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消えました
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どうにか父さんと母さんの聴取も終わって、やっと解放されたよ! シャバの空気は美味しいねぇ!
私の聴取を行なってた衛兵さんが申し訳なさそうにしていたけれど、こちらこそウチの両親がご迷惑をおかけしまして本当に申し訳なかったです。
やっぱり二人は私の事は例外として人間のペースに合わせる、っていう発想がないんだよね。
それは竜だから仕方ないのかもしれないけれど、今後も街に出てくるのなら見直してもらわないと、いつか今回以上のトラブルを起こすかも。
でも、二人で楽しそうにしている姿を見ていると、今は注意する気にもならない。
(次に街に行く時か、帰ってからだね)
私が二人の教育方針を考えていると、父さんが声を抑えて喋りかけてくる。
「シラハよ、気付いているだろうが、悪意を持つ者が後を付けている。仕留めるか?」
「仕留めちゃダメだよっ?!」
父さんから物騒な提案がされたので、私も小声にしつつ、それは即時却下しておく。声を抑えるなんて気遣いができるようになったかと感心させながらコレである。
もちろん、私も誰かに尾行されているのは気付いていたけど、それが悪意ある者かなんて判別はできないので様子見をしていた。
この街に何日も滞在するのなら捕まえる事も考えるのだけど、どうせ少ししたら街を出るので気付いていない振りでもしておこうかと思っている。
下手に騒ぎを起こすのは得策じゃないからね。
それより私達を尾行する理由が分からないなぁ。私達は昨日この街に着いたばかりだし、騒動も先程のナンパ ? くらいしか起こしていない。
なので、どこで目を付けられたのか見当がつかなかった。
(うーん。父さん達には悪いけど騒ぎになる前に街から離れた方がいいかな?)
それが一番無難なんだけど、どうしたものか……。
今回は理由が分からないので、父さん達が気に病む理由にもならないとは思うんだけど……。
私が頭を悩ませていると、前方から鎧に身を包んだ兵士達がやってくる。
相手の方が行動が早かったかー……。
とりあえず父さん達がいれば、いつでも逃げられるので話だけでも聞いておこう。
下手に逃げようとすれば、お尋ね者にされかねないので、それは最終手段だ。
「君がシラハか。さっそくで悪いが我々について来てもらおうか。勿論、君の両親も一緒に来てもらう」
「ふっ、両親か……。いいだろう、ついて行ってやろう」
私達の前に現れた兵士で一番偉そうな人が、私達についてくるように伝えてくる。
というか、なんで父さんは嬉しそうなのさ?
え、他人から両親呼ばわりされたのが嬉しかった? そうですか……。
「ちなみに拒否権とかは……」
「あるわけないだろう。これは領主様の命令なのだぞ」
ちょっと聞いてみただけなのに食い気味にダメ出しされた。そんな言い方しなくてもいいのに……。
「なら、せめて連れて行かれる理由だけでも教えてもらえませんか? 私は悪い事をした覚えはないのですが……」
「悪事を働いていないのなら、領主様の前で身の潔白を証明すれば良かろう?」
コイツゥ……!
そんなモノの用意が出来たら苦労しないっての! それに領主側が黒って言ったら、平民は無実でも犯罪者に仕立て上げられるでしょうが!
とか言ってやりたいけれど、そしたら確実に不敬罪ってヤツですね。
仕方ないので大人しく領主の屋敷まで連行されてみる。
屋敷の中には成金趣味全開とも言えるような、金銀でできた壺や皿に置物など様々な物が、目がチカチカするくらいに所狭しと置いてあった。
目が痛いね。
「趣味が悪い屋敷ね……」
「全くだな」
はい、二人ともお口にチャックしようねー。領主と話すどころじゃなくなっちゃうよー。ほら案内している兵士の人の肩が震えてるよ。
あれ絶対、怒ってるって。
怒れる兵士さんの案内で通された部屋で待っていると、小太りした男が入って来た。
この人が領主かな?
「待たせたな。私がこのカルセストラの領主、オーバック・カルセストラ子爵だ」
「はぁ、どうも」
「ぬ? 貴族を前に臆さないとはな。だが、その態度。私が不敬だと罰すれば二度と外には出られぬぞ?」
領主がニヤリと嫌らしい笑みを浮かべる。
ぶん殴ってやろうか?
