殉剣の焔

みゃー

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五里霧中

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 雨は、更に小降りになり、辺りに朝の淡く明るい光が満ちてきた。

 それなのに……

「俺の目の……色がどうしたんです?」

 優が悪い予感を感じ指先を震わせて、逆に戦国時代の朝霧に聞いた。
 自分ですぐにそれを確認できる状況ではなかったから。

 戦国時代の朝霧は、じっと優の瞳を見詰めて一度言葉を飲みこんだが、やがて言いずらそうに言った。

「さっきまで青かったのに、突然黒くなっている……」

 優は、愕然として目を見開き、言葉を失った。

 そして、向かい合う朝霧から、一歩、二歩と後退りした。

 どうして瞳の色が突然変わったのか?
 さっき優が今のままの自分ではダメだと思ったからだろうか?
 早く紅慶を扱いたいと思ったからだろうか?
 そんな思いが優をかすめた。

 すると朝霧は、その優の手首を掴んだ。

「何故?お前は瞳の色が変わるのだ?」

 優を責め立てて詰問してもおかしくない状況なのに、いつもクールな朝霧のその声が、今はまるで春陽に向けるように優しく甘い。

 しかし優は正直、又淫魔である事を朝霧に隠し、瞳の事を誤魔化さないとならないと思うと、喉の奥が詰まり言い訳や嘘が出てこない。
 もう、戦国時代の朝霧に、優の正体について嘘に嘘を重ねるのが優には限界だった。

「……」

 いつまでたっても何も答えずただ下を向く優に朝霧は焦れる様子は無かったが、一歩、二歩と朝霧は前に出て優に体を密接しかがみ、優の耳元で囁いた。

 「言いたくないなら……今はそれでいい。ただ、俺は、お前が何者でも構わない。お前が何者か、そんな事はどうでもいい。本当にどうでもいい。それだけは信じてくれ」

 言葉と共に優に届く朝霧の息がとても熱い。

 優は、その熱に体をビクっとさせ、そっと顔を上げ朝霧を見詰めた。
 そして思った。

(多分春陽さんも、この戦国時代の朝霧さんに春陽さんが淫魔だとバレるのを怖れてると思うけど、その言葉は俺じゃなく、春陽さんに言うべきなんだ)

 優は、戦国時代の朝霧に嘘をつき続けるだけが苦しいのでは無かった。

 優は、戦国時代の朝霧が時折、優と春陽の区別がつかなくなってるのでは?と精神を削っていた。
 しかし、それは優も同じかも知れなかった。
 戦国時代の朝霧と生まれ変わりの朝霧の区別がつかない時があり、だんだんそれが増えていく。

 優の戸惑いの一方で朝霧は、優を強く優しい視線で見詰めてくる。
 そして、優を当たり前のように春陽のように抱き締めようとした。

 優も、自分が春陽ではないとわかっているのに、ダメだとわかっていながら、強い引力に捕まったように、まるで春陽のように戦国時代の朝霧の抱擁を受け入れかけた。

 しかし!

 そこで、優の耳に再び生まれ変わりの定吉の声がした。

「主!貴方は春陽様ではありません!そこを出て右に走って!」

 朝霧の反応が無い事から、やはり今回も定吉の声は朝霧には聞こえてないようだった。

 「貴方は春陽様ではありません!」

 その言葉に優はハッとなり、朝霧の体を軽くだが突き押し、定吉の言う通りに走った。

 「優!」

 朝霧は叫び、優を追いかけた。

 だが、辺りはさっきまであれ程視界が明るくなってきていたのに、急に真っ白な霧が周りに立ち込め朝霧を遮った。

 優もそれで視界を遮られ一旦足を止めかけた。

 すると……

 前を向く優の体が大きな何かとぶつかった。

「えっ?」

 優が唖然とすると、その何かが、カバっとその大きな体で優を抱き締めた。
 
「主……定吉がお迎えに上がりました。これは俺がおこした霧ですから大丈夫」

 優の耳に、江戸時代で聞いた懐かしい低くて優しい声がした。
 
 そして、筋肉隆々の逞しい生まれ変わりの定吉の体。

 一瞬、大きな安心感から泣きそうになった優は、それでもぐっと唇を噛んで堪えた。

「主。もう大丈夫です。今までよく頑張られました。本当に……本当によく頑張った……」

 感慨深げにそう言って生まれ変わりの定吉は、尚一層胸に強く優を抱きこんだ。

「……」

 優も、戦国時代の朝霧との緊張感と、戦国時代に来てから今までの事を思い出し、胸に込み上げる様々な感情と安堵が複雑に混ざり合い無言で定吉の体を抱き返した。

 しかし、ゆっくり再会に浸っている時間は無かった。

「優っ!優っ!優ーっ!」

 深い霧の中、戦国時代の朝霧の優を必死で呼ぶ声がする。

「さぁ、参りましょう……こちらです」

 しかし、生まれ変わりの定吉は、優の右手を引っ張り歩き始めた。

 定吉のゴツゴツとした大きな手が、強く、強く優の手を握る。

「優っ!優っ!どこにいるっ!優っ!」

 尚も朝霧の悲痛な声がする。

 戦国時代の朝霧が優を呼ぶ声が優の胸に突き刺さり、優の心は張り裂けそうになる。
 それに今は、戦国時代の朝霧が、春陽でなく優自身を懸命に探してくれてるようにも感じる。
 春陽では無く、優を……

 優は、定吉に手を引っ張られ五里霧中の中を歩きながら、戦国時代の朝霧の声のする方向を後ろ髪引かれる思いでずっと振り返った。

 優は、突発的に戦国時代の朝霧から離れたが、戦国時代の朝霧の中には、生まれ変わりの朝霧の魂もいるのだ。

 



 

 



 

 


 





 

 





 

 








 





 





 



 

 




 




 

 
 

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