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第144話:王都の洗礼と、盟主の誠意
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#### 王都への旅路
陽だまりの街を後にしてから、数週間。アルフォンスたちが乗る陽だまり連合の馬車は、王都レナトゥスへと続く、整備された石畳の街道を進んでいた。故郷の、土と緑の匂いが混じる風は、次第に、多くの人々の営みと欲望が入り混じった、複雑で乾いた空気へと変わっていった。
馬車の中では、三人の使節が、それぞれの想いを胸に、静かな時間を過ごしていた。
「……空気が、重いですね」
最初に、その違和感を口にしたのはミカエラだった。彼女は、窓の外に広がる、どこまでも続く整然とした麦畑を見つめながら、感慨深げに呟いた。
「かつて私が信じた正義の象徴であった王都。その心臓部へ、今度は、全く違う使命を帯びて赴くことになるとは……。この重さは、ただの湿気ではない。人々の、見えざる祈りと、そして欲望が、この大地に染み付いているかのようです」
「俺には、ただ騒々しいだけに見えるがな」
リオンは、その千年の時を生きる瞳に、珍しく子供のような好奇心を宿していた。彼は、街道を行き交う、様々な身分の人々、豪華な装飾の馬車、そして、遠くに見える街の影を、森の珍しい生き物を観察するかのように見つめている。「森の理は、単純だ。生きるか、死ぬか。だが、人の理は、あまりにも複雑で、あまりにも多くの色を持っている。……面白い。盟主殿が、この色の海を、どのように泳ぐのか、見ものだな」
その二人の言葉を、アルフォンスは静かに聞いていた。
弟が創った、温かく、シンプルな陽だまりの世界。そこから一歩外に出れば、世界は、これほどまでに複雑で、混沌としている。盟主として、この異なる理を持つ者たちと、どう向き合うべきか。彼は、弟のように、全てを解決する奇跡の設計図を描くことはできない。ならば、俺にできることは、ただ一つ。
(真正面から、ぶつかるだけだ。俺たちの、陽だまりの理を、信じて)
#### 王宮の冷たい壁
王都に到着した一行は、その圧倒的な威容と、陽だまりの街とは対極にある、生命の温もりを欠いた冷たい空気に息を呑んだ。陽だまりの街のように、道端でエルフと人間が笑い合うことも、職人たちの力強い槌音が響くこともない。人々は皆、一様に表情をなくし、貴族の豪華な馬車が通り過ぎるたびに、深々と頭を下げるだけだった。それは、豊かではあるが、心が凍てついた街だった。
ディアナが手配した宿舎で、先に到着していたフィンとエリアスと合流した彼らは、侍医長エラードの手引きにより、国王への正式な謁見の許可を取り付けることに成功する。
謁見の前日。
王宮内に、不穏な噂が、まるで毒の霧のように広まり始めていた。
「聞いたか?北の田舎貴族が、王女殿下に、得体の知れぬ酒を献上するらしいぞ」
「酒だと?病に伏せる王女殿下に、なんという不敬な!」
「呪われた品だという噂だ。触れただけで、魂が穢れるとか……」
それは、アルフォンスたちの影響力を削がんとする、旧体制派の貴族たちが仕掛けた、巧妙で、悪辣な情報戦だった。
その夜、ミカエラは、一人、王都の夜の闇へと姿を消した。彼女は、かつて自らが所属していた教会の、今は権力闘争に敗れ冷遇されているが、誠実な信仰心を持つ古い友人の元を、密かに訪れていた。
「……信じてください。陽だまりの街で起きているのは、異端の業ではありません。私が見たのは、神が本当に望んでおられたはずの、全ての生命が、ただ、温かく笑い合える、真なる聖域の姿でした」
彼女の、魂からの告白は、小さな、しかし確かな波紋となって、王都の、淀んだ水面の下で、静かに広がり始めていた。
