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season1
第1話:叔父の遺産と「最弱職」の烙印
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1. ギルド・クライスラーの冷たい視線
王都近郊の辺境都市アストリア。冒険者ギルド『クライスラー』は、朝から活気に満ちていた。重厚な鎧の剣士、魔力を秘めたローブの魔法使い、俊敏な短剣を携えた盗賊たちが、依頼掲示板の前で喧騒を巻き起こしている。
そんな中、一人の若者がギルドの受付へと向かった。名をリアン・アークライトという。彼の背には、彼の全身ほどの長さを持つ、黒曜石のように鈍く輝く特殊な弓が背負われていた。
「すみません、冒険者登録をお願いします」
リアンは静かに声をかけた。受付嬢のエリカは、忙しなく書類を捌きながらリアンに視線を送ったが、彼の背中の弓を見た瞬間、露骨に顔を曇らせた。
「ええと……、職業は、弓術士(アーチャー)さん、ですね?」
「はい」
リアンが頷くと、エリカはため息にも似た息を漏らし、ペンを置いた。
「リアンさん。念のために確認しますが、本当に弓で大丈夫ですか? 剣術や魔法の心得はありませんか? 弓術士は、その……『最弱職(ワースト・ジョブ)』と呼ばれています。前衛には立てず、後衛の火力は魔法使いに遠く及ばない。器用貧乏で、どのパーティも欲しがらない職ですよ」
その言葉は、ギルドの壁に貼られた『弓術士の平均成功率:最低』というデータよりも、深くリアンの胸に突き刺さった。しかし、彼の表情は動かない。
「結構です。弓術士として登録します」リアンの声は静かだが、鋼のような強い意志が宿っていた。
エリカは諦めたように、登録用紙の職業欄に『弓術士』と記入し、Fランクを示す銅のプレートをリアンに手渡した。
「初心者講習は免除です。ルールは掲示板を確認してください。依頼はFランクのものからどうぞ。……くれぐれも、無理はなさらないように」
エリカの忠告は、善意というよりも、厄介な新人がすぐに辞めてくれることへの期待が含まれているようにリアンには感じられた。
ギルドの片隅に移動したリアンを、数人の新人冒険者が好奇の目で見ていた。
「おい、弓術士かよ」
「珍しいな。最近見ないぞ、そんな自殺志願者」
「弓で何ができるんだ? 遠くからちまちま撃つくらいだろ」
リアンは彼らの陰口を無視し、依頼掲示板を見つめた。彼の背中の弓、『ストーム・ウィスパー(嵐の囁き)』は、彼の亡き叔父、大陸最高の武器職人として知られたアルスが、生前最後に、そしてリアンのために全てを懸けて作り上げた最高傑作だった。
2. 叔父との約束と『ストーム・ウィスパー』
ギルドの喧騒が遠のいた瞬間、リアンは弓のグリップをそっと撫でた。手に馴染むその感触が、彼の記憶を呼び覚ます。
リアンの叔父アルスは、彼の両親が魔物に襲われて亡くなった後、リアンを引き取り、弓術と武器作りの全てを教えた。アルスは知っていた。リアンが持つ天賦の才を。
「リアンよ、剣士は強靭な肉体、魔法使いは膨大な魔力が求められる。だが、お前が持っているのは、それらを凌駕する『集中力』だ」
アルスは当時幼かったリアンにそう語った。彼の集中力は常軌を逸しており、訓練を重ねることで、周囲の時間の流れを緩やかに感じ、風のわずかな向きや、標的の筋肉の微細な動きまで読み取ることができる。それはもはや、一つの超感覚だった。
「この『ストーム・ウィスパー』は、そのお前の集中力を最大限に引き出すために作った。世間はお前を最弱と笑うだろう。だが、この弓を使えば、お前は遠距離、近距離、そして近接まで、全ての距離を支配できる。さあ、証明してみせろ。弓術士こそが、最強の冒険者であることをな」
アルスは、この弓を完成させた直後、謎の病に倒れ、この世を去った。リアンは知っている。叔父の死には、彼が作ったこの弓を狙う、何か巨大な影が関わっていることを。
叔父の遺志を継ぎ、弓術士の誇りを証明すること。それがリアンの冒険の全てだった。
3. 初陣:ゴブリン討伐と『ナノ・サイト』
リアンが選んだ依頼は、王都とアストリアを結ぶ街道の森に巣食う、Fランクの魔物『ゴブリン』の討伐だった。
森の奥へと足を踏み入れたリアンは、すぐにゴブリンの群れを発見した。約十体。彼らは群れで行動し、油断した旅人を襲う厄介な存在だ。
リアンは木陰に身を潜め、ゆっくりと『ストーム・ウィスパー』の弦を引いた。
その瞬間、彼の世界は一変した。
(超感覚集中(フォーカス・ゼロ)発動)
周囲の音が一瞬で遠のき、風のざわめきすら遅く聞こえる。リアンの視界は、通常の数十倍の解像度で世界を捉えた。ゴブリンたちが持つ粗末な皮鎧の縫い目、彼らが呼吸するたびに動く喉元のわずかな脈動、次に彼らが動くであろう地面の砂の動き――全てがナノレベルの精度で彼の脳にインプットされる。
これが、リアンの天賦の才、『ナノ・サイト』だ。
「……まず、指揮官を無力化する」
リアンは十体のゴブリンの中で、最も大きく、他の個体に指示を出している一体を特定した。
彼は矢を一本放った。その矢は、単なるまっすぐな軌道を描くのではない。
森の木々が立ち並ぶ中、矢は空気の僅かな抵抗を計算に入れ、わずかに上向きのカーブを描く。それはまるで、リアンの意志が風に乗っているかのようだった。
フシュッ!
