めて貰うのが、そんなに心苦しかったのかな?
それなら、私が言い出して停めてあげれば良かったかな?
「シラハ!」
「は、はいっ」
リィナさんがいきなり私の名前を大声で呼ぶ。
ビックリして漏れちゃうとこだったよ。いや、漏らさないよ? まだ、我慢できるから。
「私ね、昨日シラハに酷い事をしたのかもしれない。シラハを泣かせちゃって……」
「あ、あ~……」
あれか~。
たしかに私、走り去る時にリィナさんの馬鹿ー! とか言って逃げ出したわ……。
あの時は羞恥ゲージが振り切れてたから、後先考えずに叫んじゃったんだよね……。あれが若気の至りか。
「でも、何がシラハを傷つけたのか分からなくて。こんな事、本人に聞くべきじゃない事とは分かってるんだけど、私の何が悪かったか教えてくれないかな?」
リィナさんが真っ直ぐ私の目を見つめてくる。照れるな。
もし嫌いな人間にこんな事言われたら確実に無視する。
でもリィナさんには、お世話になってるし嫌いじゃないから正直に答えても良いんだけど……。
いや、恥ずいわ……。
私の黒歴史を恥ずかしげもなく言ってくれた、リィナさんに恨みが……ないわけでもない。けど……
いや、でも。悪気はなかったわけだし、私を庇おうとした結果なのだから恨むのは良くない。
しかも、こんな質問をしてくるくらいなんだから結構気に病んでいるんだと思う。
とはいえ……うーん。
「やっぱり、言いたくないよね……。ゴメンね、私…シラハに嫌われたくなくて……」
私が悩んでいると、リィナさんは拒否されたと受け取ったのか俯いてしまう。
あ、マズイ。なんか声が震えてる。
もしかしなくても泣いてる?
「リ、リィナさん?」
「私の事、嫌い…なんでしょ? だからパーティーの勧誘も断ったんでしょ?」
どうしよう、なんかリィナさんに変なスイッチが入ったっぽい!
「違いますよ! 私は…その、事情がありまして……他の方とパーティーを組むつもりは元々ないんです! だからリィナさんが嫌いだなんて事は絶対にありません!」
「本当に……?」
「本当です!」
まさかリィナさんが、こんなめんど……ごふん! 繊細な人だったなんて!
嫌いどころか好きだけどね。
何を言わせるんだよ……まったく。
「昨日は、ちょっと……ほら、私も…恥ずかしさがあったので、思わず逃げちゃっただけなんですよ」
「そっか……そうだよね。私、シラハの気持ちも考えないで……。あんなのを見せられて舞い上がっちゃってたみたいだね私」
恥ずかしいけど、ここは言うしかなかったと思う。
これでリィナさんが納得してくれれば、私の羞恥心なんて些事だよ。
「なあ、シラハ」
「はい?」
リィナさんが落ち着くと、今度はロエンナさんが凄い顔をしていた。
いや、ちょっと待って。なんで、そんなに睨んでるの?
「リィナが言ってたんだが、お前兄貴にキスしたんだって?」
「は、はひ……」
え、ロエンナさんてブラコンなの? ローエンさんにキスはしたけど、この空気じゃ救命行為って言っても信じてくれなさそう。
というか私、殺されるんじゃない?
