現代知識と木魔法で辺境貴族が成り上がる! ~もふもふ相棒と最強開拓スローライフ~

はぶさん

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第11話:穏やかな日々と、冬の足音

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村を挙げての大開墾プロジェクトが始まってから、一ヶ月が過ぎた。
かつて荒れ地と呼ばれた場所は、今や見渡す限りの広大な畑へと姿を変え、そこに植えられたアークイモが、力強い緑の葉を風にそよがせている。その光景は、ライナス男爵領に訪れた、確かな希望の象徴だった。

村には、活気が満ち溢れていた。アークイモの安定供給により、皆の顔色も良くなっている。だが、アークの心だけは、晴れなかった。

母の体調は、一進一退を繰り返していたのだ。

断熱改修した暖かい部屋と、栄養価の高い食事。それらは確かに、母の体力を支えていた。だが、病の根本原因は、彼女の体の奥深くに、まるで冬眠する蛇のように静かに巣食っている。時折、母が一人、胸を押さえて苦しげに息をする姿を、アークは見てしまっていた。

(このままじゃダメだ。本格的な冬が来る前に、病の根を断つ『薬』が必要だ……!)

その焦りが、アークを、次なる冒険へと突き動かすことになる。

アークが村を歩けば、フィンを始めとした子供たちが駆け寄ってくる。かつては痩せていたその頬はふっくらとし、泥だらけの顔で笑い合うその光景は、数ヶ月前には想像もできなかった、何よりも尊い日常だった。

アークの日常も、新たなリズムを刻み始めていた。
だが、穏やかな日々の裏側で、辺境の季節は着実に、そして容赦なく移り変わろうとしていた。北の山々から吹き下ろす風が、長く厳しい冬の到来を告げていた。
その変化は、アークの母の身体に、正直に現れた。

部屋は暖かく、栄養のある食事のおかげで顔色もずいぶんと良くなった。だが、冷たい風が屋敷の壁を撫でる日には、再び小さな咳が母の口から漏れるようになったのだ。

「ゴホッ……大丈夫よ、アーク。少し喉がむず痒いだけだから」

アークが心配そうに顔を覗き込むと、母は気丈に微笑んでみせる。
その笑顔が、逆にアークの胸を締め付けた。
病の根本は、母の身体の奥深くに、まだ静かに巣食っている。このまま冬を迎えれば、またあの苦しい日々が戻ってきてしまうかもしれない。

屋敷の小さな書庫。
アークは、埃っぽい薬草学の古書を、来る日も来る日も読み漁っていた。

「一人で抱え込める荷の重さには、限りがあるぞ」
不意に、背後から落ち着いた低い声がした。振り返ると、いつからそこにいたのか、ローランが腕を組んでアークを見下ろしていた。

「ローランさん……」
「お前の母御のことだろう。あの方の病は、この辺境の風土病のようなものだ。普通の薬草では気休めにしかならん」

アークは、五歳児とは思えぬ切実な色を瞳に浮かべ、ローランに問いかけた。
「……どうすれば、母さんを完全に治せるの?」

アークの覚悟を真っ直ぐに受け止め、ローランは静かに語り始めた。
「この村の向こうに広がる森の、さらに奥深く……『迷いの森』と呼ばれる場所がある。そこには、古の**『世界樹』**の加護を受けた、特別な植物が生えるという」
「世界樹……」
「うむ。その植物の名は**『月雫草(つきしずくそう)』**。どんな病も癒やす万能薬だと伝えられているが、それを手に入れたという話は、この百年、誰からも聞いたことがない」

ローランの声が、わずかに重みを増す。
「森の奥は、危険な魔物の巣窟だ。特に、冬が近づくと、白い悪魔……**フロストウルフ**の群れが縄張りを広げる。もし挑むのであれば、雪が森を閉ざす前の、今しかあるまい」
そして、ローランはアークの目を見て、静かに告げた。
「……昔、お前の父上も、その薬草を求めて森に入られたことがある。先代の奥方様……お前の祖母上が、同じ病に倒れられた時にな」
「父さんが……!?」
「ああ。だが、叶わなかった。父上は、友を一人失い、己の無力さを噛み締めながら、森から戻られた。……私も、よく知る男だった」
ローランの目が、遠い過去を見るように細められる。
「それ以来、あの方は森の奥の話をされることはない」

その夜、アークは父の書斎の扉を叩いた。
「父さん。お願いがあります」
アークは、父の目の前で、まっすぐに頭を下げた。
「僕を、『迷いの森』へ行かせてください。母さんのために、『月雫草』を採りに行きます」

次の瞬間、激しい怒声が書斎に響き渡った。
「ならんッ!!」
父の拳が、机を強く叩く。
「お前はまだ五歳だ! 森の奥がどれほど危険な場所か、お前は何もわかっていない! 死ぬ気か!」

だが、アークは顔を上げなかった。頭を下げたまま、はっきりと答える。
「わかってる。だからこそ、行かなきゃいけないんだ」
「父さんが母さんを大切に思うのと同じくらい、僕も母さんを助けたいんだ! それは、我儘じゃない!」
その声は一瞬、五歳の子供らしく震えた。だが、アークは唇をぐっと噛むと、ゆっくりと顔を上げた。その瞳には、涙の膜の奥で、領主の後継者としての強い意志の光が燃えていた。
「僕はもう、ただ守られるだけの子供じゃない。この村を豊かにすると決めたんだ。そのためにも、母さんには、僕の隣で元気で笑っていて貰わないと困るんだ!」

父は、目の前の息子の姿に、言葉を失った。
その瞳に宿るのは、かつて森に挑んだ若き日の自分と同じ無鉄砲な光。だが、それだけではなかった。自分にはなかった、民を豊かにしたという**「実績」**と、その民を守るためという**「責任」**。そして、何よりも恐ろしいほどの**「覚悟」**。
目の前にいるのは、守るべき我が子ではない。いつの間にか、自分が背中を預けるべき、若き領主が立っていた。

長い、長い沈黙が、二人を包む。
やがて、父は天を仰いで、深く、深いため息をついた。
「…………三日だけだ」
絞り出すような声だった。
「三日経って戻らなければ、私が村の兵を率いて探しに行く。……必ず、ローランを連れて行け。そして、絶対に無茶はするな。いいな、絶対にだ」

それは、息子を信じ、その覚悟を認め、そして案じる心が張り裂けそうになりながらも送り出す、父親としての最大限の譲歩であり、愛情だった。

「……ありがとう、父さん!」

アークは、こみ上げるものを堪え、もう一度、深く頭を下げた。

こうして、公式な許可を得たアークは、母を救う唯一の希望を求め、仲間たちが築き始めた温かい村を背に、未知なる森の奥へと足を踏み出すことを決意する。
物語は新たな章へ。
「森の出会いと、最初の試練」の幕が、今、静かに上がろうとしていた。

***

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