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エラール 『No.0』
35話
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もうだいたい調律のイメージはできた。あまり使われてなければ四四二、使われてれば四四〇ヘルツで大丈夫だろう。どうせ一度じゃ終わらない。長所を伸ばすか短所を補うか迷うが、見てから状況に合わせる。見事にダラけきってサロメは目を瞑る。
「そうなんだけど、ちょっと特殊でな。調律というかなんというか」
「調律師が調律しないで何すんのよ。今度はお偉いさんにお酒でも注げって?」
やはり今日の配信は根に持っているらしい。意外としつこいヤツだからな、あと半年は言ってくるだろうとルノーは諦める。
「それだったらお前より適正のある女いっぱいいるだろ」
「いちいち突っかかってくるわねー、なんなのよ」
いつも通り、特に理由もなく争うふたり。
「五区にある、古書店を知ってるか? 映画の撮影なんかでもよく使われるんだが」
「あー、なんかヘミングウェイやフィッツジェラルドが通ったとかいう、あれ?」
そんな店があると雑誌かテレビかで聞いたことがある。観光客も多い、人気スポットだ。まぁあたしには関係ないけど、とサロメは抹茶スイーツを考え出した。
「そうだ、あれだ」
「それがピアノとなんの関係があんの?」
やはり抹茶といえばモンブランかティラミスか。もう五区に行く理由はスイーツのためだけであるが、ルノーが言っていることが繋がらずサロメは質問を返す。
「そういえばほとんど使われていないけど、店の奥にピアノがあるというのを聞いたことがあります」
朧げな記憶をランベールは呼び起こした。そういえば聞いたことある、と。誰も弾かないらしく、店の雰囲気を出すためだけのものだと。
「本屋に? ピアノ弾いてたら、一気に騒がしくなっちゃうじゃないの」
「その通り、というわけで! 今回は!」
唐突にロジェが乱入してくる。
「静かな本屋でも、みなさんの邪魔にならない程度の音量に抑えつつ、それでいてふらっと立ち寄ったピアニストが満足しちゃうくらいのをサロメちゃんにはお願いしたいのね」
相変わらず特殊な例ばっかり持ってきやがってこいつ、とサロメは呆れた。配信者の次は、普通弾かないとこでする調律か。
「ウナコルダペダルを使えばいいのでは? てか今回はこの前の変態と違って、私を指名ってわけじゃないんですよね?」
正直、お宅訪問などの方がやりやすいのは当然。お茶菓子も出てくるし、最悪奪えばいい。だが! 書店はどうか! 出るのか! なぁ! そこのとこ考えて配置してほしいものだ、と理不尽なことを考える。乗り気がしない。やる気が出ない時のための弱音ペダル。
「プロのピアニストが弾くわけじゃないからね、ペダルは難しいよ。で、パリのグランドピアノ限定のサロメちゃん、僕はここ、社長はマルセイユ、ランベールくんにはランスに行ってもらうことになってますのでね」
そういやそうだ、とサロメは肩を落とす。
「……はぁー……、いや、あとひとりいますよね。ウチの調律師。あの人は」
「彼は本業があるからね。仕方ないね」
店長であるロジェも五人目の彼がいつ来るかはわかっていない。わかっているのは、来られるときにふらっと来る。そして調律して帰る。そんな自由が許されるほどの腕ということ。
「いつ戻ってくるんですかあの人は……!」
もうあの人は数ヶ月見てない気がするが、逃げてないよな? とサロメは確認したい。
「それは置いといて。じゃ、よろしくね」
ちょうど電話がかかってきたこともあって、急いで取りにロジェは向かう。まだこのぶんなら、しばらくは調律依頼に困ることはないだろう。たくさんのピアノに触れることは職人の腕が磨かれる、お客のピアノが直って喜ぶ、お店が潤う、といいことばかりだ。
もう一度、資料に目を通しながら、サロメは諦めて寝ることにした。
「グロトリアンか……なんでそんなデカいの本屋にあるのよ……!」
「そうなんだけど、ちょっと特殊でな。調律というかなんというか」
「調律師が調律しないで何すんのよ。今度はお偉いさんにお酒でも注げって?」
やはり今日の配信は根に持っているらしい。意外としつこいヤツだからな、あと半年は言ってくるだろうとルノーは諦める。
「それだったらお前より適正のある女いっぱいいるだろ」
「いちいち突っかかってくるわねー、なんなのよ」
いつも通り、特に理由もなく争うふたり。
「五区にある、古書店を知ってるか? 映画の撮影なんかでもよく使われるんだが」
「あー、なんかヘミングウェイやフィッツジェラルドが通ったとかいう、あれ?」
そんな店があると雑誌かテレビかで聞いたことがある。観光客も多い、人気スポットだ。まぁあたしには関係ないけど、とサロメは抹茶スイーツを考え出した。
「そうだ、あれだ」
「それがピアノとなんの関係があんの?」
やはり抹茶といえばモンブランかティラミスか。もう五区に行く理由はスイーツのためだけであるが、ルノーが言っていることが繋がらずサロメは質問を返す。
「そういえばほとんど使われていないけど、店の奥にピアノがあるというのを聞いたことがあります」
朧げな記憶をランベールは呼び起こした。そういえば聞いたことある、と。誰も弾かないらしく、店の雰囲気を出すためだけのものだと。
「本屋に? ピアノ弾いてたら、一気に騒がしくなっちゃうじゃないの」
「その通り、というわけで! 今回は!」
唐突にロジェが乱入してくる。
「静かな本屋でも、みなさんの邪魔にならない程度の音量に抑えつつ、それでいてふらっと立ち寄ったピアニストが満足しちゃうくらいのをサロメちゃんにはお願いしたいのね」
相変わらず特殊な例ばっかり持ってきやがってこいつ、とサロメは呆れた。配信者の次は、普通弾かないとこでする調律か。
「ウナコルダペダルを使えばいいのでは? てか今回はこの前の変態と違って、私を指名ってわけじゃないんですよね?」
正直、お宅訪問などの方がやりやすいのは当然。お茶菓子も出てくるし、最悪奪えばいい。だが! 書店はどうか! 出るのか! なぁ! そこのとこ考えて配置してほしいものだ、と理不尽なことを考える。乗り気がしない。やる気が出ない時のための弱音ペダル。
「プロのピアニストが弾くわけじゃないからね、ペダルは難しいよ。で、パリのグランドピアノ限定のサロメちゃん、僕はここ、社長はマルセイユ、ランベールくんにはランスに行ってもらうことになってますのでね」
そういやそうだ、とサロメは肩を落とす。
「……はぁー……、いや、あとひとりいますよね。ウチの調律師。あの人は」
「彼は本業があるからね。仕方ないね」
店長であるロジェも五人目の彼がいつ来るかはわかっていない。わかっているのは、来られるときにふらっと来る。そして調律して帰る。そんな自由が許されるほどの腕ということ。
「いつ戻ってくるんですかあの人は……!」
もうあの人は数ヶ月見てない気がするが、逃げてないよな? とサロメは確認したい。
「それは置いといて。じゃ、よろしくね」
ちょうど電話がかかってきたこともあって、急いで取りにロジェは向かう。まだこのぶんなら、しばらくは調律依頼に困ることはないだろう。たくさんのピアノに触れることは職人の腕が磨かれる、お客のピアノが直って喜ぶ、お店が潤う、といいことばかりだ。
もう一度、資料に目を通しながら、サロメは諦めて寝ることにした。
「グロトリアンか……なんでそんなデカいの本屋にあるのよ……!」
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