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第179話:創造主の設計図と、陽だまりの種
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祭りの後、創造主の朝
連合初の『大交流祭』の熱狂から数日が過ぎ、陽だまりの街には、心地よい達成感と、次なる季節への静かな期待感が満ちていた。祭りの間に生まれた新しい友情や、交わされた文化の香りは、街の空気そのものを、より豊かで、深みのあるものへと変えていた。
その朝、アーク・ライナスは、永い眠りから目覚めて以来、初めて、完全に自らの意志だけでベッドから起き上がった。体に残っていた最後の鉛のような重さは消え去り、代わりに、創造への意欲が、まるで体中の細胞の一つ一つから湧き上がってくるかのような、力強い感覚があった。
窓を開け放つと、初夏の爽やかな風と共に、活気に満ちた街の音が流れ込んでくる。工房の槌音、アカデミーの子供たちの声、そして遠くで練習しているであろう聖歌隊の旋律。その全てが、完璧なハーモニーとなって彼の魂を満たす。
**ほぼ完全に**本来の美しい金色を取り戻した髪が、朝日を浴びてキラキラと輝いている。彼は、鏡に映る自分の姿に、静かに頷いた。眠る前の自分よりも、少しだけ逞しくなった気がする。そして何より、その二色の瞳には、世界の理を知る賢者の深みと、未来を創る創造主の輝きが、完璧なバランスで宿っていた。
「おはよう、ウル」
足元で、主の完全回復を誰よりも喜ぶ相棒が、嬉しそうに尻尾を振りながら「きゅぅん!」と甘えた声を上げる。アークは、その神々しい毛並みを優しく撫でると、新しい一日へと歩き出した。
####
新たなる時代の設計図
『盟約の館』の円卓。アークは、もはや兄の隣ではなく、創造主としての席に、堂々と座っていた。その隣で、盟主アルフォンスが、誇らしげに、しかし少しだけ寂しそうに、弟の完全復活を見守っている。
評議会の議題は、祭りの成功を受けての、連合の次なる一手。
「祭りは成功だった」アルフォンスが、力強く口火を切った。「だが、これはゴールじゃない。スタートだ。この熱気を、どうやって大陸全体へと広げていくか。それこそが、俺たちの本当の仕事だ」
各国代表から、様々な意見が飛び交う。交易路のさらなる拡大、文化交流使節団の増派、共同での軍事演習…。
その熱い議論の中心で、アークは静かにペンを走らせていた。そして、一枚の、新たな設計図を、円卓の中央に広げた。
「兄さんの言う通り、祭りは最高のスタートだった。でも、花火は、一瞬で消えてしまう。僕らが創るべきは、一瞬の熱狂じゃない。永続的に、この陽だまりの熱量を、大陸全体で循環させる**『仕組み』**そのものだ」
彼が提案したのは、**『陽だまり人材循環構想』**と名付けられた、壮大な計画だった。
「第一に、**『連合アカデミー』**の設立。陽だまりの街のアカデミーを、連合全体の最高学府と位置づけ、各国の最も優秀な若者たちを、奨学金で受け入れる。彼らはここで、技術だけでなく、陽だまりの『心』を学ぶ」
「第二に、**『技術交換留学制度』**。アカデミーを卒業した若者たちは、自国に戻るだけじゃない。一定期間、連合内の別の国へ『留学』し、その土地の技術や文化を学び、同時に陽だまりの知恵を伝える。南の農夫が西で鍛冶を学び、西の職人がエルフの森で木工を学ぶ。そうやって、連合全体の人材レベルを底上げし、互いの理解を深めていくんだ」
「そして、最後に、**『陽だまり認定ギルド』**の創設。アカデミーを卒業し、留学を経験した者だけが加入できる、連合公認の職人ギルドだ。彼らが創り出す製品には、特別な『陽だまりの匠』の香印が与えられ、ディアナさんの商会を通じて、最高の価値で取引される。富は、ただ国に流れるだけじゃない。それを生み出す『個人』の元へも、正しく還元される仕組みを創るんだよ」
それは、ただの人材育成計画ではなかった。国家という枠組みを超え、個人の才能と努力が正当に評価され、その価値が連合全体で循環していく、あまりにも理想的で、あまりにも美しい、**『人の価値』**そのものを再定義する設計図だった。
評議会の仲間たちは、その、息を呑むほどに壮大で、しかし、どこまでも人間味に溢れた構想に、ただ、言葉もなく聞き入っていた。アルフォンスは、弟が描く未来の、そのあまりの眩しさに、誇らしげに、そして少しだけ、呆れたように笑った。(……こいつは、本当に……どこまで行く気なんだ)
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始まりの村からの便り
評議会が、新たな時代の設計図に沸き立つ、その時だった。
一羽の伝書鳩が、窓から舞い込んできた。それは、始まりの村へ旅立ったフィンとリーリエからの、最初の定期報告だった。
