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(8)芽生える恐怖心
一体どれくらいの間眠っていたのだろうか。視線の先の開け放たれた窓から、心地好い風が吹き込み、日除けの布が翻っている。
「おや、やっと起きたのかい」
パメラが起きたことに気付いたらしく、そばで看病をしていたアイルーンが、ホッとした笑顔を浮かべてパメラの頬を優しく撫でた。
「アイルーン、私どうしたの」
「二日も寝込んでたんだよ。詳しくは分からないけど、アルファに充てられたんだろうね」
「アルファ?」
パメラが体を起こそうとすると、アイルーンは手を差し伸べてそれを手伝い、喉が渇いただろうと言って用意した水を手渡した。
それを受け取るなり一息に水を飲み干すと、いくらか乾燥した喉の痛みが和らぎ、パメラは改めてアイルーンに詳しい話を聞く。
「私は二日も寝入っていたのね」
「そうだよパメラ。宿屋に男たちが来たのは覚えてるかい」
「……ええ。そうだわ、あの時急に激しい眩暈に襲われて、息がしづらくなって」
思い出しただけでまた体が震えた。あれは得体の知れない恐怖をパメラに植え付けた。
「オメガはアルファと呼応しやすい。オメガのヒートがアルファを刺激するように、アルファの色香もオメガを翻弄するからね」
「じゃあ私は、ようやくヒートを起こしたのね」
「いいや。そう思ってこの部屋に隔離してたけど、どうやらヒートじゃないみたいだね」
「ならどうして」
パメラは困惑する。この歳になるまでヒートを起こしたことがないパメラにとって、実際のヒートがどう云うものかは分からない。
けれどあの時の異様な心拍の速さと急激に襲ってきた激しい眩暈は、なにかの病気だとかそういう類のものでないことはさすがにパメラにも分かる。
それに、その人が入ってきた瞬間に空気が変わった。
「あたしも詳しくは分からないんだけどね。アルファの中にも、オメガみたいにヒートを起こすやつは居るって言うよ」
「アルファがヒートを?」
「いや。厳密にはヒートじゃなくて、ラットって呼ばれる発情状態さ。ヒートみたいに周期的に起こるものじゃない」
「アルファの、ラット……」
パメラにとっては初めて聞く話だ。
パメラの両親はベータだったし、身近にアルファやオメガは存在しなかった。だからアイルーンに出会うまで、オメガとして知っておくべきことはなに一つ知らない状態だった。
「パメラ、あんた運命の番って聞いたことがあるかい」
「運命の番?」
不安な表情を浮かべるパメラの手をアイルーンはそっと握り締めて、怖がることじゃないと笑んでみせる。
「ああそうだよ。アルファとオメガの番の話は、昔聞かせたことがあったね」
「ええ。アイルーンの番の話も聞いたわ」
「その番にも種類があってね。運命の番ってのは、あんたのためだけの相手さ」
「私だけの?」
「そうだよ。しかも出会った瞬間、稲妻に打たれたような衝撃が走るそうだよ。そして魂は震え、抗えない衝動が引き起こされるのさ」
「じゃああの場所に、私の番が現れたの?」
「いや、そこまではさすがに分からない。だけどアルファがラットを起こすのは、そうそう起こることじゃないからね」
ラットだったかも分からないけどねと、アイルーンはあくまでも仮定として、あの場に現れた運命の番に触発されて、パメラがヒートに近い状態に陥ったのではないかと結論付ける。
「でもあの晩、宿屋に来た男のうち誰かが、あんたの運命の番だった可能性は否定出来ないね」
「運命の番……ねえアイルーン、あの人たちはまだこの宿に泊まっているのかしら」
アイルーンの言葉を聞いて、パメラはまた同じことが起こるのではないかと不安になり、体を震わせる。
「いや。翌日の朝方、すぐに出て行ったそうだよ」
「そうなのね」
