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第129話:最初の使節団と、信頼の貨幣
しおりを挟む#### 陽だまりへの道
『陽だまり連合盟約』の締結まで、あと三週間。
その日、街の門は、夜明け前から静かな、しかし確かな興奮に満ちていた。南と西から、新たなる時代の最初の「生徒」となる、二つの使節団が到着したのだ。
南方の穀倉地帯からは、若き獅子カエランに率いられた、十数名の農家の若者たち。彼らの瞳には、かつての絶望の色など微塵もなく、自らの手で故郷を再誕させるのだという、燃えるような希望の光が宿っていた。
西方の職人公国からは、鍛冶師長グンナルの筆頭弟子である、実直そうな青年ヴォルカンが、数名の若い職人たちを連れてきていた。彼らは、目の前に広がる、生きた木々が街並みを形成する「陽だまりの街」の光景に、ただ呆然と立ち尽くしていた。
「……これが……噂の……」
ヴォルカンは、言葉を失っていた。石と鉄の無機質な世界で生きてきた彼にとって、この街は、まるで御伽噺の挿絵そのものだった。聖浄樹の並木道から運ばれてくる清らかな若葉の香り、聖域騎士団に所属するエルフの兵士が、人間の子供の頭を優しく撫でている光景。その全てが、彼の常識を、心地よく打ち砕いていった。
「――ようこそ、陽だまりの街へ」
彼らを、満面の笑みで出迎えたのは、若き学長フィンだった。
「さあ、みんなが待ってる!
今日から君たちも、この陽だまりの、大切な家族だ!」
#### 新たなる学び舎の、最初の授業
その日の午後、『ライナス・アカデミー』の大講堂は、熱気と緊張感で満ちていた。
南と西から訪れた若者たち、そして、この街の子供たち。全ての未来を担う瞳が、教壇の上に立つ、一人の男へと注がれていた。
黒鉄の鎧ではなく、簡素な領主服に身を包んだ、アルフォンス・ライナス。
彼は、集まった若者たちの、期待と不安が入り混じった顔を、一人ひとり、見つめた。
そして、不器用な、しかし、どこまでも誠実な言葉で、語り始めた。
「……正直に言う。俺は、弟のアークのように、奇跡の設計図を描くことはできん。フィン先生のように、難しい学問を教えることもできん。俺にできるのは、ただ、剣を振るい、盾を構えることだけだ」
その、あまりにも正直な自己紹介に、講堂に、一瞬の戸惑いが広がる。
だが、アルフォンスは、不敵に笑った。
「だがな、そんな俺でも、一つだけ、お前たちに教えられることがある。それは、この街が、どうやって生まれたか、だ」
「この街を創ったのは、アークの奇跡だけじゃない。ダグの槌、セーラの料理、ローラン殿の知恵、そして、ここにいる、名もなき親父たちの、泥だらけの汗。その全てが合わさって、この陽だまりは生まれた。俺たちは、ただの一人も欠けていたら、ここに立ってはいなかった」
彼は、その蒼い瞳に、絶対的な信頼の光を宿した。
「ここで、お前たちが学ぶのは、ただの技術じゃない。異なる故郷を持つ仲間を信じ、共に汗を流し、一つの未来を創り上げるための『魂』そのものだ。技術はアークが遺してくれた。知識はフィンが教えてくれる。だが、その全てを繋ぎ、本当の力に変えるのは、お前たち自身の魂だ!
今日から、お前たちは生徒であると同時に、この陽だまりを、共に創る、俺の、大切な仲間だ!」
その、あまりにも熱く、あまりにも真っ直ぐな、若き王の言葉。
南の若者たちの瞳に、決意の炎が灯った。西の職人たちの胸に、熱いものが込み上げた。彼らは、この日、初めて、領主や王という存在を、心からの『仲間』として感じたのだ。
#### 信頼の貨幣
アルフォンスの魂の演説の後、本当の意味での、最初の授業が始まった。
教壇の上に、ふわりと、光の粒子が集まり、一人の、あまりにも美しい女性の姿を映し出す。『契約の木』を通じて、ザターラから参加した、ディアナ・シルバーだった。
「皆様、ごきげんよう。わたくしが、このアカデミーの、経済学を担当いたします、ディアナですわ」
彼女は、優雅に微笑むと、生徒たちに、一つの問いを投げかけた。
「さて、皆様。この世で、最も価値のあるものは、何でしょう?
黄金ですこと?
それとも、宝石?」
生徒たちが、口々に答えを模索する中、彼女は、静かに首を横に振った。
「いいえ。飢えた民の前では、黄金はただの重い石ころ。凍える兵士の前では、宝石は何の役にも立たない冷たい石。そんな不確かなものに価値があると信じ込ませてきたのが、旧い時代の支配者たちのやり方。ですが、我らが創る時代の価値は、もっとシンプルですわ。それは、人が『生きる』ために、本当に必要なものの中にこそ、宿るのです」
彼女は、一枚の、美しい硬貨を、光の指先で示してみせた。その表面には、陽だまりの街の紋章が刻まれている。
「ここに、新たなる時代の貨幣、**『陽だまりマルカ』**の誕生を宣言いたします」
「この一枚の価値を支えるのは、金ではありません。南で獲れる、パン十個分の**小麦**。西で鍛えられる、一本の鍬に相当する**鉄**。そして、我らが陽だまりの街で育つ、家一軒を暖める**薪**。その、我らが生きるために不可欠な、三つの『恵み』そのものが、この貨幣の価値となるのです」
「ですが、最も重要な裏付けは、別にありますわ。それは、**『信頼』**。この貨幣を持つ者は、陽だまり連合に属する、どの国へ行っても、必ず、同じ価値の恵みと交換できる。我ら連合が、その命運を賭けて、その価値を保証する。この一枚は、我らが交わす、未来への『約束』そのものなのです」
その、あまりにも革新的で、あまりにも理想に満ちた、新たなる経済の形。
フィンも、カエランも、ヴォルカンも、ただ、その、神の如き叡智を前に、息を呑むことしかできなかった。
#### 創造主の見る夢
その日の夜。
アルフォンスは、アカデミーの視察を終えたカエランと共に、魔法の光に照らされ、夜を徹して建設が続く『盟約の館』の、その威容を見上げていた。人間、エルフ、そして西方の職人。三つの民が、一つの目標に向かって、楽しげに槌音を響かせている。
「……まるで、夢のようです」カエランが、感慨深げに呟いた。「アーク様は、ただ奇跡の種を蒔かれただけではない。その種を、我々自身の力で、大樹へと育てる方法まで、教えてくださった。そして、アルフォンス様。あなたは、その、バラバラだった木々を束ね、一つの巨大な森を創ろうとしておられる」
「……俺は、ただ、あいつが安心して眠れる場所を、守ってるだけさ」
アルフォンスは、少し照れくさそうに、そう言うと、弟が眠る、館の一室を、静かに見上げた。
その、同じ時刻。
眠れる創造主の間で。
アークの枕元に咲く、白い野花。その中心で、黄金色の光を放つ新しい芽が、まるで兄の言葉に祝福を与えるかのように、ほんの、ほんの僅かだけ、その先端を綻ばせた。そして、一枚の、とても小さな、朝日を宿したかのような黄金色の若葉が、そっと、その姿を現した。眠るアークの、雪のように真っ白な髪の上に、その、温かい生命の光が、まるで涙の雫のように、一滴、優しく降り注いだ。
***
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