ほとんど音を立てずに放たれた矢は、指揮官ゴブリンの『左目』の僅か0.5mm上にある、兜の視界スリットの端』を正確に通過し、その頭部に命中した。ゴブリンは一瞬で崩れ落ちた。
指揮官を失った群れは混乱する。しかし、リアンは止まらない。
彼は連続で三本の矢を放った。彼の指は、一本一本の矢の弦から離れる瞬間の角度と力を、全て変えていた。
一本目の矢は、右側のゴブリンの『膝の関節の隙間』を、
二本目の矢は、中央のゴブリンの『肺の魔力供給源』を、
三本目の矢は、左側のゴブリンの『腕の腱』を、
それぞれ、完璧な精度で狙い撃った。
ゴブリンたちは悲鳴を上げる間もなく、致命傷ではないが、戦闘力を完全に奪われた状態で次々と倒れていく。通常の弓術士ならば、十体相手に数十発を要し、反撃を受けるであろう戦いを、リアンはたった四本の矢で、五秒足らずで終わらせた。
4. 誤解と新たな出会い
討伐を終え、ゴブリンの耳を切り取って回収作業をしていると、不意に背後から声がかかった。
「すごいわね……もう終わったの?」
リアンが振り返ると、そこにいたのは、ギルドでわずかに言葉を交わした女性だった。透き通るような瞳を持ち、治癒師(ヒーラー)の証である白衣を纏ったマリナ・クレインだ。彼女もまた、Fランクの登録プレートを持っていた。
「たまたま、あなたの後ろの依頼を受けたの。早めに着いてみたら、もう戦闘が終わっていたから驚いたわ」
マリナはゴブリンの死体を見て、少し顔を青くした。
「運が良かっただけです」
リアンは淡々と答えた。
「運? まさか。四体とも、鎧の隙間、または関節や急所をピンポイントで射抜かれている。これは、運じゃなくて……神業よ」
マリナはリアンの弓を見つめ、確信を持ったように言った。他の冒険者が「たまたま」と切り捨てるその精度を、彼女は治癒師としての観察眼で瞬時に見抜いたのだ。
「リアンさん、あなたの弓術は、ギルドで言われている『最弱職』なんかじゃないわ。もしかして、あなたは、私たちが知っている『弓術士』の常識を遥かに超えているんじゃないかしら?」
マリナの言葉は、今日一日リアンが浴びせられた全ての軽蔑的な視線や言葉を、一瞬で洗い流すように優しかった。
リアンは初めて、警戒心を緩めて微笑んだ。
「そうかもしれません。そして、それを証明するために、俺はここにいます」
「そう。じゃあ、リアンさん。もしよかったら……、私は治癒師のマリナです。弓術士の最弱職説が嘘だって、一緒に証明していかない?」
マリナの提案は唐突だったが、その言葉には偽りがなかった。リアンは、この世界で初めて、彼の「弓」を認めてくれた人間の存在に、静かな喜びを感じた。
「……はい。よろしくお願いします、マリナさん」
リアンは初めて得た理解者と共に、ギルドへ向かって歩き出した。彼の弓術士としての伝説は、今、冷たい視線と、一つの温かい出会いから始まったのだった。
王都近郊の辺境都市アストリア。冒険者ギルド『クライスラー』は、朝から活気に満ちていた。重厚な鎧の剣士、魔力を秘めたローブの魔法使い、俊敏な短剣を携えた盗賊たちが、依頼掲示板の前で喧騒を巻き起こしている。
そんな中、一人の若者がギルドの受付へと向かった。名をリアン・アークライトという。彼の背には、彼の全身ほどの長さを持つ、黒曜石のように鈍く輝く特殊な弓が背負われていた。
「すみません、冒険者登録をお願いします」
リアンは静かに声をかけた。受付嬢のエリカは、忙しなく書類を捌きながらリアンに視線を送ったが、彼の背中の弓を見た瞬間、露骨に顔を曇らせた。
「ええと……、職業は、弓術士(アーチャー)さん、ですね?」
「はい」
リアンが頷くと、エリカはため息にも似た息を漏らし、ペンを置いた。
「リアンさん。念のために確認しますが、本当に弓で大丈夫ですか? 剣術や魔法の心得はありませんか? 弓術士は、その……『最弱職(ワースト・ジョブ)』と呼ばれています。前衛には立てず、後衛の火力は魔法使いに遠く及ばない。器用貧乏で、どのパーティも欲しがらない職ですよ」