「理由も伝えられずに無理矢理に連行されたのですから、当然の態度かと……」
「なるほどな。私は気の強い女は好みだ……だが、相手をするのなら貴様ではなく……」
そういって領主がチラリと母さんを見る。
私は慌てて父さんを見ると、出された茶菓子をモリモリ食べていた。
今のを父さんに見られてたら私じゃ止められなかったよ……。
悪運強いね、この人。
「領主様……。戯れはそこまでにして頂いて、私達を連れて来た理由をお聞きしても宜しいでしょうか?」
「ぬ、そうだな……。あとは私の好きなようにして良いのだから、これから貴様がどうなるのかは教えてやろう」
いや、好きにして良い訳ないでしょ。なにトチ狂ってるんだよアンタは……。っと、いけないいけない、言葉遣いが乱れちゃってるね。
領主は私と母さんの冷めた視線に気付かずに話し始める。
「貴様、シラハといったか? 貴様はローグドレンの所から逃げて来たな?」
「…………?」
「ふん。何故知っている? と言いたげな顔だな。私の情報網を甘く見るなよ。貴様の逃走経路は調査中だが、それはこれから貴様の体に聞いてやる」
なんか勘違いして勝手に話を進めてるけど、なるほど。逃げてきた……と言う事はクエンサの街の事を言っているのかもしれない。最初はローグドレンって誰だよ! って思ったけれどクエンサの領主なのかな?
となると、ここも帝国内のどこか?
これで人違いで私を連行して来た、とか言ったら笑っちゃうね。
それで尋問する為に私を連れて来た、と? でも、なんで領主が直接会う必要があるんだろう。
「貴様の容姿は目立つからな。街に来たら問題があっても中へ入れるように言ってあったのだ」
「問題ですか?」
「貴様が周囲を欺く為に雇った、その二人の護衛は身元さえハッキリしないのだろう? そんな者がすんなりと街に入れると本気で思っていたのか?」
領主に言われてハッとする。そういえば私もアルクーレでは冒険者カードを作らされたね。ここでは私がいれば大丈夫と言われて納得してたけど、少し考えれば変だったかもしれない。
どうやら私も浮かれていたみたいだね。
父さん達に偉そうに注意しておいてこれだよ。
「貴様にはローグドレンとの関係を全て話してもらうぞ。抵抗するのなら、その二人には痛い目にあってもらう事になる。だが貴様が私に協力すると言うのなら、可愛がってやるぞ」
すっごく嫌です。
え、私ってコイツの守備範囲に入ってるの? 怖いわー。
「協力するのは構いませんが、何故ローグドレン様との関係をお聞きになるのですか?」
協力するとは言っても、そのローグドレンの所から逃げて来たとは明言しない。もう言っているようなものだけど、ローグドレンが本当にクエンサの街の領主かも分からないので話を合わせておく事にしておく。
「ヤツの……クエンサ家の権力を少しでも削ぐ為に決まっている。貴様もローグドレンの役に立つ為に囚われていたのだろう?」
「恐らくは……」
まぁ、目的なんて全然知らないんだけどね。ローエンさん達が関わっていたとしたら、私の解毒の能力を狙っての事なんだろうけど、それを説明する気はないしね。
「それなら彼奴らに恨みもあるだろう? 何かないのか、ローグドレンの弱味となるような事は!」
いや、知らないし。そんな怒鳴らなくても良いでしょ……。
「それならシラハを監禁していた場所とかはどうだ?」
父さんが一つの情報を出すけど領主は首を横に振る。お気に召さなかったようだ。
「そこに貴族が監禁されていたのなら話は別だが、捕まっているのが平民だけなら逆らった、と言われれば終わりだ。……もしや情報はこれだけか? 使えんな……」
やっぱり平民は立場弱いねえ……。そしてアンタは一々文句言わないとダメなのか……。
「ふむ……なら、竜が現れたという情報はどうだ?」
「竜が捕まっていた者達を救ったという話か? あれはローグドレンが民衆の注目を逸らす為に流したデマだろう?」
「いや、竜が人を助けていたのは本当だ。実際に見た」
「ほう、それは面白いな。だが、それでどうなる? 竜の出現が真実であれば、警戒は必須だが……」
「知らん。そこは自分で考えろ」
「なっ?!」
「おい貴様! オーバック様になんて無礼な!」
さすがに後ろで控えてた兵士が父さんを止めにきたよ。そりゃそうだよね。私もまさか、そこで丸投げとは思わなかったもん。
どうしよう。ここで父さんに剣を向けられたら、怪我人どころか死人が出る。
領主がどうなろうと知ったことじゃないけど、兵士が全員悪いヤツって訳でもないと思うしなぁ。
「領主様、どうか父の無礼をお赦しください」
とりあえず謝っておく。
すると兵士が領主の反応を窺う。
「赦しを乞うのなら、すべき事があるのではないか?」
「はい。一先ず退室させて頂いて、領主様に必要な情報を纏めようかと存じます。宜しいでしょうか?」
「ぬ? ぬう……」
領主が私の言葉に戸惑う。
もちろん領主が言いたい事は分かってるよ。さっきから母さんをチラチラと見ているし、奉仕しろとか、そんな事だと思う。
そんな事したら殺されるよ?