ローランが、その手紙を、穏やかな笑みを浮かべて読み上げる。
『――アルフォンス盟主様、アーク様。始まりの村での『陽だまりの宿木』建設は、村の人々の献身的な協力のおかげで、順調に進んでおります。西方の荷馬車も、蒼の賢塔の道標も、驚くべき性能です。ですが、それ以上に驚いたのは、この村の人々の、心の温かさでした』
『リーリエ先生の活躍は、目覚ましいものがあります。彼女が、アーク様から託された『陽だまりの根っこ』の種を植えた日。村中の人々が、固唾を飲んで見守る中、凍てついた大地から、一本の、小さな光の芽が顔を出しました。その、あまりにも温かい光景に、村人たちの目から涙が溢れ、彼らの心の中にあった最後の氷が、完全に溶け落ちたのです』
『今では、リーリエ先生の『月光花』の温室は、村で一番の人気スポットです。特に、彼女の弟君であるノア君は、奇跡のように咳が治まり、毎日、姉の手伝いをしながら、生まれて初めて土に触れる喜びを、その全身で味わっています。先日、彼が、おぼつかない手つきで、一輪の月光花を摘み、僕に「ありがとう」と微笑んでくれた時、僕は、この仕事の本当の意味を、心の底から理解しました』
手紙の最後は、こう結ばれていた。
『追伸:先日、ダグ棟梁とグンナル棟梁から送られてきた木彫りの動物と知恵の輪ですが、子供たちに大人気で、取り合いの喧嘩が絶えません。つきましては、早急に、追加の五十個ほどを……』
その、あまりにもフィンらしい、微笑ましい追伸に、評議会の間に、温かい笑いが広がった。アルフォンスは、ダグとグンナルの方を向き、「おい、聞いたか?お前たちの『物語』も、ちゃんと届いてるみたいだぞ」と、満足げに笑った。二人の巨匠は、照れくさそうに顔を赤らめながらも、その瞳を誇らしげに輝かせていた。
####
創造主と守護者の休日
評議会が終わり、アークとアルフォンスは、ウルを連れて、久しぶりに街の外れにある森へと散歩に出かけた。完全に回復したアークは、もう兄の支えを必要とせず、二人は肩を並べて、木漏れ日が降り注ぐ小道を歩いていた。
「……すごいな、フィンも、リーリエも」アークは、感慨深げに呟いた。「僕が蒔いた種が、僕の知らない場所で、こんなにも力強く根を張り、新しい物語を紡ぎ始めているなんて」
「当たり前だろ」アルフォンスは、誇らしげに言った。「お前が信じた仲間たちだからな。それに、あいつらだけじゃない。カエランも、ヴォルカンも、アズライトも、みんな、お前が灯した陽だまりの光を、それぞれの場所で、必死に広げようとしてくれてるぜ」
アークは、立ち止まると、道端に落ちていた手頃な木の枝を拾い上げた。そして、懐から小さなナイフを取り出すと、慣れた手つきで、それを削り始めた。
彼の指先から、魔法の光は放たれない。ただ、前世で培った、木と対話するかのような、繊細な技術だけがあった。
数分後、彼の手の中に、一羽の、愛らしい木彫りの小鳥が生まれた。あの日、母に贈ったものよりも、ずっと精巧で、生き生きとしている。
「ほら、ウル」
アークが、その小鳥を軽く投げると、ウルは待ってましたとばかりに駆け出し、楽しげにそれを追いかけ始めた。森の中に、主と相棒の、屈託のない笑い声が響き渡る。
アルフォンスは、その、あまりにも平和で、あまりにも温かい光景を、ただ、黙って見つめていた。
(……ああ、そうだ。俺が守りたかったのは、これなんだ)
彼は、心の中で、静かに誓った。
(創造主であるお前が、時々こうして、ただの『アーク』に戻れる場所。そんな、当たり前で、かけがえのない陽だまりを、俺は、この先もずっと、守り続けていく)
####
新たなる波紋(伏線)
森の散歩からの帰り道。
アークは、ふと足を止め、森の、さらに奥深くへと、その二色の瞳を向けた。
「……どうした、アーク?」
「ううん、なんでもない」アークは、首を横に振った。「ただ……少しだけ、森の歌が、変わったような気がして」
彼の魂にだけ聞こえる、二本の世界樹が奏でる、星の音楽。その、完璧な調和の中に、ほんの一瞬だけ、これまで聞いたことのない、微かで、しかし、どこか星々の音楽とは違う、**暖かくも冷たいような**、異質な旋律が混じった気がしたのだ。
それは、すぐに消え去り、森は再び、穏やかな静寂を取り戻した。
だが、アークの胸には、小さな、しかし消えることのない、さざ波のような予感が残っていた。(気のせい…だろうか。それとも…)ウルもまた、主の視線の先を不安げに見つめ、**主を守るかのように低く唸り**、小さく鼻を鳴らした。
世界は、確かに癒された。だが、その癒やしが、星の、さらに深い場所で眠っていた、全く新しい『何か』を、静かに揺り起こし始めているのかもしれない。
二人の英雄は、まだ、その予感の正体を知る由もなかった。
***
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