「なんで、あの状況でそんな行為に走ったのか、じっっっくりと教えて貰おうじゃないか」
「いやー……。じっくりもなにも、ただの救命行為ですけど」
「ほぉう……」
信じてませんよね。
欠片も納得した雰囲気ないですもん。
でも、この圧に負けて喋るつもりはないですよ。
「ただの救命行為とキスが、どう繋がるのか教えて貰おうか?」
「お断りします」
「なに?」
ロエンナさんの圧が強くなった気がする。
でも負けないよ。
「私から言えるのはローエンさんを助けるのには、アレが必要だった、という事だけです」
「それで納得できるとでも?」
「納得するもしないも、私が治療してローエンさんの命が救われた。その結果で十分なはずです。それとも過程が気に入らないから、ローエンさんには死んでもらった方が良かった、とでも言いますか?」
「んな訳ないだろ!!」
ロエンナさんが叫びながら立ち上がる。
かなり怒っている気もするけど、私は悪い事をしたつもりはないので、今回の様な追求の仕方は正直言って気分が悪い。
有用な能力を知りたい、得たい、と思うのはガルシアン帝国ならではの考えだとは聞いた。
そして私がブランタ王国から、やって来たのを知っているのなら、その考え方を押し付けるのは間違っている。
それ以前に知られたくない、とロエンナさんには伝えてもある。
未知の力を知りたいと思う気持ちは分かるけども、こちらの事を考慮さえしないのは違うと断言できる。
ギルマスと冒険者という関係ではあるけど、それは決して上司と部下ではない。
そんなモノを求めるのなら、国の指揮下にでも入って軍属にでもなればいいのだ。
「たしかに私はローエンさんを助けました。ですが解毒したらギルマスに報告をしなければいけない、なんて聞いた事がありませんが?」
「あの魔物の毒は通常の解毒薬では治せなかった。それを治したんだぞ! それがあればどれだけの者を助けられると思う!?」
「もっともらしい理由ですが、それは私に解毒の為だけに一生を費やせと仰っているんですか?」
「なら、その方法を教えれば――」
「教えたところで誰もできませんし、教えるつもりもありません。これで満足ですか? それとも私を捕まえて無理矢理吐かせますか?」
私は今までで一番淡々と、そして冷たく言い放つ。
私も目の前に苦しんでいる人がいれば、助けようとするだろうけども、その力を活かす為に自分の全てを捧げる気なんて毛頭ない。
「ロエンナ、その辺にしておけ。これ以上言い募れば本当に街を出てしまうぞ?」
「でも、まだ分からないじゃないか!」
ローエンさんは私が面倒事が起きたら街を出る、と言った事を覚えていてくれたみたいだね。
そして、ロエンナさんはまだチャンスがあると思ってるのかな?
「ローエンさん馬車を止めてください」
「どうしたんだ?」
「どうも話しても納得して貰えないようなので、馬車を降りてそのままどこかに行きます」
「…………それは、待ってもらえないか? 私も君にお礼をしたいし、今のロエンナの言葉も解毒の方法の事ではないんだ」
解毒の事ではない? さっき、まだ分からないって言ってたじゃん。
「では、どういった意図があるんですか?」
「兄貴!」
「ロエンナは黙ってるんだ。ロエンナは、シラハが私を助けた見返りを求めて、何か良からぬ事をするのではないかと考えているんだ」
「良からぬって、たとえば何ですか?」
「たとえば……婚姻、とかか?」
「なんで、そこで婚姻なんて出てくるんですか?」
私としては助けた代価なんていらないけど、冒険者的なノリで食事でも奢って貰うくらいで考えていたんだけど、全然違ったよ。
もしかしてAランクの冒険者って玉の輿みたいな感じなのかな? いや、まあ低ランクの冒険者よりは収入も多いだろうし、優良物件なのかもしれないけどね。
え、私って玉の輿と見るや、さっそく襲いかかるような肉食獣みたいに見られてるの? 節操なしみたいな?
そして私の毒牙にかかりそうな兄を心配する妹。
たしかに私は毒牙っぽいのを持ってますけども! スキル的に!
