ブラッディ・チェイサー

猫山はる

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第1章 吸血鬼編

第18話 記憶の喫茶店へ

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情報屋を後にしたふたりは、近くに停まっていた車に戻った。
車内には重い空気が漂う。
玖狼は腕を組んだまま黙り込んでいた。
環の方を全く見ようとしない。
(私がノエルのことを隠してたから怒ってるんだ)
環は先ほどの玖狼の言葉を頭の中で反芻していた。

『新しい殺人を防げたかもしれない』

私のせいで、誰かが死んだ…?
もっと早くノエルのことを言えばよかった?
でもノエルが犯人だって決まったわけじゃない。
ノエルのことを信じたい。
けど、ノエルは環にたくさん隠し事をしていた。
今も側には居てくれない。
何も言わないまま、私の前から姿を消した。
環の心は揺れていた。


車が喫茶店の近くに着いた。
「降りろ」
玖狼は短く言う。
数分歩くと、木立に囲まれ、ひっそりとした喫茶店が見えてきた。
「あれだな」
環が何度も通った場所が、そこにはあった。
「―――うん」
環は力なく頷いた。

ふたりは無言のまま喫茶店のドアの前に立つ。
喫茶店からは人の気配はしなかった。
明かりもついていない。
玖狼は胸元から拳銃を抜く。
「…ちょっと」
環は目を見開き、静止しようした。
しかし、
「黙ってろ」
と玖狼は取り合わなかった。

「お前が先に入れ」
とドアを顎で指し示した。
環はおずおずとドアに手をかける。鍵は掛かっていない。環がここを出たときのままだろう。
そして開ける。
まず少しだけドアを開け、隙間から中をのぞく。やはり誰もいない。
そのままドアを開け、中に滑り込む。
カランコロン、とドアベルが鳴った。
続いて玖狼が拳銃を構え、周囲を警戒しながら入ってきた。


「誰もいない…か」
玖狼は拳銃を下ろし、店内を見渡す。
そして、そこら中の引き出しを開け始めた。

環がここで目覚めて去った時から、数日しか経っていないが喫茶店はいつものようにコーヒーの香りがし、妙に懐かしさを覚えた。

環は自分が目覚めたソファに近づいた。
よく見ると赤黒い染みが残っている。
環の制服に穴が空いて血がついていた。
おそらく環が何者かに傷を負わされてできた血だろう。
金色の懐中時計とコーヒーカップが置かれていたテーブルを見る。
あれは、ノエルが私が目覚めた時のために置いていったのだろうか。
やっぱりノエルが私を吸血鬼にしたんだ。
テーブルの上のコーヒーカップを探す。
しかし、


―――ない。

コーヒーカップが、なくなっていた。

環はここを出たとき、コーヒーカップを置きっぱなしにしていたはずだ。
誰かが、ここに来た?
もしかして、ノエルが…?

「何か見つけたのか?」
玖狼が目敏く環の変化に気付いた。
「え…」
玖狼が環の方へ近づいてくる。
ソファの血痕を見て、眉をひそめた。
「お前はここに寝かされてたんだな。」
「うん…」
「で、何か思い出したのか?」
環はその問いに、表情を曇らせた。


しばらく環が口を開くのを待っていた玖狼だったが、痺れを切らした様子で言った。
「お前、顔に出すぎなんだよ…」
呆れたように玖狼がため息をつく。
「ちょっと脅したくらいでびびってんじゃねー」
そしておもむろに環の頬をつねった。
「いたたたた!」
「葬式みたいな顔しやがって。いつまでも被害者面してんじゃねえぞ。
お前が今何考えてるか当ててやろうか?
ノエルってやつが犯人かどうかとかお前を吸血鬼にするために仲良くしてたのかとかそんなとこだろ。
そんなん本人捕まえて聞いてみねえことには、わかんねえだろうが。
俺は甘やかしてやんねーからな」
そう言いつつも、玖狼からは威圧感のようなものは消えていた。
環は少しほっとした。
「そんなの、わかってるよ…」
環はほおを擦りながら、口を尖らせた。
玖狼の言うことはもっともだ。
ノエル本人に会って、聞いてみないことには何もわからないままだ。

もう一度、ノエルに会いたい。

玖狼がノエルを探すというのなら、目的は同じだ。
「ここにあったはずのコーヒーカップがなくなってた」
「確かなのか?」
「ノエルが来たのかはわからないけど、誰かが動かしたってことだと思う」
「それだけか。吸血鬼の力でなんかわかんねーのかよ。におい辿ったり」
「犬じゃないんだから無理」
「っとに使えね~やつ」
そう言うと環の頭を軽く小突いた。