でも領主も僅かに理性が残っているみたいで、少し時間を与えれば有用な情報が出てかもしれない、と悩んでいるんだと思う。
「良いだろう、今日はもう下がってよい。部屋は用意させる」
領主は悩んだ結果、私達に時間をくれるようだった。
「ありがとうございます。明日には、驚かれるような報告が出来るよう努力致します」
私達は案内に付いてくれたメイドさんに連れられて客間へと移動した。
監視か警備の都合かは分からないけれど、私達三人は同じ部屋へと案内された。あ、話を纏めるって言ったからかな?
「シラハが何も言わなかったから我慢していたが、なんだあの人間は? 八つ裂きにしては駄目か?」
「ダメ」
「私は視線が気持ち悪かったから、喋らなかったわ……」
「うん。母さんはそれで正解」
竜でも、イヤらしい目で見られるのは気持ち悪かったりするんだね。領主侮り難し……。
「それで、これからどうするのだ?」
「勿論ご飯食べてから、お風呂に入るんだよ」
「あら、お風呂ってシーちゃんが水浴びより気持ち良い、って言ってたお風呂の事?」
「そうだよ。あとで流しっこしようね」
「まぁ、楽しみね!」
「大丈夫なのか?」
「もし、お風呂に領主が来たら容赦なく仕留めるよ」
「私が塵も残さず吹き飛ばすわ」
「そうか……」
これで今日のやる事は決まったね!
今から、お風呂が楽しみだよ!
◆ オーバック・カルセストラ子爵
「フフフフフフ……」
いかんな、朝から笑いが止まらんな。
ついに、あの目障りなローグドレンを蹴落とせる好機が巡ってきた。
奴が捕らえたと思われる者は、かなりの人数になるが今までそれが露見した事はない。
これは推測だが奴は契約の魔道具を使って、捕らえた者を従えているのだろう。
しかし今回は逃げ出してきた者がいる。今まで尻尾を掴ませなかった奴の慌てる様が目に浮かぶようだ!
竜に助けられ街に連れて行かれた、というイカレた報告を信じるのなら他の捕まっていた者達と接触するのは難しいだろうが、あのシラハという娘が幸運にも我が領にやって来た。
これで奴の弱味でも握る事ができれば、私は他の貴族より優位に立てる!
四つの公爵家が力を持ち過ぎるが故に、私がどれだけ苦労しているか……!
だが、その苦労の日々もこれで終わるだろう。昨夜の密偵の報告では、まだ情報もなにも纏めている様子はなかったと言う。
メイドに聞けば、あの無礼な男が馬鹿みたいに食事を平らげ、私を誘っているとしか思えない妖艶な女は子供のように風呂場ではしゃいでいたと言うが、本当に情報を持っているのか?
いや、あの娘が報告すると言っていたではないか。下賤の生まれでも貴族である私に嘘をつけば、どうなるかくらいは理解していよう。
そうだとも、貴族である私は報告を待っていれば良いのだ。
昨日は冷静さを欠いて、私自らが話を聞きに行ってしまったがな!
