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オオカミさんがやってきました
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ナヴィとの話で私の力については結局謎が残ったままだけど、相談できる相手ができたので前向きに考えていこう。
「ナヴィ、これからよろしくね」
『はい! よろしくお願いします!』
うむうむ。
元気一杯な後輩ができた気分だよ。
「それじゃあ、そろそろ帰ろうか。一眠りしたら、またお喋りしようね」
『あ……』
「どうしたの?」
『あの…実は私、まだ長時間表に出る事ができないんです……。そろそろ力も尽きるので次に表に出てこれるのは、当分先だと思います……』
そういえば魔石から力を拝借しているって言ってたね。
「じゃあ、また一年くらいは会えないの?」
『いえ、私も少しは慣れてきたので、次はもう少し早く出てこれるように頑張ります!』
「そっか…無理はしないでね」
『はい!』
ナヴィの元気な返事を聞いてから私は立ち上がる。
影の中で長話をし過ぎたね。
そう思っていると、辺りを黒く染めている影が霧散し、暗闇に慣れた私の目に光が射した。
「まぶしっ」
『朝日ですねぇ』
「えっ……」
朝日ね。だから【潜影】が解除されちゃったんだなるほど。……って、嘘でしょ…もう朝なの?
私まだ一睡もしてないんだけど……
昨夜、私は何をしていたんだっけ。
えっと…張り込みして、姫様に会って、姫様に毒盛ってた犯人締め上げて…って、そうだ!
「ナヴィ! 私がここに連れてきた貴族が、どうなったか分かる!?」
『あ、えっと……お亡くなりになりました』
「やっぱりかぁ……」
だよね、そうだよね。
あの状況で生きてたら、そっちの方が驚きだよ。
「ねぇナヴィ。あの時、何が起こったか分かる? 私には、アイツが影に呑み込まれたように見えたんだけど……」
『あの時は、お姉ちゃんは無意識に二つのスキルを併用させたみたいですね』
「併用? そんな事ができるの?」
『私も、さっき知りました』
「ちなみに何のスキルを使ってたの?」
『えっとー…… 【潜影】と【丸呑み】ですね。どうやら、影を口として使って丸呑みにしたみたいです』
「そんな事ができるんだ」
『みたいですね。でもスキルの併用なら、お姉ちゃんは普段から似たような事してますよね』
「え、そう?」
『お姉ちゃんは【有翼(鳥)】で空を飛べなかったから【竜気】【剛体】で、体や翼を強化して飛んだじゃないですか』
あー、なるほど?
たしかにアレもスキルの併用になるのかもしれないね。
「……貴族は影を通して私のお腹の中にでも収まったってこと?」
『あまり、その辺のこと考えると、お肉が食べられなくなりません?』
「言いたい事は分かるけど、すでにお肉とか言ってるナヴィも相当だと思うよ」
人=お肉って、思えるあたりナヴィも私の生活に毒されているのかもしれない。子供が観てるとは思わなかったんだよぅ。
スキルの併用は、うまく組み合わせられれば戦力アップに繋がるね。
それは朗報なんだけど、問題は貴族を一人殺してしまった事だ。
私個人としては、あんなヤツはどうなったって良いんだけど、今回は殺すのは不味かったね。
アイツは姫様に毒を盛っていた犯人だから、任せられる人に捕まえてもらう必要があったんだけど……
まぁ、いまさら悩んでもどうしようもないか。
それにアイツが行方不明になった事で、家宅捜査が行われたりは……ないだろうなぁ……
王様に伝える?
でも、まだ王様が黒幕かもという疑惑も晴らせていない段階で信用するのは怖い。
それで姫様に危害を加えられたら、今度は王様を手にかけてしまうかもしれない。
そんな事になったら本格的に隠れないといけない、というか国から逃げるなんてイヤすぎる。
言い訳はあとで考えるとして、アルフリードさんに頼んだ場合も今度はアルフリードさんの立場が悪くなるかもしれないんだよね。
私と一緒に行動してるし、私が騎士達に妹と自己紹介したけど訂正しなかったり、さらに魔薬絡みの貴族を捕まえたら報復を受ける可能性がある。
どうしたもんかね……
悩んでいた私だったけど、さすがに眠気が限界だ。
一旦、考えるのは放棄して宿で一眠りしよう。
睡眠をとれば、少しは良い考えも浮かぶかもしれないしね。
そうと決まれば布団に直行だー!
