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第164話:最初の返信と、陽だまりの新しい家族
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#### 世界からの返信
陽だまり連合が放った、たった一つの『問い』。
『君なら、君の故郷に、どんな小さな陽だまりを創りたいか?』
その返信は、ディアナの商会が誇る最速のキャラバンに乗って、大陸の隅々から、希望の奔流となって陽だまりの街へと流れ着いた。
盟約の館の大広間は、アカデミーの図書室へと姿を変えていた。
フィンと生徒たちが、一枚一枚、その手紙に目を通していく。やがて、その輪には、アルフォンスやアーク、ミカエラ、ローランといった、評議会の仲間たちも、自然と加わっていった。
それは、一つの、壮大な物語を読む時間に他ならなかった。
『僕は、海の側で暮らしています。去年の嵐で、村を守ってくれていた防砂林が、ほとんど流されてしまいました。どうか、僕に、塩と風に負けない、強い木を育てる方法を教えてください。僕らの村の、新しい森になりたいです』
『私の母は、昔、吟遊詩人でした。ですが、喉の病で、もう歌うことができません。陽だまりの街には、物語を奏でる、魔法の小箱があると聞きました。どうか、私に、母の代わりに、母を笑顔にするための歌を奏でる方法を、教えてください』
貴族の息子から、貧しい農夫の娘まで。そこには、この世界に生きる、名もなき人々の、ささやかで、しかし、どこまでも気高い『願い』が、溢れていた。
#### たった一輪の花
評議会の仲間たちは、頭を悩ませていた。どの願いも、あまりにも尊く、甲乙などつけられるものではない。
「ならば、我が南方から選出すべきです!」若き獅子カエランが、熱を込めて主張した。「誰よりも飢えの苦しみを知る者にこそ、この陽だまりの価値が、魂で理解できるはず!」
「いや、お待ちいただきたい、カエラン殿」西方のヴォルカンが、静かに、しかし力強く反論する。「創造の喜びを知らぬ者に、真の豊かさは理解できん。我ら西方の職人の子弟にこそ、その技を継承する資格がある!」
『経済的な観点から申し上げれば、お二人とも、視野が狭すぎますわ』ディアナの、冷静な声が響く。『ここは、我ら連合と未だ国交のない、中立地帯の小国から選ぶべき。一人の若者への投資が、未来の、一つの国との友好に繋がるのです。これ以上の、費用対効果の高い外交はございませんわ』
議論が平行線を辿る中、アークが、不意に、一枚の、手紙とは呼べぬほど粗末な『樹皮の切れ端』を、そっと手に取った。
それは、他の、美しい羊皮紙の山の中に、まるで迷い込んだかのように、ひっそりと紛れ込んでいたものだった。そこに、子供の、たどたどしい文字で、短い願いが刻まれている。
彼は、その言葉を、静かに、読み上げた。
『わたしの村は、とても寒いです。お日さまは、あまり笑ってくれません。わたしの弟は、いつも咳をしていて、お外で遊べません。わたしは、物語の騎士様みたいに、大きな陽だまりは創れません。でも、もし、教えてくれるなら、わたしは、この寒い村でも咲く、たった一輪の、小さな花を、育てる方法が知りたいです。弟を、一度だけでいいから、笑顔にできるような、そんな、わたしの、小さな陽だまりを』
静寂。
その、あまりにも純粋で、あまりにも無垢な、たった一つの願い。
アークは、その樹皮の切れ端を、まるで宝物のように、その両手で優しく包み込み、その二色の瞳を、静かに潤ませていた。彼が、この世界で、最初に抱いた願い。病気の母を救いたいという、あの日の、小さな祈り。目の前の、か細い文字に綴られた願いは、あの頃の、無力で、しかし必死だった自分自身の魂の叫びと、あまりにも似ていたからだ。
