陰陽師彼氏は今日もお祓い

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第5話 温泉宿の呪われた夜と結界破りのハネムーン

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「雅人、いい?今回は絶対に、お祓い禁止だからね!」

 鈴木花は、温泉宿へ向かう特急列車の座席で、隣に座る橘雅人に釘を刺した。久々に取れた二泊三日の連休。古い歴史を持つ温泉地への旅行は、花にとって待ちに待ったロマンチックな休暇のはずだった。

 雅人は、車窓の景色を眺めながら、穏やかな笑みを浮かべた。彼の白いシャツの上には、旅先でも変わらない群青色の羽織が羽織られている。

「分かっている、花。今回の旅は、君の疲弊した『日常の気』を清めるための『禊(みそぎ)』だ。私にとって君との時間こそが、日々の穢れを清める最上の儀式だよ」

 雅人はキザなことをさらりと言う。その言葉に、花は頬を染めながらも、雅人の天然ぶりを知っているため、油断はしなかった。

「その『禊』とやらで、結界張ったり、呪文唱えたりしたら、即刻別室だよ!」

「それは心外だ」

 雅人はクスリと笑った。

 宿に到着すると、雅人の表情が一気に引き締まった。老舗旅館らしい、歴史を感じさせる静かで情緒ある空間。

「いけない、花。この宿の『気』が、酷く古く淀んでいる。至る所に、『過去の客の未練』が残留しているぞ。特に、あの古い掛け軸の裏からは、『寂しさの念』が発せられている」

「雅人!」

 花は小声で叱責した。

「それはただの『古き良き旅館の味わい』!日本の情緒だよ!さあ、早く温泉!」

 花は、雅人の襟首を掴んで強引に大浴場へと引きずっていった。

 温泉に入った二人。木造の湯船から立ち上る湯気は、辺りを幻想的に包んでいる。花は、雅人にそっと寄り添い、ようやくロマンチックな雰囲気に浸れた。

「ね、雅人。やっぱり温泉って最高だね」

「うむ、花。だが、君の背後にある湯船の隅を見てみろ」

 雅人は、花とのムードを完全に無視して、湯船の端を指差した。

「あれは、『垢の霊(あかのれい)』だ。入浴者の疲労と後悔の念が凝り固まり、霊体化したもの。このままでは君の美肌の『霊光』を曇らせてしまう!」

「ちょっと!それはただの湯の花だよ!雅人、やめて!恥ずかしい!」

 花は羞恥で湯船に顔を沈めた。周りの客はいないが、雅人の真剣な言葉に花は心が休まらない。

 夕食時、部屋でいただく豪華な料理は、地元の食材をふんだんに使った美しいものだった。花は雅人に、この旅の成功を祈って、熱燗を注ごうとした。

 しかし、雅人は突然、箸を手に取り、料理一つ一つに箸先を突き立て始めた。

「雅人、何してるの!?」

「静かに。この地の食材には、『山神の威圧的な気』が強く宿っている。無防備に食せば、消化器の『鎮魂の気』を乱す。今、箸で料理の『気』を鎮めているところだ」

 花は小声で怒鳴った。

「箸で遊んでるんじゃないよ!早く普通に食べて!せっかくの料理が、雅人の変な行動で台無しだよ!」

 結局、雅人の「気の鎮め」が終わるまで、花は料理に手をつけられず、最高のムードは完全に崩壊した。

 夜、花と雅人は布団に入った。雅人は、今日一日の花の不満を察してか、優しく花を抱きしめる。

「花、すまない。君の平穏な時間を乱してしまった」

「わかってくれたならいいよ…」

 花は、雅人の胸元に顔を埋めた。ようやく、二人の恋人らしい時間が訪れた。

 その瞬間だった。

 ゴオオッ、と障子の外から、異様に冷たい風が吹き込む音がした。部屋の隅にある古い花瓶が、微かにカタカタと震える。そして、耳元で「ウラメシヤ…」という不気味なささやき声が聞こえてきた。

 雅人の表情が一気に厳しくなり、花を強く抱きしめ直した。

「花、動くな。これは、今までのものとは違う。強力な『怨念の霊体』だ。どうやら、この宿の敷地内の奥深くに封印されていた、古い『曰く付きの土地の気』が、何らかの理由で解けかかっている」

 花は恐怖に震えが止まらない。しかし、雅人が自分を守ろうと身構える姿を見て、冷静さを取り戻そうとした。

 雅人は、素早く布団から這い出し、旅館のロビーに飾られていた古い花瓶(霊的な力の要だった)と、部屋にあった墨を使い、急いで『簡易的な封印の術』を施そうとした。

「間に合わん!花!君の『純粋な愛の気』を、この塩に乗せろ!」

 雅人は懐から特別な塩を取り出し、花に手渡した。

「今すぐ、部屋の四隅にまいて、私の術の結界を強固にする手伝いをしてくれ! 君の『愛の気』が、邪気を寄せ付けない最強の結界となる!」

 花は恐怖に震えながらも、雅人の言葉を信じた。震える手で塩を握りしめ、雅人に指示された通りに部屋の四隅にまいていく。

「雅人が無事でありますように」

「二人でまた笑えますように」

 花は心の中で、雅人との未来を強く願い続けた。

 花が最後の隅に塩をまいた瞬間、雅人が「急々如律令!」と高らかに呪文を唱え、花瓶の上に墨で描いた符を貼り付けた。

 ズン、と重い振動が響いた後、部屋は嘘のように静寂を取り戻した。

 雅人は安堵し、へたり込んだ花を力強く抱きしめた。

「よくやった、花。君の『愛の気』がなければ、私の術は成功しなかった。君こそが、私にとって最強の『式神』だ」

 花は雅人の胸の中で泣き笑いした。

「もう、お祓い禁止って言ったのに!私のロマンチックな夜を返してよ!」と怒鳴るが、雅人が命がけで自分を守ってくれた事実に、深い感動と愛情が溢れた。

「すまない。だが、君の命と平穏を護るのが、私の一番の『愛の儀式』なのだ」

 雅人はそう言い、花を優しく抱きしめ直して、額にそっとキスをした。

 翌朝、宿の女将が二人の部屋を訪れ、「昨夜は大きな音がしましたが…」と尋ねる。

 雅人は「少し大きな寝言を申しました」とごまかし、花は顔を覆った。

 帰りの道中、花は疲れている雅人の手をしっかりと握った。

「ねぇ雅人。私、雅人のそういうところが、一番好きだよ。…でも、次は普通の旅行に行こうね。本当に」

「うむ。分かった。次は霊的気配の全くない場所…例えば、真空の宇宙などにするか」

「雅人、それはもう普通の旅行じゃないから!」

 花は笑いながら、雅人の肩に頭を預けた。

 陰陽師彼氏との奇妙で愛しい日々は、これからも続いていく。
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