だが、それであの娘も協力する事を決めたのだろうから私の判断は間違っていなかったはずだ。
さすがだな私。
すると突然、私の部屋の扉が勢いよく開かれる。
「た、大変です!」
「なんだ騒々しい。報告なら聞くが、もう少し落ち着くが良い」
私のようにな、と心の中で付け加えておく。
「そ、それが……あの三人の姿がどこにもありません!」
「は? なんだと……」
報告は……。ローグドレンを脅す為の情報は……。
「見張りは何をやっていた?!」
冷静さなど、すぐに吹き飛んだ。
ありえん。ありえない不手際だ。見張りは一体何をやっていたのだ!
「それが全員、異常は無かったと……」
「異常がなくて人が消えるわけがないだろう!」
「ですが、窓も開かないように固定しておきましたし、それを壊した形跡もありませんでした。本当に部屋から消えてしまったのです……」
「消えた……?」
ありえない現状に背筋が凍える。
そんな摩訶不思議な事が起こり得るのか?
「もしや……」
私は一つの最悪な仮説に行き着いた。
あの娘が、この街に辿り着いたのが偶然ではなかったとしたら……。
もし色々と探っている私を潰そうとローグドレンが送ってきた間諜だったら……。
今回ようやくローグドレンの尻尾を掴んだと、あの娘の前で色々と言ってしまった気がする。
不味い……このままでは私が潰される。
いや、消されるかもしれん。
どうしたらいいのだ……? ローグドレン殿に謝罪をするか? いやいや、まだあの娘が間諜だとも限らんし、こちらから動くべきではないか?
そういえば昨日あの娘が驚くような報告をする、と言っていたが、これの事だったのか?!
そうか! 私がローグドレン殿の周囲を探っていたという情報を売るつもりなのか!
こうしてはおれん!
「すぐに、あの三人を探し出せ! だが手荒な真似はするな! 見つけたら丁重に連れてくるんだ!」
「わ、わかりました!」
他に仲間がいたら敵対した時点で、ローグドレン殿に情報が流れてしまう。
それなら、あの娘を買収すれば良い。
そして、そこからローグドレン殿の情報を集めるのだ。
余計な出費だが、私は転んでもただでは起き上がらんぞ。
フフフ。ローグドレンめ……今に見ていろ。
//////////////////////////////////////////////////////
後書き
シラハ「なんか私達をスパイだとか勘違いしてるみたいだね」
母さん「まぁ頭悪そうな人間だったし、仕方ないんじゃないかしら」
シラハ「気持ち悪かったしね」
母さん「本当にね!」
父さん「それより部屋から人が消えたそうだぞ?!」
シラハ「いや私達の事だし」
母さん「ガイアスは怖い話が苦手なのよ」
シラハ「え……なにそれ意外」
父さん「人が出られる隙間は無い……。つまり挽き肉にされた後に隙間から捻り出された、という事か! 超怖い!」
シラハ「その発想が怖いよ!」
私の聴取を行なってた衛兵さんが申し訳なさそうにしていたけれど、こちらこそウチの両親がご迷惑をおかけしまして本当に申し訳なかったです。
やっぱり二人は私の事は例外として人間のペースに合わせる、っていう発想がないんだよね。
それは竜だから仕方ないのかもしれないけれど、今後も街に出てくるのなら見直してもらわないと、いつか今回以上のトラブルを起こすかも。
でも、二人で楽しそうにしている姿を見ていると、今は注意する気にもならない。
(次に街に行く時か、帰ってからだね)
私が二人の教育方針を考えていると、父さんが声を抑えて喋りかけてくる。
「シラハよ、気付いているだろうが、悪意を持つ者が後を付けている。仕留めるか?」
「仕留めちゃダメだよっ?!」
父さんから物騒な提案がされたので、私も小声にしつつ、それは即時却下しておく。声を抑えるなんて気遣いができるようになったかと感心させながらコレである。
もちろん、私も誰かに尾行されているのは気付いていたけど、それが悪意ある者かなんて判別はできないので様子見をしていた。
この街に何日も滞在するのなら捕まえる事も考えるのだけど、どうせ少ししたら街を出るので気付いていない振りでもしておこうかと思っている。
下手に騒ぎを起こすのは得策じゃないからね。
それより私達を尾行する理由が分からないなぁ。私達は昨日この街に着いたばかりだし、騒動も先程のナンパ ? くらいしか起こしていない。
なので、どこで目を付けられたのか見当がつかなかった。
(うーん。父さん達には悪いけど騒ぎになる前に街から離れた方がいいかな?)
