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アフェッツオーソ
82話
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勝手に作っていた囲いを溶かすように取り払う発想。なにかが溢れ出す感覚とはこういったものなのか。はっきりとは言えないが、ベルは今まさにそれを体験している。そしてそれが形となって映し出される。薄ぼんやりと霞がかかった、焦点のまだ定まっていない像ではあるが、それが徐々にモザイクを削り取っていく。
「伝えるものは、花を通したお前のメッセージだ。ルールなどない。ワインと一緒に手渡す、ぬいぐるみを添える。なんでもありだ」
「ルールは、ない……」
言葉を噛み締めたベルがふと、ベアトリスに視覚の対象を移した瞬間、あるものがその端に引っかかる。
(――あれは確か……もしかしたら使えるかも。でもそれを生かす自由な発想……)
生み出しては消し、生み出しては潰しを何度繰り返しただろうか。その真剣で厳かなベルの表情に、シャルルは声を掛けるのが躊躇われた。
雛鳥が自らの羽で飛び立つまでの、神聖にして肝要な時間。空になったカップに無言でコーヒーをシャルルが継ぎ足すが、それにすら気付かないベル。
リラックスした状態こそが転換のきっかけとなるが、その端を掴んだベルの集中は目を見張る速度で試行錯誤する。彼女がピアノにおいて上手くいけそうになる時、この流れが多い。無意識下で机を媒体にピアノを奏でる。シューマンの『森の情景第一曲』がトントンと響く。
先よりも落ち着き、どことなく楽しそうなベルを見ていると、コーヒーを入れるシャルルも元気が湧いてくる。自分のアドバイスが的を射たのにも安堵したが、この前向きなベルを見れたことが単純に嬉しかった。
リズムに乗るベルが第二曲に移り、茂みの中で狩人に会ったところで突然、
「あの、隣の雑貨屋さんてまだ開いてますか!?」
上擦ったベルの声が発せられた。何年も動かなかった機械が突然動き出したかのようであり、姉弟の小さい体は小さく震えた。そのひたむきな眼差しに一瞬胸が高鳴ったが、冷静さを思い出しシャルルが応じた。
「この店と同じ時間に閉まりますから。ただし、あまりバスケットや籠の種類はありませんので、そういったものですと違う店に――」
「甘いな、シャルル」
冷ややかに言い放ち、ベアトリスは二杯目のコーヒーの最後の一口をすする。
「え? どういう……」
「お前が言ったばかりだろう。必要としているものは容器ではない、そういうことだろ?」
「はい」
力強く頷くベルの瞳の奥には、すでにその絵が浮かんでいる。表情からそれを読み取ったベアトリスは鼻で笑った。
「あと、すいませんベアトリスさん、おそらく店にない花で、リオネルさんに是非頼みたい花があるのですが」
控えめにベルは手を合わせる。
「なんだ? あるかはわからんが、一応電話はしてみる。なんの花だ?」
「はい、実は――」
欲する花の名を言いかけたベルを、テーブルに頬杖をついて、相変わらず良からぬことを企んでいる際に浮かべる蟲惑的な笑みで、ベアトリスは人差し指を用いて制す。そしてそのままクイクイッと引き寄せ、耳元で囁くようにと指示した。
なぜそのようなことをわざわざ、と怪訝そうに承諾するベルだが、一人蚊帳の外にぼんやりと立たされているシャルルが耳打ちしながらも目に入ると、その意を了解する。
「伝えるものは、花を通したお前のメッセージだ。ルールなどない。ワインと一緒に手渡す、ぬいぐるみを添える。なんでもありだ」
「ルールは、ない……」
言葉を噛み締めたベルがふと、ベアトリスに視覚の対象を移した瞬間、あるものがその端に引っかかる。
(――あれは確か……もしかしたら使えるかも。でもそれを生かす自由な発想……)
生み出しては消し、生み出しては潰しを何度繰り返しただろうか。その真剣で厳かなベルの表情に、シャルルは声を掛けるのが躊躇われた。
雛鳥が自らの羽で飛び立つまでの、神聖にして肝要な時間。空になったカップに無言でコーヒーをシャルルが継ぎ足すが、それにすら気付かないベル。
リラックスした状態こそが転換のきっかけとなるが、その端を掴んだベルの集中は目を見張る速度で試行錯誤する。彼女がピアノにおいて上手くいけそうになる時、この流れが多い。無意識下で机を媒体にピアノを奏でる。シューマンの『森の情景第一曲』がトントンと響く。
先よりも落ち着き、どことなく楽しそうなベルを見ていると、コーヒーを入れるシャルルも元気が湧いてくる。自分のアドバイスが的を射たのにも安堵したが、この前向きなベルを見れたことが単純に嬉しかった。
リズムに乗るベルが第二曲に移り、茂みの中で狩人に会ったところで突然、
「あの、隣の雑貨屋さんてまだ開いてますか!?」
上擦ったベルの声が発せられた。何年も動かなかった機械が突然動き出したかのようであり、姉弟の小さい体は小さく震えた。そのひたむきな眼差しに一瞬胸が高鳴ったが、冷静さを思い出しシャルルが応じた。
「この店と同じ時間に閉まりますから。ただし、あまりバスケットや籠の種類はありませんので、そういったものですと違う店に――」
「甘いな、シャルル」
冷ややかに言い放ち、ベアトリスは二杯目のコーヒーの最後の一口をすする。
「え? どういう……」
「お前が言ったばかりだろう。必要としているものは容器ではない、そういうことだろ?」
「はい」
力強く頷くベルの瞳の奥には、すでにその絵が浮かんでいる。表情からそれを読み取ったベアトリスは鼻で笑った。
「あと、すいませんベアトリスさん、おそらく店にない花で、リオネルさんに是非頼みたい花があるのですが」
控えめにベルは手を合わせる。
「なんだ? あるかはわからんが、一応電話はしてみる。なんの花だ?」
「はい、実は――」
欲する花の名を言いかけたベルを、テーブルに頬杖をついて、相変わらず良からぬことを企んでいる際に浮かべる蟲惑的な笑みで、ベアトリスは人差し指を用いて制す。そしてそのままクイクイッと引き寄せ、耳元で囁くようにと指示した。
なぜそのようなことをわざわざ、と怪訝そうに承諾するベルだが、一人蚊帳の外にぼんやりと立たされているシャルルが耳打ちしながらも目に入ると、その意を了解する。
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