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(26)魔の手
デルザリオの元に保護され、その身に寵愛を受け続けて三日が過ぎた夜、パメラがセオドールの手によって強制的に促されたヒートは完全に治まった。
時同じくしてイルギルの動向を探るためイミザに調査の早馬を出してから五日。ラウェルナ大森林の集落には痛々しげなヘンゼルの姿があった。
「なんて惨い……」
「安心しろ。マシューはヘンゼルが育てた弟子だ」
デルザリオに肩を抱かれ、パメラはその顔を見上げて小さく頷き再びヘンゼルに視線を戻す。
義足は跡形もなくその脚から外され、自前の脚は変形するほど痛め付けられ、顔は歪み裂傷と打撲痕が痛々しい。
「大丈夫だよ。それよりも、君たちが、無事だったことが私は嬉しい」
裂傷や打撲のせいで上手く開けない口元で柔らかい笑みを刻むと、掠れる声でパメラとアイルーンを気遣う言葉を漏らした。
「ヘンゼル先生」
「医者先生、あんた人が良すぎるのさ。あんたの手は、あたしらみたいなやつらを助けるためにあるんだろう?そう簡単に死なせないよ」
なにか出来ることはないかと看護を買って出たアイルーンは、出際よく消毒の手を進めながらヘンゼルに発破を掛ける。
ヘンゼルは苦笑してから、デルザリオに肩を抱かれたパメラの首に、細かい金属糸を編み込んで作られた、オメガの首の保護具であるモナリスを見つけて、安堵したように再び優しく微笑んだ。
パメラとアイルーンが攫われ、イミザ近郊でのイルギルによるオメガ狩りは悪化の一途を辿っていた。
パメラたちの襲撃時に痛手を負ったヘンゼルは、騎士団が保護していたオメガたちと共に、とある施設に身を寄せ、彼らの体調管理などを行う予定になっていた。
しかしイルギルに買収された騎士団員は計り知れず、オメガを保護していた施設にもすぐにイルギルの手が迫り、ヘンゼルの目の前で彼らは陵辱され精神を叩き折られて拉致されていった。
「セオドールたちの首は晒して来たか」
「ご指示通りに」
淡々とやり取りされる惨たらしい内容に、パメラの体がびくりと跳ねる。その肩をデルザリオがそっと抱き寄せた。
オメガ狩りの主犯格は、セオドールらイルギルを駒にした、王制転覆を目論む貴族の仕業であるとデルザリオから説明があった。
規制によりオルガッド国内ではもちろん、近隣諸国でも人身売買はご法度であるが、太く肥えて力をつけたイルギルに目をつけた一部の貴族が、オメガの輸出を密かに執り行っている。
それを聞いたパメラは震え、デルザリオやケイレブの助けがなければどうなっていたのかと、その身を掻き抱くようにして嗚咽を堪えた。
「今日はここまでですね。義足の作成も含めて明日も引き続き様子を見ます」
ヘンゼルの手当てをしていたマシューは、道具を消毒しながらデルザリオに声を掛けた。
マシュー・ウィザーレッド。オルガッド国内で初めてオメガとして騎士団入りを果たした彼は、オメガであるとこを卑下たりしない結構な変わり者だ。
女性の団員は数えるほど、男世帯でアルファも多い騎士団内で、オメガは好奇の目に晒されることが必然であり、マシューを取り巻く反吐が出るような薄汚い噂は沢山ある。
その中でも信憑性の高いものとして、行軍中の前線地で、夜間に敵襲を装った複数の同僚から辱めを受け、暴行されたと言うものがある。
マシューが口を閉ざしたために真実はもはや闇の中であり、ことの真偽は定かでないが、事実、彼は暴行を受けた際に左目と左耳の聴覚を失った。そして最悪なことに誰とも判らぬ相手の子を身籠もり堕胎している。
それを処置したのがヘンゼルであり、以降騎士団から医療部隊に異動を願い出て、マシューはヘンゼルの元で医学の知識と技術を身に付けた。
しかしヘンゼルが負傷し退役したことでマシューには再び仄暗い悪意の闇が迫ってしまう。
そこに救いの手を差し伸べたのがマシューと同郷のリュカスであり、マシューは表向き、オメガであるために、脱走したアルファであるリュカスに攫われたという形でこの集落に居着くことになった。
「しかしオメガ狩りですか。反吐が出る話ですね」
「すまんなマシュー」
「いいえ。お頭と師匠のためにこの身が役立つなら」
洒落た眼帯をつけた目元を細めてにっこり笑うと、パメラにも微笑み掛け、マシューは処置を手伝うアイルーンや他の者に指示を出して、後片付けを進めて部屋を出ていく。
「殿……デルザリオ様」
「ヘンゼル、疲れが出る。今はゆっくり休め」
「ライリーがイミザで、ナドリック卿の動きを探っています。イルギルに買収された騎士もあらかた掌握出来ているそうです」
「ライリー……第四のカタブツか」
「ええ。真面目で実直、誠実な騎士です」
「分かった。すぐに誰か向かわせる、報告がそれだけなら体を休めろ」
「……はい。お心遣い感謝いたします」
ヘンゼルは恭しく目を閉じて胸元を抑えると、パメラに視線を移して優しく微笑んだ。
「よく頑張ったね。私の荷物にありったけの薬を詰めて来た。その中に抑制剤もあるはずだよ」
「ヘンゼル先生……ありがとうございます」
自身が窮地に追い込まれた時でさえ、パメラやアイルーンを思っていたのかと、パメラはヘンゼルの手を取り感謝の言葉を呟く。
「さあパメラ。今のヘンゼルには安静と休息が必要だ。行くぞ」