それが一番無難なんだけど、どうしたものか……。
今回は理由が分からないので、父さん達が気に病む理由にもならないとは思うんだけど……。
私が頭を悩ませていると、前方から鎧に身を包んだ兵士達がやってくる。
相手の方が行動が早かったかー……。
とりあえず父さん達がいれば、いつでも逃げられるので話だけでも聞いておこう。
下手に逃げようとすれば、お尋ね者にされかねないので、それは最終手段だ。
「君がシラハか。さっそくで悪いが我々について来てもらおうか。勿論、君の両親も一緒に来てもらう」
「ふっ、両親か……。いいだろう、ついて行ってやろう」
私達の前に現れた兵士で一番偉そうな人が、私達についてくるように伝えてくる。
というか、なんで父さんは嬉しそうなのさ?
え、他人から両親呼ばわりされたのが嬉しかった? そうですか……。
「ちなみに拒否権とかは……」
「あるわけないだろう。これは領主様の命令なのだぞ」
ちょっと聞いてみただけなのに食い気味にダメ出しされた。そんな言い方しなくてもいいのに……。
「なら、せめて連れて行かれる理由だけでも教えてもらえませんか? 私は悪い事をした覚えはないのですが……」
「悪事を働いていないのなら、領主様の前で身の潔白を証明すれば良かろう?」
コイツゥ……!
そんなモノの用意が出来たら苦労しないっての! それに領主側が黒って言ったら、平民は無実でも犯罪者に仕立て上げられるでしょうが!
とか言ってやりたいけれど、そしたら確実に不敬罪ってヤツですね。
仕方ないので大人しく領主の屋敷まで連行されてみる。
屋敷の中には成金趣味全開とも言えるような、金銀でできた壺や皿に置物など様々な物が、目がチカチカするくらいに所狭しと置いてあった。
目が痛いね。
「趣味が悪い屋敷ね……」
「全くだな」
はい、二人ともお口にチャックしようねー。領主と話すどころじゃなくなっちゃうよー。ほら案内している兵士の人の肩が震えてるよ。
あれ絶対、怒ってるって。
怒れる兵士さんの案内で通された部屋で待っていると、小太りした男が入って来た。
この人が領主かな?
「待たせたな。私がこのカルセストラの領主、オーバック・カルセストラ子爵だ」
「はぁ、どうも」
「ぬ? 貴族を前に臆さないとはな。だが、その態度。私が不敬だと罰すれば二度と外には出られぬぞ?」
領主がニヤリと嫌らしい笑みを浮かべる。
ぶん殴ってやろうか?
「理由も伝えられずに無理矢理に連行されたのですから、当然の態度かと……」
「なるほどな。私は気の強い女は好みだ……だが、相手をするのなら貴様ではなく……」
そういって領主がチラリと母さんを見る。
私は慌てて父さんを見ると、出された茶菓子をモリモリ食べていた。
今のを父さんに見られてたら私じゃ止められなかったよ……。
悪運強いね、この人。
「領主様……。戯れはそこまでにして頂いて、私達を連れて来た理由をお聞きしても宜しいでしょうか?」
「ぬ、そうだな……。あとは私の好きなようにして良いのだから、これから貴様がどうなるのかは教えてやろう」
いや、好きにして良い訳ないでしょ。なにトチ狂ってるんだよアンタは……。っと、いけないいけない、言葉遣いが乱れちゃってるね。
領主は私と母さんの冷めた視線に気付かずに話し始める。
「貴様、シラハといったか? 貴様はローグドレンの所から逃げて来たな?」
「…………?」
「ふん。何故知っている? と言いたげな顔だな。私の情報網を甘く見るなよ。貴様の逃走経路は調査中だが、それはこれから貴様の体に聞いてやる」
なんか勘違いして勝手に話を進めてるけど、なるほど。逃げてきた……と言う事はクエンサの街の事を言っているのかもしれない。最初はローグドレンって誰だよ! って思ったけれどクエンサの領主なのかな?
となると、ここも帝国内のどこか?
