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仲間

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 ...は?
 ただでさえ頭が混乱しているのに、さらにこの人は何言ってる?

 "R.E.D"が親?
 ...は?

 いやいや。
 俺は今年で21歳だぞ?

 最近出て来たばかりの"R.E.D"が親は話が矛盾してるはずだ。
 これっておかしいよな?

「い、いやいや、それはありえないですよ。僕は今年で21歳、"R.E.D"が出てきたのはここ最近で、ロア含むAIによって作られたはずですよね?」
「厳密に言うと、今の"R.E.D"じゃないわ。"R.E.D"の最初のデータ導入時、その前存在がR.E.Dへ引き継がれていたことが、ついこの前報告されたの」
「マジでわけわかんねぇって...」

 シンヤが小さく呟く。
 俺が一番言いてぇよ。

「これ見て」

 ユエさんは"ある資料"をL.S.から浮かべた。
 L.S.は、ホログラムディスプレイを他人が見ると【Not Seen】が表示されるのが普通だが、今は解除しているらしい。

「NDA(守秘義務)で見せちゃいけないって事になってるけど、もうそんな事言ってられないしね」

 そこには、A4の大きさ1枚の半分くらいの量か?
 思ったより少ない文章量で、"変異体の受精卵を作ったAIが、R.E.Dへと引き継がれている事"が細かく書かれていた。
 それを元にして、ロアたちが今の総理を構成したんだろうと。

 つまり...
 俺の"本当の親"って...

「...そんな...わけ...」

 俺の...
 親って...

 あの虐殺犯の...
 息子ってことか...?

 理解した途端、俺は頭が真っ白になった。
 脳はシャットダウンを始めた。
 この人たちが言ってる事、さっきから意味不明だし。

 俺がイーリス・マザー構想の成功者?
 俺の本当の親はR.E.D?
 俺はAIから生まれた?

 ...知らねぇよ
 嘘ばっか言いやがって。

 急にどうでもよくなってきた。
 今まで積み上げて来たものに、意味など何も無かった。
 俺はただの犯罪AIの息子だった。

 だったら殺したいなら好きなだけ殺しゃいい。
 俺だって、他のヤツだって。

 もう俺の全てに意味なんて何もない。
 だって"アレ"が俺の親なんだろ?

 しるかよ...
 ...どうでもいい...

 どうでも...いいし...
 もう...
 ...どうでも...

 ふと右を見ると、ユキは俺を見ていた。
 情けない俺を見ていた。
 まだ信頼してそうな顔で俺を見ていた。

 守らなければいけない存在。
 大事な存在。
 そう、シンヤだって。

 分かってる。
 そんな事、分かってる。

 本当は殺されればいいなんて思ってない。
 思ってないのに。
 なのに、それなのに、

「なぁ、虐殺犯の息子だってよ、俺」
「...うん」
「あの最低最悪な総理の息子なんだってよ」
「...うん」
「もう俺に近付くなよ」
「...」

 ありったけの悪態をユキについた。
 次はシンヤの方へ向く。

「なぁ、もう俺と関わりたくなくなっただろ?」
「...」
「今度からもっといい友達見つけろよ?」
「...」
「俺なんてもういない方がいい」
「...うるせえ」
「は? うるせえってなんだよ」
「うるせえっつってんだよッ!!!」
「ッ!?」

 左にいたシンヤは、突然立ち上がって俺の胸倉を掴み、

「やめなさいッ!!」

 顔面を殴る寸前で止めた。

「今はそんな事してる場合じゃないでしょ!?」
「ほら、一旦落ち着いて」

 ユエさんとアオさんが、キレたシンヤをなだめる。
 シンヤのこんな姿を見るのは初めてだった。

 今まで、俺にこんな態度を見せた事は無かった。
 俺は呆気に取られて何もできなかった。
 そのせいか、一気に冷静になった。

「お前がいなくなっていいわけねぇだろッ!!! お前ッ!!! 新崎さんの気持ち...分かって言ってんのかよッ!!!」

 シンヤはかつてないほど真剣な表情で訴えてきた。
 まるで"ユキをこれ以上傷つけるな"、と。
 俺が小さく「今は...関係ないだろ」と言うと、

「んじゃ見ろよッ!!! 新崎さんをッ!!!」

 ユキの方を向くと、ユキは...

「...」

 静かに、泣いていた。
 傷ついて、いた。

「なんで...」
「...」
「なんで...泣いて...」
「...」
「だって...終わりだろ...こんなの...」

 口にした瞬間、ユキとの今までがフラッシュバックした。
 小学校、中学校、高校、大学、全て。
 それが終わろうとしている。

 一緒にいた。
 確かに、一緒にいた。
 傍に、いた。

 でも。
 これからはもう...

 消えていく。
 脳裏に浮かぶ笑顔のユキが消えていく。
 あんなに楽しそうにしているのに。

 消えていく。
 暗くなっていく。
 何もかも。

 最低だ...俺...
 俺のせいで...
 なにも...かも...