#### 謁見の間
国王への謁見の日。
壮麗な謁見の間には、王と、侍医長エラードに支えられたアンネリーゼ王女、そして、アルフォンスたちを値踏みするかのような、冷たい視線を送る旧体制派の貴族たちが居並び、張り詰めた空気が漂っていた。
アルフォンスは、連合の仲間たちの想いが込められた『盟主の服』をまとい、その中心を、堂々と歩み出た。彼の、若いが、数多の死線を越えてきた王の風格に、広間が僅かにどよめいた。
彼は、長々とした外交辞令を述べることはしなかった。ただ、玉座に座る王と、その隣で不安げにこちらを見つめる、小さな王女に向かって、真っ直ぐに、そして誠実に、告げた。
「我らは、病に伏せる王女殿下の心に、一筋の陽光を届けんがため、参上いたしました。陽だまり連合盟主、アルフォンス・ライナスと申します」
献上の儀が、始まった。
リオンが、ダグとグンナルが創り上げた、木と鉄が見事に融合した美しい箱を、恭しく運んでくる。旧体制派の貴族の一人が、侮蔑の笑みを浮かべて囁いた。
「ほう、見事な箱だ。中身は、噂の『呪いの酒』かな?」
箱が開けられる。中に納められていたのは、セーラが魂を込めて創り上げた、宝石のように輝く砂糖菓子と、黄金色のジャムの小瓶だった。
「このような得体の知れぬものを、王女殿下のお口に入れるなど、言語道断!」
貴族が、声を荒げた、その時だった。
「お待ちを」
侍医長エラードが、静かに進み出た。彼は、アルフォンスに一礼すると、ジャムの小瓶を手に取り、その一匙を、自らの舌で確かめた。
そして、彼は、王に向き直ると、その長い医師生命の全てを懸けるかのような、確信に満ちた声で言った。
「……陛下。これは、ただの菓子ではございません。口にした瞬間、体の芯から、忘れていたはずの活力が蘇る。これは、生命そのものです。医術の観点から、私が保証いたします」
その言葉に、広間が再びどよめく。
そして、その、全ての喧騒を、一つの、か細く、しかし、決してかき消されることのない声が、静寂へと変えた。
「……わたくし、それを、いただいてみたいです」
アンネリーゼ王女だった。
病に伏せてから、初めて見せた、食への、そして、生への意欲。
その、あまりにも小さな、しかし、あまりにも偉大な奇跡が、この謁見の間の、全ての空気を、完全に変えてしまったのだ。
#### 創造主の見る夢
侍女が、恐る恐る、黄金色のジャムを塗った小さなパンを、王女の口元へと運ぶ。
王女は、それを、ほんの少しだけ、口に含んだ。
その、瞬間。
彼女の、何の光も宿していなかった瞳が、驚きに、大きく見開かれた。
(……甘い……。温かい……。これが、陽だまりの……アルフォンス様の、故郷の味……)
その、あまりにも優しく、あまりにも温かい味が、彼女の、凍てついていた魂を、内側から、ゆっくりと溶かしていく。彼女の唇に、数ヶ月ぶりに、ほんの僅かな、しかし、確かな笑みが浮かんだ。
その、あまりにも温かい笑顔の光景は、時と空間を超え、眠れる創造主の魂にも、確かに届いていた。
アークの夢の中に、兄が王の前に堂々と立ち、そして、見知らぬ一人の少女が、心の底から幸せそうに笑う、誇らしい光景が映し出される。
現実世界。
眠るアークの枕元で、五つ目の黄金の花が、まるで祝福の鐘を鳴らすかのように、完璧な形で、その花弁を咲き誇らせた。
そして、彼の、雪のように真っ白な髪の中に、また一本、確かな金色の筋が、陽光のように生まれる。瞼の痙攣、か細い声、そして、髪の色の変化。彼の目覚めへのカウントダウンが、また一歩、大きく進んだことを、その奇跡は、静かに告げていた。
その奇跡の光を、主の傍らで丸くなっていたウルだけが見逃さなかった。彼は、主の確かな回復の兆しに、ただ、その漆黒の瞳を潤ませ、喜びをかみ殺すように「きゅぅん」と一つ、小さく鳴いた。
