ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります

はぶさん

文字の大きさ
72 / 166

第七十一話:領主への直訴、見えぬ壁の先へ

しおりを挟む

夕暮れの光がランドールの城壁を赤く染めていたが、俺の心には暗い影が落ちていた。トーマスさんや他の農夫たちが抱える焦り、そして見えない敵の存在が、ひまわり収穫の喜びをかき消していた。

「辺境伯様に、直接お会いしなければ」

城門を抜け、衛兵たちの訝しげな視線を受けながら、俺は隣を歩くギデオンに告げた。彼の硬い表情が、かすかに揺れた。

「謁見の時間は過ぎている。辺境伯様は軍事報告でお忙しいはずだ」
「承知しています。ですが、これも領地の未来に関わる、待ったなしの問題なんです」

俺の、年齢にそぐわぬ真剣な声と、その目に宿る覚悟を、ギデオンは読み取ったようだった。彼はしばらく俺を見つめた後、短く、しかし力強く応じた。

「分かった。取り次いでみよう。だが、保証はできん」
「覚悟の上です」

衛兵の敬礼を受け、俺たちは再び荘厳な城の中へ。静まり返った廊下に足音が響く。ギデオンは俺を待合室に残し、奥へと消えた。一人残された俺は、豪華だが冷たい椅子に腰掛け、腕の中のフェンを撫でながら、これからの対峙に備えて思考を巡らせた。

バルザックの狙いは明白だ。農民の不満を俺に向けさせ、改革を潰すこと。ならば、俺がすべきは辺境伯に事実を伝え、決断を促すこと。だが、証拠はない。下手に告発すれば、自分が窮地に陥る。訴えるべきはバルザックの悪意ではなく、計画の遅延が辺境伯自身の利益、つまり国力増強という目標を損なうという冷徹な事実のみ。彼は現実主義者だ。そこを突くしかない。

どれほど待っただろうか。扉が静かに開き、ギデオンが現れた。

「辺境伯様がお呼びだ」

彼の顔には驚きと安堵が浮かんでいた。無謀な要求が、なぜか受け入れられたのだ。

深呼吸し、俺はギデオンに続いて再び謁見の間へ。夜の闇に包まれた窓とは対照的に、無数の燭台が広間を白昼のように照らしている。玉座には辺境伯レオナルド。その隣にバルザックの姿はなく、代わりに壁際に近衛騎士たちが影のように控え、空気が張り詰めていた。

「夜分遅くに申し訳ありません」

玉座の前で深く頭を下げた。

「構わん。ギデオンから聞いた。領地の未来に関わる緊急の案件とやら。申してみよ」

レオナルドの声には疲労が滲んでいたが、その瞳は以前にも増して鋭く、俺を見据えている。

顔を上げ、俺は彼の目を真っ直ぐに見返し、語り始めた。

「はい。先日ご承認いただいた農具『疾風』の量産と配布計画、心より感謝いたします。ですが…その『疾風』が、未だ一本も農民たちの手に渡っておりません」
「ほう。それは初耳だ」

レオナルドの眉がかすかに動く。

「役所からは『手続きに時間を要す』『分配計画を調整中』との説明ですが、辺境伯様、時は待ってはくれません。春の種蒔き時期は限られています。このままでは、多くの者が種蒔きの機会を失います」

俺は言葉を続けた。

「それは今年の収穫減だけに留まりません。希望を目前にしながらそれを手にできない農民たちの心には、失望と、辺境伯様への不信感が生まれるでしょう。一度失われた信頼を取り戻すのは困難です」
「さらに、この遅延は辺境伯様が目指される国力増強をも危うくします。『疾風』による収穫増は、民を潤すだけでなく、余剰作物の売却による新たな富をもたらすはずでした。その富は騎士団や城壁の強化にも繋がり、北の脅威に対する守りを固める力となるはずだったのです」
「この遅延は、その全ての計画を狂わせかねません。…辺境伯様。これは単なる役所の怠慢ではなく、領地の未来を蝕む重大な問題です」

俺はバルザックの名を出さず、事実とその影響だけを、危機感を込めて述べた。告発ではなく、領主への進言として。

レオナルドはしばらく黙って、指で肘掛けを規則正しく叩いていた。やがて動きを止め、深いため息をつく。

「…なるほどな。道理で、バルザックが昼間から妙に機嫌を取るわけだ」

その呟きは小さかったが、俺には聞こえた。彼は全てを知っていた。バルザックの抵抗も、俺の動きも。その上で、俺がどう出るか試していたのだ。領主とは、なんと孤独で恐ろしい存在か。

レオナルドは玉座から立ち上がり、俺の目の前まで歩み寄る。

「…ルークス・グルトよ。お前は俺に、どうしろと?役人を罰しろとでも?それとも、俺自ら鋤を担げと?」

その問いは、俺の覚悟と器を試す、最後の天秤。

俺は彼の目を見返した。

「いいえ。辺境伯様にお願いしたいことは、**ただ一つ**」

深く、頭を下げる。

「どうか、このルークス・グルトに、『全権』をお与えください。『疾風』の分配に関する、全ての権限を。…さすれば、この首に懸けて、必ずや秋には、辺境伯様が蒔かれた種を、黄金色の実りとしてお返しいたします」

