ブラッディ・チェイサー

猫山はる

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第2章 犬神編

第34話 作戦会議

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十三課本部・搬入口。
狭い通路に人が集まっていた。
研究員や隊員たちが環の腕の中の黒い塊を覗き込んでいる。
「ほう、この丸っこいのがブラックドッグか。こう見るとなかなか愛嬌がある」
肩口で切りそろえた黒髪を揺らしながら、シエラが興味深そうに黒い子犬を覗き込む。
ブラックドッグは大勢の視線に怯えたのか、環の胸元に顔をうずめて小さく震えた。

そこへ、分厚いメガネをかけ、白衣を着た研究員が一歩前に出る。年齢は30代前半くらいだろうか。

「ぜひ、私にこの子の研究をさせていただきたい!」

興奮気味に手を挙げたのは、十三課所属の研究員・田畑たばただった。

この男は環の健康診断等も担当しており、何度か世話になっている。
普段は気弱そうで、あまり前に出てこないが、こと研究のことになると人が変わったようにぐいぐいと積極的になる。
環はいつもその圧に押されていた。

「グルルルッ!」
ブラックドッグが不穏な気配を感じ取ったのか、環の腕から顔を出し、田畑に向かって唸り声をあげる。
「た、田畑さん!まだこの子気が立ってるみたいで」
環は慌てて黒い子犬を遠ざけ、田畑を制止した。
この男にブラックドッグを渡したら何をされるか分かったものではない。

「大丈夫!動物実験の心得もありますので」
「い、いやだから――」

環が後ずさるたび、田畑はずいっと迫ってくる。
シエラや他の隊員は面白そうにその様子を眺めていた。

「少し痛いかもしれないですが、悪いようにはしません」
田畑の目が座っていて怖い。
「ひ…」
環は壁の隅まで追い詰められた。

その時、

玖狼が割り込んで、ぐいっと田畑の肩を押しのけた。

「悪いけど、実験はまた今度にしてくれよ」

玖狼はにやりと笑いながら、田畑を見おろしていた。
「く、玖狼君…!そ、そうだよね。これから会議だし」
そう言うと、少し名残惜しそうにブラックドッグを見つめながら、そそくさと会議室に入っていった。
田畑はなぜか玖狼が苦手なようだ。
過去に、いかにもいじめっ子気質の玖狼が、苛められっ子気質の田畑に何かやったのかも知れない。

「助かった…」
環は、ほっと胸を撫で下ろした。
「ガツンと断われよ、お前は」
玖狼は環の頭を軽く小突くと、田畑に続いて会議室に入っていった。
環もあとを追いかける。

***

美琴が会議室の扉を開けながら、玖狼に向かって声を掛ける。
「よかったじゃない。これでしばらくはブラックドッグの襲撃がなくなるわね」
「そのかわり、このチビ犬の面倒みる羽目になったけどな」
玖狼は肩を竦めながら言った。

椅子に座り、メンバーが揃うのを待ちながら、環はずっと疑問に思っていたことを尋ねる。

「ずっと気になってたんだけど、玖狼の指輪ってそんなに重要なものなんですか?」
美琴は驚いたように玖狼の顔を見た。
「あんた、まだ環ちゃんに説明してないの?」
「別に知らなくても困んねえし」
玖狼はそっぽを向いた。

「またあんたは面倒くさがって…。」
美琴はため息をつきながら、環に向き直った。

「あのね、あの指輪は『ソロモンリング』って言って、悪魔を従える補助をしてくれるものなの。」

「そんな便利なものがあるんだ…」
環は玖狼の指輪を思い浮かべた。
一見ただのファッションリングにも見えなくない見た目だが、なかなかに貴重なものなようだ。
環はふと思ったことを口にした。
「それを嵌めれば、私も悪魔を喚べたりするのかな?」
玖狼は盛大に吹き出した。
「ぶはっ!無理無理。
悪魔召喚はめんどくせー手順を踏まなきゃならねえんだよ。
お前なんか呪文間違えて、悪魔に喰われて終わりだぜ」
環は、腹を抱えて笑う玖狼を半眼で睨みつけた。