その後も店内を調べていた玖狼だったが、結局、事件の手がかりになるようなものは何も見つからなかった。
捜索を諦めたのか、玖狼は勝手にカウンターをあさり、コーヒーを淹れ始めた。
椅子に腰掛け、完全にリラックスモードだ。
「知らない店で、よくそんなにくつろげるよね…」
「無駄に緊張しててもいいことねえし」
これって犯罪なのでは、と思いつつもコーヒーが出来上がったら環も便乗していた。
「にが…」
香りも味も、ノエルが入れてくれたコーヒーとは違っていた。

カップに口をつけながら、玖狼がぼやく。
「仕方ねえ、『妖精さん』に聞いてみるか~。」
「…妖精さん?」
何を言っているんだこいつは、と不審に思いながらも環は聞き返す。
「ノエルってやつの思い入れのあるものとかなんか持ってねー?」
「思い入れがあるかは分かんないけど、これは?」
環はポケットから金色の懐中時計を取り出す。
「んー、悪く無さそうだな」

玖狼はにやりと笑い、懐中時計の鎖の部分を持ち、ぶら下げた。そして誰にともなくつぶやく。
「ヴァサーゴ、この時計の持ち主のいる方角を示せ」
チカ、と一瞬懐中時計が輝いた。
そして、その場でくるくると回った。
環は胡散臭いものを見る目つきで、玖狼と懐中時計を交互に見て、聞いた。
「…なにやってんの?」
「ダウジング。『妖精さん』にお願いして持ち主の居場所を教えてもらってる」
しかし、懐中時計はくるくると円を描くのみだった。
「は?どうした、わかんないってことか…?」
玖狼は眉をひそめた。
しばらく顎に手を当て何かを思案していた。
そして、環に何かを言いかけて、やめた。
懐中時計を環に押し付けながら言った。
「やめたやめた。ここにいても何もわかんねーし、出るぞ」
カップに残ったコーヒーを一気に飲み干した。
そして、さっさと店をあとにする。
「ちょ、ちょっと!」
環も慌てて後を追った。



外に出ると辺りは暗く、街灯の明かりがまばらに見えるのみだった。
店の前で玖狼は肩をボキボキと鳴らしながら、ため息をつく。
「とんだ骨折り損だぜ…次はどうすっかなー」
「…さっきのって妖精の力なの?」
環はチラチラと横目で玖狼を見ながら尋ねた。
「くろーって、妖精と話せるの?」
その目には隠しきれない好奇心が宿っていた。
「そうかもな~。てか、お前オカルトとか好きなタイプかよ」
玖狼は面倒くさそうに答え、環を見る。
「ちょっと聞いてみただけだし」
「へいへい。それより、次のとこ決めたわ。行くぞー」
「どこ行くの?」
「最後の事件現場だ」


連続通り魔事件の被害者は、今日の時点で4人。
環も襲われたと仮定すれば5人。
犯行は1週間おきに行われており、被害者にはどれも似たような首に2箇所の傷跡があり、失血死している。
年齢や職業、性別はバラバラで被害者どうしの接点はないように見える。
ひとつ共通点があるとすれば、皆この喫茶店の近辺で殺されていること。
「順当に考えたら、犯人はこの近辺に住んでるか、理由があってこの近辺で殺すことにこだわってるかだな。だからこそ――」
玖狼は何かを言いかけてやめた。
環には玖狼の言葉の続きがわかった。
(だから、ノエルを疑ってるんだ…)


最後の殺人現場は、喫茶店からすぐ近くの建築用の資材置き場だった。
玖狼と環は歩いてそこに向かっていた。
建物の柱に使う鉄材が何本も積み上げてあるのが見えてくる。


その時、

――どくん

環の心臓が、暴れはじめた。
体が震えて、頭痛もしてきた。胸もむかむかする。
思わずよろめく環の腕を、玖狼が掴んだ。
「どうした」
環の顔は真っ青だった。

「なんか、急に、気分が悪くなって…」

「は?なんで」

「あそこ、すごく、嫌な感じがする」

環は資材置き場を指さしながら答える。
玖狼は環を支え、周囲を警戒しながら、鉄材が積み重ねられたその場所を視認したが、特に異変があるように見えない。
環は頭を押さえながら、その場でずるずると座り込んでしまった。
「おい、大丈夫かたま」
「う…」
「ったく、世話の焼ける…」

玖狼が環の肩に手を伸ばそうとした、その時。


――ざりっ

誰かがアスファルトの地面を踏む足音が聞こえた。

ふたりの上に影が落ちた。
顔をあげるとそこには人影。


「あ…」
環はその人物の顔を見ると同時に、全てを思い出した。
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