「え……私、ローエンさんに好意を寄せているように見えるんですか? さすがに会って一日で婚姻とか無理なんですけど……」
というか怖い。
勢いで結婚とか他人を否定するつもりはないけど、自分は無理です。
私の言葉を聞いてローエンさんから、若干笑いを含んだ声が聞こえる。
「安心してくれ、私もそんなつもりはない」
良かった。そんなぶっ飛んだ事態にならなくて……。
しかし、そんな訳の分からない心配をするなんてロエンナさんのブラコンも相当だね。
「私がローエンさんに何か無理な要求するのでは、と気にしているのなら、帰ったらお酒でも奢ってくれればそれでいいですよ」
「それくらいなら、お安い御用だ。……ロエンナもそれで良いな?」
「分かったよ……」
やっとロエンナさんの怒りが収まった、良かった……。
その後は、街に戻って冒険者ギルドで報酬を貰って解散となった。
私は少し馬車で寝てたけど、まだ寝ようと思えば眠れる。
あ、ローブも血で汚れちゃってるなぁ……。
そういえば、これってリィナさんに借りたヤツなんだよね。
私が使ってたローブはハイオークとの戦闘で破けちゃったから、あれから借りっぱなしだったよ。
それを返り血で、こんなに汚しちゃったんじゃ新しいのを買って返した方がいいよね。
私は道行く人にローブを売っている場所を聞いてから、お店に向かう。
途中、私の血塗れのローブを見てギョッとする人が多かったのでローブは脱いでおく。
お店に着くと自分用に白いローブを予備を含めて三着と、リィナさんに返す用に借りていたローブに近い物を見繕う。
それらを買う為に会計を済ませようとすると、横からスッと代金が支払われる。
「ローエンさん……?」
「余計なお世話かもしれないが、これくらいはさせてくれ。君は命の恩人なんだから」
いつの間にか隣にいたローエンさんが、代わりに支払いを済ませてくれる。
街中とはいえ、匂いを警戒してなかったね。こんな近くにいたのに気付かなかったよ。
私としては自分で支払っても構わないのだけど、大人しくローエンさんに買ってもらう事にした。
私は奢るだけでいいとは言ったけど、ロエンナさんがいたからローエンさんは何も言わなかっただけで、それだけでは気が済まないのかもしれない。
私は新しく買ったローブを早速着てから店を出る。
「ローエンさん、ありがとうございました」
「いや、気にしないでくれ。それより、後を付けて勝手に支払いをした事で君を不快にさせたなら済まない」
「そんな事ないですよ」
あれ? 言われてみれば、気付いたら我が物顔で隣に立っていられるのって怖いかも……。
「それで、この後に君の予定がなければなんだが、私と食事でもしないか?」
「えっ? それは、まぁ、構いませんけど」
あれか、借りはさっさと返したいって事かな。
たしかに借りっぱなしは嫌だよね。私は忘れてたけども!
私はローエンさんに連れられて喫茶店にやって来た。
ちょっとしたお洒落空間だ。
紅茶とマシュマロを頼んで、久々のスイーツを楽しむ。
アルクーレではファーリア様のお茶会でクッキーを食べさせて貰ったけど、マシュマロの様な柔らかいお菓子は初めてかもしれない。
時間と材料と厨房があったら、今度お菓子作りでもしてみようかな。
うん、色々足りないね……。
私がマシュマロを食べている間、ローエンさんは私を微笑ましそうに見ていた。
もしかすると、はしゃいでしまっていたかもしれない。
なので私は取り繕う様にして紅茶に口を付けた。
「シラハ、私と結婚を前提に付き合って欲しい」
ぶっふぉ! 心の中で盛大に吹いた。
紅茶を吹き出さなかった私を誰か褒めて欲しい。
って、いきなり、なんて爆弾を投下するんですか?!
私、この旅で求婚されるの二度目だよ……。
別に婿を探して三千里、してるわけじゃないんだけどなぁ……。
どうして、こうなった!
//////////////////////////////////////////////////////
後書き
リィナ「はわわ……。シラハがプロポーズされてるっ」
シラハ「いや、助けてくださいよ」
ロエンナ「兄貴じゃ不満ってか? ああん?」
シラハ「私が求婚を受け入れたら、私の事を姉さんと呼ぶ事になるんですよ?」
ロエンナ「シ、シラハ姉さん……。くっ殺せ!」
シラハ「くっ殺いただきましたー!」
ローエン「あの、返事は……?」
あれ…? いつの間にか寝てたみたい。
「あ、シラハ。目が覚めた?」
私は声がした方へと視線を向けると、リィナさんがこちらを見ていた。
寝顔を見られてたなんて、恥ずかしい。今更だけど……。
「おはようございます、リィナさん。今どの辺ですか?」
「んー。もう少しで街に着くと思うよ」
リィナさんは少し考えてから私の質問に答える。
そっか、そろそろ街に……って、あれ?
私が御者台に出て、夜道を走るんじゃなかったっけ?
