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コン・フォーコ
28話
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「そうならないためにも、そして切る際は吸い上げる面が大きくなるように、下から数センチ斜めに切り落としてください。これを水中で行うのが『水切り』、切ってから水につけるのを『空切り』と言います」
説明で使えるよう、傍らの木製のテーブルの上に置いておいた花瓶からアンスリュームを一輪左手に持ち、シャルルは右手の人差し指で茎の下部を斜めに切る動作をする。
「これはどんな種類の花の場合の水揚げなの?」
「『水切り』ですと、有名どころではこのアンスリュームにバラやカーネーション、『空切り』ならチューリップやユリやカラーなどの球根植物ですね」
「う……」
もちろん有名どころを覚えるだけではならない。お客様から水揚げの方法を聞かれ、答えられないのは避けたい。しかし膨大な数の花を、しっかりと整理して頭に入れられるか、それをベルの歪めた表情からシャルルは悟った。不安を煽らないよう、一呼吸おいて笑みを向ける。
「最初は本を見ながら、僕や姉さんに聞いたりしながら、種類別にやり方を覚えてみてください。他にも『湯上げ』や『叩く』といったものが主流ですが、慣れると初めて扱う花でも本を見ずともなんとなくわかるようになります。問題は、花によっては『湯上げ』の後に『深水』といったように応用を利かせるものもありますが……追い追い、ということで」
案の定フリーズして頭から煙が上がりそうなベルの姿を確認すると、シャルルはやっぱり、と小さく長息。しかしそれはどこか楽しそうにも見える。
その息の音をベルの鍛え上げられた耳はキャッチしていたが、特になんのリアクションも起こさずに佇む。どうにかして鼻を明かしてやりたいが、さすがに思いつかない。
たっぷり一○秒ほど沈黙が流れた後、先に口を開いたのはベルだった。
「フローリストって、大変なんだ……花をアレンジして楽しいだけ、ってわけじゃないんだね」
しみじみと噛み締めるように、一語一語を自分の言葉にしていく。まだ触りだけだが、フローリストの現実を真摯に受け止めていた。弱気な発言は以前にもしたが、なぜかこの少年には自分の弱いところを色々と見せてしまっている。反省。
シャルルはアンスリュームの入った花瓶が置かれたのと同じテーブルから一つ、木製の網目籠に入ったアレンジを抱きかかえるようにそっと包み込む。
「確かに華やかなスポットに憧れてこの道を選んだものの、挫折する方は多いです。ただ憧れるだけでは続けていけません。お客様が心の底からの笑顔で『ありがとう』『綺麗だね』『元気が出たよ』。それがフローリストの生きがいでもあります」
うんうん、と腕を組んだベルが首肯する。
「……確かに、それは嬉しいな。背中を押す事に成功した、って肌で感じられるもんね」
「立ち止まってしまった過程も含め、それがフローリストなんです。だからそれを恥と思わず、もう一度最初から花と向き合ってほしい。花は、最後まで人を見捨てませんから」
「なんか気の遠くなりそうな話だね」
「でも、なんか嬉しそうですね」
ベルの瞳が帯びているものは憂いではなく希望に思え、シャルルは自分も同じ感情が芽生えてきた。
「当然! 『そんなに覚えられない、無理!』っていう限界を作ったから、俄然やる気になったよ。それで、他の水揚げはどんなのがあるの?」
最初からそうなるのを見越していたかのように、シャルルは背筋を伸ばす。そして「パン」と手を叩いて空気を変える。
「それじゃあ、実際にやってみましょうか。では『叩く』というのを――」
説明で使えるよう、傍らの木製のテーブルの上に置いておいた花瓶からアンスリュームを一輪左手に持ち、シャルルは右手の人差し指で茎の下部を斜めに切る動作をする。
「これはどんな種類の花の場合の水揚げなの?」
「『水切り』ですと、有名どころではこのアンスリュームにバラやカーネーション、『空切り』ならチューリップやユリやカラーなどの球根植物ですね」
「う……」
もちろん有名どころを覚えるだけではならない。お客様から水揚げの方法を聞かれ、答えられないのは避けたい。しかし膨大な数の花を、しっかりと整理して頭に入れられるか、それをベルの歪めた表情からシャルルは悟った。不安を煽らないよう、一呼吸おいて笑みを向ける。
「最初は本を見ながら、僕や姉さんに聞いたりしながら、種類別にやり方を覚えてみてください。他にも『湯上げ』や『叩く』といったものが主流ですが、慣れると初めて扱う花でも本を見ずともなんとなくわかるようになります。問題は、花によっては『湯上げ』の後に『深水』といったように応用を利かせるものもありますが……追い追い、ということで」
案の定フリーズして頭から煙が上がりそうなベルの姿を確認すると、シャルルはやっぱり、と小さく長息。しかしそれはどこか楽しそうにも見える。
その息の音をベルの鍛え上げられた耳はキャッチしていたが、特になんのリアクションも起こさずに佇む。どうにかして鼻を明かしてやりたいが、さすがに思いつかない。
たっぷり一○秒ほど沈黙が流れた後、先に口を開いたのはベルだった。
「フローリストって、大変なんだ……花をアレンジして楽しいだけ、ってわけじゃないんだね」
しみじみと噛み締めるように、一語一語を自分の言葉にしていく。まだ触りだけだが、フローリストの現実を真摯に受け止めていた。弱気な発言は以前にもしたが、なぜかこの少年には自分の弱いところを色々と見せてしまっている。反省。
シャルルはアンスリュームの入った花瓶が置かれたのと同じテーブルから一つ、木製の網目籠に入ったアレンジを抱きかかえるようにそっと包み込む。
「確かに華やかなスポットに憧れてこの道を選んだものの、挫折する方は多いです。ただ憧れるだけでは続けていけません。お客様が心の底からの笑顔で『ありがとう』『綺麗だね』『元気が出たよ』。それがフローリストの生きがいでもあります」
うんうん、と腕を組んだベルが首肯する。
「……確かに、それは嬉しいな。背中を押す事に成功した、って肌で感じられるもんね」
「立ち止まってしまった過程も含め、それがフローリストなんです。だからそれを恥と思わず、もう一度最初から花と向き合ってほしい。花は、最後まで人を見捨てませんから」
「なんか気の遠くなりそうな話だね」
「でも、なんか嬉しそうですね」
ベルの瞳が帯びているものは憂いではなく希望に思え、シャルルは自分も同じ感情が芽生えてきた。
「当然! 『そんなに覚えられない、無理!』っていう限界を作ったから、俄然やる気になったよ。それで、他の水揚げはどんなのがあるの?」
最初からそうなるのを見越していたかのように、シャルルは背筋を伸ばす。そして「パン」と手を叩いて空気を変える。
「それじゃあ、実際にやってみましょうか。では『叩く』というのを――」
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