これで人違いで私を連行して来た、とか言ったら笑っちゃうね。
それで尋問する為に私を連れて来た、と? でも、なんで領主が直接会う必要があるんだろう。
「貴様の容姿は目立つからな。街に来たら問題があっても中へ入れるように言ってあったのだ」
「問題ですか?」
「貴様が周囲を欺く為に雇った、その二人の護衛は身元さえハッキリしないのだろう? そんな者がすんなりと街に入れると本気で思っていたのか?」
領主に言われてハッとする。そういえば私もアルクーレでは冒険者カードを作らされたね。ここでは私がいれば大丈夫と言われて納得してたけど、少し考えれば変だったかもしれない。
どうやら私も浮かれていたみたいだね。
父さん達に偉そうに注意しておいてこれだよ。
「貴様にはローグドレンとの関係を全て話してもらうぞ。抵抗するのなら、その二人には痛い目にあってもらう事になる。だが貴様が私に協力すると言うのなら、可愛がってやるぞ」
すっごく嫌です。
え、私ってコイツの守備範囲に入ってるの? 怖いわー。
「協力するのは構いませんが、何故ローグドレン様との関係をお聞きになるのですか?」
協力するとは言っても、そのローグドレンの所から逃げて来たとは明言しない。もう言っているようなものだけど、ローグドレンが本当にクエンサの街の領主かも分からないので話を合わせておく事にしておく。
「ヤツの……クエンサ家の権力を少しでも削ぐ為に決まっている。貴様もローグドレンの役に立つ為に囚われていたのだろう?」
「恐らくは……」
まぁ、目的なんて全然知らないんだけどね。ローエンさん達が関わっていたとしたら、私の解毒の能力を狙っての事なんだろうけど、それを説明する気はないしね。
「それなら彼奴らに恨みもあるだろう? 何かないのか、ローグドレンの弱味となるような事は!」
いや、知らないし。そんな怒鳴らなくても良いでしょ……。
「それならシラハを監禁していた場所とかはどうだ?」
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「竜が捕まっていた者達を救ったという話か? あれはローグドレンが民衆の注目を逸らす為に流したデマだろう?」
「いや、竜が人を助けていたのは本当だ。実際に見た」
「ほう、それは面白いな。だが、それでどうなる? 竜の出現が真実であれば、警戒は必須だが……」
「知らん。そこは自分で考えろ」
「なっ?!」
「おい貴様! オーバック様になんて無礼な!」
さすがに後ろで控えてた兵士が父さんを止めにきたよ。そりゃそうだよね。私もまさか、そこで丸投げとは思わなかったもん。
どうしよう。ここで父さんに剣を向けられたら、怪我人どころか死人が出る。
領主がどうなろうと知ったことじゃないけど、兵士が全員悪いヤツって訳でもないと思うしなぁ。
「領主様、どうか父の無礼をお赦しください」
とりあえず謝っておく。
すると兵士が領主の反応を窺う。
「赦しを乞うのなら、すべき事があるのではないか?」
「はい。一先ず退室させて頂いて、領主様に必要な情報を纏めようかと存じます。宜しいでしょうか?」
「ぬ? ぬう……」
領主が私の言葉に戸惑う。
もちろん領主が言いたい事は分かってるよ。さっきから母さんをチラチラと見ているし、奉仕しろとか、そんな事だと思う。
そんな事したら殺されるよ?
でも領主も僅かに理性が残っているみたいで、少し時間を与えれば有用な情報が出てかもしれない、と悩んでいるんだと思う。
「良いだろう、今日はもう下がってよい。部屋は用意させる」
領主は悩んだ結果、私達に時間をくれるようだった。
「ありがとうございます。明日には、驚かれるような報告が出来るよう努力致します」
私達は案内に付いてくれたメイドさんに連れられて客間へと移動した。
監視か警備の都合かは分からないけれど、私達三人は同じ部屋へと案内された。あ、話を纏めるって言ったからかな?
「シラハが何も言わなかったから我慢していたが、なんだあの人間は? 八つ裂きにしては駄目か?」
「ダメ」
「私は視線が気持ち悪かったから、喋らなかったわ……」
「うん。母さんはそれで正解」
竜でも、イヤらしい目で見られるのは気持ち悪かったりするんだね。領主侮り難し……。
「それで、これからどうするのだ?」
「勿論ご飯食べてから、お風呂に入るんだよ」
「あら、お風呂ってシーちゃんが水浴びより気持ち良い、って言ってたお風呂の事?」
「そうだよ。あとで流しっこしようね」
「まぁ、楽しみね!」
「大丈夫なのか?」
「もし、お風呂に領主が来たら容赦なく仕留めるよ」
「私が塵も残さず吹き飛ばすわ」
「そうか……」
これで今日のやる事は決まったね!
