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44.婚約破棄と新たな婚約の前に……

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 花火が終わると、カズサはハルキに自身の最寄り駅まで送ってもらった。
 イズミとの約束通り迎えの車を呼んでおり、カズサが無事に乗ったのを確認してハルキも自宅へ帰った。
 乗車後のカズサはハルキとの甘い時間を思い出してはイズミにどう報告しようかとヤキモキしていたが、イズミはまだ帰っていなかったようで結局顔を合わせたのは翌朝だった。

 翌日カズサはイズミにレイナから借りたウィッグなどを渡し、その後父親の待つ部屋に向かった。
 上座に父親が座り、その横に母親も控えている。
 母には、浴衣を用意してもらうために事情をある程度は話している
 しかし父を交え正式に話をするのは初めてだ。

「カズサ、まずは話を聞こう」
 父の言葉に、カズサは一つ深呼吸をして心を落ち着かせる。
 もう決めたことなのだが、各々の家が絡むことなので多少の緊張感が走る。
「私には、心に決めた人がいます。その人と先日無事に心を通わすことが出来ました。よって、約束通り川木田家との婚約を破棄して頂きたいのです」
 カズサは言い切った。
 母は優しく微笑んで見守ってくれているが、父の表情は変わらず何を考えているかすぐには読み取れない。
「その者の名前は」
「同じクラスの、門倉晴輝さんです」
 しばしの沈黙が落ちる。
「婚約破棄の条件は他の者と付き合うことではない。生涯を誓い合うことだ。よって、相手方の家にも認めて貰った上で新たに婚約することになるのだが、そこまでの覚悟が彼にあるのか。」
「はい。私達はもちろんそのつもりです。ただ、こちらの婚約を破棄しないことには相手の御両親の了承も得難いと思い、先に父上にお話をさせて頂いております」
 父は考え込むように再び黙り、カズサの覚悟をその目に問うているようであった。
「ふむ。では一度川木田家にその旨打診してみよう」
「ありがとうございます」
 カズサは強張った肩の力を抜いて、わずかばかり安堵した。
 

 少し時は遡り、門倉家にて。
「なあなあ、ハルキ。あれからカズサ君とどうなってんの?」
 夕食が終わり、食後のコーヒーを飲みにダイニングにやって来たハルキはタカキに捕まった。
「そう言えば、報告してなかったよな」
「ん?なになに、進展あった?」
 タカキは好奇心を全く隠さずにカウンターから身を乗り出してくる。
「うん。今付き合ってる」
「は?」
「むしろ、ほぼ婚約者」
「んんっ!?何だそれ!」
 ハルキはどこから話したものかと、目線を上げて思案する。
「とりあえず、俺が美味いコーヒーを入れてやるからそこに座れ。そして詳細を報告しろ。お前にはその義務がある!」
 タカキはすごい剣幕で言い終えると、ハルキのマグを取り出して手際よくコーヒーを抽出していく。
「お待たせ」
 ちゃっかり自分の分もダイニングテーブルに用意して、タカキはハルキの正面に座った。
「で、いつから付き合ってたんだ?」
「えっと、カズサが関西から帰って来た翌日にうちに来たじゃん?」
「ああ。カズサ君が恋敵のところに行っちゃって、お前がめっちゃへこんでて気を利かせた俺が家を空けてやった日のことだな」
 タカキは揶揄うように目を細めハルキを見やった。
「言い方」
 ハルキはバツが悪そうに拗ねるが、助けてもらったくせに報告を忘れていたのは確かなので甘んじて受け流した。
「まあ、その日にお互いの想いを打ち明けて、カズサからも男装している事情を聴いて丸く収まったっていうか」
「ふぅん。ってか、何でそれで婚約まで話が飛ぶの?」
 ハルキはカズサから聞いた通りの事情をタカキに話した。

「なるほどね。まあ、あのお屋敷見たら一般家庭じゃ想像も出来ないような世界なんだろうなってのは察しがつくけど。で、お前はその歳で一生を決めちゃうわけね」
「うん。実際カズサにも驚かれたけど、正直カズサ以上の奴に出会える気がしない」
「まあ、社会にも出ないうちからその発言はどうかと思うけどな」
 タカキの棘のある言い方に、ハルキは眉を寄せた。
「勘違いするなよ。俺は別に反対している訳じゃない。ただ俺すら納得させられないようじゃ、父さんや母さんが納得するはずないだろ」
「……っ」
 ハルキは一瞬押し黙った。
「言っちゃ悪いけど、カズサ君…もうカズサちゃんか?彼女には彼女の家が置かれている世界があって、それにお前も合わさないといけないわけじゃないだろ。お前だって、他の女の子と付き合ってみたり別の男友達とつるんでみたりして自分の世界を広げた方がいいに決まってる。どうせ、今までカズサちゃんとしか過ごしていないんだろ。カズサちゃんだってそうだ。一緒に過ごしたのがお前だけだかから、お前しか選択肢が無かったんだろ」
 タカキの言葉は遠慮がなく、ハルキの胸にグサグサ突き刺さる。
「一時の感情に任せて後悔して欲しくない、それは父さんや母さんが一番に思うことじゃないのか」
 正論に対し、ハルキは唇を噛みしめるように俯きどこか言いにくそうな表情を浮かべる。

「だから、結論を急ぐな。もっと冷静に、客観的に考えてだな……「……っんだよ」」
 ハルキの消え入りそうに呟いた言葉が、タカキの言葉を遮った。
「は?何て?」
「っだから、勃たないんだよっ!」
 半ば自棄気味にハルキは叫ぶ。
「えっ?はっ!?」
「俺、もうしばらく前からカズサ以外に勃たないんだよ」
 ハルキは机に肘をついた手を額にあてて、俯いて話し出した。
「カズサのこと、男だって思ってた時も女の子って分かった時も変わらなくて。どんなグラビアも、動画も色々検索して、試して、最悪俺ってゲイなのかなとかまで悩んでそっち方面も調べて……。でも、結局カズサだけだった。本当、カズサしか俺にはいないんだよ」
 予想外の反応に、流石のタカキも動揺を隠せない。
「やりたい盛りの思春期男子が?嘘だろっ。」
「嘘なら、良かったんだけど……。でも、こんなこと父さんや母さんに言えないし、どうしよ」
「ああ、そりゃ、シカタナイネ……」
 タカキも何とも言えない声を出した。
 とりあえず、両親に何か言われたらそっとしておいてくれと言葉を添えてやろうとタカキは思った。
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