秘めやかな輪廻を始めましょう

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3.決意

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パーティーの主役が会場を抜け出し、見知らぬ少年を連れて帰った戻ってきたのだから、それはもう大騒ぎとなり、ローザ・カミラス生誕十周年記念パーティーは早々にお開きとなった。

「ローザ!その格好は一体どうしたんだ」

そうだった…。
今の私の格好といえば、土埃と血に塗れたイブニングドレスに解れた髪、おまけに履いているのはパーティー仕様のヒールではなく、底がぺったりとした焦げ茶色の靴なのだ。
見れば見る程ちぐはぐで奇天烈な格好だ。

「お父様!あの、これは……その……」

どう説明をしたものか……。
 
大まかな道筋は至って単純だ。
私が勝手に屋敷を抜け出し、偶然痛めつけられている少年に出会い、見て見ぬ振りが出来ず屋敷に連れて帰ってきてしまいました……と、これで済んでしまう。

しかし、これらの行動一つ一つを細部まで深く掘り下げて考えてみると、私自身も良くわからなくなってしまうのだ。
 
勢いのままこのような突飛な行動に出てしまった気もするし、明確な意思を持って行動をしたような気もする。

考え込んでいると、お父様は優しく私の肩に手を置いた。

「……分かった、詳しい説明は後でたっぷりと聞かせてもらおう。まずは着替えてきなさい。それと、ローザが連れてきた少年だが、命に別状は無いそうだ。今は客室で眠っているよ」

「…っ…良かった」

少年に肩を貸し、歩いている最中、何度か少年の死が頭をよぎった。
その度にその恐ろしい考えを頭の隅へ押しやっていたのだが、現実にならなくて本当に良かったと思う。

大袈裟だと思うかもしれないが、服の隙間から覗く少年の肌にはいくつもの傷が刻まれ、青紫色に変色している箇所もあったのだ。その痛痛しい姿を見て、どれだけ不安に思ったことか。

「目を覚ましたら、彼にも話を聞かなければいけないね」

「……お父様」

「分かっているよ、ローザが連れてきたんだ。悪い子じゃ無いんだろう。ほら、着替えておいで」

「ええ」

肩に触れていたお父様の手のひらが離れる。
後には温もりだけが残り、私は無意識の内に自らの肩をそっと抱いた。



着替えるにしても、まずは身体にまとった砂埃と鉄臭さを何とかしなければいけない。

 私は使用人に連れられバスルームへ向かうと、血まみれのイブニングドレスを脱がせてもらい、バスタブにはられたお湯の中にそっと身体を沈ませた。

ふへぇ……と気の抜けた声が漏れる。
湯船に浸かりながら少年の事を考えようと思っていたのだが、いかんせん頭が回らない。ぼうっとする。

あまりの疲労感にうつらうつらと船を漕ぎ始めたところで、頭上から「お嬢様」と、声がかかった。慌てて顔を上げる。

 声の方向へと目を向ければ、世話係のミチェルが心配そうな表情でこちらの様子をうかがっていた。

「お疲れのようですが、湯浴みを終えてすぐお休みになりますか?であれば、旦那様には私からお伝えしておきますが」

「大丈夫よ、確かに今日は色々有り過ぎて疲れたけれど、お父様には彼が目を覚ます前に全てを話しておきたいから」

「かしこまりました。………お嬢様、今日のような事は、もう二度と無いようにお願いしますね。寿命が縮まる思いをしました」

「ごめんなさい、貴方にも心配をかけたわね、ミチェル。もう二度としない、約束するわ」

ピンと立てた小指をミチェルに向ける。
戸惑いながらもミチェルが自分の薬指をぎこちなく絡ませる。

ゆーびきりげーんまん……おどけた口調で口ずさめば、ミチェルがくすくすと口元を押さえながら笑った。

細かく散りばめられたそばかすが印象的な頬がひくひくと痙攣する。
ミチェルがあんまり可愛らしく笑うものだから、つい嬉しくて私も頬を緩ませた。


綺麗さっぱり身体の汚れを洗い落とし、薄桃色のネグリジェへと腕を通す。

本当なら髪を乾かす時間も惜しいのだが、濡れたままの状態でいることをミチェルが許してくれる筈もなく、私は椅子にじっと座ってドライヤーの熱風を受けている。

ヴェーブがかったプラチナブロンドの髪はミチェルの丁寧なブローを受けてサラサラだ。

「ローザ、入ってもいいかい」

扉の外でお父様の声が聞こえる。まだブローし足りない様子のミチェルは名残惜しそうに髪から手を離すと、後ろへ下がった。

「大丈夫よ」

重厚な扉が開く。
部屋に足を踏み入れたお父様は、革張りのソファへ迷いなく腰を下ろすと、立派にたくわえられた口ひげを何度か指で摩った。

「ローザ、話を聞かせてくれるね」

「えぇ」

私はお父様に今日体験した出来事を全て、包み隠さず話した。

勝手に屋敷を抜け出してしまったこと。
偶然立ち入った町で、痛めつけられている少年を見つけてしまったこと。
その少年を、プレゼントの首飾りと引き換えに買ったこと。

お父様は私が話し終えるまで、相槌をうつだけで口を挟むことはしなかった。

全てを語り終え、肌がチリリと痺れるような沈黙が訪れる。

いつの間にか強く握りしめていた手のひらはじっとりと汗ばんでいる。

私はどきどきしながらお父様の顔を見た。私の視線に気付き、お父様がゆっくりと顔をあげた。

「ローザ、お前はあの少年をどうしたいんだい」

やっとお父様の口から発せられた言葉は、これだけだった。

「私は……」

私は、どうしたい。

身体中に傷を作り、誹謗中傷の言葉を容赦なく浴びせられ、抗う力さえ奪われてしまった少年を咄嗟に庇った。

でも、その先は?

少年に手を差し伸べただけで、先の事を全く想像していない今の私は、少年を助けたという自己満足の海にぷかぷかと漂い続けているだけじゃないのか。

お父様はきっと、何の覚悟もせずに助けたのなら、それはただの偽善だと、そう言いたいのだろう。

「……こんな風に言うのは抵抗があるけれど、彼は、私が買ったの。だから、ここで無責任に手を離したりなんかしない。たとえお父様が彼を私の傍に置きたがらなくとも、私の意見はけして変わらないわ」

ふっと、お父様が口元を緩めた。途端にピンと張り詰めていた空気が緩まって、思わず長い溜息が漏れる。

「ローザ、お前は本当に聡明な子だね。私が助言する暇もなく、答えにたどり着いてしまった。親として、娘の成長を喜ぶところなんだろうが、少し寂しいね」

「いいえ、お父様が問いかけてくれなかったら、私、きっと気づくことのできないままだったわ」

「……あの少年、今は治癒魔法の作用で眠っているようだが、明日には目を覚ますだろう。お見舞いに行ってやりなさい」

「ええ、本当にありがとう、おとうさ……」

嗚呼、瞼が重い。そこで初めて、自分がずっと気を張っていたのだと気付いた。頭の中にもやがかかる。まだ起きていたいのに……あの少年の、傍にいたいのに……

「おやすみローザ、良い夢を」

微睡みの中聞いた優しいバリトンに身を委ねて、ふっと意識を手放した。
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