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夢の中の白い狐
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―――おいで、おいで。
声がする。
誰のものとも知れぬ、甘やかで、それでいて背筋がぞくりと冷えるような声。
気づくと私は、夜の闇に浮かぶ鳥居の前に立っていた。
ひとつをくぐれば、またひとつ。
果てしなく連なる赤い鳥居が、どこまでも続いている。
その最奥に、白い影。
揺らめくように尾を広げた白狐が、こちらを振り返る。
『――おいで』
どこからか響く、女性にも男性にも聞こえる声。
その瞳に絡め取られるように、私は足を踏み出してしまう。
鳥居をくぐるたび、耳の奥に囁きが重なっていく。
――おいで、おいで。
――お前を待っていた。
――愛し子よ。
伸ばした手が、白い尾の先に届く――
そこで、私は目を覚ます。
***
――ミーンミーンミーン
――ジージージー
―――シャワシャワシャワ
蝉の声がうるさい。
神社へと続く長い石段。
両脇には木が鬱蒼と茂っている。
黒いセーラー服の少女が一人、背中まで届く長い黒髪を揺らしながら、日傘を差して石段を登っていた。
真夏の陽射しは、肌を焼くように強かった。
まとわりつくような湿度を含んだ風が頬を撫でる。
少女――白峰 柚月は額の汗をハンカチで拭いながら、ゆるやかに続く階段を登っていた。
坂の上には、祖母の神社がある。
幼い頃に何度も通ったはずなのに、どこか疎外感を感じるのは、長らくこの村を離れていたせいだろうか。
村に来ると、いつも胸の奥が重苦しくなる。
空気が淀んでいるような、見えない何かに押さえつけられるような、説明のつかない圧力。
それは子供の頃からずっと変わらない感覚だった。
「……やはり、嫌なものですね」
誰にともなく小さく呟く。だが、道には誰の姿もない。
蝉の声だけが降り注ぎ、緑に囲まれた石段の先、朱塗りの鳥居が揺らめくように見えた。
――帰ってくるのは、気が進まなかった。
柚月は普段、東京で両親と暮らしている。
東京での暮らしは、自由だった。誰にもしばられず、自分の生き方を自分で選べる。
だが、夜ごと夢に現れる白い狐と、不気味に笑う声。
部屋にかかる影、耳元で囁かれる「おいで」という言葉。
あと、祖母の――。
すべてが、ここへ足を向けさせた。
仕方なく、なのだ。
柚月は心の中で強く念を押す。自分の意思で戻ったわけではない、と。
けれど、不思議な胸騒ぎは拭えなかった。
鳥居が見えてくると、風が一瞬止み、蝉の声さえも遠のいたように感じた。
まるで、時間が境界で途切れたかのように。
柚月は静かに息を吐き、石段を一歩、踏みしめる。
その瞬間、背筋をひやりとした感覚が走った。
――誰かに見られている。
視線の正体を確かめようと顔をあげると、鳥居の下、木漏れ日の中にひとりの少年が立っていた。
涼しげな黒髪に、中性的だが精悍な顔立ち。白い半袖のシャツに黒いスラックスという、質素ながらもきちんとした身なりをしている。
彼は柚月と目が合うと、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。
「……君が、柚月?」
低く落ち着いた声が、夏の空気を震わせる。
そう言って微笑む彼の瞳には、どこか影が差していた。
真夏の陽光の中にありながら、ひんやりとした印象をまとっているように見えるのは気のせいだろうか。
そもそも、なぜ自分の名を知っているのか。
「……あなたは?」
少年は鳥居の影から現れると、眩しそうに目を細めた。
「僕は、黒崎 惣一。
最近まで、君のお婆さまにお世話になっていたんだ」
声がする。
誰のものとも知れぬ、甘やかで、それでいて背筋がぞくりと冷えるような声。
気づくと私は、夜の闇に浮かぶ鳥居の前に立っていた。
ひとつをくぐれば、またひとつ。
果てしなく連なる赤い鳥居が、どこまでも続いている。
その最奥に、白い影。
揺らめくように尾を広げた白狐が、こちらを振り返る。
『――おいで』
どこからか響く、女性にも男性にも聞こえる声。
その瞳に絡め取られるように、私は足を踏み出してしまう。
鳥居をくぐるたび、耳の奥に囁きが重なっていく。
――おいで、おいで。
――お前を待っていた。
――愛し子よ。
伸ばした手が、白い尾の先に届く――
そこで、私は目を覚ます。
***
――ミーンミーンミーン
――ジージージー
―――シャワシャワシャワ
蝉の声がうるさい。
神社へと続く長い石段。
両脇には木が鬱蒼と茂っている。
黒いセーラー服の少女が一人、背中まで届く長い黒髪を揺らしながら、日傘を差して石段を登っていた。
真夏の陽射しは、肌を焼くように強かった。
まとわりつくような湿度を含んだ風が頬を撫でる。
少女――白峰 柚月は額の汗をハンカチで拭いながら、ゆるやかに続く階段を登っていた。
坂の上には、祖母の神社がある。
幼い頃に何度も通ったはずなのに、どこか疎外感を感じるのは、長らくこの村を離れていたせいだろうか。
村に来ると、いつも胸の奥が重苦しくなる。
空気が淀んでいるような、見えない何かに押さえつけられるような、説明のつかない圧力。
それは子供の頃からずっと変わらない感覚だった。
「……やはり、嫌なものですね」
誰にともなく小さく呟く。だが、道には誰の姿もない。
蝉の声だけが降り注ぎ、緑に囲まれた石段の先、朱塗りの鳥居が揺らめくように見えた。
――帰ってくるのは、気が進まなかった。
柚月は普段、東京で両親と暮らしている。
東京での暮らしは、自由だった。誰にもしばられず、自分の生き方を自分で選べる。
だが、夜ごと夢に現れる白い狐と、不気味に笑う声。
部屋にかかる影、耳元で囁かれる「おいで」という言葉。
あと、祖母の――。
すべてが、ここへ足を向けさせた。
仕方なく、なのだ。
柚月は心の中で強く念を押す。自分の意思で戻ったわけではない、と。
けれど、不思議な胸騒ぎは拭えなかった。
鳥居が見えてくると、風が一瞬止み、蝉の声さえも遠のいたように感じた。
まるで、時間が境界で途切れたかのように。
柚月は静かに息を吐き、石段を一歩、踏みしめる。
その瞬間、背筋をひやりとした感覚が走った。
――誰かに見られている。
視線の正体を確かめようと顔をあげると、鳥居の下、木漏れ日の中にひとりの少年が立っていた。
涼しげな黒髪に、中性的だが精悍な顔立ち。白い半袖のシャツに黒いスラックスという、質素ながらもきちんとした身なりをしている。
彼は柚月と目が合うと、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。
「……君が、柚月?」
低く落ち着いた声が、夏の空気を震わせる。
そう言って微笑む彼の瞳には、どこか影が差していた。
真夏の陽光の中にありながら、ひんやりとした印象をまとっているように見えるのは気のせいだろうか。
そもそも、なぜ自分の名を知っているのか。
「……あなたは?」
少年は鳥居の影から現れると、眩しそうに目を細めた。
「僕は、黒崎 惣一。
最近まで、君のお婆さまにお世話になっていたんだ」
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