「それじゃあナヴィ、おやすみ。またね」
『はい、またです! 早く出てこられるように頑張るので、お姉ちゃんは無理しないでくださいね』
「はいはい」
宿へと戻った私はナヴィと挨拶を交わし、そのまま眠りにつくのだった。
◆アルフリード・オーベル視点
張り込みという面倒な事になってしまった。
しかも見張る場所は二店舗……これでは、シラハと一緒に行動する事ができないじゃないか。
とまあ僕の不満は置いておくとして……
今回もシラハには助けられてばかりで、本当に自分が不甲斐ない。
でも、そのシラハが参加してから妙なんだよな。
僕が勝手にやっている調査に、三番隊隊長のローウェル隊長が協力してくれる事になったんだ。
声をかけられた時は余計な事をするな、とか言われるかとも思ったけど、そんな事もなかった。
それどころか、国王陛下からの許可として王家の紋章を象ったペンダントを賜ってしまった。
ローウェル隊長の話では、魔薬騒動の黒幕は宰相殿だと教えられた。
もしや……と、思う事は幾度かあったが、本当に国の中枢が腐っていたということになる。
それでは僕のような小物騎士が、一人で頑張ったって状況が好転するわけがない。
でも、それがシラハが来てから状況が変わりつつある。
なぜローウェル隊長は、シラハが来たこの時期に協力してくれる事になったんだ?
偶然なのか……?
そういえば一年前から、イリアス姫が病に臥せっていると聞いた。
近付けばイリアス姫と同じ病に罹るから誰も近寄れないという噂を聞いた事もあった。
もし…もしもだぞ……イリアス姫がその立場を隠して、ただの冒険者として振る舞っていたとしたら……
それならシラハが王都に来て、秘密裏に陛下と連絡をとる事で、僕に紋章を貸して下さるように手配していたとしても不思議はない。
さらにはローウェル隊長自らが動き協力するように助言をしてくれたに違いない。
それにシラハは、冒険者カードを使いたくないとも言っていた。それはきっと彼女が冒険者カード自体持っていないからなんじゃないのか?
そうだよ、僕は彼女が冒険者だと説明を受けはしたが、冒険者として何かをしていたのを見たわけではない。
アルクーレの領主であるルーク殿との顔合わせに、冒険者ギルドのギルドマスターであるレギオラが同行したのも、今にして思えばシラハを冒険者だと思い込ませるための演出だったのだろう。
魔薬を大量に購入した時に大金を所持していたのも、冒険者ではなく王族なら説明がつくし、毒が効かないのも王家に伝わる魔道具か何かがあるに違いない。
シラハが帝国領で行方不明になっていたのも、向こうで王族とバレて何かしらの騒動に巻き込まれて、どうにかこちらに戻ってこれたのだろう。
それだから、この話しをされた時にシラハは逃げてしまったんだな。
なら、この話はしないでおこう。
これらの状況から見ても、僕の推察はそれほど的外れなモノではないはずだ。
という事はだぞ?
僕は、この国の王女であるイリアス姫にアルクーレで無礼を働いただけではなく、さらに魔薬で不覚をとってしまったとはいえ口付けをしてしまったのか!?
まずい…これはまずいぞ。
未婚であるイリアス姫と口付けをしたとなると、それは姫にとっては醜聞になってしまう。
僕のような子爵家の次男坊が王家に名を連ねるなんて事は、天地がひっくり返っても起きないだろうから……
あれ? 僕…この魔薬騒動が片付いたら消されちゃうんじゃないか?
いやいや、さすがに魔薬調査を頑張っている僕を消すなんて事は……ないよな?
