残穢

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第1章: 開かずの教会の生贄

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 1.聖クレア教会跡 


 時刻は深夜1時3分。

 古びたノートパソコンの画面には、タイトルが鮮烈な赤で表示されていた。

『【ガチ心霊】聖クレア教会跡:生還率0%の最恐廃墟』

 配信がスタートすると同時に、コメント欄は瞬く間に勢いを増した。

 キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

 待ってたぞ!今夜はマジでヤバそう

 聖クレアとかガチじゃん…絶対入っちゃダメなとこでしょ

 画面に映し出されたのは、リーダーのカズヤ(30)。

 彼は冷静な表情で、頭に装着したカメラを通して視聴者に語りかける。彼の背後には、ゴシック様式の石造りの教会が、深い闇の中に不気味なシルエットを晒している。

「はい、皆さんこんばんは!『ナイトウォーカーズ』のカズヤです。今夜はついに来ました、誰もが生還できないと噂される、この聖クレア教会跡です」

 カズヤは手元の照明を教会の正面に向ける。割れたステンドグラスの窓が月の光を僅かに反射し、まるで無数の眼窩のように見えた。

「こちらの教会は、昭和初期に建てられ、戦後に教祖が謎の失踪を遂げた曰くつきの廃墟です。その後、立ち入った者は二度と戻れないという噂が絶えず……まあ、最高のロケーションってことです」

 彼の横には、ムードメーカーのアキラ(28)が立っている。彼はふざけて教会の壁を撫で、「おー、冷た!なんかもう幽霊さん、いっぱいいる感じ?」とおどけてみせた。

 アキラ、調子乗るなw

 もうすでに重い空気が画面越しに伝わる…

 霊感担当のタケルはどうなのよ?

「いるよ」

 低い声が響き、カメラのフレームに、少し顔色の悪いタケル(25)が映り込む。

「カズヤさん、冗談抜きで、ここの空気は今まで行った場所の中でも一番重い。なんか、信仰とかじゃなくて、もっとドロドロした、怨念に近いものが溜まってる気がします。長居は本当に危険です」

 タケルの真剣な表情に、視聴者の期待と不安が入り混じる。

 タケル顔が青いぞ、マジっぽいな

 いや、もうタケルの表情が一番ホラー

 さすがに今回はやめとけってタケルの霊感が言ってるんだろ

「大丈夫だって、タケル。俺たちがいるじゃん」

 メインレポーターのミキ(27)が、明るい声でタケルを励ました。彼女は小型マイクと補助照明を持ち、カズヤの隣に立つ。そして、グループ最年少のサオリ(22)が、予備機材のバッグを肩にかけ、不安そうに教会の入口を見つめていた。

 カズヤは視聴者に向き直った。

「視聴者さんの期待に応えるためにも、もちろん入ります。今夜は固定カメラ1台、僕のメインカメラ、そしてアキラのサブカメラで計3視点を配信します。何か異常があったら、すぐにコメントで教えてください」

 彼らは重い鉄製の扉を押し開け、教会内部へと足を踏み入れた。


 2.祭壇の上の「黒い影」


 教会内部は、外観とは比べ物にならないほど冷たい空気で満ちていた。カビと埃、そして何かの生臭い匂いが混ざり合った、陰鬱な空間。

 礼拝堂の奥には朽ちた木製十字架が立つ祭壇。ステンドグラスは全て割れ、床にはその破片が散乱している。カズヤは固定カメラをメインフロアの中央に設置させた。

「固定カメラ、セット完了。これで礼拝堂全体を捉えます。よし、ミキ、探索を頼む」

 ミキは補助照明を手に、祭壇へと向かった。

 中ヤバすぎだろ、映画のセットみたい

 カズヤのカメラ(メイン)と固定カメラ(全体)でアングルがしっかりしてるな

 ミキちゃん、気を付けてね!

 ミキが祭壇の前に立ち、朽ちた木製十字架に手を伸ばした瞬間だった。

 パチッ。

 ミキが持っていた補助照明が、突然、接触不良を起こしたかのように消えた。カズヤのメイン照明が頼りとなり、彼女の背後が影に沈む。

「うわっ、びっくりした!ライト切れちゃった」ミキが焦ってライトを叩く。

 カズヤは「予備に換えろ!」と指示を出すが、その時、カズヤのメイン照明が照らす割れたステンドグラスの破片に、一瞬だけ、人の形をした黒い影が映り込んだ。それは、教会の外側からではなく、ミキのすぐ背後に立っているような、不自然なアングルだった。

