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フォートリエ辺境伯子息
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「ジークはお前のものでもないし、婚約だってしていない。いい加減自分に都合のいい言葉を喚き散らすだけなのは、止めたらどうなんだ」
いつもは穏やかで温厚な表情と、優しげな眼差しを浮かべるヴィルが、一切の感情を削げ落としたかのように、ただただマリユス様を冷たく見下ろします。
そんなヴィルの雰囲気にも、鼻で笑い小馬鹿にした様に見返すマリユス様。この状況でも、まだその様な態度が取れるのは、ある意味凄くはありますが……。
「別に婚約してないなら、今から新たに結び直せばいいだけの事。役者風情でしかないお前に、俺達にどうこう口を挟む権利はないんだよ」
「新たに結ぶ? ジークはお前と婚約をした事など一度もないだろう」
「どっちでもいい事だ。伯爵家から声を掛ければ子爵家ならば光栄なことだからな」
「そもそも」
「ジークは俺と婚約をしているんだ」
ヴィルのその言葉に、マリユス様も流石に驚いたのか、ポカンとした表情を浮かべます。あら、面白いお顔だこと。前世のAAの様ですわね。
まぁ、驚きはしますよね。正式な発表はまだでしたし。
「……な、に?」
「ジークは俺と婚約をしていると言ったんだ。だからジークと婚約をするなどという、ふざけた事は金輪際口にするな」
「ふざけるな! アイツは俺のものだ! 人のに何勝手に手を出」
誰が誰のものですか。冗談ではないわ。
私が、気分悪くなるのと同じで、ヴィルの怒り度合いも、そろそろ怒髪天を衝きそうな空気ですわね。床に刺した剣を抜くと、チャキッとマリユス様の頭上に振り上げます。
「本当に使い物にならない脳みそだな。無駄に活動させてるのも意味がないし、このまま機能停止にさせてやろうか?」
「ひ、ひいいっ! おい、ジークリット! 貴様、こんな狂人と本当に婚約したと言うのか!」
脳天を叩き割られるとでも思ったのでしょうか、顔を引き攣らせながら、私に怒鳴りかけてきました。
「しております」
「聞いてないぞ!」
「何故、マリユス様にお伝えしなければならないなでしょうか?」
それに正式な発表は、来月の王家主催の夜会での発表なのだから、むしろ関係者以外では、一番早く情報を聞かせて貰っているのですけれどもね。
「俺という奴がいたのに、こんな役者風情と浮気とかバカにしてるのか!」
「わたくしはマリユス様と婚約をしていませんし、付き合ってもおりません。浮気も何も無いでしょう。わたくしとヴィルの婚約は陛下もお認めになられてますし、わたくしが学園を卒業後、半年後にヴィルとの式を挙げモワ領に行く事も決定している事です」
「モワ領へ……? どういう事だ」
「……ヴィルは辺境伯子息ですが」
「は?」
この人が歌劇とかのお芝居に詳しい訳なかったわね。
それでも、かなり有名な事なのですが……。
「ヴィルは、ヴィルジール・フォートリエ、フォートリエ辺境伯子息です」
「フォートリエ辺境伯……だと……」
流石にその名前は知ってらしたようですね。
現在も領を治めている、ヴィルのお父様であられるフォートリエ辺境伯は、学生時代は陛下のご学友でもあって、今も親交が深い間柄なのは、貴族も平民も国民なら皆知っている事。
その辺境伯が、辺境伯夫人の影響で歌劇を好きになり、夫人と今でもお芝居を観に行かれる程になってるのよね。
そんなご両親の下で育ったヴィルが、役者としても活動しているのは有名な事なのですが。
「辺境伯子息と……婚約…………」
「そんな……そんな事が許されると思うのか。お前は昔から俺のなんだ。それはお前自身が一番分かってる筈だ。……あぁ、そうだ。婚約してたとしても、また傷物になれば、婚約なんて解消される。辺境伯位ともなれば、婚約者の女が傷物となれば、そんな醜聞のある奴を迎え入れる訳にいくまい」
「っ……」
「ははは、そうだ、それがいい!! 俺から逃げようなど思うな!」
マリユス様の言葉に私の肩が反応したのに気付いたヴィルが、マリユス様が言い切る前に、鼻の頭が触れるか触れないか程の近くに、剣を突き刺しました。
「ジークをこれ以上侮辱する事は許さないと言った筈だが?」
「ひっ……」
「マリユス様」
私はゆっくりとマリユス様へと近付き、その姿を見下ろします。
「貴方が何をどう言おうが、わたくしは貴方のものではないですし、今後も婚約などの関係を結ぶ事はございません」
「何を」
「わたくしは卒業したらヴィルと結婚するのは、以前から決まってる事です」
「……ジーク……リット」
「貴方が幸せになろうが不幸になろうが、わたくしに関わらなければどうでも良いと思っております」
「っ……」
「幼い頃に怪我を負わされようとも、過去に何があろうとも。関係ございません」
「っ…………」
「わたくしは貴方という人間に、存在そのものに興味がございません」
「………………」
少し言い過ぎたかなとは思わないでも無いのですが、自身に都合よく会話を切り替えてしまう方なので、これ位言わないとと思ったのですが、途中から、何も言わず俯いてしまいました。……やはり言い過ぎたのでしょうか。
「~~……う」
「え?」
「そんな事を許す訳ないだろう!」
「ブルザ・ルーグ・エトゥリア
いやしと潤い ひとすじのしずく
せいじょうなりし 天からの恵」
「っ……な」
わたしもヴィルも、マリユス様の詠唱に、驚きのが上がりました。
これは水魔法の詠唱!?
