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オワリ

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瑪瑙は翔に連れられ、ある古ぼけた一軒家へときていた。
家主は今、仕事でいないという。

「ここは・・・?」
「前に僕は仕事でホテル暮らしだって言ったよね、あれは嘘なんだ。」

階段を上がり2階。
ぎぃぃと、嫌な音を立てて一つの部屋の戸が開く。
その中はあらゆる物が散乱し・・・足の踏み場も無いほど散らかっている。
翔は沈んだ目で、言った。

「ここが僕の本当の家。そして僕はここでずうっと引き篭もってたんだ。」

がさがさと物を掻き分け進み、彼はある場所で立ち止まった。
そこには、輪っかの形を取ったロープが吊るされていた。

「親に文句を言われ続け・・・でもどうすることも出来なくて・・・どうにかしなきゃと思えば思うほど、絶望するばかりだった。そして死のうと思ってそこに登った時、あるものが見えたんだ。」

翔はロープの前の、首を吊る為に一段高くなっている場所を示した。
言われた通りそこに登ると・・・窓越しにあるものが見えた。
それは・・・瑪瑙の部屋だった。

「えっ!?ここって・・・?」
「ああ、君の部屋の裏だ。」

首を吊るためにそこへ乗ると、斜め上からちょうど瑪瑙の部屋がはっきり見えた。
向こうからは死角となり、こちらは見えないが・・・。

「最初は興味だった。知らない女の子が電気も付けず、薄暗い部屋で何をしているんだろうって・・・。君は虫を散歩させてたよ。訳が分からなくて、気になってしょうがなかった。気が付いたら死ぬことなんて忘れて毎日見入ってたよ。」

まさか毎日観察されてたとは・・・。
困ったように頬を染める瑪瑙を見ながら、翔は続けた。

「それがいつの間にか・・・『好き』になってたんだ。小さな部屋で沈んだ目で寂しそうにしている君が大好きになったんだよ。君に近づきたくて、虫の事も一生懸命勉強した。まあ、いつの間にかそっちのものめり込んでたんだけど・・・そんなある日だよ、君が首を吊ろうとしていたのを見付けたのは。」
「・・・!!」
「いてもたってもいられなかった。十年以上引き篭もってた事なんて忘れて飛び出しちゃった。本当に君の事が好きで仕方無かったからね。・・・それがどういう訳か、一緒に過ごすようになって・・・びっくりするのと同じ位、嬉しかったなあ。」

だがここで、翔は俯いた。

「だけど少しして・・・僕の体に異変が起こった。いや、当然といえば当然だったのかな。こんな部屋でずっと引きこもってたんだから。医者は簡単に匙を投げたよ・・・僕の体はもう助からない所まで病魔に侵されていたんだ。」
ぐっと、その胸を握り締める。

「死ぬ・・・悲しいとは思わなかったけど、でも真っ先に浮かんだのは君の顔だったんだ。僕が死んだら、きっと君は自分で命を絶ってしまうだろうって。それだけ君の想いが強いって分かってた。・・・僕も同じだったから。」
「えっ・・・?」

にっこりと、翔は寂しげに笑った。

「同じだよ。君がいたから、絶望に飲まれたはずの僕が生きてこられたんだ。君が死んだら・・・僕だって生きてはいられない。でもいつか言ったよね?自殺した人間は極楽浄土へは行けず永久にこの世とあの世の境の地獄で苦しみ続ける事になるって・・・君がそんな目に合うのは絶対に嫌だったから、だから・・・」

指差すそこには、血に塗れた刃物が置いてあった。

「君を殺せば、きっと君は天国へ行けるって・・・そう思ったんだ。」
「そんな・・・そうしたら翔は・・・どうなるの!?」
がっ・・・と、瑪瑙は翔の肩を掴んだ。

「人を殺した人間がそんな所に行けるはずはない。・・・僕は地獄送りになるだろうね。でもいいんだ、それで君が天国に行けるなら何も無かった僕の人生も・・・幸せなものだったって言えるよ。」
「そんな事・・・そんな事して、私が喜ぶと思ったの?嫌だ・・・嫌だよそんなの・・・。」 

胸の中で泣き崩れる瑪瑙を、翔はそっと退かした。

「僕の選択は本当は間違ってたんじゃないかって・・・ずっと考えてた。でも今の君を見て確信したよ。僕は間違ってなかった・・・!!」

彼は再び・・・その手に刃物を握り締めた。

「こうして君が生き返ってしまった以上、まだ僕が生きてる内に・・・もう一度・・・もう一度!・・・うくくっ!! 」

ここで殺さなければきっと、彼女は今度こそ自殺してしまうだろう。やらなければ・・・ならない。

だが彼の手は・・・震えていた。
それを見て瑪瑙は、こう叫んだ。

「良いよ・・・殺したければ好きなだけ殺して。でもそんなんじゃ私は死なないよ。百回でも二百回でも、翔の元に戻ってくる。翔を地獄になんか行かせない。」
「・・・っ!!うう・・・ううっ!!」

からんからん!翔は刃物を落とした。

「駄目だ・・・出来るわけない。君を二回も殺す事なんて・・・絶対に出来るわけないよ。」
「翔・・・。」

翔は崩れ落ち嗚咽を上げた。
結局、瑪瑙と同じように・・・翔も彼女を愛していた。
何より愛してるから殺さねばならないし、何より愛してるから・・・殺す事ができないのだ。
こんな状況だというのに、瑪瑙は思いが通じあってたという事に涙がこぼれそうだった。



とはいえ・・・状況は何も好転してはいない。
このままでは翔は地獄へと行く事になる。
そしてそうこうしてる間にも、病に侵された彼の体は刻一刻と破滅へと向かっているのだ。
せっかく二人の心は・・・繋がったのに。

(何か・・・何か手は無いの!?)

自分はどうなってもいい、どうにかして翔を救いたいと瑪瑙は考えていた。
だがもう翔はどう足掻いても地獄行きは免れないのだ。

(・・・!!)

しかしここで、瑪瑙はある事に気付いた。
一つだけあったのだ・・・状況を打破する、およそ狂気に満ち溢れた方法が。

彼女はゆっくりと立ち上がり、いつでも死ねるようにと持っていたロープを天井に吊るし始めた。

「瑪瑙・・・何をしているんだ・・・!?」
「アハハッ、気付いたんだ・・・自分や誰かを殺した人は永久に地獄で苦しむ事になっちゃうんでしょ?でもそれは別に悲しい事なんかじゃないってさ。私もそこに行っちゃえば良いんだよ。一緒ならどんな地獄も苦しく無いでしょ?それにさ・・・」

にっこりと、瑪瑙は微笑んだ。

「そしたら今度こそ永久に、一緒にいられるよ?」
「瑪瑙・・・。」
「エヘヘヘアハハハハッ、嬉しいなぁ。私いくらでも待ってるからさ、翔は病気で死ぬまでゆっくりやり残した事を終わらせてから来てね?・・・でもやっぱりできる事なら・・・一人で先に行くのは怖いから、だから・・・」

ロープを吊るし終えた彼女は、その手を翔に差し出した。

「この世の誰より愛してるから・・・死んで?一緒にね。」



二つ並んだ首吊りロープは・・・何処か幸せそうだった。

ぎゅっ・・・。
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