異世界堕落生活

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第二章 パジャリブ動乱

第二話:流血の決意

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 敵はまだ、三人残っている。
 全員相手にするのは、ちょっと厳しい。
 連中のうち二人は、この国の人間らしくチビだ。
 チビたちは、俺の蹴りにビビっている。
 しかし、残る一人は、冷静さを保っていた。
 堂々とした立ち方で、雰囲気もある。おそらく、こいつがリーダーだろう。
 そいつは、百八十センチの俺から見てもでかい男だった。
 百九十センチはあるだろう。
 筋肉質な体で、かなり手ごわそうだ。
 でかいのを含めて、全員十代後半くらいか。
 でかいのさえ倒せば、残り二人はどうとでもなりそうだが……。
 銃を使うか?
 銃は常に携帯している。
 だが、銃を使う以上は、ここにいる連中を全員殺さなくてはいけない。
 この国の連中は銃を知らない。
 知らない以上、最初の一発は必殺必中。七面鳥を撃つようなものだ。
 だが、銃を使ったところを見た人間が生きてここから出て、誰かに話せば、事情は変わってしまう。銃を見ただけで、蜘蛛の子を散らすように逃げられてしまうだろう。
 脅しとしては使えるようになるが、必殺の武器ではなくなってしまう。それは、少々もったいない。
 連中全員を殺すのは、まぁいい。人殺しは好きじゃないが、俺にこんなことをしてくれる連中なんて生かしておきたくない。
 だが、マスターまで殺すのはどうか。
 マスターは、連中を手引きした可能性がある。
 こいつらが来る前の冴えない男とマスターとのやり取りは、奴らを案内する合図だったのではないか?
 だとしたらマスターも共犯。死刑判決だが、証拠がない。
 それに、殺してしまって、あとから面倒にならないだろうか?
 なるに決まってる。
 ここは街の中だ。滅多に人の通らない原野じゃない。人が殺されれば、事件として扱われる。
 一生牢屋に入れられる覚悟がなきゃ、銃は使えない。
 ちくしょうめ。
 俺の人生は快適なクルージングじゃなかったのかよ。
 チビの一人が、おそるおそる一歩前に出ようとした。

「動くな」 

 俺は金玉を潰されて虫の息の男の首に足を置いた。

「それ以上近づいたら、こいつの首を踏み潰す」

 敵の足が止まった。

「話し合いをしようじゃないか。お前らは何者だ。なんで俺を襲った?」
「さっきそいつが言ったように、君の持ってる例の珍しい物が欲しい」

 でかいのが言った。

「ならゲームに参加すればいいんだ」
「あれは決して勝てないようにできてるんだろう?」

 ちっ、気づかれてたか。

「お前はズルい人間だ。ああいうことを考える輩は、たとえ売ってくれと言っても、まっとうな値段で売ることはない。だから、奪うしかない」
「すぐに奪うって考えが出るあたり、お前もまともな人間じゃないぞ」
「オレたちは似た者同士だ。だから、わかるだろ? オレたちの間では、話し合いは成立しない。どちらも自分の利益にしか興味のない人種だ。決して交わらない。結局、力ずくしかない」
「お前らのことはわからんが、わかったよ。お前らは人間のクズ、チンピラ、ゴロツキ、犯罪者だ」
「そうだ。オレたちは金が欲しい。金になる物が欲しい。手に入れるためなら、合法非合法は問わない。そういう人間だ。だが、オレたちとお前はどこが違う?」
「なるほど、似ているかもな」
「さて、それがわかったところで、そろそろ渡してもらおうか。お前だって、死にたくはないだろ?」
「あいにくだが、ここにはない」
「……すると、あのガルラオン族の奴隷が持っているのか。ふん、奴隷に貴重品を預けるとは、なんてバカな奴だ。いつ持ち逃げされるかわからないのに」
「これでも結構愛されてるんでな」
「バカバカしい。こいつにもう用はない、ホテルに行くぞ」

 でかぶつが仲間に号令し、店から出ていこうとする。

「場所はわかるのか?」
「ああ。さっきお前は、娼婦に自分が高級ホテルに泊まってることを自慢していたそうじゃないか」
「娼婦から聞いたのか」
「いや、使いっぱしりが横聞きしていた」
「デバガメやろうめ」

