面喰い令嬢と激太り皇帝

今井ミナト

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面喰い令嬢と天使

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 五歳のある日からわたくしは天使の夢を見続けている。

 艷やかな金髪に澄みきった水色の瞳をしたその天使はとても美しい容姿をしていた、と思う。

 五歳の頃は、少し歳上の天使の姿を目覚めてもはっきりと思い出せたはずなのに、次第に姿がぼんやりとして、今では幼いままの天使が夢に出てきたことがわかるだけだ。

 夢の内容は毎回同じ。天使が民を護るためにもっと力がほしいと嘆き、あなたならできると私が励ますのだ。消えゆく天使に、私も私のできることをすると約束して夢は終わる。

 ずいぶん昔に一度だけ、待っていてくれる? と聞かれたような気がするけれど、少女らしく夢みがちな妄想だろう。

 毎回同じ夢だというのに私は、天使の憂いを取り除きたいといつも真剣に願っていた。


  *  *  *


 七歳で出会った王太子殿下に、夢の天使の面影を見た私は一気に舞い上がってしまった。一つ年上の彼は金髪碧眼の美少年で、婚約者選びのお茶会での悲しげな様子が、あの天使を思わせたのだ。
 花咲き誇る庭園で令嬢達に囲まれながら、王太子殿下は一言も口をきかなかった。殿下が令嬢達の話に軽くうなずいたり、優しく微笑むだけで、お茶会は盛り上がり、婚約者選びが進んでいく。笑っていても殿下の顔はどこか物憂げで、その瞳には陰りが見えた。

 あの方の憂いを晴らして差し上げたい。

 夢の中の天使と王太子殿下を勝手に同一視した私は親に婚約者になりたい旨を伝えた。思えば、その時にお父様があんなに反対した理由をよく考えてみるべきだった。

 婚約者は私に決まった。あのお茶会のあと、かなりの候補者が婚約を希望したが、一番王家の求める条件に合っていたのが私だったためだ。
 公爵令嬢に産まれてよかった。本気でそう思ったあのときの私を平手打ちしてやりたい。

 婚約者になってからも、王太子殿下との時間は取れなかった。聞けば政務や勉強に忙しいからとのことで、それがますますあの天使とかぶって素敵に見えた。
 婚約者でありながら遠目にみつめる王太子殿下はやはり文句のつけようがない美少年だった。

 私は秘密裏に市井で売られている王太子殿下の姿絵を買い求めさせ、自室で一人眺めながら自らがその隣に並ぶ日を夢みた。

 一方で私は、美しく努力家の彼に恥じぬ婚約者になろうと、本来は令嬢が手を出さないレベルまで学問の質をあげ、完璧な淑女であろうとマナーやダンスの完成度を追求した。
 完璧な令嬢、理想の淑女ともてはやされるようになったのはいつからだったろう。それでも私は素晴らしい王太子により相応しくあろうと努力を重ねた。

 水鳥は優雅に見えて、見えない水の下では懸命に足を動かしていると聞く。表面上は優雅に微笑みながらも私は必死だった。もっと優雅に。もっと知的に。あの方に並ぶにはもっともっと高みを目指さなければ。

 私がどんなにもてはやされようと王太子殿下に時間をとってもらうことは叶わなかった。私は夢の天使を励ますことで反対に自分が励まされながら、自らも民を護れる力をつけたいと願った。

 しかし、十五歳で入った学園で衝撃の真実を知った。残念ながら我が国の王太子殿下は、恐れ多くも怠け者で女癖の悪い愚者だったのだ。
 あのときのお茶会での憂い顔は、退屈なお茶会を抜け出して遊びに行ったら三日お菓子を抜くはめになるからだったと本人の口から聞いたときは呆れて言葉も出なかった。王太子殿下にも。もちろん当時の自分自身にも。

 それでも彼を想い、磨き抜いた私の力は未来の王妃に相応しい物になっていた。王室も周りも私の力を認め、高く評価してくれている。大切なものを護る力があるなら、私はそれを活かしたい。少なくとも天使の前でそう言える私でありたい。