どこかホッとしてパメラが呟くと、アイルーンはパメラの髪を撫で、安心させるように額に口付ける。
「だけどそれとは別にね、ちょっと気になることがあるんだよ」
「まだなにかあるの」
「いやパメラ、あんたのことじゃない。だけどオメガであるあんたには関係のある話さ」
そこまで言うと、これは二人だけの秘密だと、アイルーンは声を抑えてパメラの耳元に囁いた。
「ナムガルに気を付けな。ありゃベータなんかじゃない。アルファだ」
「え?」
パメラは驚いて顔を離す。そんなはずはない。エッカもナムガルも血液検査の結果はベータだった。
パメラがグルーノ一座に身を寄せ、世話になるようになってからのことなので、検査の時のこともはっきりと覚えている。
「なにも驚くことじゃない。野戦病院じゃ他人の子と検査結果が入れ替わるなんて、よくある話さ」
「そんな」
「本人や座長たちが知ってるかどうかは知らないが、ありゃ間違いなくアルファだよ」
パメラは一気に増えた情報に、頭の中の整理が追いつかない。
まずは運命の番について。その人に出会ってしまったことで、今まで起こることがなかったヒートに似た症状を引き起こされた。
つまり、全くヒートがなかったパメラの体に変化が起こったということだ。これからは今まで以上に、自身の身に起こるヒートに関して注意をしなければならない。
さらに、最悪パメラの身にヒートが起こっても、アイルーンの協力があればどうにかなりそうだったはずが、身近にアルファが存在することで、ヒートに反応して襲われる可能性が生まれてしまった。
アルファはオメガのヒートに抗うことが出来ない。だからこそオメガには抑制剤が必要になるのだ。
「そうだわ。抑制剤よ」
「パメラ?」
「ねえアイルーン。私無駄遣いはしてこなかったから、お金はあるの。古い物しか手元に無いのは不安だわ。新しい抑制剤を手に入れたいのだけど」
「……そうだね。分かったよ」
パメラがオメガであることが露見する危険はあるが、アルファとはいえ、まだ子供であるナムガルを加害者にする訳にはいかない。
アイルーンは渋々頷いて、高くつく方法だが医者から抑制剤を手に入れようと呟いた。
「おや、やっと起きたのかい」
パメラが起きたことに気付いたらしく、そばで看病をしていたアイルーンが、ホッとした笑顔を浮かべてパメラの頬を優しく撫でた。
「アイルーン、私どうしたの」
「二日も寝込んでたんだよ。詳しくは分からないけど、アルファに充てられたんだろうね」
「アルファ?」
パメラが体を起こそうとすると、アイルーンは手を差し伸べてそれを手伝い、喉が渇いただろうと言って用意した水を手渡した。
それを受け取るなり一息に水を飲み干すと、いくらか乾燥した喉の痛みが和らぎ、パメラは改めてアイルーンに詳しい話を聞く。
「私は二日も寝入っていたのね」
「そうだよパメラ。宿屋に男たちが来たのは覚えてるかい」
「……ええ。そうだわ、あの時急に激しい眩暈に襲われて、息がしづらくなって」
思い出しただけでまた体が震えた。あれは得体の知れない恐怖をパメラに植え付けた。
「オメガはアルファと呼応しやすい。オメガのヒートがアルファを刺激するように、アルファの色香もオメガを翻弄するからね」
「じゃあ私は、ようやくヒートを起こしたのね」
「いいや。そう思ってこの部屋に隔離してたけど、どうやらヒートじゃないみたいだね」
「ならどうして」
パメラは困惑する。この歳になるまでヒートを起こしたことがないパメラにとって、実際のヒートがどう云うものかは分からない。
けれどあの時の異様な心拍の速さと急激に襲ってきた激しい眩暈は、なにかの病気だとかそういう類のものでないことはさすがにパメラにも分かる。
それに、その人が入ってきた瞬間に空気が変わった。
「あたしも詳しくは分からないんだけどね。アルファの中にも、オメガみたいにヒートを起こすやつは居るって言うよ」