「...終わって...ない...」
「え...?」
「何も終わってないッ!!!」

 ユキは突然大きな声を上げた。
 静寂になる周り。

「...こんなの...関係無いじゃん...」
「...けど、俺は」
「関係無いのッ!! ルイはルイだもんッ...!!!」

 俺は...俺?
 なんだよ...それ?

 なぜだか、その言葉は俺の暗闇に光を差した。
 脳裏で消えていくはずだったユキの姿は、また再構築されて、俺を呼び始めた。

 俺の脳はまた考える事を始めた。
 俺は、俺だと。

「そうよ、言ったでしょ? あなたを作ったのは"今のR.E.Dじゃない"って。だから、曖昧だけど、彼女の言う通りよ」
「でも」
「はぁ...ほら、いいから前を向きなさい。こんな時にそんな事言ってる場合? 本当にここで終わっていいの? 君には"それ"があるのよ?」

 ユエさんはまた"七色蝶の銃"、いや、"七色蝶の銃剣"を指差した。

「その"大蝶イーリス"にあなたが選ばれたのは偶然じゃないの。事前予約当選者だろうとなんだろうと、どうにかしてあなたに渡すつもりだったんだから」

 俺は"それ"を改めて握ってみた。
 その銃剣は呼応するようにして、七色の色彩を放ち、大きな蝶の羽根を広げた。
 それを見ると、アオさんは少し笑みを浮かべ、

「"UnRule"配布アンドロイド内に"眼の色とか諸々検知するプログラム"を入れていたんだけど、やっといてほんと良かったよ。勝手で悪いけど、僕たちは君に全て賭けてるんだ。なぁ、ユエ?」
「えぇ、きっとあなたしかいないの。R.E.D.を止める事が出来るのは。武器開発に私たちはほぼ携わってないけど、これだけは知ってる。その銃剣は、"常人だと10%も力を発揮出来ない"けど、あなたの能力なら絶対100%以上を引き出せるってね」
「俺なら...100%以上を...」
「要は総理をやれるのよ!! 全力で私たちがサポートするから、お願い!!」
「...僕からも、どうか!!」

 ユエさんに続いて、アオさんまでも大きく頭を下げてきた。
 衝撃の事実に一度は堕ちたが、もう大丈夫そうだ。

 正直ここまでしてもらって、武器も最高峰のモノを与えてもらって、断るなんてそれこそ終わりだよな?
 やるべき事は一つ、絶対に総理を壊す、それに変わりは無い。

「頭を上げてください。僕の気持ちは変わって無いですよ、最初から。"全てをかけて総理を止める"それだけです、って言っても、輝星竜をまずはどうにかしないとって感じですけど」

 そう言うと、雰囲気は一気に明るくなったようだった。
 この後、俺たちは飯塚夫婦の提案で、一旦移動する事となった。
 外で話しかけてきたロア2(ロアツー)はこのまま注意喚起をしてもらうため、置いていくらしい。

 そして移動先は、"東京駅前"だそうだ。
 そこで"あるグループ"と合流すると言う。
 この車が大通りに入る頃、

「さっきは悪かったな。でもやっぱりお前なんだよ。新崎さんを喜ばす事ができるのも、この状況を打破出来るのも、な?」
「...俺だけじゃ無理だわ、頼むよ、また」
「おう!!」

 微笑みながらシンヤは言った。
 続いて、ユキの方へと視線を変え、

「あの...ごめん、あんな事言って」
「ううん、辛かったんだよね、ルイは。自分の本当の親が"あの総理"だったって...でもね、ルイはルイなの。親とかどうとかどうでもいい」
「...あぁ、そうだな」
「それでも、どうしても親だって気になるなら、あんなの結局機械なんだし、最悪戻しちゃえばいいのよ。"前世の姿"に、ね」

 ユキは乾きそうな涙を拭って、笑いながら言う。

「それいいな。ヤツをぶっ壊したらそうしてやるか」
「うんうん」

 この笑顔。
 もう傷つけたくない。
 あんな事を言った分、挽回しないと、か。

 移動中も飯塚夫婦は色々と教えてくれた。
 大蝶イーリス含む"事前予約当選者専用の武器"は、超複雑に管理されていた敵プログラムを弄って、無理やり人間側の手に回るようにしてくれた事。
 その中で一番大変だったのは、やっぱり"この銃剣"だそうで、最後の最後まで"何かの干渉"を受けて諦めかけていたという。

 それでも、これは"ロアの未来予測の最後の方にあった事"らしく、全力を挙げてやったらしい。
 "UnRule"の開発兼テストメンバーではあったが、モンスターを作ったのは他の国家研究員であり、"裏部さん"という研究員が詳しいそうだ。
 この夫婦といれば、近いうちに会う事になりそうだ。

 横目で流れる景色を見ながら、俺は引っかかっている"ある事"を思い出した。

 ― ゲームの物に質量を持たせる"他の存在"って結局なんなんだ?
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