 照明はすぐに点灯したが、影は消えていた。

「おい、ミキ!大丈夫か!」カズヤは声を荒げる。

「大丈夫です、カズヤさん。ライトがすぐにつきました」

 カズヤは自分のカメラの映像を確認し、一瞬の影を「照明の反射だ」と自身に言い聞かせるが、背中に冷たい汗が流れた。

 今の影、何?ガチで心臓止まるかと思った

 反射じゃないだろ!ミキちゃんのすぐ後ろに立ってたぞ

 カズヤ、顔引きつってるぞ、さすがにビビっただろw

 アキラは緊張を解そうと、「お化けのイタズラか!子どもの笑い声でも聞かせてくれよ!」とふざけて、誰もいない礼拝堂の隅に向かって叫んだ。


 3. 第六の視点の兆候


 アキラがふざけていると、サオリが教会の奥、巨大なパイプオルガンの前で立ち尽くしていた。

「サオリ、どうした?」ミキが声をかける。

 サオリはオルガンに触れようと、一歩踏み出す。その時、オルガン全体を覆う古い木材が「ミシッ、ミシシッ」と、巨大な獣の骨が軋むような、重い音を立てた。タケルが顔を青くして叫ぶ。

「サオリ、動くな!そこに何かいる!」

 タケルの警告も虚しく、オルガンのパイプの奥から、古い讃美歌の一部を再生したような、途切れ途切れで音程の狂った異音がかすかに響き始めた。誰も触れていないはずなのに、オルガンが"勝手に歌い出す"。

 カズヤはすぐにオルガンに駆け寄るが、原因は分からない。

 その直後、教会全体に設置された機材に異常が発生した。カズヤのメインカメラには異常はないが、中央の固定カメラの映像が、突然強いノイズ(ホワイトノイズ)に覆われる。

「なんだこれ!固定カメラが壊れたか!」

 コメント欄は騒然。

 音量注意!耳がやられる!

 ノイズの中に何か見えた気がする

 今映ったの何?見間違えか?

 そして、ノイズの映像が一瞬だけクリアになった。クリアになった画面には、祭壇の横、誰もいないはずの壁際に、黒く、輪郭の曖昧な長身の人影が立っている。その影は、カメラを見下ろすように「少しだけ」首を傾げる。映像はすぐにノイズに戻り、その後、正常な映像に戻った。

 カズヤは「アンテナの不調だ」と冷静を装うが、視聴者はその一瞬の映像を見逃さなかった。

 今の影!絶対見たぞ!

 この教会、マジで何かいるって!

 カズヤさん、早く出ましょう!

 パニックが広がる中、一人の視聴者が唐突なコメントを投稿した。

 なんか、視点多くね?

 カズヤは即座に反応した。「いや、3つだよ。固定、僕、アキラのサブカメラの3つ」

 しかし、すぐに他の視聴者からも同様の指摘が続く。

 いや、3つじゃねえ!

 今、カズヤさんの背中が映ったぞ。祭壇の横から撮ってる視点があるって!

 固定カメラのアングルじゃない!誰も持ってないカメラだろ、これ!

 カズヤは確認するが、自分のカメラにも、アキラのカメラにも、タケルやミキのカメラにも異常はない。だが、配信画面の隅に、確かに、誰も操作していないはずのカズヤの背後からカズヤと礼拝堂全体を捉えた、誰も持っていない「第四のカメラ視点」が数秒間表示されていた。それはまるで、誰かがカズヤたちを監視しているかのように。

 カズヤは背筋が凍るのを感じた。

「おい、待て。これは……」

 タケルが震える声でつぶやいた。

「いや、違う。カメラは4つじゃない。メインフロアの正面、上の方……ほら」

 タケルが指差した先。カズヤのメインカメラと、固定カメラの間に、ごくわずかな時間だけ、天井の梁の上からカズヤたち全員を俯瞰で捉えた視点が割り込んできた。

 これ、第四どころじゃない!第六の視点だ!

 誰だよこれ撮ってる奴!まさか教会の…?

 カズヤ、後ろ振り返るな!

 カズヤは血の気が引くのを感じた。視聴率のために危険な場所に来たはずが、制御不能な何かが、自分たちの配信に干渉し始めている。そしてそれは、自分たちを「観察」しているのだ。

 カズヤは理性を取り戻すように、大きく息を吸い込んだ。

「……これだけの現象が起きたってことは、視聴者さんの期待に応えるには、もう一歩踏み込むしかないですね」

 彼は、タケルの制止を振り切るように、教会の隅にある地下への階段を指差した。その先は、この教会で最も曰くつきとされる、納骨堂だった。


「地下へ行きます」
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