「……決まったな」
アルフォンスは、静かに、しかし、その声に、絶対的な確信を込めて言った。彼の脳裏には、数年前、病気の母のために、ただ必死だった弟の、小さな後ろ姿が鮮やかに蘇っていた。(ああ、そうか。全ての始まりは、いつだって、こういう、ささやかな祈りからだったんだな…)。
「俺たちの、最初の仲間だ」
#### 新しい家族への贈り物
アルフォンスは、盟主として、その少女――リーリエへの、正式な合格通知を、自らの手で書き記した。それは、冷たい事務的な文書ではない。「君の願いは、我らの心に届いた。さあ、この陽だまりの街へ。我らは、君を、新たなる家族として、心より歓迎する」という、温かい、兄からの手紙のようだった。
ミカエラは、その手紙に、旅の安全を祈る、聖なる祝福を。セーラは、道中で食べるための、栄養満点の焼き菓子を、小さな箱に詰めた。
その夜、アークは、一人、自室で、小さな木箱を、丁寧に彫り上げていた。
そして、その中に、自らが『種子合成』で生み出した、とっておきの、一粒の種子を、そっと納めた。それは、どんな極寒の地でも、自らの力で、月光のような、穏やかな光を放って咲き続けるという、**『月光花(げっこうか)』**の種子だった。
そこへ、アルフォンスが、静かに入ってきた。
「……準備か?」
「うん。僕らの、新しい家族への、歓迎の贈り物だよ」
アークは、悪戯っぽく笑った。
二人の兄弟は、窓の外の、遥か北の空を見上げた。そこには、まだ見ぬ、小さな少女が、弟の帰りを待っている。
彼らは、もはや、ただ国を創っているのではなかった。世界中に散らばった、希望の種を、一つ、また一つと集め、陽だまりという名の、巨大な家族を、創り始めているのだ。
その、あまりにも温かい光景に、陽だまりの街の灯りが、いつもより、ほんの少しだけ、強く輝いて見えた。
#### 陽だまりの春
それから、一月後。
長い、長い旅の果てに、陽だまり連合からの使者に手を引かれた、一人の小さな少女が、陽だまりの街の門をくぐった。
少女の名は、リーリエ。
彼女が生まれ育ったのは、一年を通して灰色の空に覆われ、笑い声というものを忘れたかのような、北の果ての小さな村。
彼女の目に映る、陽だまりの街の光景は、あまりにも、色彩に満ち溢れていた。(空の色が、違う…。故郷の、重い灰色じゃない。どこまでも、蒼い…。音が、する。人の、笑い声が…)どこまでも続く、聖浄樹の若葉の鮮やかな緑。セーラの厨房から漂うパンの香ばしい匂いと、ダグの工房から響く力強い槌音。そして何より、すれ違う人々が、見ず知らずの自分に向ける、温かい笑顔。
その、あまりにも情報量の多い幸福に、リーリエは、ただ、戸惑い、おずおずと使者のマントの後ろに隠れることしかできなかった。
「――ようこそ、リーリエ。君が来てくれるのを、みんなで待っていたよ」
彼女の前に、一人の青年が、静かに膝をついた。
物語で読んだ、あの黒鉄の英雄。盟主アルフォンスその人だった。だが、彼の瞳は、王の威厳ではなく、ただ、遠くから来た妹を迎える、兄の優しさに満ていた。
彼の隣で、フィンが安心させるように笑い、セーラが、湯気の立つ温かい蜂蜜ミルクを、そっと差し出した。
彼女が案内されたのは、領主の館の、陽光が満ちるサンルーム。
そこに、一人の、金色の髪を持つ、美しい青年が、穏やかな笑みを浮かべて座っていた。その膝の上には、神々しい毛並みを持つ、小さな獣が丸くなっている。主の傍らで丸くなっていたウルは、見知らぬ少女の来訪に静かに顔を上げた。彼は、その漆黒の瞳でリーリエの魂の奥底にある、弟への純粋な愛情の色を読み取ると、警戒を解き、まるで「君なら、大丈夫だよ」とでも言うかのように、小さく「きゅい」と鳴いて、再び主の膝の上で丸くなった。
