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アトラ統一編

剣王

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「早いな、すでに兆しが表れたものがいるのか」

 エンジェル事、立原からの報告書を見ながら瀬倉和志はつぶやいた。
 嬉しい誤算だ、一年はかかるだろうと思っていた所に一カ月もしないで確認できたと報告があったのだ。

「それで、佳乃杜の方は進展なしと」

 まぁ、これは仕方ない。
 相手が相手だからなぁ。

「それにしても、転生者って多いんだな」

 今回もアトラ以外での転生者が一人確認できたとのことだ。
 死んだ魂が連れていかれるので、こちらでは確認が出来ないのが厳しいな。

 それにしても、転移を可能にできたのは大きいな。
 女神システムの穴をついた方法で女神の協力が無ければできなかったシステムだ。
 女神の方がこちらを利用している感が大きいが、いつものことだ。

 しっかし、まさか姫が女神になるとわなぁ。

 和志は思わず苦笑してしまう。

 長かった……本当に長かった……。

 和志達の復讐と夢が同時にかなう時が来たのだ。
 利用できるものは何でも利用する、その為にセクラコーポレーションを作り『緋色の国』を作り、人材を異世界へと送り込んだ。
 だが、これはまだ布石でしかない。

 誰か一人でも、失敗すればすべては水の泡と消えてしまう。
 たとえ悪役になろうともその時が来るまでは和志はサポート役に徹するのだった。





 アトラ大陸にはいくつかの国がある。
 その中で大国と言われているのは三つ。
 ティマイオス王国の他にクリティアス王国、アトラス帝国。
 ティマオス王国は隣接するレムリア大陸からの防衛を、クリティアス王国もまた隣接するムー大陸からの防衛の役割を担っていた。
 アトラス帝国はアトラ大陸内部の国の調和を担当しており、必要があれば滅ぼし大陸を一つにまとめる役割を担っている。

 レムレス王国の後始末が落ち着いたころ、アトラス帝国の末弟「剣王」より救援の依頼が届いた。

 「剣王」直筆の手紙を読み「武王」ゲルググ帝王は険しい顔になる。

「宰相! 今すぐ騎士団に出陣準備をさせよ!」

「畏まりました」

 理由も何も聞かぬまま、雨宮は騎士団へと静かに走った。
 三王は兄弟に契りを躱しているとはいえ個人的な理由では決して動かない。
 それは、雨宮どころか国民ですら知っている関係だった。
 それにかかわらず手紙を読んで即決するという事は、それだけの非常事態で急を要する内容だという事だ。
 おそらく騎士団だけでは手が足りないと思われる。
 そう判断した雨宮は『緋色の国』のメンバーにも連絡をするのだった。





 アトラス帝国の国境で「剣王」ケンジロウ国王は戦場の最前線に立っていた。
 武者鎧に身を包み刀と脇差を携えていて、その姿は戦国武将だ。
 長い戦いで次々と兵士が負傷していき、今では「剣王」一人で敵の進行を食い止めていた。
 「武王」ゲルググには及ばないものの、一騎当千の強者である事には間違いなかった。

 アトラ大陸には八つの国がある。
 その中で中心に位置するアトラス帝国は五つの国に囲まれている。
 そのうちの二国は兄弟の契りを躱しているティマイオスとクリティアス。
 残りの三国は、友好国ではなくむしろ敵対していると言ってもいい関係だった。
 その三国と残りの二国が同盟を結び同時にアトラスに攻め込んできた。

 これが全て「剣王」一人に向けられたものなら問題は無かった。
 だが、これは国盗りの戦争である、たとえ一人が強くても数がものを言う戦場だ。
 三国同時から攻められ「剣王」の所は防衛が出来ていたものの、他の二国からの防衛は劣勢となっていた。
 落とされるんは時間の問題となったころ「剣王」は自分のふがいなさを感じながらも兄たちに救援の書状を送ったのだった。