「アルファがヒートを?」
「いや。厳密にはヒートじゃなくて、ラットって呼ばれる発情状態さ。ヒートみたいに周期的に起こるものじゃない」
「アルファの、ラット……」
パメラにとっては初めて聞く話だ。
パメラの両親はベータだったし、身近にアルファやオメガは存在しなかった。だからアイルーンに出会うまで、オメガとして知っておくべきことはなに一つ知らない状態だった。
「パメラ、あんた運命の番って聞いたことがあるかい」
「運命の番?」
不安な表情を浮かべるパメラの手をアイルーンはそっと握り締めて、怖がることじゃないと笑んでみせる。
「ああそうだよ。アルファとオメガの番の話は、昔聞かせたことがあったね」
「ええ。アイルーンの番の話も聞いたわ」
「その番にも種類があってね。運命の番ってのは、あんたのためだけの相手さ」
「私だけの?」
「そうだよ。しかも出会った瞬間、稲妻に打たれたような衝撃が走るそうだよ。そして魂は震え、抗えない衝動が引き起こされるのさ」
「じゃああの場所に、私の番が現れたの?」
「いや、そこまではさすがに分からない。だけどアルファがラットを起こすのは、そうそう起こることじゃないからね」
ラットだったかも分からないけどねと、アイルーンはあくまでも仮定として、あの場に現れた運命の番に触発されて、パメラがヒートに近い状態に陥ったのではないかと結論付ける。
「でもあの晩、宿屋に来た男のうち誰かが、あんたの運命の番だった可能性は否定出来ないね」
「運命の番……ねえアイルーン、あの人たちはまだこの宿に泊まっているのかしら」
アイルーンの言葉を聞いて、パメラはまた同じことが起こるのではないかと不安になり、体を震わせる。
「いや。翌日の朝方、すぐに出て行ったそうだよ」
「そうなのね」
どこかホッとしてパメラが呟くと、アイルーンはパメラの髪を撫で、安心させるように額に口付ける。
「だけどそれとは別にね、ちょっと気になることがあるんだよ」
「まだなにかあるの」
「いやパメラ、あんたのことじゃない。だけどオメガであるあんたには関係のある話さ」
そこまで言うと、これは二人だけの秘密だと、アイルーンは声を抑えてパメラの耳元に囁いた。
「ナムガルに気を付けな。ありゃベータなんかじゃない。アルファだ」
「え?」
パメラは驚いて顔を離す。そんなはずはない。エッカもナムガルも血液検査の結果はベータだった。
パメラがグルーノ一座に身を寄せ、世話になるようになってからのことなので、検査の時のこともはっきりと覚えている。
「なにも驚くことじゃない。野戦病院じゃ他人の子と検査結果が入れ替わるなんて、よくある話さ」
「そんな」
「本人や座長たちが知ってるかどうかは知らないが、ありゃ間違いなくアルファだよ」
パメラは一気に増えた情報に、頭の中の整理が追いつかない。
まずは運命の番について。その人に出会ってしまったことで、今まで起こることがなかったヒートに似た症状を引き起こされた。
つまり、全くヒートがなかったパメラの体に変化が起こったということだ。これからは今まで以上に、自身の身に起こるヒートに関して注意をしなければならない。
さらに、最悪パメラの身にヒートが起こっても、アイルーンの協力があればどうにかなりそうだったはずが、身近にアルファが存在することで、ヒートに反応して襲われる可能性が生まれてしまった。
アルファはオメガのヒートに抗うことが出来ない。だからこそオメガには抑制剤が必要になるのだ。
「そうだわ。抑制剤よ」
「パメラ?」
「ねえアイルーン。私無駄遣いはしてこなかったから、お金はあるの。古い物しか手元に無いのは不安だわ。新しい抑制剤を手に入れたいのだけど」
「……そうだね。分かったよ」
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