現代知識と木魔法で辺境貴族が成り上がる! ~もふもふ相棒と最強開拓スローライフ~

はぶさん

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第92話:三つの影と、聖女の祈り

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新月の夜。
神殿騎士団の野営地は、鉄の規律と、聖なる祈りに満ちた、静かな要塞だった。
丘の上に整然と並ぶ百を超える天幕、等間隔で燃え盛る篝火、そして、野営地全体を覆う、微かに金色の光を放つ対魔術結界。それは、ただの軍隊ではない。神に仕える者たちだけが持つ、揺るぎない秩序と、異端を許さぬという冷徹な意志の表れだった。

その、鉄壁の要塞を、三つの影が、音もなく、滑るように進んでいた。

「――第三哨戒隊、北へ。交代まで、あと一分。**風向きはこちらに有利。篝火の煙が、我らの臭いを消してくれます**」
闇に溶け込むような装束をまとったカエルが、獣のかすかな息遣いにも似た声で囁く。彼の目は、人間のそれではない。闇を見通し、魔力の流れすらも色として捉える、森の狩人の目だった。
彼の指し示す先で、鎧の金属音をかすかに響かせながら、一隊の騎士が角を曲がって消えていく。

「……今だ」
アルフォンスが、低く、しかし、力強く命じる。
カエルが、まるで地面を流れる水のように、闇から闇へと渡り、次の死角を確保する。
その、遥か後方。野営地を見下ろす、一本の枯れ木の上。
エルフの弓兵長リオンが、その千年の時を生きる瞳で、盤上を見つめていた。彼の視界には、騎士たちの巡回ルート、結界の魔力が僅かに薄い箇所、そして、敵将ミカエラの天幕から放たれる、ひときわ強い聖なるオーラまでが、まるで光の線のように、完璧に映し出されていた。
リオンは、音もなく弓を引き絞る。だが、その矢が狙うのは、人の命ではない。
ヒュッ、と。
風切り音すらも闇に吸い込まれ、矢は野営地の、全く逆方向にある食糧庫の屋根に突き刺さった。矢に仕込まれていた、特殊な樹脂が、瞬時に発火する。
「火事だ!」「食糧庫の方だ、急げ!」
混乱と怒号。
ミカエラの天幕を守っていたはずの、屈強な近衛騎士たちが、その持ち場を離れたのは、ほんの十数秒。
その、神の一瞬を、アルフォンスは見逃さない。

「――行くぞ!」
三つの影は、一つの生き物のように、最後の守りを失った、巨大な天幕の中へと、吸い込まれるように、消えていった。

天幕の中は、意外なほどに、質素だった。
折り畳まれた寝台、無数の聖典が積まれた机、そして、中央に置かれた、小さな祈りの祭壇。
その祭壇の前に、一人の女性が、静かに膝をついていた。
純白の鎧を脱ぎ、簡素な祈りのための白衣をまとった、『熾天使』ミカエラ。
彼女は、侵入者たちの気配に、まだ気づいていない。ただ、そのサファイアの瞳を固く閉じ、一心不乱に、祈りを捧げていた。

アルフォンスは、音もなく、その背後に回り込むと、古のドワーフアックスを、ゆっくりと、しかし、確実に、振り上げた。
この一撃で、全てが終わる。弟が、村が、救われる。
だが、彼の耳に、ミカエラの、か細く、そして、あまりにも純粋な祈りの声が、届いてしまった。

「――おお、天に在します、偉大なる精霊よ……」
その声は、戦士のものではない。ただ、道に迷った、一人の、か弱き少女の魂の叫びだった。
「……お教えください。我が目に映る、あの村の光は、真に、あなたの御業なのでしょうか。**悪魔の業にしては、あまりにも温かく、神聖でした。**それとも、この我が信仰心を試す、甘き罠なのでしょうか。我が剣が振るうべき『正義』とは、一体、何処に……。どうか、この迷える子羊に、あなたの、真実の御心をお示しください……」

アルフォンスの、振り上げた腕が、凍りついた。
(……こんな、祈っているだけの女を、背後から斬るのか? 俺は)
彼の脳裏に、弟が、そして仲間たちが、血と汗と涙で築き上げた、あの温かい光景が、鮮やかに蘇る。
(そうだ…俺が守りたいのは、アークが創った『陽だまり』だ。こんな、憎しみと欺瞞に満ちた一撃でこの戦いを終わらせるのは、俺たちのやり方じゃない! アークなら、きっと……!)
脳裏に、弟の、あの、どんな敵であろうと、その魂と対話しようとした、真っ直ぐな瞳が蘇る。

ギリッ、と。
アルフォンスは、奥歯を強く噛み締めた。そして、振り上げていた斧を、ゆっくりと、下ろした。
それは、護衛隊長としての、命令違反。
だが、兄として、そして、アーク・ライナスの血を引く者としての、揺るぎない**『決断』**だった。

「――あんたが探し求めている『答え』が欲しければ、まずは祈る相手を変えてもらうぜ、聖女様」

アルフォンスの、静かな声に、ミカエラの肩が、ビクリと震えた。
彼女が、ゆっくりと振り返る。
その、驚愕に見開かれたサファイアの瞳に映ったのは、死神の刃ではなく、静かな覚悟を宿した、三人の侵入者の姿だった。
天幕の外からは、異変に気づいた、近衛騎士たちの、怒号と足音が、急速に近づいてくる。

絶体絶命。
だが、アルフォンスの口元に、絶体絶命の状況とはおよそ不釣り合いな、獰猛な笑みが浮かんだ。

「――その神様とやらにじゃなく、この俺に、な」

***

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