 ティマイオス王国では出立の準備を済ませたゲルググ帝王の前に、エンジェル、猫鍋、帽子屋の三人が立っていた。

「しかし、これは国の問題で」
「聖帝様、国の問題は私たち民の問題でもあります。万が一にもアトラスが攻め落とされるようなことがあればアトラ大陸は過去にない戦国時代になってしまいます」
「うむ、エンジェルの言う事はもっともだが」
「聖帝様は「剣王」さまの救援に、残りの二国は私たち「黄昏の翼」と「自由世界のアリス」で受け持ちます」
「我々、「MLG」は背後から攻め込んで挟み撃ちにすれば、一気に五国落とせると言うわけだ」
「か、可能なのか?」
「無論、だが今回は敵側にかなりの死者が出ると思う。そこは容認していただきたい」
「それは、戦故仕方のない事」
「それでは?」
「うむ、恥を忍んで頼もう。予に協力してくれないか」
「「「もちろんでございます」」」

 ギルドハウスに戻ってきたエンジェルさんから今回のアトラス帝国防衛線の作戦の説明をされる。

「「黄昏の翼」「自由世界のアリス」がそれぞれの防衛線を立て直し、そのまま敵国を殲滅。我々「MLG」は背後より目につく戦場を片っ端から殲滅していく。以上だ」

 それって好き勝手やって良いって事なのかな?

「おっと、そうだ。あくまで対象は敵対する者のみ一般市民を攻撃するのはご法度だ」

 そんなのは当たり前だ。

「簡単に言えば、俺たちは飛行が使える、それならば挟み撃ちにして殲滅しちゃおうと」

「そういうことだ」

「それで現状は?」

「「黄昏の翼」「自由世界のアリス」はすでに出立し各戦場に先行し付き次第ゲートで兵士を送る予定だ。防衛線が崩れ駆けているそうだが、問題は無いだろう。「剣王」の所にはゲルググ帝王と「魔王」が行く予定だ」

「その「剣王」所は三人だけなの?」

「あぁ、ゲルググ帝王の信書を持ち猫鍋が「魔王」の所へ飛んでいるところだ」

「それなら、我々ももう出ないとまずいのでは?」

「そうだな」

 そうだなって、まぁ、飛行時間を考えれば大したロスじゃないんだろうけど」

 敵国を越えたらUターンしてマップで確認しながら目についたものを殲滅していくと。
 うん、問題は無いな。
 それじゃ、行きますか。





 戦場の一つ、「剣王」が受け持つ戦場。
 ここは「剣王」一人しかいなかった。
 部下の兵士は、他の防衛ラインを立て直すために送り出していた。
 敵国からすれば「剣王」一人落とせば勝利である。
 それがわかっている「剣王」は自ら囮となり敵の主要部隊を誘い出していた。
 いつまでたっても「剣王」一人落とせない敵国は焦り始めたのか他の戦場からも部隊を送り出していた。
 これも「剣王」の策だった。
 ほかの戦場を手薄にさせることにより防衛ラインを立て直す。
 戦場は「剣王」の思惑通りに動いていた。
 だが、剣王は一人、不眠不休で何日も戦っていた。
 疲労が蓄積され、剣さばきも繊細さが欠けていく。
 戦場ではそれが致命的なミスになる。
 装備のおかげで大きなけがは無いものの、倒れるのは時間の問題だった。
 もはや気力だけで「剣王」は立っていた。

 そんな所に最も厄介な部隊が現れた。
 相手の魔法部隊だ。
 遠距離攻撃を持たない「剣王」にとって今は一番相手にしたくない相手だ。
 距離を取られ魔法が雨のように降ってくる。
 大きなダメージは無いものの、小さなダメージが蓄積され、ついに「剣王」は片膝をついてしまう。

 もはやこれまでと悟った「剣王」は、最後の特攻をするべく力をためた。

 自分が倒れても兄達がいる、兄達ならこの大陸をまとめてくれるだろう。
 それならば自分は出来るだけ敵の戦力を削ることだけ考えればいい。

 力がたまり、飛んでくる魔法に飛び入ろうとしたその時。
 「剣王」の前に二人の男が現れた。
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