「はいデルザリオ様」
デルザリオに促され、パメラはヘンゼルが寝息を立てるのを確認してから部屋を後にした。
時同じくしてイルギルの動向を探るためイミザに調査の早馬を出してから五日。ラウェルナ大森林の集落には痛々しげなヘンゼルの姿があった。
「なんて惨い……」
「安心しろ。マシューはヘンゼルが育てた弟子だ」
デルザリオに肩を抱かれ、パメラはその顔を見上げて小さく頷き再びヘンゼルに視線を戻す。
義足は跡形もなくその脚から外され、自前の脚は変形するほど痛め付けられ、顔は歪み裂傷と打撲痕が痛々しい。
「大丈夫だよ。それよりも、君たちが、無事だったことが私は嬉しい」
裂傷や打撲のせいで上手く開けない口元で柔らかい笑みを刻むと、掠れる声でパメラとアイルーンを気遣う言葉を漏らした。
「ヘンゼル先生」
「医者先生、あんた人が良すぎるのさ。あんたの手は、あたしらみたいなやつらを助けるためにあるんだろう?そう簡単に死なせないよ」
なにか出来ることはないかと看護を買って出たアイルーンは、出際よく消毒の手を進めながらヘンゼルに発破を掛ける。
ヘンゼルは苦笑してから、デルザリオに肩を抱かれたパメラの首に、細かい金属糸を編み込んで作られた、オメガの首の保護具であるモナリスを見つけて、安堵したように再び優しく微笑んだ。
パメラとアイルーンが攫われ、イミザ近郊でのイルギルによるオメガ狩りは悪化の一途を辿っていた。
パメラたちの襲撃時に痛手を負ったヘンゼルは、騎士団が保護していたオメガたちと共に、とある施設に身を寄せ、彼らの体調管理などを行う予定になっていた。
しかしイルギルに買収された騎士団員は計り知れず、オメガを保護していた施設にもすぐにイルギルの手が迫り、ヘンゼルの目の前で彼らは陵辱され精神を叩き折られて拉致されていった。
「セオドールたちの首は晒して来たか」
「ご指示通りに」
淡々とやり取りされる惨たらしい内容に、パメラの体がびくりと跳ねる。その肩をデルザリオがそっと抱き寄せた。
オメガ狩りの主犯格は、セオドールらイルギルを駒にした、王制転覆を目論む貴族の仕業であるとデルザリオから説明があった。
規制によりオルガッド国内ではもちろん、近隣諸国でも人身売買はご法度であるが、太く肥えて力をつけたイルギルに目をつけた一部の貴族が、オメガの輸出を密かに執り行っている。
それを聞いたパメラは震え、デルザリオやケイレブの助けがなければどうなっていたのかと、その身を掻き抱くようにして嗚咽を堪えた。
「今日はここまでですね。義足の作成も含めて明日も引き続き様子を見ます」
ヘンゼルの手当てをしていたマシューは、道具を消毒しながらデルザリオに声を掛けた。
マシュー・ウィザーレッド。オルガッド国内で初めてオメガとして騎士団入りを果たした彼は、オメガであるとこを卑下たりしない結構な変わり者だ。
女性の団員は数えるほど、男世帯でアルファも多い騎士団内で、オメガは好奇の目に晒されることが必然であり、マシューを取り巻く反吐が出るような薄汚い噂は沢山ある。
その中でも信憑性の高いものとして、行軍中の前線地で、夜間に敵襲を装った複数の同僚から辱めを受け、暴行されたと言うものがある。
マシューが口を閉ざしたために真実はもはや闇の中であり、ことの真偽は定かでないが、事実、彼は暴行を受けた際に左目と左耳の聴覚を失った。そして最悪なことに誰とも判らぬ相手の子を身籠もり堕胎している。
それを処置したのがヘンゼルであり、以降騎士団から医療部隊に異動を願い出て、マシューはヘンゼルの元で医学の知識と技術を身に付けた。
しかしヘンゼルが負傷し退役したことでマシューには再び仄暗い悪意の闇が迫ってしまう。
そこに救いの手を差し伸べたのがマシューと同郷のリュカスであり、マシューは表向き、オメガであるために、脱走したアルファであるリュカスに攫われたという形でこの集落に居着くことになった。
「しかしオメガ狩りですか。反吐が出る話ですね」
「すまんなマシュー」
「いいえ。お頭と師匠のためにこの身が役立つなら」
洒落た眼帯をつけた目元を細めてにっこり笑うと、パメラにも微笑み掛け、マシューは処置を手伝うアイルーンや他の者に指示を出して、後片付けを進めて部屋を出ていく。
「殿……デルザリオ様」
「ヘンゼル、疲れが出る。今はゆっくり休め」
「ライリーがイミザで、ナドリック卿の動きを探っています。イルギルに買収された騎士もあらかた掌握出来ているそうです」
「ライリー……第四のカタブツか」
「ええ。真面目で実直、誠実な騎士です」
「分かった。すぐに誰か向かわせる、報告がそれだけなら体を休めろ」
「……はい。お心遣い感謝いたします」
ヘンゼルは恭しく目を閉じて胸元を抑えると、パメラに視線を移して優しく微笑んだ。
「よく頑張ったね。私の荷物にありったけの薬を詰めて来た。その中に抑制剤もあるはずだよ」
「ヘンゼル先生……ありがとうございます」
自身が窮地に追い込まれた時でさえ、パメラやアイルーンを思っていたのかと、パメラはヘンゼルの手を取り感謝の言葉を呟く。
「さあパメラ。今のヘンゼルには安静と休息が必要だ。行くぞ」
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