 状況はとにかく悪い。
 でも、やれることをやるしかない。
 俺は、ひどい頭の痛みを堪えながら、入口を塞ぐ位置に移動した。
 人質も一緒だ。穢らわしい髪を掴んで引きずった。
 連中に出て行かせるわけにはいかない。
 走って移動されたら、ケガをしている俺では追いつけない。
 荷物も、クーミャも奴らに押さえられちまう。
 なんとかここで連中を倒さないと。
 どうやって?
 知るか。でも、なんとかしないと。

「これ以上抵抗しなければ、見逃してやってもいい。お宝はもらうが、奴隷がおとなしくしているようなら、そいつも殺さずにいてやる」
「なんで上から目線なんだ。殺すぞ」
「まだそんなことを言っているのか、お前にはもう用がないというのに。ええい、もういい。お前を倒してさっさと行く」

 でかぶつが近づいてきた。

「おっと、それ以上近づくな。人質を殺すぞ」
「殺せ。オレのために死ねるなら、そいつは喜ぶ。いや、実はとっくに死んでるかもな」
「なんだと」

 思わぬ一言に、俺は一瞬怯んでしまった。
 下を見て、人質の様子を確認する。
 その瞬間、奴が俺との間合いを詰め、強烈な蹴りをくりだしてきた。
 奴の巨大な足が、俺の頭を蹴り抜いた。
 バットで殴られたような衝撃が頭蓋骨を左から右に通り抜け、自分でも気づかないうちに、俺は床に崩れ落ちた。
 目の前が真っ赤になり、顔全体に血の味が充満している。

「オレに勝とうなんざ身の程知らずめ」

 でかぶつは、俺の頭を何度も何度も踏みつけた。
 俺は一切抵抗できず、やがて気を失った。


 意識が戻ったのは、ほんの数分後か、それとも何十分も経っていたのか、それさえもわからない。
 しかし、とにかく意識だけは戻った。
 記憶は鮮明だった。
 奴の顔も、蹴られた痛みも、はっきりと覚えている。
 奴がとどめを刺さなかったのは、お宝の回収を急いだのか、それともお尋ね者になるのが嫌だったのか?
 でも、とどめを刺されていないにせよ、目覚めない可能性はあった。
 生きているのは、運がよかっただけにすぎない。
 こんちくしょう。
 俺はなんて思い違いをしていたんだ。
 この世界に来てすぐに、二人を殺した。
 それぐらいで、自分はなんでもできると思い込んでしまった。人殺しなんて簡単だと、誰でもいつでも殺せるんだと、勘違いしてしまった。
 生き死にの戦いも、すんなりこなしてみせるって図に乗ってしまった。
 なのに、実際はどうだ。
 お前が殺したと言われ、戦いの最中だというのに、そっちに気を取られてしまった。
 殺したからなんだってんた。そんな小さなことを気にする場合じゃなかっただろ。
 いや、最大の問題はそれ以前にある。
 あの醜い顔の奴に、ビンで殴られたことがそもそもの失敗だ。
 なんで襲撃前に、敵だって気づけなかったんだ……。
 後悔はまだある。ぐちゃぐちゃ考えないで、さっさと銃をぶっぱなしていればよかったのに。
 ちくしょう、ミスばかりじゃないか。
 ……つまり、俺がアマチュアだった、ってわけだ。
 でかぶつの言うように、身の程を知らなかった、ってわけだ。
 でも、でかぶつ、やっぱりお前だって利口とは言えないぞ。
 俺を殺すべきだったんだ。
 どんな理由があるにせよ、俺にとどめを刺しておかなきゃいけなかった。
 つり上がった三白眼、赤い髪、顎に大きな傷……決して忘れないぞ、お前のツラ。
 お前は絶対に殺す。
 口だけの殺すじゃない。お尋ね者になったって構うもんか。
 こいつは魂の問題だ。お前を殺さない限り、俺は誇りある自分でいられない。
 どこに逃げても、隠れてもムダだ。
 追いかけ、見つけ出して殺す。
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