そこまで考えて、私は漸く馬車に駆け込んだ後に寝落ちした事を思い出した。
サーっと血の気が引いた気がした。
「あ、あのっ、ごめんなさい! 私寝ちゃって……!」
「知ってる。アタシらが戻って来た時には爆睡してて、起きる気配なかったからな」
「ロエンナさん?!」
振り返るとロエンナさんが座っていた。
荷台には私達しかいないので、男性陣は御者台の方にいるのだろう。
チラリと御者台の方を見ると、私の視線を感じたのかは分からないがローエンさんの声が聞こえてきた。
「たしかに馬車が動いても起きなかったけど、ロエンナは君を起こさないように静かにしろ、って言ってたから寝てしまった事については気にしなくていいよ」
「兄貴うるっせぇ! 余計なことは言うな!」
ロエンナさんが何やら恥ずかしそうにしているから、ローエンさんの言葉は本当なんだろうね。
とはいえ、やっぱり申し訳ないよ……。
「シラハ……あのね、その……」
ロエンナさん達のやり取りを見ていると、リィナさんがもじもじし始めた。
トイレでも我慢しているのかな?
「……? リィナさん、我慢は良くないので言いたい事がある場合は我慢しない方が良いですよ」
「!? う、うん。わかった!」
リィナさんが何かを決心したような顔になる。
トイレって言って馬車を停めて貰うのが、そんなに心苦しかったのかな?
それなら、私が言い出して停めてあげれば良かったかな?
「シラハ!」
「は、はいっ」
リィナさんがいきなり私の名前を大声で呼ぶ。
ビックリして漏れちゃうとこだったよ。いや、漏らさないよ? まだ、我慢できるから。
「私ね、昨日シラハに酷い事をしたのかもしれない。シラハを泣かせちゃって……」
「あ、あ~……」
あれか~。
たしかに私、走り去る時にリィナさんの馬鹿ー! とか言って逃げ出したわ……。
あの時は羞恥ゲージが振り切れてたから、後先考えずに叫んじゃったんだよね……。あれが若気の至りか。
「でも、何がシラハを傷つけたのか分からなくて。こんな事、本人に聞くべきじゃない事とは分かってるんだけど、私の何が悪かったか教えてくれないかな?」
リィナさんが真っ直ぐ私の目を見つめてくる。照れるな。
もし嫌いな人間にこんな事言われたら確実に無視する。
でもリィナさんには、お世話になってるし嫌いじゃないから正直に答えても良いんだけど……。
いや、恥ずいわ……。
私の黒歴史を恥ずかしげもなく言ってくれた、リィナさんに恨みが……ないわけでもない。けど……
いや、でも。悪気はなかったわけだし、私を庇おうとした結果なのだから恨むのは良くない。
しかも、こんな質問をしてくるくらいなんだから結構気に病んでいるんだと思う。
とはいえ……うーん。
「やっぱり、言いたくないよね……。ゴメンね、私…シラハに嫌われたくなくて……」
私が悩んでいると、リィナさんは拒否されたと受け取ったのか俯いてしまう。
あ、マズイ。なんか声が震えてる。
もしかしなくても泣いてる?
「リ、リィナさん?」
「私の事、嫌い…なんでしょ? だからパーティーの勧誘も断ったんでしょ?」
どうしよう、なんかリィナさんに変なスイッチが入ったっぽい!
「違いますよ! 私は…その、事情がありまして……他の方とパーティーを組むつもりは元々ないんです! だからリィナさんが嫌いだなんて事は絶対にありません!」
「本当に……?」
「本当です!」
まさかリィナさんが、こんなめんど……ごふん! 繊細な人だったなんて!
嫌いどころか好きだけどね。
何を言わせるんだよ……まったく。
「昨日は、ちょっと……ほら、私も…恥ずかしさがあったので、思わず逃げちゃっただけなんですよ」
「そっか……そうだよね。私、シラハの気持ちも考えないで……。あんなのを見せられて舞い上がっちゃってたみたいだね私」
恥ずかしいけど、ここは言うしかなかったと思う。
これでリィナさんが納得してくれれば、私の羞恥心なんて些事だよ。
「なあ、シラハ」
「はい?」
リィナさんが落ち着くと、今度はロエンナさんが凄い顔をしていた。
いや、ちょっと待って。なんで、そんなに睨んでるの?
「リィナが言ってたんだが、お前兄貴にキスしたんだって?」
「は、はひ……」
え、ロエンナさんてブラコンなの? ローエンさんにキスはしたけど、この空気じゃ救命行為って言っても信じてくれなさそう。
というか私、殺されるんじゃない?