僕はあまりの驚きに張り込みどころではなくなってしまい、程よい時間で切り上げることにした。
こんな事をシラハに知られたらなんと言われるか……
たしかに彼女は初めて会った時から、妙に落ち着いていて堂々としていて、臆すことなく僕に反論した時は気品さえ感じられた。
僕は本当になんて無礼なことをしてしまったんだ……
その日の僕は、碌に眠る事も出来なかった。
翌日、あまり寝られなかった僕の頭は、いまだにシラハのことを考えていた。
「会ったら、どんな顔をすれば良いんだ……」
口に出してはみたが、結局良い解決策は見つからない。
シラハとの待ち合わせの前に、一度城に行ってローウェル隊長に昨日の報告をしなければ……。
昨日は、頭の中がぐちゃぐちゃで報告を怠ってしまった。
これでは怒られてしまう。
城に着くと、城内が少し騒がしく感じた。
何かあったのだろうか?
何人かの騎士が何処かへと走っていく。
そんな中、僕はローウェル隊長の執務室にたどり着いた。
執務室のドアをノックして、返事をもらい中に入る。
すると、難しい顔をしたローウェル隊長が僕を出迎える。
やはり昨日、報告をしなかった事を怒っているのかな?
「ローウェル隊長、昨夜は報告を怠ってしまい申し訳ありませんでした」
とにかく、まずは自分の失態を謝罪しなければ……
「ん? ああ…昨夜はすまなかったな。急に出なければいけなくなってな……。今も、ちと忙しいから、来てもらって悪いが、とくに問題が無ければ報告は必要ない」
あれ?
なんか、隊長が悪いみたいになってる……本当は僕が悪いんですけど。
本当の事を伝えたいけど、隊長はなにやら書類を見ていて忙しそうだ。
今は邪魔をしない方が良さそうだ。
僕は静かに部屋を出ると、今度はシラハとの待ち合わせの場所に向かう。
シラハが実はイリアス姫である事に気付いてしまった僕の足取りは重い。
しかし待ち合わせの場所に来ても、シラハの姿はない。
彼女は目立つから、すぐにわかるのだけど……
暫く待ってみたが、シラハがやってくる様子はない。
シラハは時間に遅れたりはしない人間だと思っていたが……
もし昨夜なにかあったのだとしたら、それは国の一大事だ。
僕は一人、国の姫を守るという使命に突き動かされて、シラハが泊まる宿屋に向かった。
宿の中に入り、受付の者にシラハの部屋の鍵を出すように伝える。
受付の者は、先日僕達が来た時に居たのか、僕を貴族と知っていたようで素直に合鍵を出してくる。
僕は合鍵を受け取り、二階に上がるとシラハの部屋をノックする。
部屋の中から返事はない。
僕は合鍵で部屋の鍵を開けると部屋に入る。
そして固まった。
「あ…ぁぅ……」
落ち着くんだ僕。
まずは状況の確認だ。
僕はシラハの部屋の入り口に立っている。
部屋は広くない。一人掛けのテーブルにベッドと、およそ王族が使うものではない家具が置かれているだけの質素な部屋だ。
その部屋の入り口からベッドまでの間に服が脱ぎ捨てられている。
脱ぎ捨てられた服を視線で追っていくと、ベッドの上には布団もかけずに小さく丸まっているシラハがいた。
「って! ちょおおお!! ふ、服! 着てなっ?!」
僕の思考が再度吹っ飛んだ。
なんで服着てないの?! 使用人がいないと服が着れないの!? って、ほんと肌しろいな…じゃなくて!
