元最強呪術師、転生したらダンジョン全階層制覇してしまった件

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第9話:鏡合わせの呪術師、あるいは本物の定義

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 第25階層の管理都市を闇に沈め、自らの失われた左腕を再結合したカイ。その歩みは、以前にも増して重く、どろりとした負の波動を周囲にまき散らしていた。

 26階層へと続く通路――そこは『断絶の回廊』と呼ばれる、虚空に無数の魔法陣が足場として浮かぶ異様な空間だった。上下左右の概念が消失したかのようなその場所で、リィネはカイの背中を見つめながら、本能的な恐怖に身を震わせていた。

「……カイ様。その左腕を取り戻してから、あなたの気配が……」

「怖いか? 堕聖女」

 カイは振り返らずに答えた。再結合された左腕の指を、確かめるようにゆっくりと動かす。その指先が空を切るたび、空間の理が軋み、火花のような黒いノイズが走る。

「当然だ。この腕には、私が前世で積み上げてきた数千の『死』と、数万の『絶望』が凝縮されている。ただの人間が隣に立っていられるような代物ではない」

「……いいえ。怖いですが、それ以上に……誇らしいです。あなたが本来の姿を取り戻していくことが」

 リィネが震える声を絞り出した時だった。

『――識別。対象、オリジナル。および、随行するイレギュラー二名』

 無機質な合成音声が虚空に響き渡った。

 通路の先に、青白い光が収束していく。光が晴れた後、そこには三人の男が立っていた。

「……なっ!?」

 リィネが息を呑む。

 そこにいたのは、カイと全く同じ顔、同じ背格好、そして全く同じ漆黒の装束をまとった男たちだった。

 だが、その瞳にはカイのような黄金の輝きはない。ただ、管理システムのログを映し出すかのように、薄気味悪い青色の光がぼんやりと灯っているだけだった。

「主、スキャン完了。生体反応……微弱。遺伝子構成、主と99.8%一致」

 グリムが鎌を構え、警告を発する。

「管理局が主の左腕から抽出したデータをもとに造り出した、クローン呪術師群……『模造された摩天(レプリカ・マテン)』と推測します」

「クローン……。カイ様の、偽物だというのですか!?」

「偽物、か。随分と安っぽい言葉で片付けてくれるな、管理局のゴミどもめ」

 カイは自らの顔をした人形たちを眺め、吐き捨てるように笑った。

「私の残骸を弄り回して、ようやく出来たのがこの程度の木偶(でく)か。あまりに私の魂を舐めすぎている」

『戦闘プロトコル、開始。目標――オリジナルの完全抹消。およびデータの回収』

 三人のクローンが同時に動いた。その動きは、無駄を削ぎ落とし、機械的なまでに最適化された「最速」の踏み込み。

「――呪壊閃(じゅかいせん)!」

 三人が同時に放った指先の一撃。

 それは、カイが見せたあの破壊の術だった。三方向から迫る、空間ごと対象を粉砕する衝撃波。リィネが悲鳴を上げ、グリムが防御陣を展開しようとするが――。

 カイは、一歩も動かなかった。

 衝撃波がカイの体に直撃する寸前、彼はただ左手を軽く横に振った。

 パリン、と。まるで薄い氷を割るような音と共に、三人のクローンが放った必殺の呪術が、ただの「無害な風」へと変質し、霧散した。

「……何?」

 クローンの一人が、初めて困惑したように声を漏らした。感情がないはずの人形に、計算外の事態に対するノイズが走る。

「計算通りだろう? 管理局のスーパーコンピュータが弾き出した、私の術の出力値。それを120%に強化して放った……。理論上、私が防げるはずがない。そうだろう?」

 カイは悠然と歩き出す。足場である魔法陣が、彼の重圧に耐えかねてヒビ割れていく。

「だがな、お前たちが模倣したのは私の『出力』だけだ。呪術の本質……その術式に込められた『因果の重み』を、一文字も理解していない」

 クローンたちが再び襲いかかる。今度は『黒死蝶』。数千の黒い炎の蝶が回廊を埋め尽くし、カイを全方位から包囲する。炎の熱ではなく、魂を直接腐食させる不浄の業火。

「消えろ」

 カイが左手の指をパチンと鳴らした。

 瞬間、黒死蝶の群れが、主であるクローンたちの方へと反転した。

「ガ、アアアアッ!?」

 自らの放った炎に焼かれ、クローンたちがのたうち回る。管理局のデータによれば、自分の呪術には耐性があるはずだった。だが、カイが返した炎は、クローンたちの耐性を「貫通」し、その肉体を根源から焼き尽くし始めていた。