「なんで、あの状況でそんな行為に走ったのか、じっっっくりと教えて貰おうじゃないか」
「いやー……。じっくりもなにも、ただの救命行為ですけど」
「ほぉう……」
信じてませんよね。
欠片も納得した雰囲気ないですもん。
でも、この圧に負けて喋るつもりはないですよ。
「ただの救命行為とキスが、どう繋がるのか教えて貰おうか?」
「お断りします」
「なに?」
ロエンナさんの圧が強くなった気がする。
でも負けないよ。
「私から言えるのはローエンさんを助けるのには、アレが必要だった、という事だけです」
「それで納得できるとでも?」
「納得するもしないも、私が治療してローエンさんの命が救われた。その結果で十分なはずです。それとも過程が気に入らないから、ローエンさんには死んでもらった方が良かった、とでも言いますか?」
「んな訳ないだろ!!」
ロエンナさんが叫びながら立ち上がる。
かなり怒っている気もするけど、私は悪い事をしたつもりはないので、今回の様な追求の仕方は正直言って気分が悪い。
有用な能力を知りたい、得たい、と思うのはガルシアン帝国ならではの考えだとは聞いた。
そして私がブランタ王国から、やって来たのを知っているのなら、その考え方を押し付けるのは間違っている。
それ以前に知られたくない、とロエンナさんには伝えてもある。
未知の力を知りたいと思う気持ちは分かるけども、こちらの事を考慮さえしないのは違うと断言できる。
ギルマスと冒険者という関係ではあるけど、それは決して上司と部下ではない。
そんなモノを求めるのなら、国の指揮下にでも入って軍属にでもなればいいのだ。
「たしかに私はローエンさんを助けました。ですが解毒したらギルマスに報告をしなければいけない、なんて聞いた事がありませんが?」
「あの魔物の毒は通常の解毒薬では治せなかった。それを治したんだぞ! それがあればどれだけの者を助けられると思う!?」
「もっともらしい理由ですが、それは私に解毒の為だけに一生を費やせと仰っているんですか?」
「なら、その方法を教えれば――」
「教えたところで誰もできませんし、教えるつもりもありません。これで満足ですか? それとも私を捕まえて無理矢理吐かせますか?」
私は今までで一番淡々と、そして冷たく言い放つ。
私も目の前に苦しんでいる人がいれば、助けようとするだろうけども、その力を活かす為に自分の全てを捧げる気なんて毛頭ない。
「ロエンナ、その辺にしておけ。これ以上言い募れば本当に街を出てしまうぞ?」
「でも、まだ分からないじゃないか!」
ローエンさんは私が面倒事が起きたら街を出る、と言った事を覚えていてくれたみたいだね。
そして、ロエンナさんはまだチャンスがあると思ってるのかな?
「ローエンさん馬車を止めてください」
「どうしたんだ?」
「どうも話しても納得して貰えないようなので、馬車を降りてそのままどこかに行きます」
「…………それは、待ってもらえないか? 私も君にお礼をしたいし、今のロエンナの言葉も解毒の方法の事ではないんだ」
解毒の事ではない? さっき、まだ分からないって言ってたじゃん。
「では、どういった意図があるんですか?」
「兄貴!」
「ロエンナは黙ってるんだ。ロエンナは、シラハが私を助けた見返りを求めて、何か良からぬ事をするのではないかと考えているんだ」
「良からぬって、たとえば何ですか?」
「たとえば……婚姻、とかか?」
「なんで、そこで婚姻なんて出てくるんですか?」
私としては助けた代価なんていらないけど、冒険者的なノリで食事でも奢って貰うくらいで考えていたんだけど、全然違ったよ。
もしかしてAランクの冒険者って玉の輿みたいな感じなのかな? いや、まあ低ランクの冒険者よりは収入も多いだろうし、優良物件なのかもしれないけどね。
え、私って玉の輿と見るや、さっそく襲いかかるような肉食獣みたいに見られてるの? 節操なしみたいな?
そして私の毒牙にかかりそうな兄を心配する妹。
たしかに私は毒牙っぽいのを持ってますけども! スキル的に!