僕が一人で慌てていても、彼女はみじろぎするだけで起きる気配はなく、寝息をたてているだけだった。
「どどど、どうしよう……あ、せめて服を……床に落ちてるのを上に掛けてあげれば良いのかな? あ、いや布団を掛けてあげればいいのか」
僕はやる事を決めて動き出す。
なぜか忍び足になってしまう僕の足。
シラハを直視しないようにしていたが、不意に彼女が動いた。
「ぅん……」
寝息混じりの彼女の声に心臓が跳ね上がる。
――だけなら良かったのに、そこで彼女が仰向けに寝返りをうった。
シラハが動いた事で一瞬そちらを見てしまった僕の目に映ったのは、白い肌の上にある小さな丘だった。
「ぶっ?!」
「んぅ……?」
胸を見て驚いてしまった僕の声に反応して、シラハが目を覚ます。
「アルフリードさん……?」
シラハは寝ぼけているのか、焦点の合わない目で僕をそう呼んだ。
普段、彼女は僕の事を様付けして呼ぶ。なのに今はさん付けだ。
それだけなのに、それがとても新鮮で心地良かった。
少し…ほんの少しだけだけど、彼女が歩み寄ってくれた気がしたから。
「……あれ? なんで私の部屋にいるんですか?」
シラハが僕がここにいる状況に気付く。
しまった。浸っている場合じゃなかった……
世界中の紳士諸君。
誰か、誰でもいい……こんな時、男はどうしたら良いのかな?!
//////////////////////////////////////////////////////
後書き
シラハ「男はみんなオオカミです」
アルフリード「その言葉には、一紳士として異議を申し立てる」
シラハ「だって目が覚めたら目の前に野郎がいるんですよ? もう事案発生数秒前じゃないですか。というか、部屋に入っている時点で事案発生です」
アルフリード「君が心配だったんだよ」
シラハ「むぅ……そう言われると責めにくいですね(照)」
ナヴィ「騙されちゃダメですよ、お姉ちゃん! コイツお姉ちゃんの胸を見て、小さな丘って言ってましたよ!」
アルフリード「僕の心を読まないで?!」
シラハ「こふぅ!」
ナヴィ「お姉ちゃんが心にダメージを!? これは、お兄さん…ギルティですね」
アルフリード「君が暴露したせいなんだけど?!」
「ナヴィ、これからよろしくね」
『はい! よろしくお願いします!』
うむうむ。
元気一杯な後輩ができた気分だよ。
「それじゃあ、そろそろ帰ろうか。一眠りしたら、またお喋りしようね」
『あ……』
「どうしたの?」
『あの…実は私、まだ長時間表に出る事ができないんです……。そろそろ力も尽きるので次に表に出てこれるのは、当分先だと思います……』
そういえば魔石から力を拝借しているって言ってたね。
「じゃあ、また一年くらいは会えないの?」
『いえ、私も少しは慣れてきたので、次はもう少し早く出てこれるように頑張ります!』
「そっか…無理はしないでね」
『はい!』
ナヴィの元気な返事を聞いてから私は立ち上がる。
影の中で長話をし過ぎたね。
そう思っていると、辺りを黒く染めている影が霧散し、暗闇に慣れた私の目に光が射した。
「まぶしっ」
『朝日ですねぇ』
「えっ……」
朝日ね。だから【潜影】が解除されちゃったんだなるほど。……って、嘘でしょ…もう朝なの?
私まだ一睡もしてないんだけど……
昨夜、私は何をしていたんだっけ。
えっと…張り込みして、姫様に会って、姫様に毒盛ってた犯人締め上げて…って、そうだ!
「ナヴィ! 私がここに連れてきた貴族が、どうなったか分かる!?」
『あ、えっと……お亡くなりになりました』
「やっぱりかぁ……」
だよね、そうだよね。
あの状況で生きてたら、そっちの方が驚きだよ。
「ねぇナヴィ。あの時、何が起こったか分かる? 私には、アイツが影に呑み込まれたように見えたんだけど……」
『あの時は、お姉ちゃんは無意識に二つのスキルを併用させたみたいですね』
「併用? そんな事ができるの?」
『私も、さっき知りました』
「ちなみに何のスキルを使ってたの?」
『えっとー…… 【潜影】と【丸呑み】ですね。どうやら、影を口として使って丸呑みにしたみたいです』
「そんな事ができるんだ」
『みたいですね。でもスキルの併用なら、お姉ちゃんは普段から似たような事してますよね』
「え、そう?」
『お姉ちゃんは【有翼(鳥)】で空を飛べなかったから【竜気】【剛体】で、体や翼を強化して飛んだじゃないですか』
あー、なるほど?