美琴は頬に手を当てながら続けた。
「そうねぇ。それに、玖狼はずっと――」
玖狼の目つきが変わる。
「俺の話はそれくらいでいいだろ。今は犬神憑きのクソガキの話だ」

美琴の話を無理やり遮った。

そして、それ以上は話したくないとでも言うように押し黙ってしまう。
美琴は、やれやれと首を振った。
「はいはい。環ちゃん、続きはいつか本人から聞いてね」

(また、秘密か)

環は、静かにしている玖狼の横顔をちら、と見ながら、もやもやとした気持ちをかかえていた。

***

「早急に、今後の方針を決める」


会議室のテーブルに、十三課のメンバーが集まり、資料が広げられる。

普段は見ない顔ぶれが集まっていた。
リモート参加も含めると総勢30人ほどはいるだろう。
会議を進行しているのは、細身で身長が高い男だった。
外見は40代くらいで、いかにも神経質そうだ。
十三課のNo.2らしい。
名を砺波となみと言う。
頭を整髪剤で撫でつけ、ダンディに見えなくもないが、環は何となく苦手だ。

もう一人、奥でどっしりと構え、威圧感を放っている50代くらいの男が十三課のトップだ。
名を神宮寺じんぐうじという。
無精髭を生やし、口数は少ないが、低く威厳のある声で話す。
目つきが鋭く強面なので、環は一度も近寄ったことがない。

会議室正面のスクリーンには、スライドが映し出された。
夏樹の画像が表示される。

「議題は、我々の保護下から脱走した、犬飼夏樹の件だ」
砺波が会議を進めていく。

「先日の犬神事件で、犬飼家の家宅捜索をした結果、とある薬物を大量に押収した」

シエラが口を開いた。
「薬物とは、あの“錠剤”のことか?」

田畑がおずおずと手を挙げる。
「はい。
押収したものを解析しましたが……
近頃巷で非合法に出回っているものでした。
怪異を一時的に強化する劇薬です。
筋力・感覚・治癒力まで跳ね上げる。
ですが、副作用が大きく、使用者は命を削られます」
場がざわついた。

美琴が、明瞭な声で補足する。
「先日の連続通り魔殺人事件でも、同様の薬が使われた可能性があります」
環は息を呑んだ。
(…そんな危険なものを、犬飼くんが?)
夏樹の顔を思い出す。
少しヤンチャそうには見えたけど、そんなことをしているとは思えなかった。

美琴が続けた。
「犬飼夏樹の両親を尋問しましたが、どうやら彼らが収集したものではないようです。」
今度は砺波がスライドを動かし、腕を組みながら話した。
「高校生の小遣いでは到底買えないブランド品が、いくつか出てきた。
犬飼夏樹本人が錠剤をどこかから手に入れ、売り捌いて小遣い稼ぎをしているようだ。」
「闇バイト、とかいうやつか」
シエラが口を開いた。

それまでずっと押し黙っていた神宮寺が、低くよく通る声で言った。

「犬飼夏樹を再度捕獲、薬の出どころを吐かせる。
手が空いているものは総出で当たれ。
今回は敵の規模がでかいぞ」

***

会議終了後。
体術のトレーニングに向かうため、廊下を歩く玖狼と環。
そこに美琴が声を掛ける。
「犬飼夏樹の捕獲、あなたたちにも出てもらうわ」
「……だと思ったよ」
玖狼は肩をすくめた。
環はずっと引っかかっていたことを口にする。
「犬飼くん、なんでわざわざ私に声かけてきたんだろ…」
十三課に戻れば、今度こそ捕まってしまうかも知れないのに。
「何か良からぬことを企んでたんじゃねえか」
玖狼はため息交じりに言った。

「また接触してくる可能性があるわ。
充分気をつけて」

美琴の言葉に、環は心臓をぎゅっと掴まれた気分になった。


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