「え……私、ローエンさんに好意を寄せているように見えるんですか? さすがに会って一日で婚姻とか無理なんですけど……」
というか怖い。
勢いで結婚とか他人を否定するつもりはないけど、自分は無理です。
私の言葉を聞いてローエンさんから、若干笑いを含んだ声が聞こえる。
「安心してくれ、私もそんなつもりはない」
良かった。そんなぶっ飛んだ事態にならなくて……。
しかし、そんな訳の分からない心配をするなんてロエンナさんのブラコンも相当だね。
「私がローエンさんに何か無理な要求するのでは、と気にしているのなら、帰ったらお酒でも奢ってくれればそれでいいですよ」
「それくらいなら、お安い御用だ。……ロエンナもそれで良いな?」
「分かったよ……」
やっとロエンナさんの怒りが収まった、良かった……。
その後は、街に戻って冒険者ギルドで報酬を貰って解散となった。
私は少し馬車で寝てたけど、まだ寝ようと思えば眠れる。
あ、ローブも血で汚れちゃってるなぁ……。
そういえば、これってリィナさんに借りたヤツなんだよね。
私が使ってたローブはハイオークとの戦闘で破けちゃったから、あれから借りっぱなしだったよ。
それを返り血で、こんなに汚しちゃったんじゃ新しいのを買って返した方がいいよね。
私は道行く人にローブを売っている場所を聞いてから、お店に向かう。
途中、私の血塗れのローブを見てギョッとする人が多かったのでローブは脱いでおく。
お店に着くと自分用に白いローブを予備を含めて三着と、リィナさんに返す用に借りていたローブに近い物を見繕う。
それらを買う為に会計を済ませようとすると、横からスッと代金が支払われる。
「ローエンさん……?」
「余計なお世話かもしれないが、これくらいはさせてくれ。君は命の恩人なんだから」
いつの間にか隣にいたローエンさんが、代わりに支払いを済ませてくれる。
街中とはいえ、匂いを警戒してなかったね。こんな近くにいたのに気付かなかったよ。
私としては自分で支払っても構わないのだけど、大人しくローエンさんに買ってもらう事にした。
私は奢るだけでいいとは言ったけど、ロエンナさんがいたからローエンさんは何も言わなかっただけで、それだけでは気が済まないのかもしれない。
私は新しく買ったローブを早速着てから店を出る。
「ローエンさん、ありがとうございました」
「いや、気にしないでくれ。それより、後を付けて勝手に支払いをした事で君を不快にさせたなら済まない」
「そんな事ないですよ」
あれ? 言われてみれば、気付いたら我が物顔で隣に立っていられるのって怖いかも……。
「それで、この後に君の予定がなければなんだが、私と食事でもしないか?」
「えっ? それは、まぁ、構いませんけど」
あれか、借りはさっさと返したいって事かな。
たしかに借りっぱなしは嫌だよね。私は忘れてたけども!
私はローエンさんに連れられて喫茶店にやって来た。
ちょっとしたお洒落空間だ。
紅茶とマシュマロを頼んで、久々のスイーツを楽しむ。
アルクーレではファーリア様のお茶会でクッキーを食べさせて貰ったけど、マシュマロの様な柔らかいお菓子は初めてかもしれない。
時間と材料と厨房があったら、今度お菓子作りでもしてみようかな。
うん、色々足りないね……。
私がマシュマロを食べている間、ローエンさんは私を微笑ましそうに見ていた。
もしかすると、はしゃいでしまっていたかもしれない。
なので私は取り繕う様にして紅茶に口を付けた。
「シラハ、私と結婚を前提に付き合って欲しい」
ぶっふぉ! 心の中で盛大に吹いた。
紅茶を吹き出さなかった私を誰か褒めて欲しい。
って、いきなり、なんて爆弾を投下するんですか?!
私、この旅で求婚されるの二度目だよ……。
別に婿を探して三千里、してるわけじゃないんだけどなぁ……。
どうして、こうなった!
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後書き
リィナ「はわわ……。シラハがプロポーズされてるっ」
シラハ「いや、助けてくださいよ」
ロエンナ「兄貴じゃ不満ってか? ああん?」
シラハ「私が求婚を受け入れたら、私の事を姉さんと呼ぶ事になるんですよ?」
ロエンナ「シ、シラハ姉さん……。くっ殺せ!」
シラハ「くっ殺いただきましたー!」
ローエン「あの、返事は……?」
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