たしかにアレもスキルの併用になるのかもしれないね。
「……貴族は影を通して私のお腹の中にでも収まったってこと?」
『あまり、その辺のこと考えると、お肉が食べられなくなりません?』
「言いたい事は分かるけど、すでにお肉とか言ってるナヴィも相当だと思うよ」
人=お肉って、思えるあたりナヴィも私の生活に毒されているのかもしれない。子供が観てるとは思わなかったんだよぅ。
スキルの併用は、うまく組み合わせられれば戦力アップに繋がるね。
それは朗報なんだけど、問題は貴族を一人殺してしまった事だ。
私個人としては、あんなヤツはどうなったって良いんだけど、今回は殺すのは不味かったね。
アイツは姫様に毒を盛っていた犯人だから、任せられる人に捕まえてもらう必要があったんだけど……
まぁ、いまさら悩んでもどうしようもないか。
それにアイツが行方不明になった事で、家宅捜査が行われたりは……ないだろうなぁ……
王様に伝える?
でも、まだ王様が黒幕かもという疑惑も晴らせていない段階で信用するのは怖い。
それで姫様に危害を加えられたら、今度は王様を手にかけてしまうかもしれない。
そんな事になったら本格的に隠れないといけない、というか国から逃げるなんてイヤすぎる。
言い訳はあとで考えるとして、アルフリードさんに頼んだ場合も今度はアルフリードさんの立場が悪くなるかもしれないんだよね。
私と一緒に行動してるし、私が騎士達に妹と自己紹介したけど訂正しなかったり、さらに魔薬絡みの貴族を捕まえたら報復を受ける可能性がある。
どうしたもんかね……
悩んでいた私だったけど、さすがに眠気が限界だ。
一旦、考えるのは放棄して宿で一眠りしよう。
睡眠をとれば、少しは良い考えも浮かぶかもしれないしね。
そうと決まれば布団に直行だー!
「それじゃあナヴィ、おやすみ。またね」
『はい、またです! 早く出てこられるように頑張るので、お姉ちゃんは無理しないでくださいね』
「はいはい」
宿へと戻った私はナヴィと挨拶を交わし、そのまま眠りにつくのだった。
◆アルフリード・オーベル視点
張り込みという面倒な事になってしまった。
しかも見張る場所は二店舗……これでは、シラハと一緒に行動する事ができないじゃないか。
とまあ僕の不満は置いておくとして……
今回もシラハには助けられてばかりで、本当に自分が不甲斐ない。
でも、そのシラハが参加してから妙なんだよな。
僕が勝手にやっている調査に、三番隊隊長のローウェル隊長が協力してくれる事になったんだ。
声をかけられた時は余計な事をするな、とか言われるかとも思ったけど、そんな事もなかった。
それどころか、国王陛下からの許可として王家の紋章を象ったペンダントを賜ってしまった。
ローウェル隊長の話では、魔薬騒動の黒幕は宰相殿だと教えられた。
もしや……と、思う事は幾度かあったが、本当に国の中枢が腐っていたということになる。
それでは僕のような小物騎士が、一人で頑張ったって状況が好転するわけがない。
でも、それがシラハが来てから状況が変わりつつある。
なぜローウェル隊長は、シラハが来たこの時期に協力してくれる事になったんだ?
偶然なのか……?
そういえば一年前から、イリアス姫が病に臥せっていると聞いた。
近付けばイリアス姫と同じ病に罹るから誰も近寄れないという噂を聞いた事もあった。
もし…もしもだぞ……イリアス姫がその立場を隠して、ただの冒険者として振る舞っていたとしたら……
それならシラハが王都に来て、秘密裏に陛下と連絡をとる事で、僕に紋章を貸して下さるように手配していたとしても不思議はない。
さらにはローウェル隊長自らが動き協力するように助言をしてくれたに違いない。
それにシラハは、冒険者カードを使いたくないとも言っていた。それはきっと彼女が冒険者カード自体持っていないからなんじゃないのか?