あれだけ詠唱魔法を蔑んできていたのに、自身を回復する為に呪文を唱えるなんて、思わなかったわ。
「ジークリットーー!!!」
完全な詠唱魔法とはいかなくても、ある程度、体の怪我を回復させたマリユス様は、そのまま立ち上がると私に走り寄って掴みかかろうとしてきました。が、ヴィルが刺していた剣を抜いて、柄頭の部分で腹部に強く一撃を入れ、マリユス様はそのまま蹲ってしまいます。
「まさか、詠唱するとは思わなかったかな。いざとなればなりふり構わなく行動する気概があったのは、正直驚いたけど……」
「う、うぐ………」
「その行動力を良い方向に使っていれば、違う道もあっただろうに」
お腹を押さえて踞るマリユス様に、先程とは違い、ヴィルは憐憫の眼差しを向けます。
その後少ししてから、部屋にマリユス様の家の警護の方々が入ってこられたのですが。わたくしたちの状況に、どう判断を下すべきか悩んでられた様なのですけれども、わたくしはドレスを破かれ、ヴィルの服を羽織ってる事と、ヴィルのマントや服が一部ボロボロの状態な事もあり、マリユス様のお父上であられる、バシュラール伯爵の許可の下、マリユス様が連行されていきました。
部屋に二人しかいなくなった所で、ヴィルが、ふーと息を吐き座り込みます。私もそれに合わせて、彼の隣に静かに座りました。
「助けに来てくれてありがとうヴィル。カッコ良かったわよ」
「はは、……そう見えた?」
「えぇ、物凄い気迫と声だから、本当に指を切り落としたり、舌を抜きかねるんじゃないかしらと思ってしまったわ」
「そりゃね。君をあんな目に合わせたんだから、腕の1本位は傷付けても良かったとは思ってるよ」
「ふふ、しないくせに」
演技力で、あれだけの迫力を出せるのは流石だわ。
もちろん、彼も辺境伯の子息として育てられてるから、剣の腕は確かだし、いざという時は最初に部屋に入ってきた時の様に、剣を交える戦闘も出来るし、国境沿いで魔物と戦ったりする事もあるけれど。
基本根が優しいから、あまり、人を傷つける事はしないのよね。
だから、今回も演技力と気迫で、マリユス様を怯ませたヴィルは、改めて凄いと思ったわ。
そう思っていたから、ヴィルが腕の一本や二本じゃすまないと思っていたし、なんなら再起不能にしたくはあったけれど、自分が過剰になってやりすぎてはいけないからと、ギリギリ理性で抑えていただなんて事には。
私は知る由もなかったのだけれども。
でもこれで。
「あの夢も、もう見なくなるかしら……」
「え、何か言った?」
「ん、何でも無いわ」
今でも時々見ていた、前世で殺される時の夢、きっともう見なくなりますわね。
私は漸く、長く続いてた悪夢がこれで終わるのだと、そう感じ、軽く笑うと、コテンとヴィルの肩に頭を乗せるのでした。
☪︎⋆。˚✩.˖⋆*・✧✲゚*♪•☪︎⋆˚✩
更新が遅くなり申し訳ございません。
話は本日、あと2話更新されます。
本編残り1話と、番外編(マリユスざまぁ編)になります。
誤字報告も、ありがとうございました!