***
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陽だまりの街を後にしてから、数週間。アルフォンスたちが乗る陽だまり連合の馬車は、王都レナトゥスへと続く、整備された石畳の街道を進んでいた。故郷の、土と緑の匂いが混じる風は、次第に、多くの人々の営みと欲望が入り混じった、複雑で乾いた空気へと変わっていった。
馬車の中では、三人の使節が、それぞれの想いを胸に、静かな時間を過ごしていた。
「……空気が、重いですね」
最初に、その違和感を口にしたのはミカエラだった。彼女は、窓の外に広がる、どこまでも続く整然とした麦畑を見つめながら、感慨深げに呟いた。
「かつて私が信じた正義の象徴であった王都。その心臓部へ、今度は、全く違う使命を帯びて赴くことになるとは……。この重さは、ただの湿気ではない。人々の、見えざる祈りと、そして欲望が、この大地に染み付いているかのようです」
「俺には、ただ騒々しいだけに見えるがな」
リオンは、その千年の時を生きる瞳に、珍しく子供のような好奇心を宿していた。彼は、街道を行き交う、様々な身分の人々、豪華な装飾の馬車、そして、遠くに見える街の影を、森の珍しい生き物を観察するかのように見つめている。「森の理は、単純だ。生きるか、死ぬか。だが、人の理は、あまりにも複雑で、あまりにも多くの色を持っている。……面白い。盟主殿が、この色の海を、どのように泳ぐのか、見ものだな」
その二人の言葉を、アルフォンスは静かに聞いていた。
弟が創った、温かく、シンプルな陽だまりの世界。そこから一歩外に出れば、世界は、これほどまでに複雑で、混沌としている。盟主として、この異なる理を持つ者たちと、どう向き合うべきか。彼は、弟のように、全てを解決する奇跡の設計図を描くことはできない。ならば、俺にできることは、ただ一つ。
(真正面から、ぶつかるだけだ。俺たちの、陽だまりの理を、信じて)
#### 王宮の冷たい壁
王都に到着した一行は、その圧倒的な威容と、陽だまりの街とは対極にある、生命の温もりを欠いた冷たい空気に息を呑んだ。陽だまりの街のように、道端でエルフと人間が笑い合うことも、職人たちの力強い槌音が響くこともない。人々は皆、一様に表情をなくし、貴族の豪華な馬車が通り過ぎるたびに、深々と頭を下げるだけだった。それは、豊かではあるが、心が凍てついた街だった。
ディアナが手配した宿舎で、先に到着していたフィンとエリアスと合流した彼らは、侍医長エラードの手引きにより、国王への正式な謁見の許可を取り付けることに成功する。
謁見の前日。
王宮内に、不穏な噂が、まるで毒の霧のように広まり始めていた。
「聞いたか?北の田舎貴族が、王女殿下に、得体の知れぬ酒を献上するらしいぞ」
「酒だと?病に伏せる王女殿下に、なんという不敬な!」
「呪われた品だという噂だ。触れただけで、魂が穢れるとか……」
それは、アルフォンスたちの影響力を削がんとする、旧体制派の貴族たちが仕掛けた、巧妙で、悪辣な情報戦だった。
その夜、ミカエラは、一人、王都の夜の闇へと姿を消した。彼女は、かつて自らが所属していた教会の、今は権力闘争に敗れ冷遇されているが、誠実な信仰心を持つ古い友人の元を、密かに訪れていた。
「……信じてください。陽だまりの街で起きているのは、異端の業ではありません。私が見たのは、神が本当に望んでおられたはずの、全ての生命が、ただ、温かく笑い合える、真なる聖域の姿でした」
彼女の、魂からの告白は、小さな、しかし確かな波紋となって、王都の、淀んだ水面の下で、静かに広がり始めていた。
#### 謁見の間
国王への謁見の日。