そうだよ、僕は彼女が冒険者だと説明を受けはしたが、冒険者として何かをしていたのを見たわけではない。
アルクーレの領主であるルーク殿との顔合わせに、冒険者ギルドのギルドマスターであるレギオラが同行したのも、今にして思えばシラハを冒険者だと思い込ませるための演出だったのだろう。
魔薬を大量に購入した時に大金を所持していたのも、冒険者ではなく王族なら説明がつくし、毒が効かないのも王家に伝わる魔道具か何かがあるに違いない。
シラハが帝国領で行方不明になっていたのも、向こうで王族とバレて何かしらの騒動に巻き込まれて、どうにかこちらに戻ってこれたのだろう。
それだから、この話しをされた時にシラハは逃げてしまったんだな。
なら、この話はしないでおこう。
これらの状況から見ても、僕の推察はそれほど的外れなモノではないはずだ。
という事はだぞ?
僕は、この国の王女であるイリアス姫にアルクーレで無礼を働いただけではなく、さらに魔薬で不覚をとってしまったとはいえ口付けをしてしまったのか!?
まずい…これはまずいぞ。
未婚であるイリアス姫と口付けをしたとなると、それは姫にとっては醜聞になってしまう。
僕のような子爵家の次男坊が王家に名を連ねるなんて事は、天地がひっくり返っても起きないだろうから……
あれ? 僕…この魔薬騒動が片付いたら消されちゃうんじゃないか?
いやいや、さすがに魔薬調査を頑張っている僕を消すなんて事は……ないよな?
僕はあまりの驚きに張り込みどころではなくなってしまい、程よい時間で切り上げることにした。
こんな事をシラハに知られたらなんと言われるか……
たしかに彼女は初めて会った時から、妙に落ち着いていて堂々としていて、臆すことなく僕に反論した時は気品さえ感じられた。
僕は本当になんて無礼なことをしてしまったんだ……
その日の僕は、碌に眠る事も出来なかった。
翌日、あまり寝られなかった僕の頭は、いまだにシラハのことを考えていた。
「会ったら、どんな顔をすれば良いんだ……」
口に出してはみたが、結局良い解決策は見つからない。
シラハとの待ち合わせの前に、一度城に行ってローウェル隊長に昨日の報告をしなければ……。
昨日は、頭の中がぐちゃぐちゃで報告を怠ってしまった。
これでは怒られてしまう。
城に着くと、城内が少し騒がしく感じた。
何かあったのだろうか?
何人かの騎士が何処かへと走っていく。
そんな中、僕はローウェル隊長の執務室にたどり着いた。
執務室のドアをノックして、返事をもらい中に入る。
すると、難しい顔をしたローウェル隊長が僕を出迎える。
やはり昨日、報告をしなかった事を怒っているのかな?
「ローウェル隊長、昨夜は報告を怠ってしまい申し訳ありませんでした」
とにかく、まずは自分の失態を謝罪しなければ……
「ん? ああ…昨夜はすまなかったな。急に出なければいけなくなってな……。今も、ちと忙しいから、来てもらって悪いが、とくに問題が無ければ報告は必要ない」
あれ?
