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第94話:陽だまりの設計図と、兄の覚悟
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村へと帰還したアルフォンス、リオン、カエルの三騎を、仲間たちは英雄として迎えた。だが、彼らが持ち帰った「決闘」という名の、あまりにも重い約束に、領主の屋敷は、再び緊張の空気に包まれた。
「……正気か、アルフォンス!」
父が、その顔を苦渋に歪ませて叫んだ。「敵将と、一対一の決闘だと? それは、ただの自殺行為だ! お前が死ねば、この村は!」
「百の軍勢を相手にするよりは、万に一つの勝ち目があります」ローランもまた、その無謀な賭けに、厳しい表情を崩さない。「ですが、相手は『熾天使』ミカエラ。教会最強の剣と謳われる天才。まともに打ち合って、勝機は……」
仲間たちの、当然の懸念。
だが、アルフォンスは、その心配の声を、静かな、しかし、絶対的な確信に満ちた一言で、遮った。
「――俺は、ミカエラを殺さない」
その、あまりにも静かで、しかし、絶対的な確信に満ちた一言に、書斎の空気が凍りついた。
「俺の目的は、彼女という『剣』を折ることじゃない。彼女が振りかざす、その歪んだ**『正義』そのものを、この大地に跪かせる**ことだ」
彼は、机の上に広げられた村の地図。その、一点を、力強く指し示した。
アークが、最初に奇跡を芽吹かせた場所――**『聖浄樹の苗床』**。
「決闘の舞台は、ここだ。俺は、この、アークの魂そのものとも言える聖域で、ミカエラと対峙する」
「だがな、俺の本当の役目は、彼女を打ち負かすことじゃない。ただ、ひたすらに、**耐え抜くこと**だ」
アルフォンスは、仲間たちを見回した。その瞳には、もはやただの戦士ではない、弟の知略を受け継いだ、戦略家の光が宿っていた。
「聖浄樹は、生命力に満ちたマナに触れると、爆発的に成長する。俺とミカエラ。二人の、極限まで高められた闘気、ぶつかり合う剣戟の衝撃、流れる汗、そして、血の一滴。その、凝縮された『生命の応酬』そのものを、俺は、この苗床に、最高の『養分』として、与え続ける」
「まさか……!」エルフの長老が、その、あまりにも壮大な発想に、目を見開いた。「決闘そのものを、聖浄樹を覚醒させるための『儀式』にする、と申すのか!?」
「ああ」アルフォンスは、頷いた。「俺が、命がけで時間を稼ぎ、戦いを長引かせれば長引かせるほど、俺たちの足元で、アークの奇跡は、より強く、より神々しい輝きを放って、覚醒する。言葉で否定しても無駄だ。ならば、見せつけてやる。彼女が信じる『聖なる理』などでは到底説明のつかない、**『生命の理』そのものが生み出す、本物の奇跡**を。その、あまりにも温かい光の前で、彼女の、冷たいだけの正義の剣が、本当に、まだ握り続けられるのかどうか。――それが、俺の、本当の戦いだ」
書斎は、絶対的な静寂に包まれた。
誰もが、その、あまりにも大胆不敵で、あまりにも気高い設計図に、ただ、戦慄していた。
それは、アークが遺した「陽だまり」そのものを武器とする、兄だけが成し得る、最高の逆転劇の設計図だった。
その日から、村は、再び、一つの意志の下に動き始めた。
ダグの鍛冶場からは、これまでにない、激しい槌の音が、昼夜を問わず響き渡った。
「へっ、面白ぇ! 戦って勝つための剣じゃねぇ! ただ、ひたすらに、耐え抜くための『盾』を打て、だとよ! こんな、胸が沸き立つ注文は、生まれて初めてだぜ!」
彼は、アークが遺した『竜骨聖樹』の欠片を炉で溶かし、エルフたちが加護を込めた聖なる金属と打ち合わせる。それは、ミカエラの聖なる力を受け流し、その衝撃を、大地へと逃がすための、この世に二つとない盾。**ダグが、その最高傑作に、名を付けた。**
**『陽だまりの心臓(ハート・オブ・ヒダマリ)』、と。**
聖浄樹の苗床では、フィンとエルフたちが、来るべき「儀式」のための、舞台を整えていた。
「アル兄ちゃんが、命を懸けるんだ。僕らも、最高の舞台を用意しなきゃ!」
彼らは、アークのノートを頼りに、聖浄樹の根の配置を、決闘の衝撃が最も効率よく伝わるように、ミリ単位で調整していく。
そして、アルフォンス自身は、ローランとの、最後の訓練に臨んでいた。