リーリエは、息を呑んだ。この人が、全ての奇跡を創り出した、伝説の創造主。そして、その傍らに寄り添う、物語で読んだ聖なる獣。その、あまりにも温かい眼差しに、彼女の心の氷が、また一つ、ぽろりと溶け落ちた。
だが、アークは、難しい話は何一つしなかった。
「君の、弟さんの名前は?」
「……ノア、です」
「そうか、ノアか。いい名前だね。ノアは、何をして遊ぶのが好きなんだい?」
その、あまりにも優しい問いかけに、リーリエの心の氷が、ぽろり、と一片だけ、溶け落ちた。彼女は、夢中で、弟の話を始めた。
話が終わると、アークは、あの、小さな木箱を、彼女に手渡した。
「これは、君への、歓迎の贈り物。君と、ノア君のための、花の種だよ。でも、これを育てるのは、僕じゃない」
アークは、兄に支えられながら立ち上がると、リーリエの手を、優しく引いた。
「さあ、行こう。君だけの、陽だまりを創るために」
アカデミーの隣に、この日のために用意された、ガラス張りの小さな温室。
アークは、リーリエの小さな手に、自らの手を重ねると、温かい土の中に、『月光花』の種子を、そっと埋めた。
「魔法は、ほんの少しだけ。あとは、君の、弟君を想う、その温かい心が、この花の、最高の太陽になるんだ」
それは、創造主から、名もなき少女への、最初の『権能移譲』の儀式だった。アークが創ったのは、花の芽ではない。一人の少女の心の中に、『自らの手で、陽だまりを創り出せる』という、揺るぎない希望の種を、植え付けたのだ。
アークが、ごく微かな魔力を注ぎ込む。
すると、リーリエの手の中で、土の中から、一本の、淡い緑色の芽が、力強く顔を出し、その先端に、小さな光を灯した。
リーリエは、その、自らの手の中で生まれた、あまりにも温かく、小さな奇跡を見つめた。
そして、この街に来てから、ずっと堪えていたものが、堰を切ったように、その瞳から溢れ出した。だが、それは、もはや不安の涙ではなかった。自らの存在が、誰かの希望になれるという、生まれて初めて感じる、誇りの涙だった。
***
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陽だまり連合が放った、たった一つの『問い』。
『君なら、君の故郷に、どんな小さな陽だまりを創りたいか?』
その返信は、ディアナの商会が誇る最速のキャラバンに乗って、大陸の隅々から、希望の奔流となって陽だまりの街へと流れ着いた。
盟約の館の大広間は、アカデミーの図書室へと姿を変えていた。
フィンと生徒たちが、一枚一枚、その手紙に目を通していく。やがて、その輪には、アルフォンスやアーク、ミカエラ、ローランといった、評議会の仲間たちも、自然と加わっていった。
それは、一つの、壮大な物語を読む時間に他ならなかった。
『僕は、海の側で暮らしています。去年の嵐で、村を守ってくれていた防砂林が、ほとんど流されてしまいました。どうか、僕に、塩と風に負けない、強い木を育てる方法を教えてください。僕らの村の、新しい森になりたいです』
『私の母は、昔、吟遊詩人でした。ですが、喉の病で、もう歌うことができません。陽だまりの街には、物語を奏でる、魔法の小箱があると聞きました。どうか、私に、母の代わりに、母を笑顔にするための歌を奏でる方法を、教えてください』
貴族の息子から、貧しい農夫の娘まで。そこには、この世界に生きる、名もなき人々の、ささやかで、しかし、どこまでも気高い『願い』が、溢れていた。
#### たった一輪の花
評議会の仲間たちは、頭を悩ませていた。どの願いも、あまりにも尊く、甲乙などつけられるものではない。
「ならば、我が南方から選出すべきです!」若き獅子カエランが、熱を込めて主張した。「誰よりも飢えの苦しみを知る者にこそ、この陽だまりの価値が、魂で理解できるはず!」