「不思議か? なぜ自分の技で焼かれるのか。教えてやろう。……お前たちの呪力には『底』がない。水槽の中で、栄養液に漬かって作られた偽物の魔力だ。そこに、私が数千年の時間をかけて積み上げてきた本物の『業』が混ざれば……それはただの毒にしかならない」

 カイは、燃え盛るクローンの一人の前に立ち、その胸ぐらを左手で掴み上げた。

「呪術とは、積んできた死の数だ。刻んできた絶望の深さだ。……昨日今日生まれたお前たちに、私の『名前』が背負えるわけがないだろう」

 カイの左腕から、光を一切反射しない「真の虚無」が溢れ出した。

「――万象葬送・無の理(むのことわり)」

 それは、技ですらなかった。

 カイが「そこに在ることを許さない」と定義した瞬間、クローンの体が、足元から「存在そのもの」が消滅し始めた。

 細胞が壊れるのではない。塵になるのでもない。

 そこに彼がいたという事実、その空間に占めていた質量、それらすべてが、宇宙の記録から消去されていく。

「ア……ガ…………」

 クローンが何かを言おうとしたが、その声が発せられるべき空気の振動すらも消失した。

 数秒後、カイの左手の中には、何も残っていなかった。彼が纏っていた衣服の残骸だけが、虚空をヒラヒラと舞い落ちていく。

 残りの二人のクローンも、抗う術を持たなかった。

 カイが視線を向けただけで、彼らの存在は定義を失い、黒い泥となって溶け落ちた。

 静寂が戻った『断絶の回廊』。

 リィネは、息をすることすら忘れてその光景を凝視していた。

 自分自身と全く同じ存在を、塵一つ残さず「消した」カイ。その表情には、勝利の喜びも、同情も、嫌悪すらない。ただ、鏡についた汚れを拭い去った時のような、無機質な納得感だけがあった。

「……カイ様。ご自身の影を消すことに、躊躇いはないのですか?」

「影を消すのに、誰が躊躇う?」

 カイは左腕の呪印を撫で、前を見据えた。

「管理局の連中は、効率を求めすぎて本質を見失った。魂のない器に私の技を詰め込めば、私が作れるとでも思ったか。……滑稽だな。これしきのことで私の足を止められると思っているなら、管理者とやらの底も見えたというものだ」

「主、27階層へのゲート、解放を確認。……ですが、これまでの階層とは異なる高密度の魔力を感知。生命反応……一件」

 グリムが低く警告する。

「……生命反応? 誰かいるのですか?」

 リィネが不安げにゲートの先を凝視する。

 カイはふと、その魔力の「波長」に覚えがあった。

 それは、リィネがかつて仕えていた場所の……。

「……ほう。管理局も、ようやく少しは頭を使い始めたか」

 ゲートの光が収束していく。

 27階層の入り口に立っていたのは、管理局のクローンでも、醜悪な魔物でもなかった。

 そこには、豪華な法衣を纏い、威厳に満ちた一人の老人が立っていた。

 かつてカイを「異端」と断じ、リィネを独房へと追いやった男。

「……枢機卿、バルドス」

 リィネが悲鳴に近い声を上げた。

 だが、その老人の様子は以前とは異なっていた。彼の瞳は真っ赤に充血し、体中から不自然なほどの「神聖な魔力」が、溢れんばかりに漏れ出している。

 その後ろには、管理局の紋章を刻まれた巨大な魔力増幅器。

「……おお、リィネ。そして、忌まわしき呪術師よ。よくぞここまで来た」

 バルドスの声は、複数の人間が同時に喋っているかのように重なり、歪んでいた。

「神の正義を実行するため……私は管理局と契約した。この身を捧げ、究極の『光』を顕現させる器となったのだ!」

 バルドスが杖を突き出すと、27階層全体が、眼を焼くような純白の閃光に包まれた。それは、リィネがかつて信じていた「神の奇跡」の、歪んだ完成形だった。

「リィネ。……かつての知己だ。お前が引導を渡してやるか?」

 カイは面白そうに、隣の堕聖女へと視線を向けた。

 リィネは、自身の漆黒のドレスを握りしめ、かつての恩師であった化け物を見据えた。

「……いいえ。恩師は、あの独房で死にました。目の前にいるのは、ただの……『掃除されるべきゴミ』です」

 堕聖女の瞳に、紫色の殺意が宿る。

 元最強呪術師と、管理局に魂を売った枢機卿。

 因縁の対決が、光と闇が交錯する27階層で幕を開けようとしていた。
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