Réglage 【レグラージュ】

文字の大きさ
5 / 165
ガヴォー 『モデルT』

5話

しおりを挟む
「やだぁ、おばあちゃん素敵ぃ!」

 約四〇平米。ダブルベッド付きの寝室、家具のついたリビングにベビーグランドピアノ。そして小さめの台所。それが今回のお客様のアパートだった。防音もついており、老婆ひとりが住むには十分すぎるほどに快適だ。

「なんなんだあいつは……!」

 そのリビングにピアノを査定しながら、ランベールは不満を小さく、しかし確実な怒気を込めて漏らした。こいつと一緒にやるとなにかしらストレスが溜まっている気がする。

 それもそのはず、この部屋に入ってから十分ほど。ピアノの蓋を開けて鍵盤やらアクションと呼ばれる打鍵の装置などを慎重に見ながら見積もりを作るランベール。普通の調律師だ。
 
 かたや紅茶を飲み、甘い香りのお茶菓子をつまみながら世間話をするサロメと依頼者の老婆メラニーという図になっていた。しかもリビングゆえに仕方ないのだが、ピアノから発する些細な音をきき漏らさんと耳をそば立てても、少し離れたところから笑い声やカップとソーサーのカチャカチャした音が紛れ込んでくる。

「だから俺ひとりでいいと……!」

 当番を決めた社長に愚痴をもらしつつも、ランベールは作業を進める。実際には整調・調律・整音の程度を見ているだけなので修理をしているわけではないのだが、見れば見るほどに劣化がひどい。湿気によるアクションの不具合『スティック』や、鍵盤が戻らないなど、弾きづらいことこの上ない。もちろん、メラニーがリサイタルやコンクールに出るわけではないので、ある程度弾ければいいということなのだろう。

 それにも関わらず依頼が来たということは、まともに弾けなくなったということだろうと予想していたランベールだったが、違和感を感じたのは、鍵盤とハンマーアクションをピアノから引き出した時のことだった。

(弾きにくいことこの上ないが……ブッシングクロスなどはある程度交換してある。フロントキーピンやバランスキーピンも、磨いてある。この整調の仕方は……)

 鍵盤の深さを調整、ガタツキや戻りを調整する部分など、追加でやる必要のない部分と、そうでない部分がかなりわかれている。ホコリなどもほぼ取り除かれており、ネジの緩みなどで起きる共鳴雑音もない。

 横目でメラニーを見るが、相変わらず調子の良さそうなサロメに乗せられて上機嫌だ。さっきよりもお菓子が増えている。イギリスのティータイムに出てくる二段のやつまであるじゃねーか、と悟られないようにランベールは睨んだ。

「ねぇ、まだー? まだ終わんないのー、ランちゃーん」

 今までで一度もそんな呼び方したことねーだろ! と怒りを溜めつつ、ランベールは無視を決めた。しかしここまでとなると、部品に関して言えば全交換したほうがいいため、むしろ悩まない。見積りに必要事項を記入して、再度確認。

「今日は私達のこと孫だと思っていいからね! このクッキー美味しい~!」

「あらあら」

(あらあらじゃねーだろ! こっちはピアノいじってんのによぉ!)

 手に持つボールペンが見積り書にめりこむ。やはり女というのはお茶とお菓子を用意して時間を与えてはいけない、とランベールは心に刻んだ。

「おばあちゃん、紅茶おかわり~、おばあちゃんなんでもできて憧れちゃう~」

 もはやなにをしに来たかわからない様子で、サロメは褒めて依頼者を動かす。数年来の友人であったかのように懐に潜り込めるのは一種の才能なのかもしれない。最終的には「ここに住もうかな」なんて言い出している。そのうちお小遣いまで要求しかねない。

 さすがに悪いと思ったのか、メラニーはチラチラと見積もりをしながら、またピアノをいじるランベールを見だした。

「でもいいのかい? お兄ちゃんはあぁやって見てくれてるのに」

「大丈夫大丈夫。騒音の中でも調律できるように私たち訓練してるから。そんなことより、もっとおじいちゃんとの話聞かせて~!」

「おじいさん……おじいさんか」

 そう言うと、ふと、遠くを見るような目をメラニーはする。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

処理中です...