その言葉は、ギルドの壁に貼られた『弓術士の平均成功率:最低』というデータよりも、深くリアンの胸に突き刺さった。しかし、彼の表情は動かない。
「結構です。弓術士として登録します」リアンの声は静かだが、鋼のような強い意志が宿っていた。
エリカは諦めたように、登録用紙の職業欄に『弓術士』と記入し、Fランクを示す銅のプレートをリアンに手渡した。
「初心者講習は免除です。ルールは掲示板を確認してください。依頼はFランクのものからどうぞ。……くれぐれも、無理はなさらないように」
エリカの忠告は、善意というよりも、厄介な新人がすぐに辞めてくれることへの期待が含まれているようにリアンには感じられた。
ギルドの片隅に移動したリアンを、数人の新人冒険者が好奇の目で見ていた。
「おい、弓術士かよ」
「珍しいな。最近見ないぞ、そんな自殺志願者」
「弓で何ができるんだ? 遠くからちまちま撃つくらいだろ」
リアンは彼らの陰口を無視し、依頼掲示板を見つめた。彼の背中の弓、『ストーム・ウィスパー(嵐の囁き)』は、彼の亡き叔父、大陸最高の武器職人として知られたアルスが、生前最後に、そしてリアンのために全てを懸けて作り上げた最高傑作だった。
2. 叔父との約束と『ストーム・ウィスパー』
ギルドの喧騒が遠のいた瞬間、リアンは弓のグリップをそっと撫でた。手に馴染むその感触が、彼の記憶を呼び覚ます。
リアンの叔父アルスは、彼の両親が魔物に襲われて亡くなった後、リアンを引き取り、弓術と武器作りの全てを教えた。アルスは知っていた。リアンが持つ天賦の才を。
「リアンよ、剣士は強靭な肉体、魔法使いは膨大な魔力が求められる。だが、お前が持っているのは、それらを凌駕する『集中力』だ」
アルスは当時幼かったリアンにそう語った。彼の集中力は常軌を逸しており、訓練を重ねることで、周囲の時間の流れを緩やかに感じ、風のわずかな向きや、標的の筋肉の微細な動きまで読み取ることができる。それはもはや、一つの超感覚だった。
「この『ストーム・ウィスパー』は、そのお前の集中力を最大限に引き出すために作った。世間はお前を最弱と笑うだろう。だが、この弓を使えば、お前は遠距離、近距離、そして近接まで、全ての距離を支配できる。さあ、証明してみせろ。弓術士こそが、最強の冒険者であることをな」
アルスは、この弓を完成させた直後、謎の病に倒れ、この世を去った。リアンは知っている。叔父の死には、彼が作ったこの弓を狙う、何か巨大な影が関わっていることを。
叔父の遺志を継ぎ、弓術士の誇りを証明すること。それがリアンの冒険の全てだった。
3. 初陣:ゴブリン討伐と『ナノ・サイト』
リアンが選んだ依頼は、王都とアストリアを結ぶ街道の森に巣食う、Fランクの魔物『ゴブリン』の討伐だった。
森の奥へと足を踏み入れたリアンは、すぐにゴブリンの群れを発見した。約十体。彼らは群れで行動し、油断した旅人を襲う厄介な存在だ。
リアンは木陰に身を潜め、ゆっくりと『ストーム・ウィスパー』の弦を引いた。
その瞬間、彼の世界は一変した。
(超感覚集中(フォーカス・ゼロ)発動)
周囲の音が一瞬で遠のき、風のざわめきすら遅く聞こえる。リアンの視界は、通常の数十倍の解像度で世界を捉えた。ゴブリンたちが持つ粗末な皮鎧の縫い目、彼らが呼吸するたびに動く喉元のわずかな脈動、次に彼らが動くであろう地面の砂の動き――全てがナノレベルの精度で彼の脳にインプットされる。
これが、リアンの天賦の才、『ナノ・サイト』だ。
「……まず、指揮官を無力化する」
リアンは十体のゴブリンの中で、最も大きく、他の個体に指示を出している一体を特定した。
彼は矢を一本放った。その矢は、単なるまっすぐな軌道を描くのではない。
森の木々が立ち並ぶ中、矢は空気の僅かな抵抗を計算に入れ、わずかに上向きのカーブを描く。それはまるで、リアンの意志が風に乗っているかのようだった。
フシュッ!