「いや、お待ちいただきたい、カエラン殿」西方のヴォルカンが、静かに、しかし力強く反論する。「創造の喜びを知らぬ者に、真の豊かさは理解できん。我ら西方の職人の子弟にこそ、その技を継承する資格がある!」
『経済的な観点から申し上げれば、お二人とも、視野が狭すぎますわ』ディアナの、冷静な声が響く。『ここは、我ら連合と未だ国交のない、中立地帯の小国から選ぶべき。一人の若者への投資が、未来の、一つの国との友好に繋がるのです。これ以上の、費用対効果の高い外交はございませんわ』
議論が平行線を辿る中、アークが、不意に、一枚の、手紙とは呼べぬほど粗末な『樹皮の切れ端』を、そっと手に取った。
それは、他の、美しい羊皮紙の山の中に、まるで迷い込んだかのように、ひっそりと紛れ込んでいたものだった。そこに、子供の、たどたどしい文字で、短い願いが刻まれている。
彼は、その言葉を、静かに、読み上げた。
『わたしの村は、とても寒いです。お日さまは、あまり笑ってくれません。わたしの弟は、いつも咳をしていて、お外で遊べません。わたしは、物語の騎士様みたいに、大きな陽だまりは創れません。でも、もし、教えてくれるなら、わたしは、この寒い村でも咲く、たった一輪の、小さな花を、育てる方法が知りたいです。弟を、一度だけでいいから、笑顔にできるような、そんな、わたしの、小さな陽だまりを』
静寂。
その、あまりにも純粋で、あまりにも無垢な、たった一つの願い。
アークは、その樹皮の切れ端を、まるで宝物のように、その両手で優しく包み込み、その二色の瞳を、静かに潤ませていた。彼が、この世界で、最初に抱いた願い。病気の母を救いたいという、あの日の、小さな祈り。目の前の、か細い文字に綴られた願いは、あの頃の、無力で、しかし必死だった自分自身の魂の叫びと、あまりにも似ていたからだ。
「……決まったな」
アルフォンスは、静かに、しかし、その声に、絶対的な確信を込めて言った。彼の脳裏には、数年前、病気の母のために、ただ必死だった弟の、小さな後ろ姿が鮮やかに蘇っていた。(ああ、そうか。全ての始まりは、いつだって、こういう、ささやかな祈りからだったんだな…)。
「俺たちの、最初の仲間だ」
#### 新しい家族への贈り物
アルフォンスは、盟主として、その少女――リーリエへの、正式な合格通知を、自らの手で書き記した。それは、冷たい事務的な文書ではない。「君の願いは、我らの心に届いた。さあ、この陽だまりの街へ。我らは、君を、新たなる家族として、心より歓迎する」という、温かい、兄からの手紙のようだった。
ミカエラは、その手紙に、旅の安全を祈る、聖なる祝福を。セーラは、道中で食べるための、栄養満点の焼き菓子を、小さな箱に詰めた。
その夜、アークは、一人、自室で、小さな木箱を、丁寧に彫り上げていた。
そして、その中に、自らが『種子合成』で生み出した、とっておきの、一粒の種子を、そっと納めた。それは、どんな極寒の地でも、自らの力で、月光のような、穏やかな光を放って咲き続けるという、**『月光花(げっこうか)』**の種子だった。
そこへ、アルフォンスが、静かに入ってきた。
「……準備か?」
「うん。僕らの、新しい家族への、歓迎の贈り物だよ」
アークは、悪戯っぽく笑った。
二人の兄弟は、窓の外の、遥か北の空を見上げた。そこには、まだ見ぬ、小さな少女が、弟の帰りを待っている。
彼らは、もはや、ただ国を創っているのではなかった。世界中に散らばった、希望の種を、一つ、また一つと集め、陽だまりという名の、巨大な家族を、創り始めているのだ。
その、あまりにも温かい光景に、陽だまりの街の灯りが、いつもより、ほんの少しだけ、強く輝いて見えた。
#### 陽だまりの春
それから、一月後。
長い、長い旅の果てに、陽だまり連合からの使者に手を引かれた、一人の小さな少女が、陽だまりの街の門をくぐった。
少女の名は、リーリエ。