それは、攻撃ではない。ただ、ひたすらに、防御。いなし、受け流し、耐え凌ぐ。その、あまりにも地味で、あまりにも過酷な修練。彼の全身は、新たな痣と、切り傷で、一日として生傷が絶えることはなかった。
決戦の、前夜。
夕陽が、村を、黄金色に染め上げていた。
アルフォンスは、全ての準備を終えると、一人、アークが眠る部屋の、その扉の前に、静かに立った。
彼は、その冷たい木の扉に、そっと、額を当てた。扉の向こうから、弟の穏やかな寝息と、温かい生命の気配が、確かに伝わってくる。
その、瞬間。扉の下の隙間から、もふりとした、温かいものが彼の足に触れた。見れば、ウルが、心配そうにこちらを見上げている。アルフォンスは静かに膝をつき、その頭を一度だけ、力強く撫でた。「……大丈夫だ。お前の主人は、この俺が守る」その言葉に、ウルは「きゅぅん」と一つ、信頼を込めて鳴いた。
(……聞こえるか、アーク)
彼は、その冷たい木の扉に、そっと、額を当てた。扉の向こうから、弟の穏やかな寝息と、温かい生命の気配が、確かに伝わってくる。
その、瞬間。扉の下の隙間から、もふりとした、温かいものが彼の足に触れた。見れば、ウルが、心配そうにこちらを見上げている。アルフォンスは静かに膝をつき、その頭を一度だけ、力強く撫でた。「……大丈夫だ。お前の主人は、この俺が守る」その言葉に、ウルは「きゅぅん」と一つ、信頼を込めて鳴いた。
(……聞こえるか、アーク)
心の中で、静かに、しかし、力強く、誓った。
**(お前が、一人で世界を救ったっていうなら、俺は、たった一人で、お前の世界を、守り抜いてみせる。お前が、もう二度と、一人で泣かなくていいようにな。……兄ちゃんだからな)**
夜明け。
聖浄樹の苗床は、朝霧に包まれ、まるで、この世ならざる聖域のように、静まり返っていた。
その中心に、ミカエラが、ただ一人、静かに立っていた。
そこへ、夜明けの光を背負い、アルフォンスが、ゆっくりと、その姿を現す。その左腕には、ダグが魂を込めて打ち上げた、生命の紋章が輝く、見事な大盾が装備されていた。
二人の、最強の戦士が、対峙する。
世界を懸けた、兄の、たった一つの戦いが、今、静かに、始まろうとしていた。
***
最後までお読みいただき、ありがとうございます。面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価、フォローをいただけますと、執筆の励みになります。
「……正気か、アルフォンス!」
父が、その顔を苦渋に歪ませて叫んだ。「敵将と、一対一の決闘だと? それは、ただの自殺行為だ! お前が死ねば、この村は!」
「百の軍勢を相手にするよりは、万に一つの勝ち目があります」ローランもまた、その無謀な賭けに、厳しい表情を崩さない。「ですが、相手は『熾天使』ミカエラ。教会最強の剣と謳われる天才。まともに打ち合って、勝機は……」
仲間たちの、当然の懸念。
だが、アルフォンスは、その心配の声を、静かな、しかし、絶対的な確信に満ちた一言で、遮った。
「――俺は、ミカエラを殺さない」
その、あまりにも静かで、しかし、絶対的な確信に満ちた一言に、書斎の空気が凍りついた。
「俺の目的は、彼女という『剣』を折ることじゃない。彼女が振りかざす、その歪んだ**『正義』そのものを、この大地に跪かせる**ことだ」
彼は、机の上に広げられた村の地図。その、一点を、力強く指し示した。
アークが、最初に奇跡を芽吹かせた場所――**『聖浄樹の苗床』**。
「決闘の舞台は、ここだ。俺は、この、アークの魂そのものとも言える聖域で、ミカエラと対峙する」
「だがな、俺の本当の役目は、彼女を打ち負かすことじゃない。ただ、ひたすらに、**耐え抜くこと**だ」
アルフォンスは、仲間たちを見回した。その瞳には、もはやただの戦士ではない、弟の知略を受け継いだ、戦略家の光が宿っていた。
「聖浄樹は、生命力に満ちたマナに触れると、爆発的に成長する。俺とミカエラ。二人の、極限まで高められた闘気、ぶつかり合う剣戟の衝撃、流れる汗、そして、血の一滴。その、凝縮された『生命の応酬』そのものを、俺は、この苗床に、最高の『養分』として、与え続ける」
「まさか……!」エルフの長老が、その、あまりにも壮大な発想に、目を見開いた。「決闘そのものを、聖浄樹を覚醒させるための『儀式』にする、と申すのか!?」