 王太子殿下が愚者であろうと、婚約者は変わらず私のままだった。二人の間に愛はないけれど、少なくとも私に責任感はある。そして、あの天使を思わせる顔で悪気なく朗らかに笑う彼を憎めない、くらいには思っていた。

 そうして学園で過ごして二年。私は十七歳になった。あと一年で学園も卒業。その後はあの美しい王太子殿下の妃として王太子殿下の分まで愛する国民を支える日々が待っていると疑いもしなかった。

 それがあの顔だけの王太子殿下ときたら。卒業直前に平民同然の男爵令嬢にのぼせあがってしまうなんて。
 殿下を含む最高学年生を送るパーティーにて。彼は、正式な婚約者の私を差し置いて、男爵令嬢をエスコートした。それだけでは足りず、在学生総代として出席せざるをえなかった私をわざわざホールの中心にまで呼び出して、声高に婚約破棄を宣言したのだ。

 そして、皆の注目が集まる中、私の未来の王妃として相応しくない点を一つ一つあげていかれた。
 私が彼女のタイを見苦しいと言ったとか、ダンスの場で太った貴族をひどい目で睨んだとか。婚約者を顔と権力だけで選んでいるとか。

 タイを見苦しいと言ったのはそのタイが汚れていたからだし、婚約者についてはお互い様だ。太った貴族を睨んだ件は私が悪いと言えなくもないけれど……。
 実は私、太った男性だけはダメなのだ。なぜか物心つく前から、太った男性が近づくと蕁麻疹が出て、悲鳴をあげて逃げたくなってしまう。必死の淑女教育でだいぶ抑え込めるようにはなってきたけれど、そんな努力もすべて無駄だったのだ。

 赤っ恥をかかされた私にとって、学園での、いや、ひいては社交界での居場所など無いに等しいものなのだから。私は、弁明を諦めるとできるだけ優雅に淑女の礼をとった。

 十年の努力の終わりがあまりにも不様なことに自嘲的な笑みは浮かんだけれど、涙の一滴も出てこなかった。


  *  *  *


 その日、婚約破棄をされたその足でお父様の執務室を訪ねると、険しい顔で執務机に座ったお父様が立派な台座に載った手紙を眺めていた。

「フェリーチェ、お前に縁談が来ている」

 お父様の口ぶりから、断れない相手なのだと悟った。なんて耳の早い方だ。
 当人の私でさえ、今日になるまで婚約破棄などという常識外れなことをされるとは考えてもみなかったのに。それとも王太子の婚約者相手でも関係なく奪えるくらいの大物なのだろうか。

「お相手は隣国の皇帝陛下御本人だ」

「そんな、まさか」

 隣の帝国といえば世界一の大国だ。その皇族は不思議な力を持つことで知られ、つい最近まで周辺諸国を手当たり次第に制圧し、領土に組み込んでいた。眠れる獅子が目覚めたら次は自国ではないか、我が国を含む帝国の周辺国は内心怯えているはずだ。

「しかも来たのはこの要件を述べる書状だけ。こちらとの国力差を考えると、こんな婚姻の打診でも断ることはできない」

「婚姻ですか?」

 私は驚いて尋ねた。肖像画も釣書もなく婚約――ましてや婚姻を打診するなど、普通はありえない。それにうなずいたお父様が渋い顔で続ける。

「皇帝陛下はお前の二つ歳上だったはずだ。類稀な才で兄を押し退けて一年前、帝位に就いたという。即位後は国土防衛に力を入れたらしく、その後は噂すら届いていない」

 ――有能な方なのね。どこぞの王太子とは大違い。

「十二年前、まだ七歳の頃の陛下――当時は殿下だったけれど――にお会いしたことがあるよ。金髪碧眼の美しい少年だった」

 私は目を見開く。金髪碧眼は好みのど真ん中だ。それなら十二年後の今は元婚約者様のように美丈夫になっているのだろうか。

 この十年の婚約者生活で私は学んだ。多少の欠点は顔で十分カバーできるし、欠点しかないような男でも顔が極上なら大抵のことは許せるのだ。

 十年の歪んだ努力は、私を立派な面喰いに育てたらしい。
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