ほとんど音を立てずに放たれた矢は、指揮官ゴブリンの『左目』の僅か0.5mm上にある、兜の視界スリットの端』を正確に通過し、その頭部に命中した。ゴブリンは一瞬で崩れ落ちた。
指揮官を失った群れは混乱する。しかし、リアンは止まらない。
彼は連続で三本の矢を放った。彼の指は、一本一本の矢の弦から離れる瞬間の角度と力を、全て変えていた。
一本目の矢は、右側のゴブリンの『膝の関節の隙間』を、
二本目の矢は、中央のゴブリンの『肺の魔力供給源』を、
三本目の矢は、左側のゴブリンの『腕の腱』を、
それぞれ、完璧な精度で狙い撃った。
ゴブリンたちは悲鳴を上げる間もなく、致命傷ではないが、戦闘力を完全に奪われた状態で次々と倒れていく。通常の弓術士ならば、十体相手に数十発を要し、反撃を受けるであろう戦いを、リアンはたった四本の矢で、五秒足らずで終わらせた。
4. 誤解と新たな出会い
討伐を終え、ゴブリンの耳を切り取って回収作業をしていると、不意に背後から声がかかった。
「すごいわね……もう終わったの?」
リアンが振り返ると、そこにいたのは、ギルドでわずかに言葉を交わした女性だった。透き通るような瞳を持ち、治癒師(ヒーラー)の証である白衣を纏ったマリナ・クレインだ。彼女もまた、Fランクの登録プレートを持っていた。
「たまたま、あなたの後ろの依頼を受けたの。早めに着いてみたら、もう戦闘が終わっていたから驚いたわ」
マリナはゴブリンの死体を見て、少し顔を青くした。
「運が良かっただけです」
リアンは淡々と答えた。
「運? まさか。四体とも、鎧の隙間、または関節や急所をピンポイントで射抜かれている。これは、運じゃなくて……神業よ」
マリナはリアンの弓を見つめ、確信を持ったように言った。他の冒険者が「たまたま」と切り捨てるその精度を、彼女は治癒師としての観察眼で瞬時に見抜いたのだ。
「リアンさん、あなたの弓術は、ギルドで言われている『最弱職』なんかじゃないわ。もしかして、あなたは、私たちが知っている『弓術士』の常識を遥かに超えているんじゃないかしら?」
マリナの言葉は、今日一日リアンが浴びせられた全ての軽蔑的な視線や言葉を、一瞬で洗い流すように優しかった。
リアンは初めて、警戒心を緩めて微笑んだ。
「そうかもしれません。そして、それを証明するために、俺はここにいます」
「そう。じゃあ、リアンさん。もしよかったら……、私は治癒師のマリナです。弓術士の最弱職説が嘘だって、一緒に証明していかない?」
マリナの提案は唐突だったが、その言葉には偽りがなかった。リアンは、この世界で初めて、彼の「弓」を認めてくれた人間の存在に、静かな喜びを感じた。
「……はい。よろしくお願いします、マリナさん」
リアンは初めて得た理解者と共に、ギルドへ向かって歩き出した。彼の弓術士としての伝説は、今、冷たい視線と、一つの温かい出会いから始まったのだった。
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