いつもは穏やかで温厚な表情と、優しげな眼差しを浮かべるヴィルが、一切の感情を削げ落としたかのように、ただただマリユス様を冷たく見下ろします。
そんなヴィルの雰囲気にも、鼻で笑い小馬鹿にした様に見返すマリユス様。この状況でも、まだその様な態度が取れるのは、ある意味凄くはありますが……。
「別に婚約してないなら、今から新たに結び直せばいいだけの事。役者風情でしかないお前に、俺達にどうこう口を挟む権利はないんだよ」
「新たに結ぶ? ジークはお前と婚約をした事など一度もないだろう」
「どっちでもいい事だ。伯爵家から声を掛ければ子爵家ならば光栄なことだからな」
「そもそも」
「ジークは俺と婚約をしているんだ」
ヴィルのその言葉に、マリユス様も流石に驚いたのか、ポカンとした表情を浮かべます。あら、面白いお顔だこと。前世のAAの様ですわね。
まぁ、驚きはしますよね。正式な発表はまだでしたし。
「……な、に?」
「ジークは俺と婚約をしていると言ったんだ。だからジークと婚約をするなどという、ふざけた事は金輪際口にするな」
「ふざけるな! アイツは俺のものだ! 人のに何勝手に手を出」
誰が誰のものですか。冗談ではないわ。
私が、気分悪くなるのと同じで、ヴィルの怒り度合いも、そろそろ怒髪天を衝きそうな空気ですわね。床に刺した剣を抜くと、チャキッとマリユス様の頭上に振り上げます。
「本当に使い物にならない脳みそだな。無駄に活動させてるのも意味がないし、このまま機能停止にさせてやろうか?」
「ひ、ひいいっ! おい、ジークリット! 貴様、こんな狂人と本当に婚約したと言うのか!」
脳天を叩き割られるとでも思ったのでしょうか、顔を引き攣らせながら、私に怒鳴りかけてきました。
「しております」
「聞いてないぞ!」
「何故、マリユス様にお伝えしなければならないなでしょうか?」
それに正式な発表は、来月の王家主催の夜会での発表なのだから、むしろ関係者以外では、一番早く情報を聞かせて貰っているのですけれどもね。
「俺という奴がいたのに、こんな役者風情と浮気とかバカにしてるのか!」
「わたくしはマリユス様と婚約をしていませんし、付き合ってもおりません。浮気も何も無いでしょう。わたくしとヴィルの婚約は陛下もお認めになられてますし、わたくしが学園を卒業後、半年後にヴィルとの式を挙げモワ領に行く事も決定している事です」
「モワ領へ……? どういう事だ」
「……ヴィルは辺境伯子息ですが」
「は?」
この人が歌劇とかのお芝居に詳しい訳なかったわね。
それでも、かなり有名な事なのですが……。
「ヴィルは、ヴィルジール・フォートリエ、フォートリエ辺境伯子息です」
「フォートリエ辺境伯……だと……」
流石にその名前は知ってらしたようですね。
現在も領を治めている、ヴィルのお父様であられるフォートリエ辺境伯は、学生時代は陛下のご学友でもあって、今も親交が深い間柄なのは、貴族も平民も国民なら皆知っている事。
その辺境伯が、辺境伯夫人の影響で歌劇を好きになり、夫人と今でもお芝居を観に行かれる程になってるのよね。
そんなご両親の下で育ったヴィルが、役者としても活動しているのは有名な事なのですが。
「辺境伯子息と……婚約…………」
「そんな……そんな事が許されると思うのか。お前は昔から俺のなんだ。それはお前自身が一番分かってる筈だ。……あぁ、そうだ。婚約してたとしても、また傷物になれば、婚約なんて解消される。辺境伯位ともなれば、婚約者の女が傷物となれば、そんな醜聞のある奴を迎え入れる訳にいくまい」
「っ……」
「ははは、そうだ、それがいい!! 俺から逃げようなど思うな!」
マリユス様の言葉に私の肩が反応したのに気付いたヴィルが、マリユス様が言い切る前に、鼻の頭が触れるか触れないか程の近くに、剣を突き刺しました。
「ジークをこれ以上侮辱する事は許さないと言った筈だが?」
「ひっ……」
「マリユス様」
私はゆっくりとマリユス様へと近付き、その姿を見下ろします。
「貴方が何をどう言おうが、わたくしは貴方のものではないですし、今後も婚約などの関係を結ぶ事はございません」
「何を」
「わたくしは卒業したらヴィルと結婚するのは、以前から決まってる事です」
「……ジーク……リット」
「貴方が幸せになろうが不幸になろうが、わたくしに関わらなければどうでも良いと思っております」
「っ……」
「幼い頃に怪我を負わされようとも、過去に何があろうとも。関係ございません」
「っ…………」
「わたくしは貴方という人間に、存在そのものに興味がございません」
「………………」
少し言い過ぎたかなとは思わないでも無いのですが、自身に都合よく会話を切り替えてしまう方なので、これ位言わないとと思ったのですが、途中から、何も言わず俯いてしまいました。……やはり言い過ぎたのでしょうか。
「~~……う」
「え?」
「そんな事を許す訳ないだろう!」
「ブルザ・ルーグ・エトゥリア
いやしと潤い ひとすじのしずく
せいじょうなりし 天からの恵」
「っ……な」
わたしもヴィルも、マリユス様の詠唱に、驚きのが上がりました。
これは水魔法の詠唱!?