全権委任。あまりにも危険な賭け。だが、壁を壊すには、俺自身が力を握るしかない。

俺の大胆な要求に、レオナルドは驚きも怒りも見せず、ただ獰猛な、しかし楽しげな笑みを浮かべた。

「…面白い。面白いではないか、小僧」

彼は近衛騎士の一人に目配せした。

「…バルザックを呼べ。『救世主様が、新しい玩具の分配について面白い提案があるそうだ。知恵を貸してやれ』とな」

それは、俺への全権委任の承認であり、バルザックへの静かな宣戦布告だった。

俺は顔を上げられなかった。勝利の高揚感ではなく、これから始まる本当の戦いの重圧と、この領主の底知れない器への畏怖を感じていた。

俺のランドールでの第二章は、新たな、そしてより過酷な局面へと突入しようとしていた。

【読者へのメッセージ】
第七十一話、お読みいただきありがとうございました!
ついに始まった、バルザック派との直接対決。辺境伯への直訴という、ルークスの大胆な一手。そして、それに対する辺境伯の、底知れない反応。この息詰まる政治劇を、楽しんでいただけましたでしょうか。ご指摘いただいた点も修正いたしました。
「ルークスの交渉術、痺れる!」「辺境伯、食えない男だ…!」「全権委任!どうなるんだ!?」など、皆さんの感想や応援が、ルークスが次なる難局に立ち向かうための、何よりの力になります。下の評価(☆)やブックマークも、ぜひよろしくお願いいたします!
ついに『疾風』分配の全権を手にしたルークス。しかし、それは同時に、バルザック派からの、より直接的な妨害を招くことにもなります。彼の知恵は、この政治的な壁をも打ち破ることができるのか。次回も、どうぞお見逃しなく!
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

元侯爵令嬢の異世界薬膳料理~転生先はみんな食事に興味が無い世界だったので、美味しいご飯で人の身も心も癒します~

向原 行人
ファンタジー
 異世界へ転生して数日。十七歳の侯爵令嬢、アリスとして目覚めた私は、早くも限界を迎えていた。  というのも、この世界……みんな食事に興味が無くて、毎食パンとハムだけとか、ハムがチーズに変わるとか、せいぜいその程度だ。  料理というより、食材を並べているだけって感じがする。  元日本人の私としては温かいご飯がたべたいので、自分で食事を作るというと、「貴族が料理など下賤なことをするのは恥だ!」と、意味不明な怒られ方をした。  わかった……だったら、私は貴族を辞める!  家には兄が二人もいるし、姉だっているから問題無いでしょ。  宛てもなく屋敷を飛び出した私は、小さな村で更に酷い食事事情を目の当たりにする。  育ち盛りの子供たちや、身体を使う冒険者たちが、それだけしか食べないなんて……よし、美味しいご飯でみんなも私も幸せになろう!  医食同源! 大食いモフモフ聖獣に、胃袋を掴んでしまった騎士隊長と一緒に、異世界で美味しくて身体に良い食材探しだ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。 不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。 14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。

底辺から始まった俺の異世界冒険物語!

ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
 40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。  しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。  おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。  漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。  この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――

【土壌改良】で死の荒野がSランク農園に!食べただけでレベルアップする野菜で、世界最強ギルド設立

黒崎隼人
ファンタジー
「え? これ、ただのトマトですよ?」 「いいえ、それは食べただけで魔力が全回復する『神の果実』です!」 ブラック企業で働き詰めだった青年は、異世界の名門貴族の三男・ノアとして転生する。 しかし、授かったスキルは【土壌改良】という地味なもの。 「攻撃魔法も使えない役立たず」と罵られ、魔物すら寄り付かない死の荒野へ追放されてしまう。 だが、彼らは知らなかった。 ノアのスキルは、現代の農業知識と合わせることで、荒れ果てた土地を「Sランク食材」が溢れる楽園に変えるチート能力だったことを! 伝説の魔獣(もふもふ)をキュウリ一本で手懐け、行き倒れた天才エルフを極上スープで救い出し、気づけば荒野には巨大な「農業ギルド」が誕生していた。 これは、本人がただ美味しい野菜を作ってのんびり暮らしたいだけなのに、周囲からは「世界を救う大賢者」と崇められてしまう、無自覚・最強の農業ファンタジー!

侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 〜元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中!〜【奨励賞】

のびすけ。
ファンタジー
気づけば侯爵家の三男として異世界に転生していた元プログラマー。 そこはどこか懐かしく、けれど想像以上に自由で――ちょっとだけ危険な世界。 幼い頃、命の危機をきっかけに前世の記憶が蘇り、 “とっておき”のチートで人生を再起動。 剣も魔法も、知識も商才も、全てを武器に少年は静かに準備を進めていく。 そして12歳。ついに彼は“新たなステージ”へと歩み出す。 これは、理想を形にするために動き出した少年の、 少し不思議で、ちょっとだけチートな異世界物語――その始まり。 【なろう掲載】

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

転生したら『塔』の主になった。ポイントでガチャ回してフロア増やしたら、いつの間にか世界最強のダンジョンになってた

季未
ファンタジー
【書き溜めがなくなるまで高頻度更新!♡٩( 'ω' )و】 気がつくとダンジョンコア(石)になっていた。 手持ちの資源はわずか。迫りくる野生の魔物やコアを狙う冒険者たち。 頼れるのは怪しげな「魔物ガチャ」だけ!? 傷ついた少女・リナを保護したことをきっかけにダンジョンは急速に進化を始める。 罠を張り巡らせた塔を建築し、資源を集め、強力な魔物をガチャで召喚! 人間と魔族、どこの勢力にも属さない独立した「最強のダンジョン」が今、産声を上げる!

転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする

ファンタジー
ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。 リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。 これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。

処理中です...