異世界堕落生活

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第二章 パジャリブ動乱

第二十三話:Z

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「え……乗った、って?」

 自分の提案が承諾されたってのに、ラカは不思議そうな顔をしている。

「抜け道から入って、ロスタビリたちをぶっ殺して、大司祭を助けてやろうってんだ」
「でも、銃はないんでしょう?」
「ないなんていつ言った?」
「奪われたって……」
「ああ、奪われた。でも、銃は一丁じゃない。クーミャ、あれは持ってるか?」
「あれ? あ、はい、あれですね。もちろん持ってます」

 クーミャは上着をめくって、ドラえもんかカンガルーのように腹に袋が取り付けられているのを見せてきた。
 袋を受け取り、開ける。
 中に入っているのは、銃と、弾の装填されたマガジン。

「あんた、そんな危ない物を奴隷に持たせてたの?」
「おかげで助かった。いつも自分で持ち歩いてたら、ロスタビリに奪われてた」
「信頼してるのね、その子を」
「もちろん」

 クーミャが嬉しそうに体を摺り寄せてくる。まるで犬だ。

「やってくれるのですか?」
「やるなと言われてもやる。そもそもあいつを殺すために、俺は今日スラムまできたんだ。時間もかかったし状況も変わったが、俺はなにも変わっちゃいない」
「ありがとうございます」
「一応言っておくが、努力はするけど大司祭を確実に助けらなんて約束はしないぞ。もしかしたら、すでに殺されてる可能性はあるし、優先順位は、俺の命、ロスタビリの命、大司祭の命の順だ」
「それで構いません」
「あと、報酬も欲しい」
「わかりました。十分にご用意します」

 墓穴に入れられる前は、「殺すな」と言われていたのに、出てきたら「報酬は払うから殺してくれ」か。
 世の中、なにがどうなるかわからないもんだ。 

「旦那様、絶対に生きて帰ってきてください」
「俺だって死にたかない。帰ってくるよ。そうだ、この戦いが終わったら、家を買おう。いつまでもホテル暮らしじゃダメだ。自分の家を持たなきゃ。報酬はたっぷりもらえるらしいだから、立派な家が買おう」

 ……あれ、なんだか俺、死にそうだな。
 なにか縁起がいいことしよう。
 そうだ。

「ラカ、なにが書く物持ってるか?」
「どうぞ」

 ペンが出てきた。
 携帯用の小瓶に入ったインクも一緒だ。
 ペン先にインクをつけて、服の袖“Z”と書く。

「なに、それ?」

 ニャーラが聞いてきた。

「Z旗だよ。まぁ、本当のZ旗は四色の三角形が描かれてるんだけどな。これはあくまで、つもりでやっただけだ」
「だからZ旗ってなによ」
「俺の母国が、百年前の海戦でクッソ強ぇ敵の艦隊を破ったときに掲げてた旗だ。意味は、“皇国ノ興廃此ノ一戦ニ在リ、各員一層奮励努力セヨ”だ。まぁ、最高の縁起物ってところだな」
「へぇ、いいわね。あたしにも書いてよ」
「少尉も行くつもりなんですか?」

 話の流れをぶった切って、ラカが困った声で言った。

「少尉には途中で馬車を降りてもらうつもりだったんですが」
「え、あの……なんであたしが降りなきゃいけないんですか?」

 そう、俺もそれを知りたい。
 てっきり一緒に行くんだと思ってた。

「抜け道を軍の方に知られたくないんです」
「いやいや、だからって……。大勢で立て篭もってるところに、こいつ一人で突入させるつもりですか? いくらなんでもムリです。死にますよ」

 その通り。
 いくら銃を持ってるからって、敵の数が多くなりすぎれば対処できない。
 弾は無限にあるわけじゃないんだ。

「うちの兵士を同行させます」
「えっ!?」

 と、マヌケな声を出したのは、神兵たち。
 彼らは、互いに顔を見合わせ、

「あの、ここで降りていいですか?」

 などと発言。
 なるほど、こりゃ役立たずだ。

「俺からも頼む、こいつらは勘弁してやってくれ」

 子守りをしながら殺し合いができるかよ。

「言っておきますが、ラカ様。あたしはすごいですよ。この年で少尉なのは、美人だからとか、父親が偉いからって理由じゃないんです。あたしが優秀だから出世できたんです」

 さりげなく(?)自画自賛している。

「閉じ込められてるときに、仕事しない自慢を聞かされた気がするんだが?」
「しないのは、日々の見回りとか書類書きとか、どれだけやっても出世に繋がりそうにない仕事だけ。こういう大事件はがんばるのよ」
「まるで練習はしたくないけど試合で活躍したいとか言ってるアホみたいだ」
「うるさいわね、あたしが一緒じゃなくていいの? ねぇラカ様、あたしはなんと言われようと行きますよ。仕事としてもそうですけど、個人としても、ロスタビリには頭にきてるんですから!」
「……抜け道のことは決して口外しないと約束してください。もしも軍内部で知られるようなことになれば、あなたが情報源だということはわかってるのですからね。罰を受けてもらうことになりますよ」
「口外なんてしません。そんなことしても評価されませんし、もしも評価されて密偵なんかにさせられたらたまったもんじゃありませんから」
「いいでしょう。では、お二人を抜け道に案内します」

 話がまとまったところで、俺は、ニャーラの腕(本当は胸がよかった)に“DG”と書いた。
 真珠湾攻撃のときに、航空母艦“赤城”に掲げられたことで有名だ。意味は、“皇国ノ興廃此ノ一戦ニ在リ、各員一層奮励努力セヨ”だ。Z旗と同じ。
 まぁ、その後のことを考えると、Z旗ほど縁起のよさはないのだが……。
 しかし、正面からの戦いではなく、奇襲を仕掛けるという意味では、DG旗の方が合っている気がする。

「なかなかオシャレじゃないの、あんたの世界の文字」

 気に入ってくれてなにより。
 なにせ、これぞ本当の意味での“勝利フラグ”だからな。


 そして、馬車は目的の場所に着いた。
 ここから始まる。
 俺とニャーラの一世一代の大作戦。
 ニャーラが強いってのは自己申告で、実際は未知数。
 俺の武装は拳銃一丁。
 おまけに多勢に無勢。
 はっきり言って、分は悪い。
 死ぬ確率の方が高いだろう。
 だが、生きて帰ることができたのなら、大きな手柄は二人占め!
 命を賭けるに値する戦いがあるとしたら、それは間違いなく今だ。
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