彼女が生まれ育ったのは、一年を通して灰色の空に覆われ、笑い声というものを忘れたかのような、北の果ての小さな村。
彼女の目に映る、陽だまりの街の光景は、あまりにも、色彩に満ち溢れていた。(空の色が、違う…。故郷の、重い灰色じゃない。どこまでも、蒼い…。音が、する。人の、笑い声が…)どこまでも続く、聖浄樹の若葉の鮮やかな緑。セーラの厨房から漂うパンの香ばしい匂いと、ダグの工房から響く力強い槌音。そして何より、すれ違う人々が、見ず知らずの自分に向ける、温かい笑顔。
その、あまりにも情報量の多い幸福に、リーリエは、ただ、戸惑い、おずおずと使者のマントの後ろに隠れることしかできなかった。
「――ようこそ、リーリエ。君が来てくれるのを、みんなで待っていたよ」
彼女の前に、一人の青年が、静かに膝をついた。
物語で読んだ、あの黒鉄の英雄。盟主アルフォンスその人だった。だが、彼の瞳は、王の威厳ではなく、ただ、遠くから来た妹を迎える、兄の優しさに満ていた。
彼の隣で、フィンが安心させるように笑い、セーラが、湯気の立つ温かい蜂蜜ミルクを、そっと差し出した。
彼女が案内されたのは、領主の館の、陽光が満ちるサンルーム。
そこに、一人の、金色の髪を持つ、美しい青年が、穏やかな笑みを浮かべて座っていた。その膝の上には、神々しい毛並みを持つ、小さな獣が丸くなっている。主の傍らで丸くなっていたウルは、見知らぬ少女の来訪に静かに顔を上げた。彼は、その漆黒の瞳でリーリエの魂の奥底にある、弟への純粋な愛情の色を読み取ると、警戒を解き、まるで「君なら、大丈夫だよ」とでも言うかのように、小さく「きゅい」と鳴いて、再び主の膝の上で丸くなった。
リーリエは、息を呑んだ。この人が、全ての奇跡を創り出した、伝説の創造主。そして、その傍らに寄り添う、物語で読んだ聖なる獣。その、あまりにも温かい眼差しに、彼女の心の氷が、また一つ、ぽろりと溶け落ちた。
だが、アークは、難しい話は何一つしなかった。
「君の、弟さんの名前は?」
「……ノア、です」
「そうか、ノアか。いい名前だね。ノアは、何をして遊ぶのが好きなんだい?」
その、あまりにも優しい問いかけに、リーリエの心の氷が、ぽろり、と一片だけ、溶け落ちた。彼女は、夢中で、弟の話を始めた。
話が終わると、アークは、あの、小さな木箱を、彼女に手渡した。
「これは、君への、歓迎の贈り物。君と、ノア君のための、花の種だよ。でも、これを育てるのは、僕じゃない」
アークは、兄に支えられながら立ち上がると、リーリエの手を、優しく引いた。
「さあ、行こう。君だけの、陽だまりを創るために」
アカデミーの隣に、この日のために用意された、ガラス張りの小さな温室。
アークは、リーリエの小さな手に、自らの手を重ねると、温かい土の中に、『月光花』の種子を、そっと埋めた。
「魔法は、ほんの少しだけ。あとは、君の、弟君を想う、その温かい心が、この花の、最高の太陽になるんだ」
それは、創造主から、名もなき少女への、最初の『権能移譲』の儀式だった。アークが創ったのは、花の芽ではない。一人の少女の心の中に、『自らの手で、陽だまりを創り出せる』という、揺るぎない希望の種を、植え付けたのだ。
アークが、ごく微かな魔力を注ぎ込む。
すると、リーリエの手の中で、土の中から、一本の、淡い緑色の芽が、力強く顔を出し、その先端に、小さな光を灯した。
リーリエは、その、自らの手の中で生まれた、あまりにも温かく、小さな奇跡を見つめた。
そして、この街に来てから、ずっと堪えていたものが、堰を切ったように、その瞳から溢れ出した。だが、それは、もはや不安の涙ではなかった。自らの存在が、誰かの希望になれるという、生まれて初めて感じる、誇りの涙だった。
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