壮麗な謁見の間には、王と、侍医長エラードに支えられたアンネリーゼ王女、そして、アルフォンスたちを値踏みするかのような、冷たい視線を送る旧体制派の貴族たちが居並び、張り詰めた空気が漂っていた。
アルフォンスは、連合の仲間たちの想いが込められた『盟主の服』をまとい、その中心を、堂々と歩み出た。彼の、若いが、数多の死線を越えてきた王の風格に、広間が僅かにどよめいた。
彼は、長々とした外交辞令を述べることはしなかった。ただ、玉座に座る王と、その隣で不安げにこちらを見つめる、小さな王女に向かって、真っ直ぐに、そして誠実に、告げた。
「我らは、病に伏せる王女殿下の心に、一筋の陽光を届けんがため、参上いたしました。陽だまり連合盟主、アルフォンス・ライナスと申します」
献上の儀が、始まった。
リオンが、ダグとグンナルが創り上げた、木と鉄が見事に融合した美しい箱を、恭しく運んでくる。旧体制派の貴族の一人が、侮蔑の笑みを浮かべて囁いた。
「ほう、見事な箱だ。中身は、噂の『呪いの酒』かな?」
箱が開けられる。中に納められていたのは、セーラが魂を込めて創り上げた、宝石のように輝く砂糖菓子と、黄金色のジャムの小瓶だった。
「このような得体の知れぬものを、王女殿下のお口に入れるなど、言語道断!」
貴族が、声を荒げた、その時だった。
「お待ちを」
侍医長エラードが、静かに進み出た。彼は、アルフォンスに一礼すると、ジャムの小瓶を手に取り、その一匙を、自らの舌で確かめた。
そして、彼は、王に向き直ると、その長い医師生命の全てを懸けるかのような、確信に満ちた声で言った。
「……陛下。これは、ただの菓子ではございません。口にした瞬間、体の芯から、忘れていたはずの活力が蘇る。これは、生命そのものです。医術の観点から、私が保証いたします」
その言葉に、広間が再びどよめく。
そして、その、全ての喧騒を、一つの、か細く、しかし、決してかき消されることのない声が、静寂へと変えた。
「……わたくし、それを、いただいてみたいです」
アンネリーゼ王女だった。
病に伏せてから、初めて見せた、食への、そして、生への意欲。
その、あまりにも小さな、しかし、あまりにも偉大な奇跡が、この謁見の間の、全ての空気を、完全に変えてしまったのだ。
#### 創造主の見る夢
侍女が、恐る恐る、黄金色のジャムを塗った小さなパンを、王女の口元へと運ぶ。
王女は、それを、ほんの少しだけ、口に含んだ。
その、瞬間。
彼女の、何の光も宿していなかった瞳が、驚きに、大きく見開かれた。
(……甘い……。温かい……。これが、陽だまりの……アルフォンス様の、故郷の味……)
その、あまりにも優しく、あまりにも温かい味が、彼女の、凍てついていた魂を、内側から、ゆっくりと溶かしていく。彼女の唇に、数ヶ月ぶりに、ほんの僅かな、しかし、確かな笑みが浮かんだ。
その、あまりにも温かい笑顔の光景は、時と空間を超え、眠れる創造主の魂にも、確かに届いていた。
アークの夢の中に、兄が王の前に堂々と立ち、そして、見知らぬ一人の少女が、心の底から幸せそうに笑う、誇らしい光景が映し出される。
現実世界。
眠るアークの枕元で、五つ目の黄金の花が、まるで祝福の鐘を鳴らすかのように、完璧な形で、その花弁を咲き誇らせた。
そして、彼の、雪のように真っ白な髪の中に、また一本、確かな金色の筋が、陽光のように生まれる。瞼の痙攣、か細い声、そして、髪の色の変化。彼の目覚めへのカウントダウンが、また一歩、大きく進んだことを、その奇跡は、静かに告げていた。
その奇跡の光を、主の傍らで丸くなっていたウルだけが見逃さなかった。彼は、主の確かな回復の兆しに、ただ、その漆黒の瞳を潤ませ、喜びをかみ殺すように「きゅぅん」と一つ、小さく鳴いた。
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