あれだけ詠唱魔法を蔑んできていたのに、自身を回復する為に呪文を唱えるなんて、思わなかったわ。
「ジークリットーー!!!」
完全な詠唱魔法とはいかなくても、ある程度、体の怪我を回復させたマリユス様は、そのまま立ち上がると私に走り寄って掴みかかろうとしてきました。が、ヴィルが刺していた剣を抜いて、柄頭の部分で腹部に強く一撃を入れ、マリユス様はそのまま蹲ってしまいます。
「まさか、詠唱するとは思わなかったかな。いざとなればなりふり構わなく行動する気概があったのは、正直驚いたけど……」
「う、うぐ………」
「その行動力を良い方向に使っていれば、違う道もあっただろうに」
お腹を押さえて踞るマリユス様に、先程とは違い、ヴィルは憐憫の眼差しを向けます。
その後少ししてから、部屋にマリユス様の家の警護の方々が入ってこられたのですが。わたくしたちの状況に、どう判断を下すべきか悩んでられた様なのですけれども、わたくしはドレスを破かれ、ヴィルの服を羽織ってる事と、ヴィルのマントや服が一部ボロボロの状態な事もあり、マリユス様のお父上であられる、バシュラール伯爵の許可の下、マリユス様が連行されていきました。
部屋に二人しかいなくなった所で、ヴィルが、ふーと息を吐き座り込みます。私もそれに合わせて、彼の隣に静かに座りました。
「助けに来てくれてありがとうヴィル。カッコ良かったわよ」
「はは、……そう見えた?」
「えぇ、物凄い気迫と声だから、本当に指を切り落としたり、舌を抜きかねるんじゃないかしらと思ってしまったわ」
「そりゃね。君をあんな目に合わせたんだから、腕の1本位は傷付けても良かったとは思ってるよ」
「ふふ、しないくせに」
演技力で、あれだけの迫力を出せるのは流石だわ。
もちろん、彼も辺境伯の子息として育てられてるから、剣の腕は確かだし、いざという時は最初に部屋に入ってきた時の様に、剣を交える戦闘も出来るし、国境沿いで魔物と戦ったりする事もあるけれど。
基本根が優しいから、あまり、人を傷つける事はしないのよね。
だから、今回も演技力と気迫で、マリユス様を怯ませたヴィルは、改めて凄いと思ったわ。
そう思っていたから、ヴィルが腕の一本や二本じゃすまないと思っていたし、なんなら再起不能にしたくはあったけれど、自分が過剰になってやりすぎてはいけないからと、ギリギリ理性で抑えていただなんて事には。
私は知る由もなかったのだけれども。
でもこれで。
「あの夢も、もう見なくなるかしら……」
「え、何か言った?」
「ん、何でも無いわ」
今でも時々見ていた、前世で殺される時の夢、きっともう見なくなりますわね。
私は漸く、長く続いてた悪夢がこれで終わるのだと、そう感じ、軽く笑うと、コテンとヴィルの肩に頭を乗せるのでした。
☪︎⋆。˚✩.˖⋆*・✧✲゚*♪•☪︎⋆˚✩
更新が遅くなり申し訳ございません。
話は本日、あと2話更新されます。
本編残り1話と、番外編(マリユスざまぁ編)になります。
誤字報告も、ありがとうございました!
応援ありがとうございます!
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