なんか、隊長が悪いみたいになってる……本当は僕が悪いんですけど。
本当の事を伝えたいけど、隊長はなにやら書類を見ていて忙しそうだ。
今は邪魔をしない方が良さそうだ。
僕は静かに部屋を出ると、今度はシラハとの待ち合わせの場所に向かう。
シラハが実はイリアス姫である事に気付いてしまった僕の足取りは重い。
しかし待ち合わせの場所に来ても、シラハの姿はない。
彼女は目立つから、すぐにわかるのだけど……
暫く待ってみたが、シラハがやってくる様子はない。
シラハは時間に遅れたりはしない人間だと思っていたが……
もし昨夜なにかあったのだとしたら、それは国の一大事だ。
僕は一人、国の姫を守るという使命に突き動かされて、シラハが泊まる宿屋に向かった。
宿の中に入り、受付の者にシラハの部屋の鍵を出すように伝える。
受付の者は、先日僕達が来た時に居たのか、僕を貴族と知っていたようで素直に合鍵を出してくる。
僕は合鍵を受け取り、二階に上がるとシラハの部屋をノックする。
部屋の中から返事はない。
僕は合鍵で部屋の鍵を開けると部屋に入る。
そして固まった。
「あ…ぁぅ……」
落ち着くんだ僕。
まずは状況の確認だ。
僕はシラハの部屋の入り口に立っている。
部屋は広くない。一人掛けのテーブルにベッドと、およそ王族が使うものではない家具が置かれているだけの質素な部屋だ。
その部屋の入り口からベッドまでの間に服が脱ぎ捨てられている。
脱ぎ捨てられた服を視線で追っていくと、ベッドの上には布団もかけずに小さく丸まっているシラハがいた。
「って! ちょおおお!! ふ、服! 着てなっ?!」
僕の思考が再度吹っ飛んだ。
なんで服着てないの?! 使用人がいないと服が着れないの!? って、ほんと肌しろいな…じゃなくて!
僕が一人で慌てていても、彼女はみじろぎするだけで起きる気配はなく、寝息をたてているだけだった。
「どどど、どうしよう……あ、せめて服を……床に落ちてるのを上に掛けてあげれば良いのかな? あ、いや布団を掛けてあげればいいのか」
僕はやる事を決めて動き出す。
なぜか忍び足になってしまう僕の足。
シラハを直視しないようにしていたが、不意に彼女が動いた。
「ぅん……」
寝息混じりの彼女の声に心臓が跳ね上がる。
――だけなら良かったのに、そこで彼女が仰向けに寝返りをうった。
シラハが動いた事で一瞬そちらを見てしまった僕の目に映ったのは、白い肌の上にある小さな丘だった。
「ぶっ?!」
「んぅ……?」
胸を見て驚いてしまった僕の声に反応して、シラハが目を覚ます。
「アルフリードさん……?」
シラハは寝ぼけているのか、焦点の合わない目で僕をそう呼んだ。
普段、彼女は僕の事を様付けして呼ぶ。なのに今はさん付けだ。
それだけなのに、それがとても新鮮で心地良かった。
少し…ほんの少しだけだけど、彼女が歩み寄ってくれた気がしたから。
「……あれ? なんで私の部屋にいるんですか?」
シラハが僕がここにいる状況に気付く。
しまった。浸っている場合じゃなかった……
世界中の紳士諸君。
誰か、誰でもいい……こんな時、男はどうしたら良いのかな?!
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後書き
シラハ「男はみんなオオカミです」
アルフリード「その言葉には、一紳士として異議を申し立てる」
シラハ「だって目が覚めたら目の前に野郎がいるんですよ? もう事案発生数秒前じゃないですか。というか、部屋に入っている時点で事案発生です」
アルフリード「君が心配だったんだよ」
シラハ「むぅ……そう言われると責めにくいですね(照)」
ナヴィ「騙されちゃダメですよ、お姉ちゃん! コイツお姉ちゃんの胸を見て、小さな丘って言ってましたよ!」
アルフリード「僕の心を読まないで?!」
シラハ「こふぅ!」
ナヴィ「お姉ちゃんが心にダメージを!? これは、お兄さん…ギルティですね」
アルフリード「君が暴露したせいなんだけど?!」
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その超人的な精神の強靭さゆえに忍の生き様は、天上界の神々の心も揺り動かしていた。
かくして天上界でも類稀な神々の総意に依り、忍の魂は異なる世界への転生という形で蘇ることが許されたのである。
この物語は、地球世界に生を受けながらも、その生を満喫できないまま死に至った一人の若い女性の魂が、神々の助力により異世界で新たな生を受け、神々の加護を受けつつ新たな人生を歩む姿を描いたものである。
しかしながら、神々の意向とは裏腹に、転生した魂は、新たな闘いの場に身を投じることになった。
この物語は「カクヨム様」にも同時投稿します。
一応不定期なのですが、土曜の午後8時に投稿するよう努力いたします。
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