「ああ」アルフォンスは、頷いた。「俺が、命がけで時間を稼ぎ、戦いを長引かせれば長引かせるほど、俺たちの足元で、アークの奇跡は、より強く、より神々しい輝きを放って、覚醒する。言葉で否定しても無駄だ。ならば、見せつけてやる。彼女が信じる『聖なる理』などでは到底説明のつかない、**『生命の理』そのものが生み出す、本物の奇跡**を。その、あまりにも温かい光の前で、彼女の、冷たいだけの正義の剣が、本当に、まだ握り続けられるのかどうか。――それが、俺の、本当の戦いだ」
書斎は、絶対的な静寂に包まれた。
誰もが、その、あまりにも大胆不敵で、あまりにも気高い設計図に、ただ、戦慄していた。
それは、アークが遺した「陽だまり」そのものを武器とする、兄だけが成し得る、最高の逆転劇の設計図だった。
その日から、村は、再び、一つの意志の下に動き始めた。
ダグの鍛冶場からは、これまでにない、激しい槌の音が、昼夜を問わず響き渡った。
「へっ、面白ぇ! 戦って勝つための剣じゃねぇ! ただ、ひたすらに、耐え抜くための『盾』を打て、だとよ! こんな、胸が沸き立つ注文は、生まれて初めてだぜ!」
彼は、アークが遺した『竜骨聖樹』の欠片を炉で溶かし、エルフたちが加護を込めた聖なる金属と打ち合わせる。それは、ミカエラの聖なる力を受け流し、その衝撃を、大地へと逃がすための、この世に二つとない盾。**ダグが、その最高傑作に、名を付けた。**
**『陽だまりの心臓(ハート・オブ・ヒダマリ)』、と。**
聖浄樹の苗床では、フィンとエルフたちが、来るべき「儀式」のための、舞台を整えていた。
「アル兄ちゃんが、命を懸けるんだ。僕らも、最高の舞台を用意しなきゃ!」
彼らは、アークのノートを頼りに、聖浄樹の根の配置を、決闘の衝撃が最も効率よく伝わるように、ミリ単位で調整していく。
そして、アルフォンス自身は、ローランとの、最後の訓練に臨んでいた。
それは、攻撃ではない。ただ、ひたすらに、防御。いなし、受け流し、耐え凌ぐ。その、あまりにも地味で、あまりにも過酷な修練。彼の全身は、新たな痣と、切り傷で、一日として生傷が絶えることはなかった。
決戦の、前夜。
夕陽が、村を、黄金色に染め上げていた。
アルフォンスは、全ての準備を終えると、一人、アークが眠る部屋の、その扉の前に、静かに立った。
彼は、その冷たい木の扉に、そっと、額を当てた。扉の向こうから、弟の穏やかな寝息と、温かい生命の気配が、確かに伝わってくる。
その、瞬間。扉の下の隙間から、もふりとした、温かいものが彼の足に触れた。見れば、ウルが、心配そうにこちらを見上げている。アルフォンスは静かに膝をつき、その頭を一度だけ、力強く撫でた。「……大丈夫だ。お前の主人は、この俺が守る」その言葉に、ウルは「きゅぅん」と一つ、信頼を込めて鳴いた。
(……聞こえるか、アーク)
彼は、その冷たい木の扉に、そっと、額を当てた。扉の向こうから、弟の穏やかな寝息と、温かい生命の気配が、確かに伝わってくる。
その、瞬間。扉の下の隙間から、もふりとした、温かいものが彼の足に触れた。見れば、ウルが、心配そうにこちらを見上げている。アルフォンスは静かに膝をつき、その頭を一度だけ、力強く撫でた。「……大丈夫だ。お前の主人は、この俺が守る」その言葉に、ウルは「きゅぅん」と一つ、信頼を込めて鳴いた。
(……聞こえるか、アーク)
心の中で、静かに、しかし、力強く、誓った。
**(お前が、一人で世界を救ったっていうなら、俺は、たった一人で、お前の世界を、守り抜いてみせる。お前が、もう二度と、一人で泣かなくていいようにな。……兄ちゃんだからな)**
夜明け。
聖浄樹の苗床は、朝霧に包まれ、まるで、この世ならざる聖域のように、静まり返っていた。
その中心に、ミカエラが、ただ一人、静かに立っていた。
そこへ、夜明けの光を背負い、アルフォンスが、ゆっくりと、その姿を現す。その左腕には、ダグが魂を込めて打ち上げた、生命の紋章が輝く、見事な大盾が装備されていた。
二人の、最強の戦士が、対峙する。
世界を懸けた、兄の、たった一つの戦いが、今、静かに、始まろうとしていた。
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