今から、お風呂が楽しみだよ!
◆ オーバック・カルセストラ子爵
「フフフフフフ……」
いかんな、朝から笑いが止まらんな。
ついに、あの目障りなローグドレンを蹴落とせる好機が巡ってきた。
奴が捕らえたと思われる者は、かなりの人数になるが今までそれが露見した事はない。
これは推測だが奴は契約の魔道具を使って、捕らえた者を従えているのだろう。
しかし今回は逃げ出してきた者がいる。今まで尻尾を掴ませなかった奴の慌てる様が目に浮かぶようだ!
竜に助けられ街に連れて行かれた、というイカレた報告を信じるのなら他の捕まっていた者達と接触するのは難しいだろうが、あのシラハという娘が幸運にも我が領にやって来た。
これで奴の弱味でも握る事ができれば、私は他の貴族より優位に立てる!
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いや、あの娘が報告すると言っていたではないか。下賤の生まれでも貴族である私に嘘をつけば、どうなるかくらいは理解していよう。
そうだとも、貴族である私は報告を待っていれば良いのだ。
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だが、それであの娘も協力する事を決めたのだろうから私の判断は間違っていなかったはずだ。
さすがだな私。
すると突然、私の部屋の扉が勢いよく開かれる。
「た、大変です!」
「なんだ騒々しい。報告なら聞くが、もう少し落ち着くが良い」
私のようにな、と心の中で付け加えておく。
「そ、それが……あの三人の姿がどこにもありません!」
「は? なんだと……」
報告は……。ローグドレンを脅す為の情報は……。
「見張りは何をやっていた?!」
冷静さなど、すぐに吹き飛んだ。
ありえん。ありえない不手際だ。見張りは一体何をやっていたのだ!
「それが全員、異常は無かったと……」
「異常がなくて人が消えるわけがないだろう!」
「ですが、窓も開かないように固定しておきましたし、それを壊した形跡もありませんでした。本当に部屋から消えてしまったのです……」
「消えた……?」
ありえない現状に背筋が凍える。
そんな摩訶不思議な事が起こり得るのか?
「もしや……」
私は一つの最悪な仮説に行き着いた。
あの娘が、この街に辿り着いたのが偶然ではなかったとしたら……。
もし色々と探っている私を潰そうとローグドレンが送ってきた間諜だったら……。
今回ようやくローグドレンの尻尾を掴んだと、あの娘の前で色々と言ってしまった気がする。
不味い……このままでは私が潰される。
いや、消されるかもしれん。
どうしたらいいのだ……? ローグドレン殿に謝罪をするか? いやいや、まだあの娘が間諜だとも限らんし、こちらから動くべきではないか?
そういえば昨日あの娘が驚くような報告をする、と言っていたが、これの事だったのか?!
そうか! 私がローグドレン殿の周囲を探っていたという情報を売るつもりなのか!
こうしてはおれん!
「すぐに、あの三人を探し出せ! だが手荒な真似はするな! 見つけたら丁重に連れてくるんだ!」
「わ、わかりました!」
他に仲間がいたら敵対した時点で、ローグドレン殿に情報が流れてしまう。
それなら、あの娘を買収すれば良い。
そして、そこからローグドレン殿の情報を集めるのだ。
余計な出費だが、私は転んでもただでは起き上がらんぞ。
フフフ。ローグドレンめ……今に見ていろ。
//////////////////////////////////////////////////////
後書き
シラハ「なんか私達をスパイだとか勘違いしてるみたいだね」
母さん「まぁ頭悪そうな人間だったし、仕方ないんじゃないかしら」
シラハ「気持ち悪かったしね」
母さん「本当にね!」
父さん「それより部屋から人が消えたそうだぞ?!」
シラハ「いや私達の事だし」
母さん「ガイアスは怖い話が苦手なのよ」
シラハ「え……なにそれ意外」
父さん「人が出られる隙間は無い……。つまり挽き肉にされた後に隙間から捻り出された、という事か! 超怖い!」
シラハ「その発想が怖いよ!」
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この物語は「カクヨム様」にも同時投稿します。
一応不定期なのですが、土曜の午後8時に投稿するよう努力いたします。
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